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第65話.後送
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「識者(しきしゃ)」
「うむ。未来を知る者。それが君の、この世界での立ち位置だ。
「しかし私の知る歴史と、今は、少し違う」
ギッと木製の椅子が音を立てる。
「未来は一つではないのだろう。現に他の者が話す内容も、少しずつ違う」
「成る程」
腑に落ちた。未来は変えられるとするならば、成る程そうか。
「他の識者も、それぞれ自らの国益の為にと転ばぬ先の杖を振るっているようだ。我が国も、当然そうだ」
だから日清戦争は起きなかったし、帝政ルシヤも崩壊の兆しを見せない。そういうことか。識者(しきしゃ)とやらが後押ししている。
それだけが全てではないだろうが、ある一言が歴史を変える事だってあるわけだ。
「それで、穂高少尉。君の見た未来を聞かせてくれ」
私は浅間中将に、知る限りの歴史をかいつまんで語った。防衛大学校で習った戦闘戦史がまたここで役に立つ事となった。
中将は途中で何を言うでもなく、私の話を語り終えるまで全て聞いた。
……
「やはり大体、一致するな。維新の前後までは」
「そうですか。他の者も、そうか」
なぜそこまでは一致しているのか。
考えるに、識者(しきしゃ)が出てきはじめたのが、どうにもそのあたりの年代だと言うことなのであろう。
歴史上の人物の人名は、一致しない事があるが、おおよそ起こった事柄は重なる。
「わかっているとは思うが、この事は他所に話すなよ。君が識者であるという事を知っているのは、私と、他ごく一部の人間だけだ」
「承知しました」
こくりと頷く。私に向かって浅間中将は指を指し向けながら続けた。
「識者(きみら)の在り方は、我が国の中でも扱いが難しい。奇跡主義(きせきしゅぎ)だとか。君主制を脅かす、つまりは天皇陛下に対する障害になるものだとする向きもある」
「馬鹿な」
「うむ。しかしそういった見方をする人間もいると言う事だ。私は識者(きみら)を政治の玩具(どうぐ)にしようとは思わんがね」
政治の道具か。なるほどね、ならば中将は私を戦争の道具にしてくれるのか。
「ふん。道具なら、上手く使ってくれんといかんですね」
「くはははは!」
私の言葉に、彼は大きく笑った。
「そうだな、そうだ。知っての通り日本国は今、ルシヤの脅威もあり国難の時である。使えるものは何でも使わせてもらう。そう言う事だ、良いな」
「もとより国の為に、我が国を守る為に陸軍に入りましたので」
そう言って頷く。中将は満足気に懐から煙草を取り出した。吸わない私にもわかる、上等なヤツである。
それを一本差し出して「どうだ」と言って進めてくれた。
「いえ、私は」
「遠慮は要らんぞ。喫(の)めよ」
「日頃から吸いませんので」
「ほう、珍しいな。」
中将は引っ込めた煙草を自ら咥えて、マッチで火をつけた。大きく口を膨らませると、紫煙を吐き出した。
無言で一服。
「それはそうと少尉。君はルシヤ兵に悪魔の小さい鷹(タカ)と恐れられているのは知っているかね」
「いえ」
にやりと笑いながら、彼は言った。
「なんでも地表を飛ぶ、鷹だそうだ」
「鷹か、良いですね勇猛で」
「小さい鷹だがね」
手を広げて、狭めるジェスチャーを挟む。
「ああ、でも良い。大きいボンクラよりずっと良い」
「ははっ、口が悪いな」
「すみません」
軋む椅子を抑えて、中将が立ち上がった。
「また来る。今何か聞きたいことはあるか」
「知りたい事は山程ありますが。中将閣下、最後に。二小隊の、他の将兵は無事でしょうか」
彼は口元に煙草を持っていき、一息を挟んでから言った。
「ああ。一緒に見つかった君を含む十二名は無事だ。それにあの状況の中、良く戦ったと。十二勇士などと呼ぶ者もいる。胸を張って休んでくれたまえ」
「ありがとうございます」
一緒にいた十二名は無事、か。
そう言うことだろう。ギッと音を立てて立ち上がった中将はそのまま立ち去った。
「うむ。未来を知る者。それが君の、この世界での立ち位置だ。
「しかし私の知る歴史と、今は、少し違う」
ギッと木製の椅子が音を立てる。
「未来は一つではないのだろう。現に他の者が話す内容も、少しずつ違う」
「成る程」
腑に落ちた。未来は変えられるとするならば、成る程そうか。
「他の識者も、それぞれ自らの国益の為にと転ばぬ先の杖を振るっているようだ。我が国も、当然そうだ」
だから日清戦争は起きなかったし、帝政ルシヤも崩壊の兆しを見せない。そういうことか。識者(しきしゃ)とやらが後押ししている。
それだけが全てではないだろうが、ある一言が歴史を変える事だってあるわけだ。
「それで、穂高少尉。君の見た未来を聞かせてくれ」
私は浅間中将に、知る限りの歴史をかいつまんで語った。防衛大学校で習った戦闘戦史がまたここで役に立つ事となった。
中将は途中で何を言うでもなく、私の話を語り終えるまで全て聞いた。
……
「やはり大体、一致するな。維新の前後までは」
「そうですか。他の者も、そうか」
なぜそこまでは一致しているのか。
考えるに、識者(しきしゃ)が出てきはじめたのが、どうにもそのあたりの年代だと言うことなのであろう。
歴史上の人物の人名は、一致しない事があるが、おおよそ起こった事柄は重なる。
「わかっているとは思うが、この事は他所に話すなよ。君が識者であるという事を知っているのは、私と、他ごく一部の人間だけだ」
「承知しました」
こくりと頷く。私に向かって浅間中将は指を指し向けながら続けた。
「識者(きみら)の在り方は、我が国の中でも扱いが難しい。奇跡主義(きせきしゅぎ)だとか。君主制を脅かす、つまりは天皇陛下に対する障害になるものだとする向きもある」
「馬鹿な」
「うむ。しかしそういった見方をする人間もいると言う事だ。私は識者(きみら)を政治の玩具(どうぐ)にしようとは思わんがね」
政治の道具か。なるほどね、ならば中将は私を戦争の道具にしてくれるのか。
「ふん。道具なら、上手く使ってくれんといかんですね」
「くはははは!」
私の言葉に、彼は大きく笑った。
「そうだな、そうだ。知っての通り日本国は今、ルシヤの脅威もあり国難の時である。使えるものは何でも使わせてもらう。そう言う事だ、良いな」
「もとより国の為に、我が国を守る為に陸軍に入りましたので」
そう言って頷く。中将は満足気に懐から煙草を取り出した。吸わない私にもわかる、上等なヤツである。
それを一本差し出して「どうだ」と言って進めてくれた。
「いえ、私は」
「遠慮は要らんぞ。喫(の)めよ」
「日頃から吸いませんので」
「ほう、珍しいな。」
中将は引っ込めた煙草を自ら咥えて、マッチで火をつけた。大きく口を膨らませると、紫煙を吐き出した。
無言で一服。
「それはそうと少尉。君はルシヤ兵に悪魔の小さい鷹(タカ)と恐れられているのは知っているかね」
「いえ」
にやりと笑いながら、彼は言った。
「なんでも地表を飛ぶ、鷹だそうだ」
「鷹か、良いですね勇猛で」
「小さい鷹だがね」
手を広げて、狭めるジェスチャーを挟む。
「ああ、でも良い。大きいボンクラよりずっと良い」
「ははっ、口が悪いな」
「すみません」
軋む椅子を抑えて、中将が立ち上がった。
「また来る。今何か聞きたいことはあるか」
「知りたい事は山程ありますが。中将閣下、最後に。二小隊の、他の将兵は無事でしょうか」
彼は口元に煙草を持っていき、一息を挟んでから言った。
「ああ。一緒に見つかった君を含む十二名は無事だ。それにあの状況の中、良く戦ったと。十二勇士などと呼ぶ者もいる。胸を張って休んでくれたまえ」
「ありがとうございます」
一緒にいた十二名は無事、か。
そう言うことだろう。ギッと音を立てて立ち上がった中将はそのまま立ち去った。
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