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第5話.少年カラ青年

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それから三年の月日が流れ、私は十六になった。しかし爺様譲りなのだろうか、全く身長は伸びない。百五十センチ程で止まってしまった。

しかし伸びなかった身長とは裏腹に、山で生きる能力(ちから)と言うのは格段に伸びた。
もう爺様にも遅れを取らない山歩きができるし、生来の目の良さも手伝って射撃の腕前は誰にも負けない。
今では爺様に代わって私が鉄砲を握らされている。

そうしたある日、昼過ぎの事だった。

囲炉裏に当たって爺様と話をしていると、どんどんどんっと戸が叩かれた。爺様の家に客人が、それも雪積もる冬に来るとは珍しい。

「穂高信吉(ほたかしんきち)!猟師(マタギ)の信吉はいるか!」

大きく喚き立てる声に、静かに立ち上がった爺様が戸を開ける。
そこには、黒い制服を着た男が三人立っていた。帽子を被り、真ん中の男はサーベルを佩刀(はいとう)している。警察官であろうか。

「穂高信吉だな」
「んだ……はい」
「池口一等巡査だ、話がある」
「巡査殿が、何のようで?」

聞いたことのない声で、爺様が返答する。
真ん中に立つ髭を生やした男が、ちらりとこちらを見て言った。

「子供に聞かせる話ではない。少し表へ出て貰おう」

爺様はこちらに手で合図をすると、男達と共に外へ出ていった。軒にはつららがいくつかできており、その氷槍の表面のこぶが太陽の光をちらちらと乱反射している。すっと戸が閉められた。

そうして五分程が過ぎたころ。
随分弱くなった火勢を戻す為に、焚き木を火にくべていると、再び戸が開いた。真っ直ぐに爺様が立っている、その表情からは何も読み取れない。

「じさま?」

声をかけると、警察官共々中に入ってきた。
私にも話を聞いて貰う事にしたと言って、そのまま囲炉裏端に腰を下ろした。各人に白湯を出す。

良いニュースではなかった。ふもとの村落でヒグマによる襲撃があったのだ。しかも、それは見たこともないような巨羆で、一家三人が殺されたそうだ。

「この時期にですか……?冬眠しなかったモノが居たのか、起きてしまったのか。全く普段のものではありませんね」

考えていることが思わず口を出た。
一般的には、この時期のヒグマは冬眠しているはずである。

「そうだ、しかも随分狡猾なやつで我々討伐隊から身を隠し続けている。それでお主らマタギにも協力を求めて来たのだ、餅は餅屋だと思ってな」

三名の警察官のうち一番年長であろう髭の男が、そう言いながら手袋を外した。それを囲炉裏の火が当たるよう立てかける。濡れた手袋と手を乾かそうというのだろう。
「お前たちも乾かしておけ」と声がかかると他の二人もそれに続いた。

黙って見ていると、驚いた事に爺様がこちらを向いて「どうする」と聞いた。私の事を一人前の男として認めてくれているのだ。

「それは……」

口を開きかけた私の方を、三つの目が見た。
ふもとの村落までは人の足で二時間余り。私達の生活圏内で起こった事件である、断る事はできないだろう。
決意した私の顔を見て、爺様は静かに頷いた。

「近隣の、言わばわしらの縄張り内のヒグマです。是非協力させて頂きたい」
「おう、やってくれるか。では討伐隊の拠点となっている役場に案内しよう。日が暮れてはいかんから、すぐに出発したいがどうか?」
「鉄砲と装備の準備があるので……そうですね、手袋が乾く程度の時間を頂ければ」
「あいわかった。では、このまま待たせて貰おう。急げよ」

髭の警察官は湯のみの白湯を飲み干して、手を組んであぐらをかきなおした。
この時代の警察官というのは、旧士族の登用が多い。まず読み書きが出来る上、刀剣格闘に精通しているというのが理由の一つである。
この男の振る舞いも、いちいち居丈高(いたけだか)に見えるのは士族と平民という時代錯誤な、そういう驕りからも来ているのだろうか。
爺様と一緒に、いつもの狩猟(マタギ)道具を手早く準備する。

「五郎おじも居れば良かったのだが」
「ふん」

私の言葉に爺様は、動きを止めずに鼻先で短く返事をした。
吉五郎は折悪しく町に出稼ぎに出ているので不在である。それは別段珍しい事ではない。
私たち家族は、狩猟に適した以外の期間には内職や物売りをしたり、出稼ぎに出たりして生活しているのだ。

「進一、準備いが」

先んじて装備を整えて立ち上がった爺様に、短く完了の返事をする。

「準備整いました」

その言葉を聞いて警察官達も立ち上がる。

「良し、では出発するとしよう。良いな」

私達が並んで頷いた後、部下であろう男達も直立のまま応じた。
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