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第67話
しおりを挟むリコールの件などを佳純と連絡をとりながら進めていった。しばらく経った頃に、七海の様子をうかがいに、また別荘に立ち寄った。執事がこの前と同様に迎えてくれて、部屋へと案内される。扉を開くと、俺に気づいた佳純が、足を伸ばしてくれた。顔色は良くなったし、少しだけ身体も戻ってきたようだった。まだ、俺の記憶の中にある佳純よりは、まだ小さい。
「遠くまで悪いな」
まだクマはこびりついていたが、軽く笑みを見せた佳純に胸を撫でおろした。
「なに、そんくらい言うこと聞いてやるよ。俺のわがままに付き合ってもらってるところもあるしな」
歩を進めて、佳純の肩を叩く。ほい、とついでに生徒会の書類を渡す。
先日の全校集会で、大々的にリコールを総一郎が発表した。生徒会は、やや焦った顔つきをしていたが、会長その人が、もうどうでも良いと興味をなくし、集会から退席した。海智は俺を見て、瞠目していたが、気づかないふりをした。そして、その場で全校の承諾を得て、晴れて、生徒会はリコール。新しい生徒会メンバーを紹介した。佳純は、リモートで全校集会に参加した。それでも、指示を得たのは阿久津という名前の力もあるだろうが、中等部からの生徒たちが彼の実力をよく知っていることが主だろう。
「それより、お姫様の様態はどうなんだよ?…二週間は意識が戻ってないんだろ?」
佳純は机に、渡された分厚い書類を置くと、振り返りながら、中途覚醒はある、と答えた。ベッドの中を覗くと、真っ白で生きているかも不安になるような顔色は、頬がほんのりとピンクに染まっているように見え、唇の色も戻ってきていた。
「お、顔色は前よりかは良くなったじゃん」
「解毒がようやく済んだ…」
隣に来た佳純が、ぎ、と奥歯を噛み潰しながら、苦々しく低くつぶやいた。同じような表情になってしまう。彼がされたことを思うと。許せない。
「人間のすることじゃねえよ…」
ベータである自分でさえも想像しただけで、吐き気や身体の奥底からの嫌悪が溢れる。それを、自分の意思を無視した、かつての友人たちの行為だと思うとその絶望は計り知れない。
「あいつらもあいつらで、転校生に部活をめちゃくちゃにされて、自分たちを犠牲にしたってとこ考えると被害者なんだろうが…」
「んなの、関係ねえよ」
諸悪の根源は、あの天使の顔をした悪魔なのだ。そう思うと、本多たちにも同情しなくもないが。と発言すると、佳純はここ最近では珍しいほど、はっきりとした力強い声を発した。眉を上げて、佳純を見ると、眼光が鋭く鈍く光っていた。
「俺がめんどくさい仕事を引き受けたんだ。やることはしっかりやる。その分…」
まるで人でも殺すか、というほどの穏やかでない瞳に、やれやれと肩をすぼめて落とす。七海のことになると、佳純は必死すぎる。それもまた、恋人を思うアルファの執着心だと、最近身をもって知ってしまった俺は呆れ気味に笑ってしまった。アルファというのは、狙った獲物は絶対に落とすし、逃さないらしい。あの可愛い後輩から俺は学んだ。
「はいはい、わかってますよ、生徒会長様」
疎んな顔つきの佳純を和ませようと、わざと冷やかす。それに、眉間に皺を寄せて、佳純は振り返った。
「…その言い方をやめろ…」
人らしい顔つきになったのを確認して、ふふ、と笑う。
「それより、きっちりお姫様を守る準備しとかねえとな~佳純生徒会長サマ親衛隊もでき始めてるって噂だぜ?」
「それは抜かりないが…んだよそれ…めんどくさ……」
はあ、と佳純は大きく溜め息をついた。こいつは、人からの評価というものをあまり気にしない。そのマイペースさが俺の憧れの部分でもある。親衛隊長を務めるのは、かつての由愛の右腕だった二年生だ。きっと、由愛に似て忠誠心の強く、力になってくれることであろう。
「そっちは凛太郎がなんとかしてくれ…、得意だろ?」
垂れた前髪の隙間から俺を見やる。得意じゃねえわ。でも、佳純よりかは仲良くやれる自信はあるが。
「俺は、生徒会リコールの後始末で忙しいから無理~」
七海も佳純も、顔色が戻っていて安心した。急いで学園に戻って、総一郎の手伝いをしなければ。
解毒がすんだ七海は、あとは意識を取り戻して、医師からの指示に従うだけだ。本薙がいなくなって、すべてが順調に進んでいた。
新しい生徒会のメンバーは、総一郎が選んだだけあって、非常に優秀で、人間としても出来た人たちだった。倒れた恋人に付きっ切りの会長に対して、不満を言う者は誰一人いなかった。むしろ、それでこそアルファだ、と全員がうなずいていた。佳純もまかされた仕事はすべて、容易に、完璧に、こなしていた。リモートでの会議も何不自由なく進んでいるらしい。佳純に無理を言って引き受けてもらった側からすれば、これほどない素晴らしいメンバーに恵まれ、嬉しい限りだ。
例の不純な動機で最後の決定打を得た男も、その男らしくそつなく仕事をこなし、褒めて褒めてと毎日甘えてくる。生徒会唯一の一年生ながらに活躍する理央を褒めないでいられるほど、俺は理央に冷たくはできなかった。昨日は膝枕を要求されて、適当に相手をしていれば、幸せそうに笑顔いっぱいで喜んでいた。生徒会専用寮の、理央の部屋は快適だった。たった二人の空間に、誰にも邪魔されず、好きな人と穏やかに過ごせる時間は、かけがえのないものになってしまっている。今日も、時間まで総一郎の手伝いをして、時間になったら、理央と落ち合って、二人で同じ部屋へと向かう。
来月になると、三年生は受験に向けて、自由登校となる。それを機に、総一郎は俺に委員長の実務を明け渡すと言っていた。今回の連続した事件を受けて、自分では荷が重いと辞退しようとしたが、総一郎に、お前しかいない、と肩を叩かれてしまっては、何も言うことは出来ずに、素直にうなずくしかできなかった。
総一郎も曽部も、大学への進学を予定している。受験を経るが、彼らなら間違いなく第一志望校に入学できるだろう。俺も、同じ道を辿ろうと思っている。そのためには、今の倍、勉強に精を入れなければならないのだけれど。ベータの俺は、アルファの彼らよりも何倍も努力しないと得られないものがたくさんあった。
アルファは多いこの学園で、ベータの自分が、やつらを仕切ることができるのかも大きな不安要素だった。しかし、期待してくれている総一郎のためにも、頑張らなければならない。いざとなったら、沖原に、秘密の調教方法を教えてもらうと胸に誓う。
本薙のいなくなった学園は、元あった平和を取り戻しつつある。生徒会も新しいメンバーになり、まだバタつくこともあるが、ほとんどあいつが来る前の平和と同じものに成り得そうだった。もう少し落ち着けば、佳純が今回の事件から得たことから、オメガをより守れる情勢の強化を行ってくれるだろう。そうすると、きっと風紀委員の俺たちの仕事も減っていく。それでいいのだ。俺たち風紀委員は暇なくらいがいいのだ。
電車からの風景を眺める。町はすっかり、冬模様だ。
今年一年はたくさんの出来事が溢れていた。本薙のせいでめちゃくちゃになった学園。そのせいで、たくさん危ない目にあった。思い出そうとするだけで、身の毛がよだつ。
海智とまた付き合うことになって、でもだめで、今回はちゃんと別れを告げることができた。アルファとオメガがどれだけ求め合っているのかをありありと見せつけられた。もうアルファとは恋愛をしないと心に誓ったのに。すぐに、アルファと恋をした。いや、もう、その男との恋愛はとっくに始まっていたのかもしれない。
初恋の海智にとらわれて、終わったはずの恋をきれいに終えられなかった俺は、中学生のあの時からずっとくすぶっていた。その拗れた初恋は、理央に背中を押してもらって、無事に終えることができた。
理央と出会って、まだ一年もたっていないことに驚く。もっと言うと、恋人になってから、一か月程度しか経過していないのか。
この一年の中で、これほどまでに隣にいたいと思える存在が生まれることを、去年の俺は思いもしなかった。改めて、理央と出会えた奇跡に心から感謝するばかりだった。
早く会いたい。
そして、早く、佳純たちに幸せの毎日が早く戻ってくることを心から祈った。
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