【元幹部自衛官 S氏 執筆協力】元自衛官が明治時代に遡行転生!〜明治時代のロシアと戦争〜

els

文字の大きさ
上 下
71 / 135

第71話.吉野

しおりを挟む
中将は本気だった。
その後、事件に関与したことが疑われた青年将校が数人、拘束されたのだ。

驚いた事に、その中に見知った名前があった。
吉野吾郎(よしのごろう)。彼は三年間同じ学校で学び、同じ寮で暮らした同期である。
彼の関西弁が懐かしい。共に学び、共に遊んだ、あの吉野だ。

それを知ったとき、私は居ても立っても居られず、監禁されているという彼に会うべく面会に向かった。

薄暗い部屋、ぽつんと置かれた背もたれも無い椅子に一人座る男。うなだれているその表情は暗い。
それに、いくらか痛めつけられたのだろう、紫色のアザが出来ている。懐かしい顔だが、以前とは印象が大きく違って見えた。

「なんや……穂高(チビ)か」
「吉野。お前、何があった」

またか、そういう声が聞こえてきそうな溜息を一つ。横目でこちらを見ながら、面倒だというような口調で言った。

「何があったも何もないわ。見ての通りや」
「なぜだ。なぜ浅間中将を狙った」
「俺が狙った訳やないやろ」
「関与があれば同じ事だ」

私も部屋の外から持って来た椅子をすえて、そこに座った。二人の目線が揃う。

「……」
「……」

「穂高(チビ)、お前。今のままルシヤと戦争に向かって良いと思うんか」
「どういう意味だ」

ここには我々以外何もない。
黙っていると、彼の息づかいまで聞こえてくる。わずかな静寂の時間を破って、吉野が口を開く。

「ルシヤと戦争して、何になるんや。あんな大国に本当に勝てると思ってるんか!政治家がよ、無謀に戦争するって言うても、それを無理やって諌(いさ)めるんが陸軍のやることちゃうんか!?」
「それはそうだ、誰もが戦争など望んじゃいない。しかし、やると決まったら、絶対にやる。やらねばならない。それが陸軍(おれたち)だろうが!それを……何だかんだと!」
「じゃあ知ってるんか穂高(チビ)。浅間中将はな、未来を見てきたとかいう怪しい占い師に、お伺い立てて戦争するんやぞ!?」

占い師だと?吉野も識者(しきしゃ)について、知っているのか。
いや、直接知らずとも良くない事を吹聴している者がいるということか。

「誰がそんな事を言った?」
「誰でもええわ!平安時代や無いんやぞ、明而の世でそんなこと出来るか!イカれとるやろ!」

中将の方針に対して随分な言いようだ。
カッとなって椅子を蹴るようにおもむろに立ち上がると、向こうも立ち上がった。

「吉野……!」
「何や!」

腫れたまぶたの奥にある目と、目があう。
いや、しかし私は喧嘩をしに来た訳ではない。
一呼吸置いて、どかりと椅子に座りなおした。思わず立ち上がってしまったが、感情に流されてもしようがない。
向こうも何か考え直したのか、再び椅子に座ってしばらく目を閉じたあと、口を開いた。

「……アー子が、危ない目にあった」

アー子、初めて聞く名前だが。話の腰を折るわけにもいかんので、腕を組んだまま頷く。

「うん」

私が話を聞く体勢を取ったと理解したのだろう。彼はそのまま話を続ける。

「アナスタシアでアー子や。赤毛のよ、俺ら上手いこと行ってたんや。でもな、ルシヤとのハーフやからって、もう札幌に居場所がないねん」

吉野が語るのはミルクホールで見た給仕の女だ。そうか、惚れただのなんだのと言ってたが、なるようになっていたのか。

「国境が引かれてよ、ルシヤは敵国民なんやろ。アー子みたいな混血はなんぼでもおる、あいつらはどうしたらええねん。本州からの移住者はしらんけど、雑居地が故郷やいう者はどないしたらええんや?」

せき止められていたダムが決壊するように、吉野から言葉があふれた。

「先にルシヤが占領した言うけどな、雑居地を日本が占領するのはそれはええんか。日露(ニチル)で上手くやって行く方法を考えなあかんのちゃうんか!?」
「上手くやっていくというのは、日本が引いてルシヤの要求を呑むということか?」
「一方的に呑むっちゅうんじゃない。訳の分からん占いで戦争のやり方を決める前に、話し合いがあるやろっていうことや」

話し合いか、それはそうだ。誰だって戦争なんてしたくはない。しかし。

「話し合いは行われている。しかし、それでもどうにもならん時がある。だから、そのために我々が居るのではないのか」
「アホか。どうにか……どうにかせえや」
「吉野。お前の気持ちはわからんでもない。しかしな、仮に浅間中将が死んでも、日本の識者(うらないし)が皆死んでも、そんな事ではルシヤとの戦争は止まらんよ。お前たちがやろうとしている事は、的が外れている」
「穂高(ほたか)……!」

なるべく感情を出さぬよう、低い落ち着いた声で続ける。

「まともな話し合いをする為には、対等な立場でいる必要がある。お前が言うように、ルシヤは大国だ。浅間中将は日本を強くまとめ、交渉のテーブルになんとか辿り着かせようとしている」
「俺は!」

その後の言葉をさえぎるように、手のひらを彼に向けた。

「吉野。個人的には、私はお前の言うことに共感するよ。でもな、俺らは軍人なんだよ」

立ち上がって、部屋を出る。

「お前には明而陸軍(ここ)は向いてない」

最後にそう言い残して。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死んだ一人の少女と死んだ一人の少年は幸せを知る。

タユタ
SF
これは私が中学生の頃、初めて書いた小説なので日本語もおかしければ内容もよく分からない所が多く至らない点ばかりですが、どうぞ読んでみてください。あなたの考えに少しでもアイデアを足せますように。

銀河英雄戦艦アトランテスノヴァ

マサノブ
SF
日本が地球の盟主となった世界に 宇宙から強力な侵略者が攻めてきた、 此は一隻の宇宙戦艦がやがて銀河の英雄戦艦と 呼ばれる迄の奇跡の物語である。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

乾坤一擲~権六伝~

響 恭也
SF
天正11年、燃え盛る北庄城。すでに覚悟を決めた柴田勝家の前に一人の少年が現れる。 「やあ、権六。迎えに来たよ」 少年に導かれ、光る扉を抜けた先は、天文16年の尾張だった。 自身のおかれた立場を理解した勝家は、信長に天下をもたらすべく再び戦うことを誓う。 これは一人の武士の悔恨から生まれた物語である。

処理中です...