41 / 135
第41話.兵科
しおりを挟む
「おい穂高(ちび)!どうやった?」
「ああ、歩兵科に決定したよ」
「希望通りか、良かったな!」
そう言って肩を叩くのは吾妻と吉野だ。
事務所の前には学生が屯(たむろ)していた。真っ黒な頭をぞろぞろ揃えて、どうだどうだと聞いてくる。
私達にとって兵科の決定は、学生史上最大のイベントなのである。ここでの配属が、軍人としての一生を左右すると言っても過言ではないのだ。
ちなみに吾妻は歩兵科、理系の吉野は砲兵科に内定している。彼らも希望通りの兵科である。
「良いよなぁ。俺は輜重(しちょう)兵科だよ。これで一生、裏方で決まりってか」
「おいおい腐るなよ、馬に乗りたかったんだろ。乗れるじゃないか、それに後方支援も重要な兵科だと教諭も言っていただろう」
「ちぇ」
輜重(しちょう)兵に決まった十円ハゲの男と、霧島が慰めあっている。彼らの言うように明而の輸送は馬力に頼っている。
当然馬を使うし、乗馬にも秀でていなければならない。輜重(しちょう)兵の将校は、サーベルを佩刀(はいとう)し騎兵銃を背負う。その姿格好は騎兵と何も変わらない。
「お前らは良いじゃないか。俺なんか工兵、穴掘りだよ」
そう言って、一人が円匙(えんぴ)で土を掘る真似をしておどけて見せる。どっと笑いが巻き起こった。何だかんだと事務所の前で騒いでいると、中から岩木教諭(じゅうけんせんせい)が赤い顔で飛び出して来た。
「貴様らッ!事務所の前で何事かッ!!」
廊下に響き渡る怒号。久しぶりの大声に内臓が痺れる。一瞬で廊下が静まり返った。
ああ今から「教育」が始まるな。学生連中が、そんな覚悟をしたその時、近づいてくる足音が聞こえた。
カッカッ……カッカッ……。
現れたのは高尾教諭だ。
彼は私達の中でも最も重症であったため離れた病院に入院した。それで便りでしか近況を知らされていなかったのだが。
もう退院したとは、聞かされていなかった。
「久しぶりに来てみれば、また問題か」
「おお高尾!退院したのか」
「おかげさんでな、もう動くには支障は無い。腕はこの通りだが」
そう言って見せたのは鉛色に光る右腕である。今回の雪山訓練で指腕を切断の目にあった者には、お上から義手義指が下賜されたらしい。
「穂高……」
ずいっと人を掻き分けて、高尾教諭が私の前に立つ。
その顔は、ブラックジャックのように皮膚の色が半分違う。顔面も凍傷になったということだから、そのせいであろう。
「穂高、世話になった」
そう言って無事な方の手(左手)で握手を求められた。こちらも一歩、歩み寄り左手に右手を添えて握り返す。
手のひらから熱い体温が伝わって来た。それは皮の下の、その血潮を感じるようであった。
「教諭(せんせい)も、ご無事で何よりです。それにあのままでは私もただ死ぬ他無かった。それを救ってくれたのはこの連中(れんじゅう)です」
「そうだな。皆も助かった」
そう言って僅かに頭を下げた。
瞬間、わあと声が上がり高尾教諭を一斉に黒い制服が囲んだ。先生、先生と再会を喜ぶ声が聞こえてくる。
これで全員が北部方面総合学校に戻ってきた。漸(ようや)くあの事故に区切りがついた、そういう実感が湧いて来たのだった。
「ああ、歩兵科に決定したよ」
「希望通りか、良かったな!」
そう言って肩を叩くのは吾妻と吉野だ。
事務所の前には学生が屯(たむろ)していた。真っ黒な頭をぞろぞろ揃えて、どうだどうだと聞いてくる。
私達にとって兵科の決定は、学生史上最大のイベントなのである。ここでの配属が、軍人としての一生を左右すると言っても過言ではないのだ。
ちなみに吾妻は歩兵科、理系の吉野は砲兵科に内定している。彼らも希望通りの兵科である。
「良いよなぁ。俺は輜重(しちょう)兵科だよ。これで一生、裏方で決まりってか」
「おいおい腐るなよ、馬に乗りたかったんだろ。乗れるじゃないか、それに後方支援も重要な兵科だと教諭も言っていただろう」
「ちぇ」
輜重(しちょう)兵に決まった十円ハゲの男と、霧島が慰めあっている。彼らの言うように明而の輸送は馬力に頼っている。
当然馬を使うし、乗馬にも秀でていなければならない。輜重(しちょう)兵の将校は、サーベルを佩刀(はいとう)し騎兵銃を背負う。その姿格好は騎兵と何も変わらない。
「お前らは良いじゃないか。俺なんか工兵、穴掘りだよ」
そう言って、一人が円匙(えんぴ)で土を掘る真似をしておどけて見せる。どっと笑いが巻き起こった。何だかんだと事務所の前で騒いでいると、中から岩木教諭(じゅうけんせんせい)が赤い顔で飛び出して来た。
「貴様らッ!事務所の前で何事かッ!!」
廊下に響き渡る怒号。久しぶりの大声に内臓が痺れる。一瞬で廊下が静まり返った。
ああ今から「教育」が始まるな。学生連中が、そんな覚悟をしたその時、近づいてくる足音が聞こえた。
カッカッ……カッカッ……。
現れたのは高尾教諭だ。
彼は私達の中でも最も重症であったため離れた病院に入院した。それで便りでしか近況を知らされていなかったのだが。
もう退院したとは、聞かされていなかった。
「久しぶりに来てみれば、また問題か」
「おお高尾!退院したのか」
「おかげさんでな、もう動くには支障は無い。腕はこの通りだが」
そう言って見せたのは鉛色に光る右腕である。今回の雪山訓練で指腕を切断の目にあった者には、お上から義手義指が下賜されたらしい。
「穂高……」
ずいっと人を掻き分けて、高尾教諭が私の前に立つ。
その顔は、ブラックジャックのように皮膚の色が半分違う。顔面も凍傷になったということだから、そのせいであろう。
「穂高、世話になった」
そう言って無事な方の手(左手)で握手を求められた。こちらも一歩、歩み寄り左手に右手を添えて握り返す。
手のひらから熱い体温が伝わって来た。それは皮の下の、その血潮を感じるようであった。
「教諭(せんせい)も、ご無事で何よりです。それにあのままでは私もただ死ぬ他無かった。それを救ってくれたのはこの連中(れんじゅう)です」
「そうだな。皆も助かった」
そう言って僅かに頭を下げた。
瞬間、わあと声が上がり高尾教諭を一斉に黒い制服が囲んだ。先生、先生と再会を喜ぶ声が聞こえてくる。
これで全員が北部方面総合学校に戻ってきた。漸(ようや)くあの事故に区切りがついた、そういう実感が湧いて来たのだった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
装甲列車、異世界へ ―陸上自衛隊〝建設隊〟 異界の軌道を行く旅路―
EPIC
ファンタジー
建設隊――陸上自衛隊にて編制運用される、鉄道運用部隊。
そしてその世界の陸上自衛隊 建設隊は、旧式ながらも装甲列車を保有運用していた。
そんな建設隊は、何の因果か巡り合わせか――異世界の地を新たな任務作戦先とすることになる――
陸上自衛隊が装甲列車で異世界を旅する作戦記録――開始。
注意)「どんと来い超常現象」な方針で、自衛隊側も超技術の恩恵を受けてたり、めっちゃ強い隊員の人とか出てきます。まじめな現代軍隊inファンタジーを期待すると盛大に肩透かしを食らいます。ハジケる覚悟をしろ。
・「異世界を――装甲列車で冒険したいですッ!」、そんな欲望のままに開始した作品です。
・現実的な多々の問題点とかぶん投げて、勢いと雰囲気で乗り切ります。
・作者は鉄道関係に関しては完全な素人です。
・自衛隊の名称をお借りしていますが、装甲列車が出てくる時点で現実とは異なる組織です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゼレンスキー大統領 逮捕劇へ幕閉め ロシア プーチン大統領 続投へ 六年続投へ 尖閣諸島 問題があった 三頭政治
すずりはさくらの本棚
現代文学
『ゼレンスキー大統領 逮捕劇へ幕閉め ロシア プーチン大統領 続投へ 六年続投へ 尖閣諸島 問題があった 三頭政治』
ゼレンスキー大統領 逮捕劇へ幕閉め
ロシア プーチン大統領 続投へ 六年続投へ
尖閣諸島 問題があった
尖閣諸島をめぐっては、中国や台湾などから領有権に関する主張がなされています。
中国は、尖閣諸島が古くから中国の領土であると主張しています。その根拠としては、中国の古文書や地図に尖閣諸島の記述があることや、地理的にも中国に近いことなどを挙げています。また、日清戦争の結果として下関条約が結ばれ、尖閣諸島が日本に割譲されたという主張もありますが、日本は1895年1月に尖閣諸島を領土編入しており、下関条約締結時には既に日本の領土となっていました。
一方、台湾は尖閣諸島を中国と主張しており、地理的、地質的に台湾と連なっており、台湾に附属する島々であると主張しています。
日本政府は、尖閣諸島は歴史的にも国際法上も日本固有の領土であり、有効に支配していると主張しています。1895年1月に国際法上正当な手段で日本の領土に編入し、第二次世界大戦後もサンフランシスコ平和条約において日本の領土として扱われています。
三頭政治(さんとうせいじ、ラテン語: triumviratus)は、共和政ローマ末期に現れた政治体制で、共和政から帝政に移行する間に生じた3人の実力者による寡頭政治体制。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる