【元幹部自衛官 S氏 執筆協力】元自衛官が明治時代に遡行転生!〜明治時代のロシアと戦争〜

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第123話.決断「ルシヤ視点」

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玉のような汗がルフィナの額に滲んだ。司令室から数十メートル、たったそれだけ歩けばこれだ。彼女はおでこに張り付いた金の糸を左右に分けやる。
少し歩いただけで、まるで全力疾走したかのようだ。彼女は自分の足に視線を向けた。真っ白な包帯を執拗に巻きつけられた片足は、命が宿っているように見えない。
医者は二度と元のようには歩けないかも知れないと言った。幸いにも右足は打撲で済んだが、左の方は骨がどうにかなってしまったそうである。

しかも悪い事に、足と引き換えに奪ったタカの目。彼女の足は日本の穂高の左目と交換したのだが、彼は片目でも識覚(シキカク)を発現していた。彼女の誤算の一つは、識覚を視覚と同一視していたところにあった。識覚は五感とは別の場所にあるのだ。

「私は運命を変える為に再び生まれ変わったのではないのか。このままでは……」

隣の男にも聞こえないような声で、彼女は一人、口の中で呟いた。打倒穂高、打倒日本を心に今まで生きてきた彼女にとって、前世と同じような歴史をなぞることは何よりも辛い。

「ルフィナ少佐、少し休まれてはいかがですか」

司令室からずっと彼女について来ている将校が言った。その声には、真に彼女のことを案じているような響きが感じられる。
ルフィナ・ソコロワはルシヤ軍の中でもとりわけ人気がある。金色の髪に青い目、白い肌。整った容姿に、識者であると言う特異さ。更に将軍の娘であるという出自なのだ。
これで人気がでないわけがない。
もっとも、その完璧さが鼻につくという者達もいるので、人気と反して一部の人間達からは軽んじて見られているというのも事実だ。
軍隊のような男所帯では、有能な女性というのは目立ちすぎるきらいもある。

「私は通信室に立ち寄ります。貴方はもう任務に戻って下さい」
「これが任務ですから」

ルフィナの言葉に、男ははっきりと言った。

「将軍閣下より、直接命令を受けました。ルフィ様を休ませるようにと」
「……本国に電報を打たせて貰えれば、それですぐに自室に戻ります」
「では、そこまで私がお伴します」

かたくなな男の態度に彼女も折れたようで、半ば呆れたように了承の返事を返す。

「はぁ、わかりました」

ルフィナは通信室に立ち寄ると、一本の電報を本国へ送った。

「ありがとう中佐。私はもう休みます」
「わかりました。それでは私はこれで」

結局ルフィナの部屋の前までついてきた将校へ、彼女は労いの言葉をかけて別れた。
申し訳程度の机と椅子。それにベッド。生活感の感じられない殺風景な部屋である。
上着を脱いで、ベッドに腰かけた。

「お父様の意に沿わないかも知れないけれど。この戦争、どうあっても負ける訳にはいかない」

ルフィナは、父親であるソコロフ将軍が海軍に協力を要請することを嫌っているのを知っている。しかし、彼女は前世で痛い目にあった経験から、どうしてもこのまま父親の言う通りにすれば良いとも思えない。
ベットに倒れこむように横になった。
それから懐中時計を取り出して、蓋を開けた。蓋の裏には彼女の母親の写真がぴったりと収まっている。

「お母様、どうか私たちを守って」

そう言ってルフィナは懐中時計を握りしめて目を閉じた。
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