拗れた初恋の雲行きは

麻田

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第71話

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 俺はずっと初恋にすがっていた。理央をアルファだから好きになれないと言っておきながら、初恋のアルファにずっと恋焦がれていた。そして、そのせいで悩み涙する俺を抱きしめて、慰めて、何度も傷つけられてきたはずなのに、背中を押してくれた。それは、他の誰でもなく、俺のことを好きだと言った理央がしてくれていたのだ。
 海智に会ったときにわかった。海智に対して、俺は何の感情も抱かなかった。。俺は、初恋のあの淡い思い出を、すっきりと別れることができなくて、ひたすらに引きずっていた。あの心地よかった初恋を。俺が求めていたのは海智よりも、あの心地よい初恋の日々だったのだ。それを終わらせるのに背中を押してくれたのは、理央だった。

「ごめん…理央…」

 そう告げると、理央は、大きな瞳がこぼれてしまいそうなほど目を見開いて、顔面蒼白で俺を見上げた。

「やだ…やだよ、俺絶対、別れないから…っ」
「違うよ…先輩と会ってたのは、最後の挨拶をしただけだから」

 ぷるぷると震える理央の頬を両手であやすように撫でる。歪んで固まったままだった顔が次第に強張りを薄くしていく。

「先輩、アメリカに行くんだって。最後に、もう一度、告白された」
「な…っ」

 その言葉に、せっかく緩んできた表情筋が、またもとに戻ってしまった。顔色もさらに失せていく。

「ちゃんと、断ったから。それで、最後に挨拶のハグをしただけ」

 それだけだよ、と微笑みかけると、理央はしばらく固まったまま、ぽろ、とまた涙をこぼした。

「理央、今までごめんな。そんなに理央が不安だったなんて、思いもしなかった」

 今まで、たくさん俺に歩み寄ってくれた理央に、少しでも俺も近づきたかった。少しでも安心させてやりたかった。

「俺、もう本当に未練ないんだなって、今日よくわかったんだ。初恋に恋してたんだなあって」

 俺の拗れた初恋をちゃんと終わらせてくれたのは、理央だった。

「理央のおかげで、ちゃんと終われたんだ…」

 ありがとう、と目を細めると、理央は俺の手を包み込んで、瞼をそっと降ろし涙を流した。

「ずっと、あの時から、好きでいてくれてありがとう…」

 何度も傷つけたよな、ごめんな。
 そう囁いて、理央が生み出す美しい雫を唇で受け止める。理央は、ぎゅ、と俺を抱きしめた。それに優しく抱き返す。

「ごめん…ごめんね、先輩…」
「俺こそ、ごめん」

 理央は悪くない。俺が、軽率だったんだ。
 今まで、俺のせいで、理央は知らないところで傷ついてきたんだと思うと、胸が張り裂けそうだった。この泣き虫が、一人でひっそりと泣いていたのかもしれないと思うと、鼻の奥がつんと痛み、眩暈がしそうだった。

「俺の知らないところで、理央はたくさん傷ついてたんだな…ごめん、気づけなくて」
「違う、違うよ…俺が、勝手にりん先輩を好きになったから…」

 理央は、絶対に俺のせいにしなかった。そういえば、いつだか理央が惚れた方が負けだと言っていたような気がする。それじゃあ、俺の方が負けだ。

「…お前が、オメガだったらよかったのに」

 ぽつりとつぶやくと、理央が、え?と身体を起して、きょとんとした顔で小首をかしげた。

「それで、俺がアルファだったら、即、番にしてやったのに」

 そう笑顔で伝えると、理央は少し間をおいてから、ぷ、と吹き出した。

「それ、いいですね」
「だろ?なんか、俺がオメガより、理央がオメガの方がしっくりこないか?」

 そうかも、と理央はくすくす笑う。俺もあり得ない話に笑ってしまう。両手で頬を包んで、何度も撫でる。涙の痕は残っているが、頬を少し染めた理央が笑う顔は、愛おしいと思う。

「理央は、笑顔が一番いい」
「先輩は、笑顔も鼻たれも、どれも好きですよ」

 またその話をほじくり返すか!と頬をつねると、はは、と理央が無邪気に笑う。またこうして笑い合えたことに、心底ほっとする。理央がきちんと手を離さないで、つなぎとめて、話をしてくれたおかげだと思う。こうした恋愛事に察しの良く器用なのか不器用なのかわからない必死で可愛い理央が好きだ。理央だから、自分は今こうして笑えるのだとよくわかっている。
 ふふ、と俺の両手に頬を擦りつけながら、穏やかに笑う理央をじっと見つめていると、柔らかな視線が交わる。

「俺、先輩なのに何もわかってなくて、ごめん…」
「そんなことありません、俺の方が…」

 また俺が、俺が、の会話になってしまいそうで、目を細めると理央も同じような顔をする。

「いつも思う…理央が、こんな俺でも、ずっと手をつないで、離さないでいてくれるから、一緒にいられるんだなって…理央の努力のおかげで、俺、しあわせになれてるって…」

 指の隙間を縫って、頬に唇を寄せる。ありがとう、と理央にしか聞こえないかすれた声で囁きかける。まじまじと俺を見ている理央に、微笑みかける。顔を引いていくよりも先に、理央が首を伸ばして、唇をあわせた。

「本気だから…りん先輩だからだよ…」
「りお、ん…」

 今度は俺が理央の大きな手のひらに顔を包まれて、唇を奪われる。ゆったりと離れては、じっくりと唇を味わうように吸われる。

「ん…、っ…」

 甘いキスに、鼻から吐息が抜ける。理央の指先が意思を持って、身体を撫でる。首筋を長い指がなぞった時、ちり、と痛みがあって肩をすくめる。そのかすかな反応にも理央は気づき、口づけを止めた。

「ごめん、痛い…?」

 周辺を撫でるようにする。どうやら、そこは理央が噛みついた場所らしかった。

「ん…少し…」

 額を擦り合わせながら、視線をあげてつぶやくと、理央は眉根を寄せて、瞼を降ろした。首に腕を回して、頬を擦り寄せながら抱き着くと、しっかりと抱き返してくれる。傷のある辺りに、柔く吸い付いてから理央が囁く。

「汚れちゃったから、お風呂はいろ」

 また泣き出しそうなその顔を無碍にできなくて、一緒に立ち上がって風呂場へ向かう。
 鏡を見ると、白いワイシャツの襟口が血でかすかに染まっていたのを見て、きつく噛まれたことを改めて実感した。まじまじと首筋についた歯型を首をそらしながら見ていると、後ろから一足先に裸になった理央が抱き着いてきて、ごめん、と尻尾と耳を垂らして謝ってきた。首を後ろに倒して、顔を見上げると、くぅん、と鳴いているようだった。眉を垂らして、溜め息をつくと、その頭をわしわしと撫でてやる。そのまま力を入れて、頭を下げさせる。俺も首を伸ばして、たどり着いた首筋に、がじ、と歯を立てた。身体を強張らせたので、慰めるように離れる時に、吸い付いて甘やかしてやる。痕が着く程度で血の味はしない。血が出るまで噛みつくってなかなかの勇気と力が必要なんだな、と思う。アルファの犬歯の発達が良いから、そんなに力は入れていないのだろうか、と少し頭を巡らしていると、困惑した理央の顔が鏡越しに見えた。

「これで、理央は俺の番な」

 笑いかけてやりながら、ネクタイをほどき、汚れたワイシャツのボタンを外していく。肩を強い力でつかまれて、何事かと思っていると、理央と向き合うように振り返らされて、顔を固定されて、唇を熱いそれに覆われた。

「んぅう、っ…」

 急なそれに驚いて声を出そうとすると、ぬるり、と舌が入れられる。なんとか呼吸をしている間に、慣れた手つきでシャツのボタンをすべて外され、するりと肩を滑り、足元に、ぱさり、とワイシャツが落ちる。あ、と思っている間に、器用にベルトも抜かれて、下着ごと床に落とされる。ぴと、と素肌が触れ合う感覚に目を見開くと、眦を染めた理央が鼻で荒く息を吸いながら、もつれ込むように風呂場に入る。壁に背中を押し付けられると、頭上から温かいシャワーが降ってくる。
 理央の顔に指先を這わせて、何度も吸い付く。角度を変えて、べろべろに唇を舐めつくされる。

「ぁ、んぅ…り、お…んん」
「は…りん、せんぱっ、んう…」

 上唇の裏に舌が差し込まれると、歯茎をなぞるように唇の裏をぬめぬめと舐められる。ぞぞぞ、と背中を甘い痺れが何度も行き来する。

「あ…っ、あ、ん…」

 その厚い舌に吸い付くと、力強く口内に差し込まれて、上あごを何度も舐めつくされてしまう。口の端から、だらしなく垂れ落ちる唾液は、シャワーと共に流されて行ってしまう。温かなお湯が傷口にしみる感覚があったが、そんなことを気にしていられるほど、理央から与えられる快感に余裕がなかった。指先を顎から下におろしていくと、逞しい喉仏があって、筋だった首筋がセクシーで、鎖骨が浮かび上がっている彫刻のような身体がたくましくて、腰がどんどん重くなっていく。手のひらを当てた胸板は、服越しよりもずっとたくましいことがわかった。ごく、と口の中にたまったお互いの唾液を飲み干す。その瞬間に口内いっぱいに理央の舌が埋め尽くされていることに気づいて、吐息が漏れてしまう。崩れ落ちそうな身体を、理央の腕が抱きしめ、後頭部をつかまえて離さない。苦しくて逃げようとすると、ずい、と身体を寄せられてしまう。へその辺りに熱い何かが触れて、びく、と身体が震える。それに気をよくしたのか、理央はうっとりと目を細めながら、腰を前後に揺らし始める。ぬちょ、と先端から滑りを零しながら、俺のへそにひっかかっては、下腹部をなぞるように下がっていく。

「ん、…んぅ、んっ」

ゆるく勃ち上がった俺のペニスの先端も、理央の骨盤を、ぬる、と滑る。その快感に爪先が痺れる。崩れ落ちてしまいそうで、理央の首に腕を巻き付けて身体を寄せると、より下腹部が触れ合う。

「せんぱ…りん、せんぱっ、…俺、とまんな…」
「ぅあ、…んぅ、ぁ…っ、んん、り、お…」

 お互いの下腹部をそれぞれのペニスが熱を持って固くなり、滑りあう。理央の腰はどんどん速さを持っていく。愛を伝えるように、唇も舌も休むことを知らない。苦しそうに眉を寄せて、息を荒げる理央との身体の隙間を縫って、手を降ろし、滾ったそれに手を這わす。驚くほど、目の前の身体は大きく跳ねる。唇を合わせたまま、目を見張った理央に、とろ、と微笑みかける。

「せん、ぱ…っ、だめ…俺…っ」

 筋だった熱の塊を両手で柔く握ると、どくどく、と血流がわかるほど張りつめていた。
 ごめん、今日だけ。今日だけは…
 佳純と七海に心の中で謝りながら、その熱に脳が痺れていくのがわかる。腰を揺らす理央のそれを、上下に擦り上げる。

「んぅ、…う…せん、ぱ…」

 喘ぐ理央の顎を舐める。

「だめ…キス、して…」

 そう囁くと、理央は顔を赤くして、唇を食い尽くすようにキスをしてきた。舌をあわせ、ぬるぬると側面を舐め合うと、内腿が震える。

「んうっ!」

 急に、勃起したそれに温かい何かが包んできて目を開けてしまうと、今度は理央がとろけた瞳で笑んできた。理央の大きな手のひらが俺のそれと、理央の大きすぎるそれを合わせてきた。その手に促されるように、両手で自分のものと理央のものとを合わせた。大きさが違いすぎることよりも、初めて触れ合うそこ同士の熱さと硬さを実感させられてしまい、ぐしゅ、と先端からさらにカウパーが溢れるのがわかった。シャワーに当てられて、どんどん流されていくはずなのに、両手を滑らす度にぬるぬるとぬめりを感じる。
 弱い裏筋をたくましい亀頭がなめらかに滑り、高まりへと連れていく。御返しに、その先端を手のひらで揉み返すと、理央の鼻息が震えて、さらに荒くなる。ぢゅ、と強く舌を吸われて、びくびく、と背中が跳ねる。

「んあ、っ、だ、んぅ、めえ、っ、や、んんっ…も、ぅ、っ」

 だめ、と伝えたくて、唇を離して、顔を横に振って言葉を伝えようとするのに、理央はそれを許してくれない。逃げた顔を執拗に追いかけて、唇を吸い、舌をねじ込む。

「や、んあ…んんぅ、いっ、んぅ、くう…いっ、く…っ」

 太腿がぶつかり合い、破裂音に似た音を浴室いっぱいに響かせる。くちゅくちゅ、と口元からは脳を伝って卑猥な水音が全身をかけめぐり、弱い先端から電気がびりびりと腰に溜まる。高まりが近づくにつれて、理央の腰の動きが早まるが、俺の腰も勝手に動いてしまう。甘い刺激に両手は震えて添えるだけのものになってしまっていた。

「せん、ぱっ、りん、せんぱ、すき…好き、です…」
「り、んんっ…お…、んぁ、っ…い、く、い、くぅ」

 理央は器用にキスをして、俺の舌を逃がさないように吸ったり甘噛みをしながら、俺への愛を語る。好きだ好きだと繰り返す理央の止めどない愛に溺れてしまう。舌に犬歯が食い込むのと同時に、俺たちは吐精した。

「ゃ…も、んん…やっ…」
「りん、りん、せんぱ…好き…ずっと、好きれ、う…」

白濁がこぼれる繊細な合間も、与えられる快感が苦しく思えてしまうほど、理央は俺の唇への愛撫を止めることはなく、解放してくれなかった。


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