甘雨ふりをり

麻田

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第29話

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 ふう、と熱を孕んだため息をゆったりと吐く。その原因にある腹部を撫でる。ここにあるオメガが、彼を待ち望んでじくじくと疼き出している。
 今日、いつも通り佳純と別れて自室についた頃、動機が激しくなりはじめた。いつものカバンを持ち、届出を書いてシェルターに来た。初めて書く佳純の名前に唇がかすかに震えるほどドキドキした。
 ドアが閉まるとまた体温が上がるのがわかる。ベッドの下にカバンを置いて、首輪をつけた。本当はつけたくなかったけど、佳純の人生に自分がこれからもずっと関わるのは図々しいかなと思い、仕方なしに装着する。その事実にちくん、と胸の奥が痛んだが、まだ今は、だよ、と自分に言い聞かせた。佳純がこれからも僕と歩んでくれるというなら、喜んで受け入れようと小さく笑った。
 呼吸が短くなるのがわかったので、彼にシェルターの番号を伝えようと携帯のアプリを立ち上げる。この携帯は、佳純が僕に貸してくれたものだ。二台持ってるから、と帰り道で渡された。貸す代わりに、いち早く発情期に入ったら連絡をしろと言われている。彼の番号しか入っていない、おそらく僕のために契約してくれたのであろうその携帯を微笑みながら、操作する。
 その時に、ガチャとオートロックのドアが開く音がした。彼が来てくれたんだ、となぜかわからないが僕の脳はそう決めつけていた。ドアが閉まりオートロックがかかる音がし、玄関に急いで行くと、僕は緩んでいた頬は固まり、目を見張った。

「なな」

 靴を脱ぐ彼は、僕に微笑んだ。

「な、んで……」

 ず、と後退るが、すぐに柱にぶつかってしまい後ろに下がれない。瞠目した目は彼から離せない。背中を汗がつたった。

「なな、発情期だろ?俺が要ると思って」

 平気な顔をして、頬を緩めながら、去年の頃と同じような調子で話しかけてくる。
 鍵が開いたことも、ここがわかったことと、今更僕のもとにやってくることも、全部彼が僕の目の前にいることが疑問でならない。そして、底知れぬ気味の悪さが僕の顔色を奪う。
 怖い。そう思った瞬間、部屋の中にある携帯目掛けて走ったが、叶わず手首を掴まれ、背中から彼の体温が伝わってくる。

「しゅ、いち……なん、で……」

 耳裏を、す、と彼の鼻が擦り付けられ空気を吸い込まれると、さ、と身体の熱が捌けるのがわかる。ぎゅとさらに力を込めて抱きしめられる。

「なな…ずっと会いたかった……」

 数ヶ月前の僕は、この甘い言葉も温かい体温も心地よく、ずっと求めていたものだった。でも、今は身体が、これではないと警鐘を鳴らしている。耳裏や首筋に唇が吸い付いてくる。ぞわ、と悪寒が走り、声が出る。

「や、やめて…やめてよ、秀一…」

 彼の腕に手をかけるが指先が震え、力が入らない。

「なな、怒ってる?しばらく相手出来なくてごめんって…どうしても、部活のせいで抜けられなくてさ」

 違うでしょ…、あの転校生と、仲良く笑ってたじゃないか…
 また、嘘をつかれている。佳純が、ずっとずっと、僕のそばにいてくれて、あっためてくれて、ようやく塞がった穴なのに、後ろにいる男が、またこじ開けようとしている。抱きしめられたその身体からは、秀一の匂いに紛れて、嫌なにおいがした。あのオメガのにおいだ…。嫌悪感に鳥肌が立つ。

「や、やだ…っ、離して、秀一…っ」

 勇気を出して、身を捩り腕からの脱出を試みる。がたがたと身体が震え、指先が冷たくなる。腕を解かせ、逃げようとすると腕を掴まれ、今度は正面から抱きすくめられてしまう。嫌だ、とはっきり言い、胸板を押すがびくともしない。

「なな、拗ねんなよ…ごめんって…ほら、機嫌直して」
「んぅっ!」

 顎を強い力で掴まれて逃げることが出来ず、唇を重ねられてしまう。嫌だ!と顔を背けて拒絶の言葉を出そうと口を開けた瞬間に、口角から長い舌が割り込んできて、甘い唾液が流し込まれてきた。その瞬間、ぶわっ、とアルファの催淫効果の最も高い強く甘い匂いが僕を襲った。一気に体温が上がり、息がつまる。膝から力が抜け落ち目の前の彼に縋りついてしまう。

「ふ、ぁっ…んぅ、んん…」
「ごめんな、会えなくて…俺にも非があるから、ななが他のアルファで処理してたのを責め立てる気はないよ?」

 安心して?と優しく囁き、舌をべろりと舐められると背筋をぞくぞくと快感が過ぎ去り、後ろの孔がどろっと湿る。奥のオメガがきゅん、と存在を強く示すように疼く。歪む視界の中で見た秀一は口角を上げているが、いつもの優しい眼差しはなく、瞳の奥でひどい激情を燃やしていた。
 なんで…。
 僕の求めるアルファは…、彼だけなのに…。
 それなのに、身体は今、目の前にいるアルファを求めて切なく疼き、誘い込む匂いを発してしまう。鼻にかかった声が出てしまう。目の前のアルファから与えられる熱により、身体に劣情が混沌と渦巻き出口を探し出す。
 僕の反応を見て、秀一は目尻を下げ微笑んでいる。

「ななは、俺のオメガだって、思い出させてあげるからね」
「あ…あっ…ぁ…」

 身体に力が入らず、後ろに傾いた身体を秀一は力強く抱きしめる。初めて浴びる強いアルファのフェロモンに身体が、ぴくぴくと震えている。その朦朧と涎をこぼす僕に満足そうに笑み、垂れる雫を啜り、唇を合わせる。

「大丈夫だよ、なな…今、愛してやるからな」

 僕を横抱きに抱えるとベッドに降ろされ、服を脱がされる。一糸乱さぬ彼の前に僕は裸にさせられ、全身を撫でつくされる。

「とろとろだ…今、ななの好きなこれ、あげるからな…」

 足を大きく割り開かれ、秀一が僕の孔に指を挿入すると、どろどろと愛液が溢れ出てくるのにも笑み、甘く囁く。そして、大きく勃起した秀一のアルファを数度塗りつけると、ぐぐ、と力を込めて、入り込んでくる。

「あっ、あぁ…」

 これじゃない。
 僕のオメガを満足させてくれるのは、これじゃない…。発情期を一緒に心待ちにしてくれた、待ち焦がれたアルファは、これじゃない…!
 残った少しの理性が心の中で叫ぶ。しかし、身体は僕の意思を無視して、夢中で秀一のペニスを締め付けて精を強請っている。より律動に激しさが増し、ノットが膨らんでくる。

「ほら、なな…今、俺の匂いに、戻してやる、からなっ」

 汗がぽたぽたと僕の身体に落ちてくる。その中にかすかに、あのオメガのにおいがして、顔を顰める。激しくなるピストンに合わせて僕の口からは、喘ぎ声が出てくる。本当は耳を覆いたいし、口も閉じたい。叫びたいし、突き飛ばして逃げたい。それなのに…

「あっ、あんっあっ、きもち、い、きもちぃ、あああっ」

 身体は悦に浸り、全身がびりびりと情欲に痺れる。秀一は、僕の弱いところを何度も擦り上げる。びくん、と大きく腰が跳ねると、びゅぅ、と勢いよく精子が飛び、彼の激しい動きにベッドがきいきい鳴り響く。

「しっかり、受精、しろっ、ななっ!」

 嫌だ!
 僕の心の叫びは虚しく、子宮口に押し当てられたアルファは、びゅうびゅうと焦げつきそうなほどの熱い粘液を放った。
 これじゃない、これじゃない!
 身体は与えられたアルファに歓喜し熱を増す。さらに強くフェロモンの匂いを感じたところで、僕は意識を飛ばした。最後に大粒の涙が、ぼろりと溢れた。


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