【元幹部自衛官 S氏 執筆協力】元自衛官が明治時代に遡行転生!〜明治時代のロシアと戦争〜

els

文字の大きさ
上 下
129 / 135

第129話.清国ノ蛇「札幌視点」

しおりを挟む
札幌、某所。
路地裏の暗がりに二人の男が屯していた。
一人は清国の観戦武官、司馬伟(スーマーウェイ)。もう一人も同郷の人間である。
定期的に彼はこうして本国の人間と連絡を取っていた。電話や電報という手段がない訳ではないが、彼は直接会って連絡を取るという事に重きを置いている。

『司馬伟。ルシヤが動き出した、青島から艦隊を出すようだ。物資を集めている』

帽子を深くかぶって、目線も見えない状態で男は言った。

『ふん。我々の領地を我が物顔で歩く厚顔無恥の輩には我慢ならないな。租借地なんだ、借りた猫のように大人しくしてなきゃあ駄目じゃないか』
『同感だ。それで、お前はどう見る?』

彼らはボソボソと、誰にも聞こえないように話を続けた。満州語ではなく、中国語であった。

『絞れ、石炭を絞れ。どんな手を使っても良い、燃料やら何やらをルシヤから取り上げろ。この海戦、日本皇国に乗るぞ。今は味方してやれ』

濁すことなく、はっきりと言った。相手の男は少し意外そうな顔で応える。

『お前には、もう見えているのか』
『ああ。それに僕はこんな戦争にもう興味は無い。その後のことを考えているよ』
『後のこと?』

大通りから人々の声が聞こえてくる。随分と活気があるようだが、決して嬉しい悲鳴ではない。
札幌には大量の避難民が毎日のように到着している。それらの人々には軍や政府が寝床を用意して、食料を配給しているのだが許容量以上の勢いで流入する人々によりパンク状態であった。

『そうだ。ここで日本が踏ん張りルシヤが疲弊すれば何より良い。彼らには南ではなく西を向いて貰いたい。そして我ら清国は北の脅威を抑え、東を見るのさ』
『ほう。こんな状態の日本が踏ん張れるとはにわかには信じられんが』
『やるだろうさ。僕はそちらに賭けるね』

目は真っ直ぐに、大きく口だけを歪めて笑う。

『合衆国、何より最後に出てくるのはそこだ。あの国はまだまだ強くなる。僕らはいずれ日本を従え、ルシヤを抑えて、太平洋を牛耳る。合衆国を倒して、世界の宗主国となるのだ』

司馬伟はちろりと舌を出した、舌先は二つに割れている。人の舌というより、まるで蛇の舌のようである。左と右に別れて、それぞれの意思があるかのように器用に蠢いて見せた。

『識者というのは何でもお見通しか。お前の言う通りになれば良いが』
『何でもという訳でもないさ。でも人間が考えるような事はお見通しだね』

一つ、息を吐いて続ける。

『大衆は愚かだ、愚か者どもに国家の行く末を委ねてはならない。真に知性のある一部の人間が導かねば、世界は正しい方向へ向かう事は出来ない』

男は黙って頷く。

『指導者が不在であるから世界は争いから逃れられないのだ。そうだ、世界は指導者を望んでいる。恒久的平和と、安定した未来のために』
『我々の理想の世か、未だ夢の世界だな』
『そうでもないさ現実になる。いや、そうするのさ』
『ス……』

彼の演説に何か言おうとした男を手で制する。

「それで。君はなんだ?」

突然。
ぎょろりと司馬伟の目が後ろの木箱に向けられた。そして、彼はそう日本語で言った。

「出てこいと言ってるんだよ。こっちは二人だ、ピストルもある。わかるだろう?」

司馬伟の脅しが応えたのだろうか。積まれた木箱の裏から、静かに一人の少年が姿を表した。

『子供だと。なんだコイツは』
『さあね。でも隠れて聞き耳を立てているようじゃロクな者じゃないねえ』

ピストルを取り出そうとする男を制して、彼は少年に問う。

「それで。そんな木箱の影で君は何をしていたのかな?」
「僕はその、たまたまそこで休んでいて、おじさん達がいたから出て行き辛くて」
「そうか。ところで君は私達の話を聞いていたかい?」
「えっ?あ、いや。話し声は聞こえたけど、何言ってるのかわからなくって」

司馬伟は、ふぅと大げさにため息をしてみせた。

「質問に答えたまえ。私達の話を聞いていたかい?」
「わ、わからない。聞いていないです」

ジッと爬虫類のような目で、司馬伟は少年を見た。ネズミを前にした蛇のように。品定めをするような視線で眺める。

『嘘をついているな。悪いがこの子供に今の話を忘れさせてやってくれ』
『わかった』

男は見下すような目で少年を一瞥する。

『ではヨロシク。また、定時に』

そう司馬伟に言われて、男は少年の腕を捻り上げた。痩せた、骨ばった小さな手だ。

「い、痛い!待ってくれ、僕は何もしてない!」

叫びも虚しく連絡員の男は少年を無言で引きずりながら去って行く。それを無表情で見つめて、司馬伟も大通りに消えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死んだ一人の少女と死んだ一人の少年は幸せを知る。

タユタ
SF
これは私が中学生の頃、初めて書いた小説なので日本語もおかしければ内容もよく分からない所が多く至らない点ばかりですが、どうぞ読んでみてください。あなたの考えに少しでもアイデアを足せますように。

銀河英雄戦艦アトランテスノヴァ

マサノブ
SF
日本が地球の盟主となった世界に 宇宙から強力な侵略者が攻めてきた、 此は一隻の宇宙戦艦がやがて銀河の英雄戦艦と 呼ばれる迄の奇跡の物語である。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

処理中です...