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第134話.総攻撃
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明而四十一年五月三十日、ついに第一次総攻撃が始まった。
講和の動きに焦りを見せたルシヤ軍のソコロフ将軍が、明而陸軍最終防衛線の西端の高地に早朝から砲撃を開始。
同日午後から、第1波が堰を切ったように最終防衛線へと雪崩れ込んだ。
兵数と兵器の両方で勝るルシヤである。
日本側の焦土作戦と度重なる兵站線攻撃によって補給が弱化しているとはいえ、大国の威信をかけた総攻撃だ。
この戦闘の勝敗が、この戦争の勝敗に直結しているというのは最早誰の目にも明らかである。
砲撃もそこそこに、闘志をみなぎらせたルシヤの歩兵による突撃が行われた。
「ルシヤ有利か」各国でそう予想されたが、実際は日本側が優勢となった。
機関銃を、先の戦いでのデータを元に効果的に配備した日本側の防御部隊がルシヤの突撃部隊を阻止。この時代の塹壕と機関銃を連携させた戦闘陣地は、通常の攻撃では突破不可能であると言えるほど防御側が有利なのだ。
圧倒的な火力により、ルシヤの突撃は全て食い止められた。
……
「やはりルシヤは西部の高地の奪取に動いたか」
「高地を奪われれば、防衛線の何処へでも砲撃が可能となります。向こうもそれは十分に理解しておるでしょう」
会議の場で、阿蘇大将が参謀と意見を交わした。
高地を陣取る事ができれば、砲撃のための観測点を作ることができる。
それは日本側も十分に理解しているために、少ない物資の中、特に重点的に強化していたのだ。
「敵突撃部隊には大損害を与えてこれを阻止しましたが、こちらの消耗も相当なものです」
「負傷したものは予備部隊と入れ替えよ。弾薬に関しては補給を急げ、また必ず攻撃が来るぞ。なんとしても講和の期日まで持ちこたえるのだ」
この時、すでに講和会議の日程が決まっていた。それは明而四十一年六月十二日、総攻撃開始から十三日後である。
日本の狙いは講和会議の日まで戦線を維持してルシヤの札幌侵入を阻止する事。ルシヤの狙いは、講和会議の日までに最終防衛線を突破して毒ガス兵器を札幌に持ち込む事。
阿蘇将軍とソコロフ将軍は、互いに互いの狙いを理解しており、六月十二日までの長い二週間こそが全ての明暗を分ける事を知っていた。
「敵の狙いは一つだ。ならばこそ、この短い期間に全てをぶつけてくるだろう。札幌で志願兵を募れ。兵員は多いに越したことはない」
……
「精鋭を投入してなお、陥落(おと)せんというのか。俺は認識を改めねばならんな」
ルシヤ側としては万全の体勢で行われた突撃だったが、予想に反して成果があげられず、戦線は膠着したままだ。ソコロフ将軍は、もはや焦りや怒りを通り越して、妙に静かな気分で居た。
「はい。しかし高地を奪取すれば、観測砲撃が可能になります。そうなれば突破したも同然です。ここは押しの一手かと」
いつもの豪腕で知られるソコロフ将軍であれば、参謀の意見に同調し突撃の命令を繰り返していただろう。
しかし、この時は違った。
六月十二日という事実上の死刑執行日の宣告を受けて、彼の思考は詰将棋をするような冷静さと精巧さを見せていた。
「この突撃には、飯を十分に食わせた精鋭を当てた。そうだな?」
「はい」
「補給の見込みもない榴弾も使用したな」
「はい」
「それで突き崩せんものを、兵隊を取っ替え引っ替えして破れるのか」
ごくりと唾を飲み込んで、参謀の一人が言った。
「彼奴等にも限界があります、このまま攻撃を続ければ……いずれ」
「いずれではいかんのだろうが!」
将軍は机を大きく叩いた。
いずれ。いずれ突破できて何になる。
六月十二日までという期限がある中、敵の防御が最も分厚い要所を攻略する事が戦争に勝つことになるのか。それが最速の作戦なのか。
「高地への攻撃は続行する。続行するが、同時に兵を動かす」
ソコロフ将軍は、近くにいた一人の胸ぐらを掴んで叫ぶように言った。
「俺が求めているのは、二週間で四万人の兵が死ぬかわりに敵の根拠地を潰せる。そういう作戦だ!貴様らが言うような、いずれなどという生温いプランは必要ない」
「しかし、本国の意向もそれを……」
「間に合うものか!俺が言うように手配しろ、今すぐにだ!」
もはや将軍を止められる者は誰もいない。
それが地獄への道だとしても、ソコロフ将軍はもはや止められないし、止まれはしない。
講和の動きに焦りを見せたルシヤ軍のソコロフ将軍が、明而陸軍最終防衛線の西端の高地に早朝から砲撃を開始。
同日午後から、第1波が堰を切ったように最終防衛線へと雪崩れ込んだ。
兵数と兵器の両方で勝るルシヤである。
日本側の焦土作戦と度重なる兵站線攻撃によって補給が弱化しているとはいえ、大国の威信をかけた総攻撃だ。
この戦闘の勝敗が、この戦争の勝敗に直結しているというのは最早誰の目にも明らかである。
砲撃もそこそこに、闘志をみなぎらせたルシヤの歩兵による突撃が行われた。
「ルシヤ有利か」各国でそう予想されたが、実際は日本側が優勢となった。
機関銃を、先の戦いでのデータを元に効果的に配備した日本側の防御部隊がルシヤの突撃部隊を阻止。この時代の塹壕と機関銃を連携させた戦闘陣地は、通常の攻撃では突破不可能であると言えるほど防御側が有利なのだ。
圧倒的な火力により、ルシヤの突撃は全て食い止められた。
……
「やはりルシヤは西部の高地の奪取に動いたか」
「高地を奪われれば、防衛線の何処へでも砲撃が可能となります。向こうもそれは十分に理解しておるでしょう」
会議の場で、阿蘇大将が参謀と意見を交わした。
高地を陣取る事ができれば、砲撃のための観測点を作ることができる。
それは日本側も十分に理解しているために、少ない物資の中、特に重点的に強化していたのだ。
「敵突撃部隊には大損害を与えてこれを阻止しましたが、こちらの消耗も相当なものです」
「負傷したものは予備部隊と入れ替えよ。弾薬に関しては補給を急げ、また必ず攻撃が来るぞ。なんとしても講和の期日まで持ちこたえるのだ」
この時、すでに講和会議の日程が決まっていた。それは明而四十一年六月十二日、総攻撃開始から十三日後である。
日本の狙いは講和会議の日まで戦線を維持してルシヤの札幌侵入を阻止する事。ルシヤの狙いは、講和会議の日までに最終防衛線を突破して毒ガス兵器を札幌に持ち込む事。
阿蘇将軍とソコロフ将軍は、互いに互いの狙いを理解しており、六月十二日までの長い二週間こそが全ての明暗を分ける事を知っていた。
「敵の狙いは一つだ。ならばこそ、この短い期間に全てをぶつけてくるだろう。札幌で志願兵を募れ。兵員は多いに越したことはない」
……
「精鋭を投入してなお、陥落(おと)せんというのか。俺は認識を改めねばならんな」
ルシヤ側としては万全の体勢で行われた突撃だったが、予想に反して成果があげられず、戦線は膠着したままだ。ソコロフ将軍は、もはや焦りや怒りを通り越して、妙に静かな気分で居た。
「はい。しかし高地を奪取すれば、観測砲撃が可能になります。そうなれば突破したも同然です。ここは押しの一手かと」
いつもの豪腕で知られるソコロフ将軍であれば、参謀の意見に同調し突撃の命令を繰り返していただろう。
しかし、この時は違った。
六月十二日という事実上の死刑執行日の宣告を受けて、彼の思考は詰将棋をするような冷静さと精巧さを見せていた。
「この突撃には、飯を十分に食わせた精鋭を当てた。そうだな?」
「はい」
「補給の見込みもない榴弾も使用したな」
「はい」
「それで突き崩せんものを、兵隊を取っ替え引っ替えして破れるのか」
ごくりと唾を飲み込んで、参謀の一人が言った。
「彼奴等にも限界があります、このまま攻撃を続ければ……いずれ」
「いずれではいかんのだろうが!」
将軍は机を大きく叩いた。
いずれ。いずれ突破できて何になる。
六月十二日までという期限がある中、敵の防御が最も分厚い要所を攻略する事が戦争に勝つことになるのか。それが最速の作戦なのか。
「高地への攻撃は続行する。続行するが、同時に兵を動かす」
ソコロフ将軍は、近くにいた一人の胸ぐらを掴んで叫ぶように言った。
「俺が求めているのは、二週間で四万人の兵が死ぬかわりに敵の根拠地を潰せる。そういう作戦だ!貴様らが言うような、いずれなどという生温いプランは必要ない」
「しかし、本国の意向もそれを……」
「間に合うものか!俺が言うように手配しろ、今すぐにだ!」
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