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第6話.討伐隊
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討伐隊の拠点に到着したのは、もう日が沈む頃であった。役場の建物は木造だが、ガラスの入った窓からはランプの優しい明かりが漏れている。
山から降りてきたような人間であれば、ガラス窓に灯油ランプとは、さすが官営の屋舎だと文明の風を感じるべき所だろう。
しかし前世の記憶を持つ私からすると、この風景には、えもいえぬ今風(コンテンポラリー)と懐古(ノスタルジー)が混同した奇妙さを感じる。
「おい、入れよ」
ぬっと髭面が目の前に現れた。
玄関前でぼうっとして立っているところを池口一等巡査に急かされたのだ。「すみません」と慌てて返事をして扉に飛び込んだ。
ふわと暖かい空気が蛇のように絡みついた。丸みを帯びた寸胴型のダルマストーブを囲んで、野良着の人間が集まって何ごとか話をしている。
そのストーブから少し離れた位置で机に向かっていた眼鏡をかけた男が、こちらに気がついて歩み寄って来た。この男の制服は警官のそれとはデザインが違う、おそらく役場の者だろう。
「おお、池口巡査。戻られましたか」
「今戻りました。戸長(こちょう)、首尾はどうなっていますかな」
「村の女子供は私の屋敷に避難して貰いました。男衆はここに、それに近くの鉄砲持ちにも応援に来てもらっています」
「以降変わった事は?」
「ヒグマの姿は見ていませんが、しかし避難の際にうなり声を聞いたというものが何名かおります。もしや近くまで来ているという事もあるのでしょうか」
「……それは。あまり楽観視もできないな」
池口巡査が何事かを考えてうつむいた。突っ立っている我々に気がついた戸長(こちょう)と呼ばれた男が話を続ける。
「それでそちらは?」
「ああ、猟師(マタギ)の穂高だ。在宅中であったために応援を頼んだ」
話を振られて爺様が言った。
「穂高信吉です、これば孫の進一」
イントネーションが不自然だ。成る程、なるべく訛りをなくそうと努力しているらしい。爺様の紹介を受けて私も口を開いた。
「穂高進一です。よろしくお願いします」
「ああ、御助力感謝します。私はここの責任者の雪倉(ゆきくら)です。寒かったでしょう、どうぞストーブにあたって。また動員の際には声をかけますので、それまでは自由にして下さい」
「お気遣いありがとうございます」
雪倉戸長の好意で暖かい場所に案内された私と爺様は、さきにストーブを中心に車座(くるまざ)になっている男達に会釈をしながら、その輪に入った。老若二十人程いる中の一人、猫背で年寄りの男が爺様に話しかけた。
「おう、信吉さん来てくれたか。本当に助かるよ、百人力だ」
「なんもなんも。どんだ?」
爺様の問いかけに、周りの表情がぐっと重くなる。
「平太のトコがみんなやられた。子供共々、真っ二つに裂かれて死んだ。嫁さんはまだ行方不明だ」
「喰われてだか?」
「いや顔もわからないくらい酷かったが、体は残こっとった。家で寝ている時に、皆やられたんだろう。かわいそうに……」
男は目をそらすようにうつむいた。
寝ている所を襲撃されたのか。人家を恐れず入って来たとなると、すでに人の味を覚えた羆かも知れないな。
肩にかけた毛皮を脱ぎ、尻の下に敷く。ゆっくりと見回すと、男たちのうち鉄砲を持った者は三人。多くの者は刃物を携帯している。鉈やクワ……どこから持ち出したのか刀を持っている者もいる。この雪袴(モンペ)の男たちは、襲撃を受けた村落の者たちなのだろう。
「それもよお、平太のとこは下の子が産まれるって言って喜んでたところなんだぞ。許せねえ」
「絶対に殺してやる敵討ちだ!」
「おうよ。この手でヒグマの首を斬り飛ばしてやるぞ」
村の若い男達は、血気盛んに武器を握りしめて決意を語る。その言葉には危ういものを感じる。
「待って下さい。ヒグマは強靭な皮膚を持っているので、そう刃は通らない。鉄砲でないと討ち取れぬと思った方がいい、それも至近距離で何人も同時に撃ち掛けねば、半矢になるどころか向かってくる。そうなれば……」
つい口を出た私の言葉に反応して、ぎょろりと男達の視線が集まった。
「おい、いきなり入って来て偉そうな事を言うな。坊主」
「子供のくせに鉄砲なんて抱えやがって、信吉さんの知り合いか?」
「あ、いや。わしは……」
噛みつくような勢いで若い男達の矛先がこちらに向いた。余計な言葉で、つい刺激してしまったようだ。
どう言い繕うべきかと考えていると、年長の背中の曲がった男が助け舟を出してくれた。
「この人は信吉さんのお孫さんだ、この歳で一人前のマタギだよ。何回も生業でヒグマの相手をして来とるんだ。お前達の方が偉そうな事をいうない」
「ああ、お孫さんなのか。通りで鉄砲を持っているわけだ」
「いや悪かった」
「こちらこそすみません、名乗りもせずに」
信吉の孫と知り、急に態度が軟化したところを見ると、この村では爺様は割と名が売れているらしい。虎の威を借る狐ではあるが、助かった。
村落の男達と話をしつつ、だるまストーブに薪をくべる。もう窓ガラスにはのっぺりとした黒が塗られている。
そうこうしていると、制服組が何やら騒ぎ始めていた。
……
※戸長は明治前期の村役人の役職である。戸長役場で戸籍に関わる事務や、明治新政府の命令を伝達した。
山から降りてきたような人間であれば、ガラス窓に灯油ランプとは、さすが官営の屋舎だと文明の風を感じるべき所だろう。
しかし前世の記憶を持つ私からすると、この風景には、えもいえぬ今風(コンテンポラリー)と懐古(ノスタルジー)が混同した奇妙さを感じる。
「おい、入れよ」
ぬっと髭面が目の前に現れた。
玄関前でぼうっとして立っているところを池口一等巡査に急かされたのだ。「すみません」と慌てて返事をして扉に飛び込んだ。
ふわと暖かい空気が蛇のように絡みついた。丸みを帯びた寸胴型のダルマストーブを囲んで、野良着の人間が集まって何ごとか話をしている。
そのストーブから少し離れた位置で机に向かっていた眼鏡をかけた男が、こちらに気がついて歩み寄って来た。この男の制服は警官のそれとはデザインが違う、おそらく役場の者だろう。
「おお、池口巡査。戻られましたか」
「今戻りました。戸長(こちょう)、首尾はどうなっていますかな」
「村の女子供は私の屋敷に避難して貰いました。男衆はここに、それに近くの鉄砲持ちにも応援に来てもらっています」
「以降変わった事は?」
「ヒグマの姿は見ていませんが、しかし避難の際にうなり声を聞いたというものが何名かおります。もしや近くまで来ているという事もあるのでしょうか」
「……それは。あまり楽観視もできないな」
池口巡査が何事かを考えてうつむいた。突っ立っている我々に気がついた戸長(こちょう)と呼ばれた男が話を続ける。
「それでそちらは?」
「ああ、猟師(マタギ)の穂高だ。在宅中であったために応援を頼んだ」
話を振られて爺様が言った。
「穂高信吉です、これば孫の進一」
イントネーションが不自然だ。成る程、なるべく訛りをなくそうと努力しているらしい。爺様の紹介を受けて私も口を開いた。
「穂高進一です。よろしくお願いします」
「ああ、御助力感謝します。私はここの責任者の雪倉(ゆきくら)です。寒かったでしょう、どうぞストーブにあたって。また動員の際には声をかけますので、それまでは自由にして下さい」
「お気遣いありがとうございます」
雪倉戸長の好意で暖かい場所に案内された私と爺様は、さきにストーブを中心に車座(くるまざ)になっている男達に会釈をしながら、その輪に入った。老若二十人程いる中の一人、猫背で年寄りの男が爺様に話しかけた。
「おう、信吉さん来てくれたか。本当に助かるよ、百人力だ」
「なんもなんも。どんだ?」
爺様の問いかけに、周りの表情がぐっと重くなる。
「平太のトコがみんなやられた。子供共々、真っ二つに裂かれて死んだ。嫁さんはまだ行方不明だ」
「喰われてだか?」
「いや顔もわからないくらい酷かったが、体は残こっとった。家で寝ている時に、皆やられたんだろう。かわいそうに……」
男は目をそらすようにうつむいた。
寝ている所を襲撃されたのか。人家を恐れず入って来たとなると、すでに人の味を覚えた羆かも知れないな。
肩にかけた毛皮を脱ぎ、尻の下に敷く。ゆっくりと見回すと、男たちのうち鉄砲を持った者は三人。多くの者は刃物を携帯している。鉈やクワ……どこから持ち出したのか刀を持っている者もいる。この雪袴(モンペ)の男たちは、襲撃を受けた村落の者たちなのだろう。
「それもよお、平太のとこは下の子が産まれるって言って喜んでたところなんだぞ。許せねえ」
「絶対に殺してやる敵討ちだ!」
「おうよ。この手でヒグマの首を斬り飛ばしてやるぞ」
村の若い男達は、血気盛んに武器を握りしめて決意を語る。その言葉には危ういものを感じる。
「待って下さい。ヒグマは強靭な皮膚を持っているので、そう刃は通らない。鉄砲でないと討ち取れぬと思った方がいい、それも至近距離で何人も同時に撃ち掛けねば、半矢になるどころか向かってくる。そうなれば……」
つい口を出た私の言葉に反応して、ぎょろりと男達の視線が集まった。
「おい、いきなり入って来て偉そうな事を言うな。坊主」
「子供のくせに鉄砲なんて抱えやがって、信吉さんの知り合いか?」
「あ、いや。わしは……」
噛みつくような勢いで若い男達の矛先がこちらに向いた。余計な言葉で、つい刺激してしまったようだ。
どう言い繕うべきかと考えていると、年長の背中の曲がった男が助け舟を出してくれた。
「この人は信吉さんのお孫さんだ、この歳で一人前のマタギだよ。何回も生業でヒグマの相手をして来とるんだ。お前達の方が偉そうな事をいうない」
「ああ、お孫さんなのか。通りで鉄砲を持っているわけだ」
「いや悪かった」
「こちらこそすみません、名乗りもせずに」
信吉の孫と知り、急に態度が軟化したところを見ると、この村では爺様は割と名が売れているらしい。虎の威を借る狐ではあるが、助かった。
村落の男達と話をしつつ、だるまストーブに薪をくべる。もう窓ガラスにはのっぺりとした黒が塗られている。
そうこうしていると、制服組が何やら騒ぎ始めていた。
……
※戸長は明治前期の村役人の役職である。戸長役場で戸籍に関わる事務や、明治新政府の命令を伝達した。
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