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第34話
しおりを挟むりんりんと夜の虫たちが鳴き荒らす中、乱暴に風紀室のドアが開け放たれた。息を切らした、私服の総一郎が俺を見ると、ほっとしたように肩を落とした。
「凛太郎、無事か?」
立ち上がった俺のもとまでくると、べたべた全身のチェックを行った。
「委員長ひでえ~俺のことは心配してくれないんすか」
宇津田が横から唇を尖らして、ぶーぶーと文句を垂れる。
「宇津田も無事で何より。宇津田と凛太郎が当直で良かったよ」
ふー、と息を長く吐くと、そこにあったパイプ椅子に腰かけた。宇津田がのろのろと冷蔵庫から茶を出して、総一郎に渡す。それを一気に飲み干してから、総一郎は真剣な面持ちで、それで?と話を促した。
「被害者は如月由愛。生徒会会長の親衛隊長です」
あの後、由愛は救急車で緊急搬送された。今のところ保健医のもとへ来ている報告だと、命に別状はないが、手首足首が骨折させられていた。頬の真っ青に腫れ上がっていたが、打撲で済んだという。避妊薬の投与も無事に行われ、臨まない妊娠は避けられたらしかった。
加害者は全員アルファで運動部メンバーだった。部活も異なる。しかし、共通しているのは、全員が初戦敗退、もしくは早々に負けてしまい、引退し終えていたということだ。
「加害者は?」
「全員、名前もクラスも把握してます」
さすがだな、と総一郎は笑った。
「これは立派な暴行事件です。即刻、警察に連絡すべきです」
あいつらは犯罪者だ。
奥歯から鈍い音がした。横たわった由愛思い出して、さらに力が加わる。
「あいつらは、今、先生んとこにいるから、そっからどうなるかですね」
宇津田が一人言のようにつぶやく。
「んで、見立ては?」
「わかりません。けど、由愛さんは、ずっと…謝っていました」
生徒会長に対して、出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした、とつぶやいていた。そのことを総一郎に告げると、苦虫をつぶした顔で腕を組んだ。
「とにかく、後は色んな場所からの報告待ちだな。二人とも、今日は遅くまでありがとう」
眉間に皺を寄せて難しい顔をしてから、総一郎は朗らかに俺らを労わった。
「あとは、絶対に二次被害の防止だな」
明日から頑張るぞ~と肩を鳴らした総一郎を呼び止める。
「武島委員長」
ん?と総一郎が顔をあげる。おそらく今、俺はとんでもない顔をしている。怒りでずっと、腸が煮えくり返っているからだ。
「俺は、もうすべきだと思います」
リコールを。
そう告げると、総一郎は、ぴくりと眉を動かした。
生徒会リコール。以前、総一郎が倒れたタイミングで、こっそりと話をしていた。しかし、総一郎に宥めすかされて、なかったことにされていた。
「…俺たち三年も、あと半年で引退だ。もう少し、待ってみようや」
「でも、あの人たちのせいで、俺たちも、由愛さんだって…」
あの人たちが力を正しく発揮していた頃の学園は平和だった。ついていく人が明確だと、兵隊は安心する。それが、ばらばらと私欲に走り始め、俺たちは道しるべを失った。だから、学園内が好き勝手わがまま放題の無法地帯と化してしまったのだ。
ぐう、と手のひらを強く握りこむ。総一郎は、落ち着いた声で続けた。
「わかっている。凛太郎の憤りも絶望も。だからこそ、もう少し、様子を見てみよう」
な、と柔らかく笑う総一郎は、何年も前から、いつだって俺を救ってきた笑みだった。だから、その時の俺はうなずくしかなかった。
「明日から当直の人数を増やそう。俺からみんなに連絡しておく。凛太郎は、巡回の強化ルートと事件各所との連絡を続けてくれ」
お前は明日から毎日風紀の用心棒だ!と肩を叩かれて、いつもふざける宇津田は、まかせてくださいと眉を正して微笑んだ。
明日から、学園のために粉骨砕身だ。頬を叩き、気合いを入れる。
しかし、その気合いも見事に打ち砕かれてしまう。
いつもの風紀集合の時間よりも三十分早く登校する。すると、昇降口の掲示板に、各々部活動の恰好をした生徒たちが人だかりを作っていた。朝練習で各方々に広がっている部活動の生徒たちが集っていることは滅多にない。何事か、と不愉快な汗が背中をつたった。人込みをかき分けて、掲示板の前に出る。そこには目を疑う光景が広がっていた。
「な…っ」
何メートルにも渡る大きな掲示板に、びっしりと、由愛が乱暴されている最中の写真が貼り付けられていたのだ。頬を腫らしていない写真から、泣きながら男性器を口に含まされているもの、血の滲む孔にグロテスクな肉棒を突き立てられている接近写真、複数の男性器に精液をかけられている写真…「動画はこちらまで」とQRコードまで貼り付けられていた。
「全員、この場から離れてください!」
奥野が俺の隣で両手を広げて叫んだ。
「この情報を文章または写真で漏洩した人物には、風紀委員が必ず制裁を下す」
低く通る曽部の声が聞こえる。
俺は、怒りに目の前が真っ赤になり、掲示板の写真を乱暴に破り捨てた。
由愛との出会いは、中学二年生の時だった。空手部の筋トレで使おうと先輩たちに提案されたダンベルを、日頃使わない武道用倉庫に探しに行った。ようやく見つけたダンベルをいくつか抱えて、重い、とぷるぷる歩いていたときに、倉庫の隣に鬱蒼と茂っている竹林の中から悲鳴が聞こえた。気のせいかな、と思いつつ、足音を忍ばせながら竹林の中に進むと、複数の大柄な生徒に囲まれた小柄な可愛らしい女の子がいた。べりっ、と勢いよくシャツを破かれて、胸元が開かれてしまい、女の子は手足をそれぞれの男たちに拘束されながら、押し倒されてしまう。
「いやああっ、やめてっやだあっ」
明らかに同意ではない、つんざく悲鳴に俺は持っていたダンベルを男にめがけて、渾身の力を込めてぶん投げた。三つとも奇跡のコントロールでクリーンヒットをかまし、男たちは動けなくなっていた、その隙に、女の子に駆け寄り、着ていた汗臭いであろう胴着を肩にかけてあげた。
「歩ける?」
「は、はい…」
う、と後ろで男の声が聞こえて振り返ると、がつんと音がして脳みそが揺れて、地面に倒れた。目の前にちかちか、何かが見えて、人に殴られるとこんな感じなんだと思った。
「てめ、このクソガキ…舐めやがって…」
ゆらりと倒れて動けない俺に近づいてきた男は、落ちていたダンベルを振りかぶった。わ、と目を瞑ると、男の悲鳴が聞こえた。おそるおそる目を開けると、帰りが遅くて心配した総一郎はじめとする空手部の先輩たちが、それぞれの男たちをボコボコにしていた。その時の、総一郎のヒーローっぷりに惚れこんで、一生ついていくことを決意したのだ。
はっと現実に戻って、急いで女の子のもとに駆け寄った。ごめんなさいと震えながら謝る女の子を心配させないように笑いかけた。
「りんたろー、その子まかせたぞ」
俺たちは、組手相手が欲しかったんだ…ともう気絶しかけている男たち前に、空手部の屈強な男たちが怪し気に笑いながら、にじり寄っていた。震える女の子の手をとって、竹林を抜けて、保健室へと向かった。
どう見ても女の子だと思っていた人が、同性の先輩だったことを、後日お礼にきてくれた、その時に知った。
それが、由愛さんだった。
あの時震えていた小さな手を握って、俺は困った人の力になりたいと強く決意した。こんな思いをもうさせたくない、と思った。
それなのに。
二度も、由愛さんは傷ついた。
さらに今、自分の手は汚さずに、由愛さんの帰ってくる場所すらも奪おうと惨いことをしたやつがいる。
許せない。
絶対に許せない。
この学園を、創造し治さないといけない。
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