拗れた初恋の雲行きは

麻田

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第10話

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『新しい風紀委員が挨拶に行くから、よろしくな』

 朝起きると、そんなメッセージが総一郎から入っていた。
 こんな変な時期に珍しい。なんと足の速い体力自慢らしい。なんと、素晴らしい。それに、総一郎から連絡が来るということは、彼のよく知る人物なのだろう。これは、新規即戦力かもしれない。今は、学園の中が非常に不安定であり、一人でも多くの協力者が欲しい。それが、身体能力の優れたものだとしたら、重宝される。ありがたいことだ。
 昼休みに、風紀委員室に来ることがメモされており、了解の旨を返信する。
 先週、嫌なこともあったが、いいこともあった。
 そう思ってしまうに、また身体が熱くなる。
 理央との一見を「いいこと」と思ってしまう自分が、恥ずかしい。
 急いでベットから這い出し、冷たい水で顔を洗う。先週の疲れ切った表情の自分はいない。また新しい一週間が始まる。新しいメンバーも入る。頑張ろう。頬を思い切り叩くと、ばちんっと大きな音が静かな洗面所に響いた。




「は、へ…?」

 昼食を風紀室でとっていると、ドアがノックされた。総一郎から連絡のあった新メンバーだと思い、声をかける。失礼します、と入室してきた声の主を見上げると、なんとも間抜けな声が漏れてしまった。
 なぜなら、そこには、見慣れない顔があったからだ。
 いや、正しくは、見慣れない頭、というべきか…。

「武島先輩から推薦を受けてきました~長田理央くんでっす!」
「え…」

 周りにいた、馴染み深い風紀にメンバーも、あんぐりと口を開けたままだ。中には、楽しみにしていたからあげを落とす者ものいた。
 先週まで観察対象であった長田理央は、トレードマークのピンク頭を、真っ黒に染め直し、セミロングの長さも、さっぱりとこぎれいに切り落としてきたのだ。じゃらじゃらとつけていたアクセサリーも、だらしない制服の着こなしも、跡形もない。規則通りに締められたボタン、シャツはズボンの中にしっかりと納められており、ベルトも黒革の品のあるもので長い脚がよく目立つ。
 清潔感あふれる、生まれたときから優等生ですと言うような笑顔の美しい好青年に見える。

「人って、こんなに簡単に化けられるんですね…」
「宇宙人にでも遭遇したのか…」

 彼の担当を行っていた数名のメンバーが、近くによってまじまじと見ている。
 正直、入学式初日から悪さをしている前代未聞の新入生を風紀委員として迎え入れることには、前向きではない。しかし、委員長たっての推薦ということと、転校生のせいで風紀委員の人ではあればあるったけ良いという時勢のせいで、誰も彼を拒む者はいなかった。

「いや~、俺も本気だそうかな~って思って~」

 まんざらでもない様子で、嬉しそうに頭をかいている。
 きっと、先週までの俺なら、あの髪色がなければ理央だと気づけなかっただろう。
 ぱち、と目が合ってしまった。視線を逸らすのも、なんだか負けた気がして嫌だったため、じ、と見つめ返す。人をかき分けて、俺の目の前までやってくる。

「よろしくお願いしまっす、りん先輩」
「観察対象が一人減って、万々歳のところだ」

 にこにこと華やかな笑みを惜しみなく見せる理央に、悪態で返す。ちぇ~と言いながらも理央はからからと楽しそうに笑う。それにつられて、周囲の仲間たちもつられて笑う。毎日、風紀室にため込まれていた疲労感は、理央のはつらつとした明るさで一気に換気された。これが、理央の持つ才能なのだろう。

「じゃあ、奥野から仕事内容は教わってくれ」
「え~!りん先輩がいい~!」

 やだ~やだ~と駄々っ子のように地団駄を踏む理央を、じろりと睨む。小言を言おうと口を開こうとすると、それを見越してか、理央は涙目ながらに、奥野のもとへしぶしぶ向かっていった。

「俺、観察対象を同窓として教えることになるなんて、思ってもなかったよ…」
「その節は~へへ~」
「本当だよ、お前が逃げるから、その後のオメガちゃんたちのフォローが大変だったんだよ…」

 わー!!と奥野の口を塞ぐ理央は、脇目に俺を見た。その気まずそうな顔が面白くて、口角を上げながら手を組んで答える。

「へ~…その分、たっぷりお礼をしてもらわないとなあ」
「へ、へへ…がんばりまぁす…」

 にんまりと微笑むと、理央は奥野の背中を押して、早々と風紀室を出ていった。
 新しい台風の目は、風紀室にもできてしまったかもしれないと、総一郎に愚痴を言いたくなってしまう。




 しかし、そんな不安を、理央は杞憂で終わらせてしまう。

「さ、りん先輩、帰りましょ」

 向こうの机で理央が荷物を持って立ち上がった。

「そうだな」

 ちょうど切りよく、パトロール報告書や事件内容を読み終えたところだったので、書類をまとめる。
 日はまだ明るい。こんな時間に帰れるようになったのは、理央がやってきてからだ。
 一週間、風紀委員として勤めた理央は、素晴らしい素質を兼ね備えていた。
 パトロールも協力的に行い、逃走者がいれば、自慢の脚力ですぐにひっ捕らえてしまう。さらに、報告書などの書類関係の処理能力も非常にたけており、電子機器にも強い。加えて、入学してまだ数か月だというのに、学年や学科問わず知り合いが多く、理央の情報網は非常に広い。理央と並んでパトロールをしていると、すれ違う生徒が毎回のように彼に声をかける。ピンク頭からの急な心変わりに最初は笑われることも多かったが、それに対して理央は柔和に対応していた。何が彼を本気にさせたのだろうか。その真意はわからない。別に、知らなくても良いかと聞くこともしなかった。
 理央の登場のおかげで、ここ数日は、暗くなる前に帰宅が出来ている。転校生の動きが生徒会メンバーと大崎陽介、本多秀一などのエースメンバーに絞られているということも影響している。しかし、メンバーが絞られてしまうと、それはそれで、今後の雲行きを読むのに苦労するのだが…。
 
「ぉわっ」

 突如、眉間を押される。驚いて変な声が漏れてしまい、そうさせた目の前の人物をにらみつける。

「ま~た小難しいこと考えてますね」

 かわいいお顔が台無しですよ、と人差し指で眉間をぐりぐりと押される。

「うるさい、余計なお世話だ」

 しっしっ、と手を払うと、理央は俺の分の荷物まで持ってしまう。鍵を回しながら、ドアの外で待つ。早く早く~と手招きをしながら待っている姿が忠実な大型犬のようで、微笑んでしまった。
 自分の分の荷物は持つと、取り返すと、遠慮しなくていいのに~と頬膨らます理央。こういうあどけない姿が、すっかり風紀委員たちのなくてはならない存在となっている。仕事はすさまじくできる頼りになる男なのに、冗談もうまく、人当たりも柔らかい。おまけに見目も良い。初日から上級生をたぶらかすだけの力量を感じる。だからだろうか。俺も、理央の隣が心地よいと安心していた。

「だから、毎日言っているが、わざわざ見送らなくて良い」
「だ~か~ら~!こっちも毎日言ってますが、別にいいじゃないですか!俺の帰り道なんですから」

 このやり取りは、本当に毎日やっている。
 風紀委員に入ってから、理央とは毎日一緒に帰っている。その度に、アルファ寮がある曲がり角を理央は曲がらない。どうするのかと思ったら、ベータ寮まで見送るのだ。そして、俺が寮に入って見えなくなると、自分はアルファ寮へ足を進める。

「アルファ寮の方が近いんだから、わざわざ遠い寮までくる必要はない!」
「先輩がいつ悪い輩に襲われるかわからないじゃないですか!」
「だから!空手の心得があるし、自分の身くらい、自分で守れる!」
「じゃあ!遠回りして帰るのは自分の散歩なだけなんで、先輩は気にしないでください!」

 言葉がつきると、近くの木で蝉がジージーと鳴きだし、大汗をかきながら、何をやっているんだろうと馬鹿馬鹿しくなる。うなだれて、好きにしろ…といつもと同じ言葉を放つと、理央は満面の笑みで隣に並んで歩く。そして軽快に今日あった話などを面白おかしく話すのだ。
 真剣な顔でパソコンと向き合う理央と、先ほどのようにぷんぷん地団駄を踏む理央、今はけろっとからからと楽しそうに笑う理央。いろんな彼の表情を知り、自分よりも十センチ以上背の高いアルファの男をかわいいと思うようになってきた。今も一生懸命に食堂のランチのから揚げが増えた話を嬉しそうにしている。ふ、と溜め息と笑いが混ざった吐息をもらし、見慣れた黒髪を撫でてみた。
 はた、と足を止めて、ぎぎぎ、と油のさしていない機械のようにぎこちなく首をこちらに回す理央は、瞠目し、顔を赤らめ汗をかいている。

「り、りん先輩…?」
「お前、かわいいな」

 頬が勝手に緩んでいた。それを見た理央は、さらに耳まで真っ赤にする。

「犬みたいで」

 そう告げると、理央は、なんだよそれー!と憤慨する。それもまた面白くて、声を出して笑ってしまう。出会いが最悪だった新入生はいつの間にか、隣にいて当たり前の存在になりつつあった。




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