【元幹部自衛官 S氏 執筆協力】元自衛官が明治時代に遡行転生!〜明治時代のロシアと戦争〜

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第117話.縦深防御

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戦力は集中すれば強化される。
ならば一箇所に集めて、攻撃の届く範囲に並べたとすれば人数の多い方が勝つ。武器の差がなければ当然そうなる。人数の差が開けば開く程、少数の軍は決定的な差でもって敗北する。

「決して姿を見せてはいけません。姿は見せず、脅威を与える方法を取るべきだ」

私が作戦会議の場で言ったのはそれだった。
大隊長(じょうかん)に囲まれた中、そう言い切った。彼らの中には妙に興奮して、敵正面に躍り出て交戦すべきだという主張の者も居た。論外である、突撃玉砕しても喜ぶのは敵だけだ。

「穂高中尉。姿を見せずにとは、どういう意味だ」
「我々の目的は追撃するルシヤ軍を減殺し、もしくは撃滅させて、札幌(ほんきょち)の防御陣地を防衛する事にあります」
「それはわかる」
「我々が彼奴等と交戦する事自体が目的ではありません」

ここに居るのは志願者から集められた、志の高い将兵たちである。戦って死ねと言われるだろうと、そうあれと願っている決死の士である。

「つまり中尉の言いたいのはこういう事か?戦う必要はない、敵を減らせば良いと」
「そうです」
「言うだけなら。方法は?」
「兵站を締め上げて、その上で伸びた補給戦を叩く」

しばらくの沈黙。ばさりと天幕の端が音を立てたところで、一人の将校が口を開いた。

「中尉。補給線と言うがな、敵もわかっている。物資は強固に守るだろうし、工夫する方法はいくらもある。札幌までの間に飯が尽きて飢(かつ)えて死ぬのか?貴様が言うには具体性に欠ける」
「糧食もそうだが、兵站というのは何も飯だけでは無い。例に一つとれば陣地攻撃には大砲が必要だ。それを運ぶなら馬車も要る。一頭ではとても無理だから四頭立かも六頭立かもしれん。それに砲兵を運用するには砲弾も大量に必要だ、それも兵站を圧迫することでしょう」

もし兵隊だけ札幌に到着したところで何するものか。要塞や陣地を攻略するのは砲(ぶき)が無ければ不可能である。
痩せた兵隊らが大挙して押し寄せたところで、それはもうただの難民だ。
続けて言う。

「物資というのは、それが必要な場所に届いてこそ意味がある。三百キロも離れた札幌まで運ぶんだ。それが易い事とお思いですか」
「ふん。理屈をこねるが、実際にここまで運んで運用しておっただろうが」
「それは当然だ。領内を自らの敷いたインフラを使って移動するのは問題になりません。鉄道も橋も、道も整備されている。糧食においても行く先の村々から徴集(おねがい)できる。敵の攻撃の心配もないのだから」

疼く左目に手を添える。

「すでに浅間中将閣下には撤収の折、我が軍が退却する先の全てのインフラを破壊するように言ってある。敵にそれらが利用されるのを防ぐためだ。橋は落とし、線路は破壊して道は塞ぐ。我々はやらねばならない。集落の家は焼き払い、家畜は牛も馬も全て潰して、食料物資は焼く。井戸には毒を、毒が無ければ死体を投げ入れて水も断つ。」

全てはルシヤ兵に利用されぬ為だ。
これにはそれまで静かにしていた将兵らが口々に騒ぎ始めた。

「それではルシヤに徴収されなくとも同じではないか!民を犠牲にしては皇国の土地を護れておるとは言えん」
「同じではありません。敵の手にそれらが渡らぬのですから」
「敵の手に落ちるからと自らの手で国を焼くというのか!?」
「そんなことが許される筈がない。よくも平気でそんな事が言えたな!」

平気?平気だと。

「平気な訳があるか」

縦深防御、深層防御、焦土作戦。己が領地を灰にして、土地で持って敵の攻撃の手を止める。最悪の作戦だ。

「そうだ国民が住んでいるんだ。こんなことをすれば、偉大な先人らが開拓した土地が全て台無しだ。民の命と引き換えに、全ての土地を失うのだ。上手くルシヤに勝利したとて、北部雑居地(ほっかいどう)の開拓は十年遅れるだろう……そんな事はわかっている!」

立ち上がって言った。

「ならばどうする。水際作戦か。限られた手勢で四万の軍勢相手に、ここは通さんと立ちはだかって見せるか。ああ、そんなことで止まるものか!そんな易い相手であれば、皇国陸軍主力が後退を選びはしない」

あたりから雑音(おと)が消えた。
構わず続ける。

「だが、決断しなければ。そうしなければ彼奴等は津波となって押し寄せて全てを呑み込むだろう、村は略奪され女は攫われる。糧を得たルシヤ兵は怒涛の勢いで、我が根拠地をも制圧することとなるだろう。そうなれば、永久にこの地は日本皇国の手に戻っては来ない。それどころか、日本は世界の地図から消えて無くなる!」

しばらくの沈黙。
皆一様に、地面を見つめている。

「……この件は、中将閣下の御命令でもある。皇国の存亡がかかっているのだ、この国を護りましょう」

その私の声に、しばらく俯いていた大隊長が顔を上げて言った。

「俺はわかった。皇国の為に。悪鬼に堕ちようとも、やる」

その一声があった後、よしやろうと言う声が方々から上がった。

「だからルシヤの正面からは当たらない。行く手の先々に工作をする。姿を見せるのは一時的にでも数の利がある時だけだ」

とにかく彼奴等の足を止めれば良い。
水も食料も現地での獲得を全て断たれた彼らは川沿いを進むしか無い。道無き道を、クルマの付いた荷物を運ぶしかないのだ。
延々と補給線を伸ばしに伸ばして、馬車でノロノロと運び続ける事になるだろう。

そこを叩く。
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