123 / 135
第123話.決断「ルシヤ視点」
しおりを挟む
玉のような汗がルフィナの額に滲んだ。司令室から数十メートル、たったそれだけ歩けばこれだ。彼女はおでこに張り付いた金の糸を左右に分けやる。
少し歩いただけで、まるで全力疾走したかのようだ。彼女は自分の足に視線を向けた。真っ白な包帯を執拗に巻きつけられた片足は、命が宿っているように見えない。
医者は二度と元のようには歩けないかも知れないと言った。幸いにも右足は打撲で済んだが、左の方は骨がどうにかなってしまったそうである。
しかも悪い事に、足と引き換えに奪ったタカの目。彼女の足は日本の穂高の左目と交換したのだが、彼は片目でも識覚(シキカク)を発現していた。彼女の誤算の一つは、識覚を視覚と同一視していたところにあった。識覚は五感とは別の場所にあるのだ。
「私は運命を変える為に再び生まれ変わったのではないのか。このままでは……」
隣の男にも聞こえないような声で、彼女は一人、口の中で呟いた。打倒穂高、打倒日本を心に今まで生きてきた彼女にとって、前世と同じような歴史をなぞることは何よりも辛い。
「ルフィナ少佐、少し休まれてはいかがですか」
司令室からずっと彼女について来ている将校が言った。その声には、真に彼女のことを案じているような響きが感じられる。
ルフィナ・ソコロワはルシヤ軍の中でもとりわけ人気がある。金色の髪に青い目、白い肌。整った容姿に、識者であると言う特異さ。更に将軍の娘であるという出自なのだ。
これで人気がでないわけがない。
もっとも、その完璧さが鼻につくという者達もいるので、人気と反して一部の人間達からは軽んじて見られているというのも事実だ。
軍隊のような男所帯では、有能な女性というのは目立ちすぎるきらいもある。
「私は通信室に立ち寄ります。貴方はもう任務に戻って下さい」
「これが任務ですから」
ルフィナの言葉に、男ははっきりと言った。
「将軍閣下より、直接命令を受けました。ルフィ様を休ませるようにと」
「……本国に電報を打たせて貰えれば、それですぐに自室に戻ります」
「では、そこまで私がお伴します」
かたくなな男の態度に彼女も折れたようで、半ば呆れたように了承の返事を返す。
「はぁ、わかりました」
ルフィナは通信室に立ち寄ると、一本の電報を本国へ送った。
「ありがとう中佐。私はもう休みます」
「わかりました。それでは私はこれで」
結局ルフィナの部屋の前までついてきた将校へ、彼女は労いの言葉をかけて別れた。
申し訳程度の机と椅子。それにベッド。生活感の感じられない殺風景な部屋である。
上着を脱いで、ベッドに腰かけた。
「お父様の意に沿わないかも知れないけれど。この戦争、どうあっても負ける訳にはいかない」
ルフィナは、父親であるソコロフ将軍が海軍に協力を要請することを嫌っているのを知っている。しかし、彼女は前世で痛い目にあった経験から、どうしてもこのまま父親の言う通りにすれば良いとも思えない。
ベットに倒れこむように横になった。
それから懐中時計を取り出して、蓋を開けた。蓋の裏には彼女の母親の写真がぴったりと収まっている。
「お母様、どうか私たちを守って」
そう言ってルフィナは懐中時計を握りしめて目を閉じた。
少し歩いただけで、まるで全力疾走したかのようだ。彼女は自分の足に視線を向けた。真っ白な包帯を執拗に巻きつけられた片足は、命が宿っているように見えない。
医者は二度と元のようには歩けないかも知れないと言った。幸いにも右足は打撲で済んだが、左の方は骨がどうにかなってしまったそうである。
しかも悪い事に、足と引き換えに奪ったタカの目。彼女の足は日本の穂高の左目と交換したのだが、彼は片目でも識覚(シキカク)を発現していた。彼女の誤算の一つは、識覚を視覚と同一視していたところにあった。識覚は五感とは別の場所にあるのだ。
「私は運命を変える為に再び生まれ変わったのではないのか。このままでは……」
隣の男にも聞こえないような声で、彼女は一人、口の中で呟いた。打倒穂高、打倒日本を心に今まで生きてきた彼女にとって、前世と同じような歴史をなぞることは何よりも辛い。
「ルフィナ少佐、少し休まれてはいかがですか」
司令室からずっと彼女について来ている将校が言った。その声には、真に彼女のことを案じているような響きが感じられる。
ルフィナ・ソコロワはルシヤ軍の中でもとりわけ人気がある。金色の髪に青い目、白い肌。整った容姿に、識者であると言う特異さ。更に将軍の娘であるという出自なのだ。
これで人気がでないわけがない。
もっとも、その完璧さが鼻につくという者達もいるので、人気と反して一部の人間達からは軽んじて見られているというのも事実だ。
軍隊のような男所帯では、有能な女性というのは目立ちすぎるきらいもある。
「私は通信室に立ち寄ります。貴方はもう任務に戻って下さい」
「これが任務ですから」
ルフィナの言葉に、男ははっきりと言った。
「将軍閣下より、直接命令を受けました。ルフィ様を休ませるようにと」
「……本国に電報を打たせて貰えれば、それですぐに自室に戻ります」
「では、そこまで私がお伴します」
かたくなな男の態度に彼女も折れたようで、半ば呆れたように了承の返事を返す。
「はぁ、わかりました」
ルフィナは通信室に立ち寄ると、一本の電報を本国へ送った。
「ありがとう中佐。私はもう休みます」
「わかりました。それでは私はこれで」
結局ルフィナの部屋の前までついてきた将校へ、彼女は労いの言葉をかけて別れた。
申し訳程度の机と椅子。それにベッド。生活感の感じられない殺風景な部屋である。
上着を脱いで、ベッドに腰かけた。
「お父様の意に沿わないかも知れないけれど。この戦争、どうあっても負ける訳にはいかない」
ルフィナは、父親であるソコロフ将軍が海軍に協力を要請することを嫌っているのを知っている。しかし、彼女は前世で痛い目にあった経験から、どうしてもこのまま父親の言う通りにすれば良いとも思えない。
ベットに倒れこむように横になった。
それから懐中時計を取り出して、蓋を開けた。蓋の裏には彼女の母親の写真がぴったりと収まっている。
「お母様、どうか私たちを守って」
そう言ってルフィナは懐中時計を握りしめて目を閉じた。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
蒼雷の艦隊
和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。
よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。
一九四二年、三月二日。
スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。
雷艦長、その名は「工藤俊作」。
身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。
これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。
これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
蒼海の碧血録
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。
そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。
熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。
戦艦大和。
日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。
だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。
ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。
(本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。)
※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる