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第66話.告白
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ずぶりと音を立てて、白刃が身体にめり込んでいく。ゼリーのような赤黒いモノがそこから溢れ出た。
それは自らの意思を持つかのように、私の銃剣(やり)にまとわりつき、しかと握りしめる。
「……!」
離せ。そう唇が走るが、声(おと)が出ない。枯れた喉に、乾いた風が流れるのみである。
倒れ臥すルシヤ兵に突き立ったままの刃を引き抜くべく、力を込める。が、動かない。
それはまるでそうあるべきだと言わんばかりに、強固に固められている。両手で握りを持ち直し、一気に引き抜きにかかる。
その時、彼の顔がこちらを向いた。意図せずにその目と、目が合う。
『憎い』
ごぽりと、歯の間から血を零しながらそう言った。灰色の瞳、醜く歪んでいるが、どこかで見た顔だ。誰だ、何者だ、思い出せない。
「……っ」
何か言ってやろうと口を動かすが、やはり声は出ない。そうしているうちに、男は白刃を握りしめ、言った。
『憎い』
どこからそんな声が出るのか、喉の奥から直接聞こえてくる怨嗟(えんさ)の声。
そうか。こいつ、私が殺した男だ。道に迷って出てきたのか。諦めろ。そう念じて銃剣(やり)を引き抜こうとするが、やはりビクともしない。
吸い込まれそうな、生気のない瞳が近づいてくるような感覚を覚える。ぞっとする。慌てて武器を手放すと、反動で倒れたそのルシヤ兵の顔を踵で踏みつけた。
何か細かなものを踏み砕く感触が、靴の裏を通じて伝わってくる。
『憎い』
性懲りも無く、耳に入ってくるその声を搔き消すように、二度三度と何度も倒れ伏した顔面を踏み抜く。
すると、ルシヤ兵の動きは次第に鈍く、動かなくなっていった。しかし。
『憎い』
彼は肺腑も、喉も、身体のどこも動かさずに、そう言った。確かに言ったのだ。
「はっ……はっ……!」
なぜその声を止めない。
お前は死んだ、死んだはずだ。ならば声はない。死人にくちなしだろう。
その瞬間、背後からガシッと、右腕を掴まれた。慌てて振り払いながら、背後を振り向く。
ぞっとする数の、兵らが、ただ呆然と立っていた。それは全て、負傷し死んでいった者達だ。ルシヤ兵も日本兵も区別なく、ただそこに立っている。
それらは同時に言った。
『『『ーーーーーー』』』
……
飛び起きるように、ベッドから半身を起こした。背中がぐっしょりと濡れている。悪夢で起こされるなんて、何年ぶりなのか。
少し開けられた窓から、新鮮な空気(かぜ)が入り込んできた。良い天気だ。
「お目覚めになられまして?」
春の、その風のようにやわらかな響きが耳に入った。首を回して、その声の主を見る。
「ああ、明子(あきこ)さん来てくだすったのですね。ありがとうございます」
彼女は黙って微笑んだ。赤石明子、五十音順に並べればすぐに見つかりそうな名前の彼女。見舞客用の、粗末な作りの椅子にかけることを勧めると、静かに座った。
「お身体は、もう良いのですか。入院していると聞いてわたしくは心配で……」
「はい。まだ微熱が少しあるだけで、もうすっかり良いですよ」
彼女は「良かったですわ」と言って、立ち上がって嬉しそうに手を握ってきた。どこからかふわりと良い匂いがした。冷たい手が心地よい。私の体温が移り、柔らかくなったその手を握り返す。
「……」
「……」
二人の息使いだけが、部屋を支配する。
ふわりと窓から一つ、花の匂いのする風が入ってくる。「あっ、つい。わたくしったら」そう言って、彼女は手を離すとボロな椅子に座り直した。
和服に洋靴。服装のセンスは変わらないようだ。流行なのだろうか。
一つの純粋な、ある気持ちが心を染めた。
もう何か考える前にそれは言葉になって、口からあふれ出ていった。
「君が欲しい」
「……!?」
あ。と思った瞬間、明子さんの顔が首まで赤くなる。やったな。やってしまった。
「あ、あの。その、わたくしは」
「うん」
彼女は何か言いながら、四方に目を泳がせている。動揺しているのだろう。
あまりに直球で投げてしまったか、アイラブユーの訳し方にしてもいくらもある。もう少しロマンチックな言葉を探せば良かったかな。
明らかに取り乱した様子の彼女を、静かに見守る。
「ああ……なんてこと。わたくしの返事は、もう決まっているのですわ。それでも、その言葉が、お腹の奥に引っ込んでしまって出てこないんですの」
「うん」
随分と感受性が豊かな人だ。でも、だから。
「その一言が出てくるのに、とても勇気がいって。ねぇ、もう一度、先程の穂高様の言葉を下さいませんこと。そしたらきっと勇気がでますわ」
泣きそうな顔で、左右に揺れる彼女。私は意を決して、再び同じ言葉をかけた。
自然に出てしまったそれではなく、今度はしっかりと覚悟を決めて。
「もう一度言おう。君が欲しい」
「……はい」
それは自らの意思を持つかのように、私の銃剣(やり)にまとわりつき、しかと握りしめる。
「……!」
離せ。そう唇が走るが、声(おと)が出ない。枯れた喉に、乾いた風が流れるのみである。
倒れ臥すルシヤ兵に突き立ったままの刃を引き抜くべく、力を込める。が、動かない。
それはまるでそうあるべきだと言わんばかりに、強固に固められている。両手で握りを持ち直し、一気に引き抜きにかかる。
その時、彼の顔がこちらを向いた。意図せずにその目と、目が合う。
『憎い』
ごぽりと、歯の間から血を零しながらそう言った。灰色の瞳、醜く歪んでいるが、どこかで見た顔だ。誰だ、何者だ、思い出せない。
「……っ」
何か言ってやろうと口を動かすが、やはり声は出ない。そうしているうちに、男は白刃を握りしめ、言った。
『憎い』
どこからそんな声が出るのか、喉の奥から直接聞こえてくる怨嗟(えんさ)の声。
そうか。こいつ、私が殺した男だ。道に迷って出てきたのか。諦めろ。そう念じて銃剣(やり)を引き抜こうとするが、やはりビクともしない。
吸い込まれそうな、生気のない瞳が近づいてくるような感覚を覚える。ぞっとする。慌てて武器を手放すと、反動で倒れたそのルシヤ兵の顔を踵で踏みつけた。
何か細かなものを踏み砕く感触が、靴の裏を通じて伝わってくる。
『憎い』
性懲りも無く、耳に入ってくるその声を搔き消すように、二度三度と何度も倒れ伏した顔面を踏み抜く。
すると、ルシヤ兵の動きは次第に鈍く、動かなくなっていった。しかし。
『憎い』
彼は肺腑も、喉も、身体のどこも動かさずに、そう言った。確かに言ったのだ。
「はっ……はっ……!」
なぜその声を止めない。
お前は死んだ、死んだはずだ。ならば声はない。死人にくちなしだろう。
その瞬間、背後からガシッと、右腕を掴まれた。慌てて振り払いながら、背後を振り向く。
ぞっとする数の、兵らが、ただ呆然と立っていた。それは全て、負傷し死んでいった者達だ。ルシヤ兵も日本兵も区別なく、ただそこに立っている。
それらは同時に言った。
『『『ーーーーーー』』』
……
飛び起きるように、ベッドから半身を起こした。背中がぐっしょりと濡れている。悪夢で起こされるなんて、何年ぶりなのか。
少し開けられた窓から、新鮮な空気(かぜ)が入り込んできた。良い天気だ。
「お目覚めになられまして?」
春の、その風のようにやわらかな響きが耳に入った。首を回して、その声の主を見る。
「ああ、明子(あきこ)さん来てくだすったのですね。ありがとうございます」
彼女は黙って微笑んだ。赤石明子、五十音順に並べればすぐに見つかりそうな名前の彼女。見舞客用の、粗末な作りの椅子にかけることを勧めると、静かに座った。
「お身体は、もう良いのですか。入院していると聞いてわたしくは心配で……」
「はい。まだ微熱が少しあるだけで、もうすっかり良いですよ」
彼女は「良かったですわ」と言って、立ち上がって嬉しそうに手を握ってきた。どこからかふわりと良い匂いがした。冷たい手が心地よい。私の体温が移り、柔らかくなったその手を握り返す。
「……」
「……」
二人の息使いだけが、部屋を支配する。
ふわりと窓から一つ、花の匂いのする風が入ってくる。「あっ、つい。わたくしったら」そう言って、彼女は手を離すとボロな椅子に座り直した。
和服に洋靴。服装のセンスは変わらないようだ。流行なのだろうか。
一つの純粋な、ある気持ちが心を染めた。
もう何か考える前にそれは言葉になって、口からあふれ出ていった。
「君が欲しい」
「……!?」
あ。と思った瞬間、明子さんの顔が首まで赤くなる。やったな。やってしまった。
「あ、あの。その、わたくしは」
「うん」
彼女は何か言いながら、四方に目を泳がせている。動揺しているのだろう。
あまりに直球で投げてしまったか、アイラブユーの訳し方にしてもいくらもある。もう少しロマンチックな言葉を探せば良かったかな。
明らかに取り乱した様子の彼女を、静かに見守る。
「ああ……なんてこと。わたくしの返事は、もう決まっているのですわ。それでも、その言葉が、お腹の奥に引っ込んでしまって出てこないんですの」
「うん」
随分と感受性が豊かな人だ。でも、だから。
「その一言が出てくるのに、とても勇気がいって。ねぇ、もう一度、先程の穂高様の言葉を下さいませんこと。そしたらきっと勇気がでますわ」
泣きそうな顔で、左右に揺れる彼女。私は意を決して、再び同じ言葉をかけた。
自然に出てしまったそれではなく、今度はしっかりと覚悟を決めて。
「もう一度言おう。君が欲しい」
「……はい」
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