拗れた初恋の雲行きは

麻田

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第23話

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 車内アナウンスが、寮の最寄り駅を告げる。

「…まだ、別れたくない」

 独り言として、海智の胸元でつぶやいた。きっと海智には聞こえていないだろうと思っていた。海智の右手が背中を通り、俺の右肩をつかみ、抱き寄せる。は、と顔をあげると、海智は頬を染めながら、俺を見た。

「りんりん」

 ぎゅ、と浴衣を握りしめると、目的地に着いて、反対側のドアが開く。海智は俺を世界から隠すように抱きこみ直し、ドアに隠した。出発のメロディーが流れて、ドアがしまる。どきどき、と心臓がみなぎるような音がする。それは、耳元にある海智のものか、俺のものか。漂うバニラの香りにうっとりと目をつむる。

 次の駅に着くと、主要駅でもあるためか、多くの人がどやどやと降車する。それに合わせて、手を握られ引っ張られる。何も言わない海智とそのまま人混みに紛れながら、改札口を出る。

「先輩、どこに…」

 目的地は明確なようで迷いなく歩く海智の後頭部に聞く。人の喧騒の中から、海智の囁きが聞こえる。

「俺も、まだりんを離したくない」

 ぎゅ、と強く手を握られ、こんなに力強い声を海智から聞いたのは初めてかもしれないと思った。その足は、駅直結の高級ホテルへと運ばれる。そのままカウンターへと一直線で向かう。その間も手は離されない。まるで、逃がさないとでも言われているようだった。海智が名前をつげると、受付の大人はかしこまり、すぐにカードキーを渡した。つんのめりながら、海智に腕を引かれて、エレベーターに乗り込む。最上階を押し、俺たちだけを乗せた大きいエレベーターが動く。

「先輩…?」

 どういうことなのか、頭がまだ追いつかないで尋ねると、こちらも見ずに海智は答えた。

「これ以上なんか言われると、我慢できない」

 まさか、と思い、心臓が早くなる。付き合い直した恋人同士が、ホテルにチェックインするなんて、この後することはひとつしかない。予想はされたことだが、まさか本当にそうなってしまうとは、とまた顔が熱くなる。
 どうしよう。
 …出来るかな。
 男同士のセックスの場合、オメガは問題ないが、俺のようなベータには、準備が必要だった。そういうことで後ろを使うのは、約三年ぶりであり、それ以降は他人はもちろん、自分すらも触ったことがない。改めて、性に淡泊な自分を思い知らされる。
 上手に、出来るかな。
 先輩を、喜ばせてあげられるかな。
 満足、させられるかな。
 気を抜くと、本薙に見せつけられた先輩の痴態を思い出して、身体が一気に冷えてしまう。比較したいわけじゃない。でも、どうしても、意識してしまう。だって、海智の恋人は、自分なのだから。
 ポン、と音がして、エレベーターが開く。広いフロアに二部屋しかないドアの一番奥にあるそこをカードキーをかざし開ける。重い開錠の音に、身体がまた一つ硬くなる。室内に引っ張り込まれると、ドアを背中に押し付けられ、唇を塞がれる。

「りん…」
「せん、ぱぅ、…ん…」

 甘く囁かれる自分の名前。何度も、角度を変えて、唇を吸われる。甘いキスに、ふ、と身体の力が抜けた瞬間を見逃さずに、滑った熱い塊が口内に侵入する。

「んっ、ぁ…んん…っ」

 舌を丹念に舐められる。表面を舐められ、ざらざらとするひっかかりに脳が溶ける。舌縁を舐められ、逃げるように頬裏に寄せると、角度を変えてキスを深められてしまう。ぐるぐると舌を何度も舐め尽くされてしまうと、膝が震えて縋るしかない。首に腕を回して、快感に溺れる俺は余裕なく、海智のきれいにまとめられた髪の毛をぐしゃぐしゃに混ぜてしまう。

「んぅっ!」

 びく、と身体が跳ねる。それは、海智の大きな掌が、後頭部を包み、うなじを撫で、背中をたどり、腰をさする。その流れで、背伸びをしてしがみつく俺の浮いたシャツの裾から、するりと手を入れてきたのだ。地肌をなぞる、大きな掌と長い指に、大げさに身体が揺れる。思わず目を開けると、長い睫毛を下ろして、口づけに熱中する海智がいた。こんなにかっこいいアルファが、俺なんかに夢中でキスしてる。その優越感がさらに俺を快楽の渦に落とし込む。
 でも。

「だ、めっ…ぅんん…やっ…ぁ…」

 角度を変える一瞬ごとに声を出し、肩を押す意思表示をするが、海智は離す気配見せずに服の中に入れた手の動きを大胆にしていく。ぢゅ、と強く舌を吸われて、腰に甘い痺れが走る。手のひらは、背中を辿り、にじんだ俺の汗を伸ばすように撫でつくす。背骨にそって上がり、シャツの下から手を出して、うなじをなぞる。密着する身体にどんどん呼吸が苦しくなる。顔を固定していた海智の手が離れ、急ぐようにシャツの上から胸を包む。揉むように動き、親指で尖りをこする。その愛撫に身体は大きく跳ねる。

「んぅ、んっ、んん…っ」

 胸を撫でる手首を握ると、その手を捕まれる。手のひらが自分に向くように手首を回されると、海智の手が俺の手の甲を包み、先ほどまで海智が触っていた場所に宛がわれる。

「んぅ!?」

 俺の手ごと、胸を愛撫される。俺の手のひらが、俺の乳首をこするように、海智が手を動かす。その羞恥に、驚いて目を見張ると、ぼんやりと俺を細い目で見つめている瞳とぶつかった。首を振ろうするが、唇が執拗に俺を追い立てる。好きな人の愛撫に、頭はどんどん溶けていき、もう何も考えたくない。うっとりと瞼を降ろし、与えられる快感の波にのまれようとする。
 海智のもうひとつの手が背骨を下り、パンツの隙間に長い指を指し入れた。その瞬間に、残っていた理性をかき集めて、海智を押す。ようやく唇が解放されて、呼吸を整える。

「りん…」
「だめ、せんぱ…おふろ、入らないと…」

 甘く囁き、もう一度顔を近づけてくる海智を避けるように頭を下げると、海智はつむじにキスをして、離れてくれた。

「バスルームはそこ、タオルももうあるから…」

 キスのどさくさで、投げ捨てられた俺のボディバックを拾い上げ、室内に進んでいった。絶景の夜景をバックに見る海智の後ろ姿は、絵画を切り取ったように美しかった。俺が乱したまとめ髪をほどく。はらはらと細い糸がほぐれていくようだった。

「はやめでね?」

 視線をよこした横顔は、余裕のない赤く染められたものだった。それに、どきりと、また一つ胸を締め付けられ、急いでバスルームに逃げ込んだ。



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