【元幹部自衛官 S氏 執筆協力】元自衛官が明治時代に遡行転生!〜明治時代のロシアと戦争〜

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第55話.作戦

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霧の中を真っ直ぐ後退する。
突撃を敢行した第二小隊の後退は、統制を取り戻した第一小隊が射撃支援した。
にわかにルシヤ兵の先陣を混乱に陥(おとしい)れた斬り込みのお陰で、態勢を立て直す事ができたのだ。

こちらもあちらも意図せぬ遭遇戦であったため、ともすれば全滅の可能性すらあった。それが離脱できたのは各小隊の連携と中隊長の英断の成果と言えるだろう。

しかし。
いくら攻撃が成功したと言っても、こちらの損害も無視できない。
うめき声と、それを押し殺した声はとどまらない。両脇から抱えられて足を引き摺る者、倒れて再び起き上がる事のできない者。
今朝まで共に飯を食い、話をしていた者が、ほんの数分の戦闘でそうだ。
実戦とは、実戦とはこういうことか。
しばらく後退して、霧が晴れた頃、士官連中が中隊長の下に集った。

「各小隊の損害はどうか?」

中隊長はそう言いながら負傷者をちらりと見ると、すぐに目線を上げた。すぐさま点呼が行われ、被害が浮かび上がった。
部隊前方の第一小隊は、死者5名負傷者10名。銃剣突撃を敢行(かんこう)した我々第二小隊は、死者無し、負傷者5名である。
部隊後方の第三小隊においては、死者負傷者共に無かった。

「想定外である、貴様らの意見を聞きたい」

中隊長は横たわった木に腰掛けて地図を広げながらそう言った。湿り気を帯びた倒木は、ぬらりと緑色に光っている。

「想定外であったのは敵も同じようです。我が方の攻撃は成功と考えて良いでしょう。混乱に乗じてルシヤに追撃し、それを撃滅すべきです」

第三小隊の小隊長が言った。
確かに浮き足立った所を刺せた。しかし、あの動きは後ろに兵がつかえているような感じであったように思う。

「穂高、何か?」
「はい。ルシヤ軍は後続にも部隊が控えている可能性があります。今は混乱していますが、態勢を立て直した場合には撃滅されるのは我が方になるかもしれません。まずは引き、どこで敵を止めるのかを考えるべきではないでしょうか」

それに我々(こっち)は引いて見せた。後続がないのはルシヤに筒抜けだ。

「そうだな。ルシヤの指揮官も、こちらが引いたのだから追撃も考えよう。それを止めつつ、聯隊本部(れんたいほんぶ)に増援の要求を出す」
「はい」

となれば、どこで止めるか。
天城少尉がアゴの下に指を置いて、考えるような仕草をしながら意見を出す。

「やはり緊要地形となるは、あの橋ですね」
「そうだな。橋を奪われた場合、不利になるそうなると……」

中隊長が鋭い目つきで地図を睨みつける。それを立ったまま我々が見守った。決を待つ事、数分。おもむろに彼は口を開いた。

「良し。中隊主力は橋の前方に布陣、ここからこの間でルシヤ兵を食い止める。天城少尉率いる第二小隊はそこに至るまでの隘路(あいろ)にて敵の減殺(げんさい)に努めよ。第一小隊は負傷兵を連れて、聯隊本部に帰還せよ」
「「はい!」」

気持ち姿勢を正して、返事をした。
我はこうする、部下はどうする、兵站人事、指揮通信だ。

「第一小隊、月山少尉!書状を出す。それを持って聯隊本部(れんたいほんぶ)に応援を要請してこい」
「了解しました」

言い終わると、中隊長が士官の目を一人づつ見て回った。そして一呼吸置いて口を開いた。

「よし。作戦を開始する」


……


道を戻っていく中隊本部を見送った後、我々第二小隊だけで打ち合わせをした。山中の斜面に屈んだまま、話をする。
兵らは煙草を呑みたがったが、ひとまずは禁煙にした。あまり痕跡を残したくない。
天城小隊長が、ジッと私の顔を見て話し始めた。

「減殺(げんさい)が任務であるが、どうする。何か策はあるか?ルシヤの人数も分からんが」

雑な相談だが、そうくると思っていた。

「そうですね。敵の通り道に穴でも掘るか、それとも木でも倒しますか」

「この地形は一本道と言っても良いでしょう、ルシヤが来るなら経路は見えている」と続ける。

「通る場所が割れているなら、道を塞げば良い、か?」
「そうですね、それが良いでしょう」

この道を通らねば、道なき山中を歩く他ない。そうなれば遭難するのが関の山であろう。

「足を止めて、そこを適当に突っつく」

手のひらを丁字に交差させたジェスチャーをする。敵を足止めして、そこを攻撃するという意図である。

「藪をつつけば、蛇はこちらに噛み付くやも知れんぞ」

その言葉に覚悟はあるのか。そう聞かれた気がした。

「ならばもっと良い、山に逃げます。いくらか注意を引けば、聯隊本部(れんたいほんぶ)の応援を呼ぶ時間を稼げる」
「ふっ、そうか」

ニヤリと微笑んだ。

「敵が大部隊で、山狩りされたらどうするかな」
「白旗あげて降参するか、さもなければ逃げに逃げて、どうしようもなければ討ち死にですかね」

小隊長は瞬間、目を丸くしたかと思うと笑いながら言った。

「ははっ、討ち死にか」
「しようがない」

任務は成功させるし、やるべきことは全てやる。命あっての物種だが、それでも駄目ならしようがない。

「そうだな、しようがないか」
「ええ。でも死ぬ気はありませんよ。私も、小隊長も、兵も。任務は成功させて生きて戻りましょう」
「当然だ。まだまだ働かねばな」

そう頷きあった。
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