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第84話.拾ウ者
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「あぁ、どうもすいません」
「いや。これは手紙か?」
包帯の巻いていない方の手に、拾った手紙らしき紙切れを手渡してやる。へこりへこりと頭を下げながら男は、私の手からそれを受け取った。
「へぇ。何かはわからねえが、若いもんから預かってやったんですわ。郵便係に渡してくれと言われたんでね、手紙でしょうね」
おれには字が読めないから何が書いてあるかはさっぱりで。と続ける。
「おらもこのざまだし、どうして郵便係に渡してこようかねぇ」
ちらりとこちらを見る。小間使いを私にせよと言いたいのか。
「ふぅ。私がしかるべき場所へ届けてやろうか?」
「ええ、ええ。それはありがたい。是非にお願いします」
にやっと笑ってそう言った。待ってましたとばかりに懐に収めたばかりの手紙を取り出す。
「いくらかあるんです。これらも一緒に良いですか」
「構わんよ、全部預かろう」
一通も十通も同じことだ。そうして何通かの手紙を受け取った。
「へへっ、おかげで肩の荷がおりましたわ」
「これは、中に何か入っている封筒もあるな。何が入っている?」
「……さあ?危険な物じゃあねえと思いますけどね。封はしていないようだし、中身を見てみたらどうです」
「ふん」
さっと、封筒の中を見る。手紙らしき物と、金属製らしき丸いものが入っている。
指を突っ込んで見るが、手紙が邪魔で突っかかって取れないので、やむなく封筒の中身を全て取り出した。
その手紙には、遺書と書かれていた。
……
父上へ
ついに俺の部隊にもルシヤの陣地へと攻撃の命令が下りました。俺もおそらく最期になると思うので、手紙を書きます。
お父さん、お世話になりました。
日頃は、恥ずかしくなんの感謝の言葉もお伝えできずに申し訳なく思っておりました。
男手ひとつでここまで育てて頂いて、市郎はまことに幸福でした。
俺は、もう時間を気にすることも無いと思いますから、時計はお送りします。どうか、どうかお父さんは一寸でも長く、生きた時間をお過ごし下さい。
俺らの攻撃で、ルシヤをこの地より追い出して見せます。勝利の一報が新聞に載るでしょうから、そうしたら市郎は見事にやったんだな、と思ってやって下さい。
お父さんの息子で良かった。今まで、ありがとうございました。
……
吹けば飛ぶような薄い紙に、歪んだ字で記されていた。暗がりで書いたのだろうか、それとも手頃な下敷きが無かったのか。
ああそして、この手紙は、そうか。皆そうか。
「辞世の句でも書いてありますか?」
「まぁ、そうだな」
彼は「へぇ」とため息のような息をひとつ漏らした。
「結局(けえっきょく)、だあれも帰ってこんかったですよ。この手紙を書いたやつはね。おらみたいなやつが生き残ってさ」
「そうか」
ふと空を見上げる。雲の合間から僅かに覗く太陽は、我々に何を語っているのか。
「まったくね。代わりに死んでやる、なんて言うつもりはねえけどなあ。それでも若い衆がむやみに死んでいくってのは何とも言えんわな。こんな、きらきらした目で真っ直ぐ向いてね、征ってくるって言ってね」
「そうだな」
「希望を持ったやつが希望を持ったまま死ぬんです。こんな希望もなんもねえやつが、なあんにも持たずに生き延びるんだ。神さまは良いのかねぇ、おらあなんかを生き延びさせてさ」
男はそう言って、同じように天を仰いだ。
「良いも悪いもない」
続ける。
「べつに生きることに理由などいらんさ。お前は生きている、良いじゃないか。希望なんて大層な言葉が無くったって。生きろよ二等卒、お前の命には価値がある」
彼はポカンと口を開けて、こちらを見た。
「へぇ、価値かぁ。そんな大層なもんがあるなら、ひとまず戦争が終わるまでは生きてみるか」
「うん」
しばらく間があって、再び男が口を開いた。
「……少尉さん。戦争が終わっても、おらあ真っ当に生きられるかな」
「どうかな、それはお前次第だろう。給金も出ているだろうから何か始めてみたらどうだ。飴玉屋とかな」
カラリ、と音がした。
男はわしわしと頭をかいて下を向く。
「カカッ!良いかもなあ。少尉さん、若えのにおらなんかよりずっとしっかりしてるあ」
「ふん、老けて見えるか。ま、こんなナリでもいろんな目にあって来たんでな」
「とにかく手紙は郵便係に渡して下さいよ、お願いします」
「ああ、わかったよ。私は行くが、お前も気をつけてな」
そうして男と別れた。
次の目的地は、前線が一望できる小高い観測拠点である。
……
道の端に何かがうずくまっていた。
何か、というよりも人間。子供だ。ルシヤ人というよりは日本人的ではあるが、服装が妙だ。一般的な装いではない。
さっと左手で軍刀を確認して、馬上から声をかけた。
「そこの子供、何をしている」
「いや。これは手紙か?」
包帯の巻いていない方の手に、拾った手紙らしき紙切れを手渡してやる。へこりへこりと頭を下げながら男は、私の手からそれを受け取った。
「へぇ。何かはわからねえが、若いもんから預かってやったんですわ。郵便係に渡してくれと言われたんでね、手紙でしょうね」
おれには字が読めないから何が書いてあるかはさっぱりで。と続ける。
「おらもこのざまだし、どうして郵便係に渡してこようかねぇ」
ちらりとこちらを見る。小間使いを私にせよと言いたいのか。
「ふぅ。私がしかるべき場所へ届けてやろうか?」
「ええ、ええ。それはありがたい。是非にお願いします」
にやっと笑ってそう言った。待ってましたとばかりに懐に収めたばかりの手紙を取り出す。
「いくらかあるんです。これらも一緒に良いですか」
「構わんよ、全部預かろう」
一通も十通も同じことだ。そうして何通かの手紙を受け取った。
「へへっ、おかげで肩の荷がおりましたわ」
「これは、中に何か入っている封筒もあるな。何が入っている?」
「……さあ?危険な物じゃあねえと思いますけどね。封はしていないようだし、中身を見てみたらどうです」
「ふん」
さっと、封筒の中を見る。手紙らしき物と、金属製らしき丸いものが入っている。
指を突っ込んで見るが、手紙が邪魔で突っかかって取れないので、やむなく封筒の中身を全て取り出した。
その手紙には、遺書と書かれていた。
……
父上へ
ついに俺の部隊にもルシヤの陣地へと攻撃の命令が下りました。俺もおそらく最期になると思うので、手紙を書きます。
お父さん、お世話になりました。
日頃は、恥ずかしくなんの感謝の言葉もお伝えできずに申し訳なく思っておりました。
男手ひとつでここまで育てて頂いて、市郎はまことに幸福でした。
俺は、もう時間を気にすることも無いと思いますから、時計はお送りします。どうか、どうかお父さんは一寸でも長く、生きた時間をお過ごし下さい。
俺らの攻撃で、ルシヤをこの地より追い出して見せます。勝利の一報が新聞に載るでしょうから、そうしたら市郎は見事にやったんだな、と思ってやって下さい。
お父さんの息子で良かった。今まで、ありがとうございました。
……
吹けば飛ぶような薄い紙に、歪んだ字で記されていた。暗がりで書いたのだろうか、それとも手頃な下敷きが無かったのか。
ああそして、この手紙は、そうか。皆そうか。
「辞世の句でも書いてありますか?」
「まぁ、そうだな」
彼は「へぇ」とため息のような息をひとつ漏らした。
「結局(けえっきょく)、だあれも帰ってこんかったですよ。この手紙を書いたやつはね。おらみたいなやつが生き残ってさ」
「そうか」
ふと空を見上げる。雲の合間から僅かに覗く太陽は、我々に何を語っているのか。
「まったくね。代わりに死んでやる、なんて言うつもりはねえけどなあ。それでも若い衆がむやみに死んでいくってのは何とも言えんわな。こんな、きらきらした目で真っ直ぐ向いてね、征ってくるって言ってね」
「そうだな」
「希望を持ったやつが希望を持ったまま死ぬんです。こんな希望もなんもねえやつが、なあんにも持たずに生き延びるんだ。神さまは良いのかねぇ、おらあなんかを生き延びさせてさ」
男はそう言って、同じように天を仰いだ。
「良いも悪いもない」
続ける。
「べつに生きることに理由などいらんさ。お前は生きている、良いじゃないか。希望なんて大層な言葉が無くったって。生きろよ二等卒、お前の命には価値がある」
彼はポカンと口を開けて、こちらを見た。
「へぇ、価値かぁ。そんな大層なもんがあるなら、ひとまず戦争が終わるまでは生きてみるか」
「うん」
しばらく間があって、再び男が口を開いた。
「……少尉さん。戦争が終わっても、おらあ真っ当に生きられるかな」
「どうかな、それはお前次第だろう。給金も出ているだろうから何か始めてみたらどうだ。飴玉屋とかな」
カラリ、と音がした。
男はわしわしと頭をかいて下を向く。
「カカッ!良いかもなあ。少尉さん、若えのにおらなんかよりずっとしっかりしてるあ」
「ふん、老けて見えるか。ま、こんなナリでもいろんな目にあって来たんでな」
「とにかく手紙は郵便係に渡して下さいよ、お願いします」
「ああ、わかったよ。私は行くが、お前も気をつけてな」
そうして男と別れた。
次の目的地は、前線が一望できる小高い観測拠点である。
……
道の端に何かがうずくまっていた。
何か、というよりも人間。子供だ。ルシヤ人というよりは日本人的ではあるが、服装が妙だ。一般的な装いではない。
さっと左手で軍刀を確認して、馬上から声をかけた。
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