【元幹部自衛官 S氏 執筆協力】元自衛官が明治時代に遡行転生!〜明治時代のロシアと戦争〜

els

文字の大きさ
上 下
115 / 135

第115話.黒イ列

しおりを挟む
明日(みょうにち)、午前十時三十分。
我々三名は少しばかり無理をした強行軍で山を越えて、馬車の通る道に出た。
月の明かりを頼りに、朝日が昇るのを横目に、歩き続けた成果もあり行程の七割強を消化する事が出来たのだが。

「タカ。あれはなんだ?敵か」
「いや……敵ではない。しかし」

ウナが指差した方向に目を向けると、蟻の行列のように荷馬車と人間が黒い列をなして歩いていた。それは、ルシヤのモノではない。我々明而陸軍の姿だった。
しかし気にかかる部分がある。前線は向こうだ、向かう方向が逆である。

「なぜ引き返して来ているんだ」
「わからんが……」

吾妻の問いに「嫌な予感がするな」と言いかけて口を閉じた。
もはや確信にも似た予感がある。どうか杞憂であってくれ。そう願いながら、我々は黒い行列に接触するべく近付いていくことにした。

「おぅい」

覇気無く淡々と歩き続ける男に向かって声をかけた。彼らは一瞬警戒したようだが、私達の素性を明かすと納得したようであった。

「それで、お前たちは何故ここにいる。前線はどうなっているのか」
「撤退です。撤退の命令が出ました」
「撤退だと?」
「はい。阿蘇師団は全軍札幌まで後退、それだけしか聞いておりません。私らも何も知らされずにトンボ帰りですよ」

事情を知らんのだろうと他の者に話を聞いてみても、誰一人として要領を得ない。前線部隊が負けたらしい、撤退らしい、なんとやららしい。ともかく士官連中に至るまで、どうも連絡が上手く行われていない。
ともかく事実としてあるのは、行列をなして南に歩いていく明而陸軍の兵隊らの姿である。
その姿は敗走する軍そのものだ。
しかし、逃げれば追撃される。これだけの物資と人員を引き連れて、被害なく札幌まで後退できると言うのか。

「浅間中将はー……」

ふと、兵らが話をしているのが耳に入った。

「中将閣下がどうかしたか」
「聞いていないんですか?」
「知らん、今まで山にいたからな。それで、どうした」

聞いた話なので真偽はわかりませんが。と、そう男は前置きした上で言った。

「倒れられたそうです、今は治療されているとか。この撤退も、その件が関与しておるのでしょうか」
「そうか、そういう話だったか。ありがとう。しかしそんなに心配することはない、阿蘇将軍の作戦を信頼すると良い」
「作戦ですか」
「そうだ。上は緻密な作戦を立てて戦に臨まれている。我々には見えていない情勢を見ての御決断だから、君らは何も心配いらんよ」

なるべく穏やかな口調でそう諭したあと、もう一度礼を言って別れる。すぐに吾妻とウナを集めて、他の者に聞こない声量で言った。

「師団司令部に急ぐぞ」


……


「閣下、浅間中将閣下!」

浅間師団前線司令部に到着した私は、荷物も置かずに閣下の下へ走った。

「おお、穂高君。無事だったか」
「閣下、ご無理はいけません。どうかそのままで」

中将は簡易ベッドに横たわっていた。声をかけると、身体を起こそうとしたので慌てて止める。結局上体のみを起こして、こちらに体を向けた。

「一番重要な時にこのざまだよ」
「何を仰います。それで、この状況は一体?」

ふぅ。と小さく息を吐いてから中将は口を開いた。

「戦況は変わった。想定以上に損害が大きく、この地で前線を支えることはできん。それが我々の判断だ」

私が何か言おうとするが、それを制するように続ける。

「阿蘇大将は、後退を選ばれた。本拠地まで、札幌まで引いてそこで防衛の陣を構え直す算段だ」

じっと黙ったまま直立不動で話を聞く。
後退、後退か。

「それで浅間師団から、志願者から再編した二個大隊をしんがりに後衛戦闘を務める。新設の狙撃隊はその援護だ……穂高君には」
「我々もその一員です」

間髪入れずに言った。やるしかない、やらねばどうにもならん。

「そうだったな。そうか、よろしく頼むよ」
「はい」

どうとも感情の置き所のない顔で頷いた。

「閣下、撤退の折にどうしても御協力願いたい事があるのですが」
「なんだ言ってみろ」

ここまで来たら何でも言ってみるしかない。
必要な事を全て伝えると、中将は苦い顔をしながらも無理に笑って見せた。

「できる限りやろう。阿蘇大将にもお伝えするが、俺の名前で責任を持って完遂させる」
「ありがとうございます」

しかし、と一呼吸置いてから中将は言った。

「まさか、君にこんな仕事を背負わせる事になるとはな」
「ここでやれねば、どうせ生きてはいけません。ここから活路を見出します」
「頼むよ。君が、いや君達が頼りだ」
「はい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死んだ一人の少女と死んだ一人の少年は幸せを知る。

タユタ
SF
これは私が中学生の頃、初めて書いた小説なので日本語もおかしければ内容もよく分からない所が多く至らない点ばかりですが、どうぞ読んでみてください。あなたの考えに少しでもアイデアを足せますように。

銀河英雄戦艦アトランテスノヴァ

マサノブ
SF
日本が地球の盟主となった世界に 宇宙から強力な侵略者が攻めてきた、 此は一隻の宇宙戦艦がやがて銀河の英雄戦艦と 呼ばれる迄の奇跡の物語である。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

処理中です...