初恋と花蜜マゼンダ

麻田

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第29.5話

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「も…あぅ、む、り…ぃ…」

 今、入り切るまでの奥に硬いペニスをねじ込むと、ナカを何度も収縮させて聖はベッドに倒れた。繋いでいる指から力が抜けて離れそうになるのを、もう一度絡め直して、背後から抱きしめる。薄い背中が一生懸命に呼吸をしているのが、胸元から感じられて、愛おしくてたまらなくなる。

「聖…」

 今日、何度も呼んでいる名前。
 ずっと、ずっと呼びたかった名前。

 耳朶に舌を這わせると、柔らかな曲線を描く肩がぴくんと跳ねる。

「あ…んぅ…」

 甘く犬歯を立てると、熱い吐息が漏れる。聖の艶やかな姿に、またナカで抱きしめられている自分が、質量を増して、入口がぎちり、と広がる。

(全部、挿れてしまいたい)

 まだ、全てを埋め込めていない肉棒を、無理矢理にでも聖のナカに突き立てて、思い切り腰を振って、力のままに征服したかった。それではならないとなけなしの理性が俺を留める。

(ダメだ…もう、二回も聖を無理やりしているのだから…)

 一度目は、初めて聖を交わった日。
 二度目は、先日、違うアルファのにおいをべっとりとつけた聖に我を忘れた日だ。

 聖との、初めての情事は、残念なことにぼんやりとしか思い出されなかった。
 小学生の時。初めての性体験だった。今までにも、色々な人間からそういうことをされそうになったことがあった。でも、俺は、聖以外には性的な気持ちには一切ならなかった。むしろ、嫌悪感すらあった。どんなに魅力的なオメガでも、美しいアルファでも、俺の心を動かすものはなかった。
 ただ、聖だけは違った。
 出会った時から、唯一無二の存在。金木犀のような甘い匂いをさせ、誰もが振り返る可愛さを持ち合わせていた。その大きな潤んだ黒目でじっと見つめられると、どうにかしてしまいたくなるような被虐性を刺激されて、聖に近づく邪な感情を抱く人間は、片っ端から俺が排除していった。そうしていくと、聖の世界には、俺だけになっていて、聖の笑顔は俺だけにしか見せられない宝物になっていた。だから、聖が欲しいものはなんだってあげたかった。聖が喜ぶものを常に探して、大きな瞳がきらきらと小さい星に埋め尽くされて、真っ白で柔らかな頬が赤く染まる笑顔がたまらなく好きで、たくさん本も読んだし雑学も調べた。聖のために使う時間が、しあわせでならなかった。これを知ったら、聖はどんな顔をするだろう。これを渡したら、聖はどんな言葉をくれるだろう。そう思えば思うほど、聖のために時間を使いたくなって、聖の隣にずっといたくて、少しの時間すらも離れたくなくなった。
 大好きという言葉以上に、心から愛してやまない大切な聖との初めては、俺の発情によって交わってしまったため、記憶が曖昧なのだ。
 聖の甘い匂いが、いつもより濃くて、聖のことで頭がいっぱいになって、気づけば、まだ未成熟の聖の身体の間で、必死に腰を振っていた。聖のナカは、とろとろに熟していて、それでいて出来立てのスポンジのようにふわふわで、しかし俺を離さないとでも言うかのように、ぴったりと俺を抱きしめてくれた。何度も好きだと言うと、聖は、瞳を溶かして、泣いて微笑んでいた。まるで神々しいものを汚しているかのような背徳感にさらに、衝動が止まらなかったのだけは覚えている。
 その体験は、二度目も同じだった。
 嫌だという聖を力でねじ伏せて、ナカに侵入した。あの時とまるきり同じナカの具合に、ここに入ったのは、俺だけなのだと安心させられるまで、聖を揺さぶった。記憶の中よりも、手足がすらりと伸び、薄い身体は美しい曲線を描いていた。肌はまっさらで純朴なのに、一度暴くと妖艶さで眩暈がするほどだった。男を魅惑する魔性のものそのものであると感じた。

 どちらも、聖に許可を得ずに行ったものだった。
 特に一度目の後は、初めての発情によって、大切な聖を傷つけた恐怖と、今まで運命の番として疑いもしなかった聖がベータだったという事実を消化しきれずに、距離をとってしまった。あの時、聖を診察した医師や、周りの大人たちから言われるがままに、本当に、聖が俺を騙していたのかと疑いすらした。
 聖から見れば、まさしく、性行為ができたからもう用済みだという、ヤリ捨てされたと思われても仕方ない状況だっただろう。それを思うと、悔やむに悔やみきれない。
 毎日、後悔した。
 どうして、あの時に聖をもっと大切にできなかったのだろうか、と。
 もし。本当にもしも、また聖と結ばれる日が来たら、聖が「いいよ」と言うまで、待とうと誓った。聖に求められたら、遠慮なく与えようと誓った。大切だから。大切な人だから、笑って、しあわせであってほしかった。

 それなのに。
 手を離した代償で大きく、聖は違うアルファにマーキングをされていた。
 間違いなく、あのアルファだ。
 俺が、コネクションのある教員にわざわざ頼んで、聖のためだけに閉鎖されていた第二図書室を用意させたというのに。そこにのこのこ現れる一年生のアルファ。何度忠告しても、諦めなかったアルファ。心から憎かった。殺意が湧いた。しかし、何度威嚇しても、まっすぐに聖を求めるそのアルファを、心から羨ましいとも思った。

 俺も、こうやって聖を求めたい。
 今すぐにでも、隣にいたい。
 会いたい。話したい。
 また、あの瞳を俺でいっぱいにしたい。
 それなのに、出来ない。

 なぜなら、俺は、もう聖に嫌われたからだ。
 捨てられたからだ。

 小学校の卒業式。それは、俺にとって大きなチャンスとなるはずだった。
 聖の教室に毎日通ったから、ずっと休んでいることは知っていた。しかし、この日だけは、来るだろうと思っていた。

 全部、謝りたかった。
 未熟な自分を何度、心で殺したことか。
 謝って、謝って、許されなくても、嫌いだと言われても、それでも謝って、縋って、もう一度、聖のものにしてくれと頼みこむつもりだった。
 きっと、優しい聖はそこまで俺がしたら、折れてくれるだろうと軽く思っていた。
 しかし、聖は卒業式には現れなかった。

 俺は、母親との約束で上位校への進学を決めていた。そこに進学したら、聖とのことを考えると言ってくれたから。ベータだとしても、俺の妻として迎えることを考えてくれると言ったから。
 だから、卒業式は聖に会える貴重なチャンスだったのだ。家のものは母親に言われているらしく、聖の家には車を出してくれなかった。家を一目を盗んで出ても、聖の家のものが、母親の手が回っているらしく、会わせてくれなかった。
 この日だけだったのに。
 聖が無事なのか心配で夜も眠れなくなった。

 こっそりと執事を使って調べると、聖も同様に付属中ではないところへの受験を決めていた。
 その事実に、膝から力が抜けて倒れた。それを執事が大騒ぎしたのも覚えている。

 本当に、聖に捨てられたのだ。
 卒業式の来なかったのも、俺に会いたくなかったからだ。
 付属中に進学しないのも、俺に居場所を知られたくないからだ。
 だから、こんな全寮制の男ばかりの危ない学校を選んでいるのだ。

 聖に、嫌われた。
 捨てられた。

 その絶望は、いつしか怒りに代わり、聖が憎悪の相手となっていた。
 こんなに愛しているのに。どうして、お前は逃げる。俺を捨てる。
 …許せない。許せない。

 進学先変更を伝えると、母親は焦燥した。しかし、母親が欲しいのは、名声と権力だ。自慢できる子供であればいい。そんな簡単なことがわかっていたから、聖が選んだ学校にすれば、多くの著名人やご子息とつながれること、変な女に付きまとわれないですむこと、必ず生徒会長になることを約束して、話をつけた。編入扱いだったが、本当に受験科目オール満点を叩きだして、母親は笑顔で送り出してくれた。
 今でもはっきりと思い出せる。
 壇上に上がると、今までよりも圧倒的に身体の大きな集団。アルファとオメガがはっきりとわかる集団。米粒のような大きなの人間たちが密集しているのを見るとげんばりとする気分だった。
 しかし、俺にはすぐに見つかった。
 そこだけ、光っていた。本当に光っていた。黒いもやもやと蠢く集団の中に、一転だけ白く光る人がいた。それが、聖だと遠目でも一瞬でわかった。

 聖だ。
 本当に、聖だ。

 生唾を思わず飲み込むと、その音がマイクを通てしまったのではないかと気になり、急いでスピーチへと移ったのだ。その間も、ずっと聖ばかりが気になって仕方がなかった。式が終わって、教師や先輩に挨拶を笑顔を済ませて、急いで聖を探した。最初は大股で歩く程度だったのに、早く聖に会いたくて、気づけば春だというのに、大汗をかき息を切らして走り回った。ようやく昇降口で靴をはき替えている聖を見つけて、嬉しくて叫び出しそうになるのを押さえて足を向けると、聖は廊下に鳴る足音で俺に振り返った。
 憎しみすら抱いていたのに、聖の姿を見たら、愛おしさに身体が支配された。

 きっと、聖なら謝れば許してくれる。いつもの笑顔で、大きな瞳いっぱいに俺だけを映して、ほんのりと頬を染めて、優しくキスをしてくれるんだ。
 だって、聖は、俺のことが大好きなのだから。俺も、聖だけが好きだから。

 しかし、そうした俺の都合の良い妄想は、塵となり消し去っていった。

 聖は目を見開いて、顔色をなくして、かかともちゃんと履き入れないまま、急ぎ足で俺に背を向けて姿を消した。
 明らかな拒絶の反応に、俺はその背中を追うことも、声をかけることもできず、ただその場に茫然と立ち尽くすだけとなってしまった。

(本当に…本当に、聖に、嫌われた…)

 ふら、と身体から力が抜けて、膝からその場にすとんと崩れ落ちた。近くにいた生徒たちが何人か駆け寄って声をかけていたが、何も聞こえなくなっていた。ただただ、俺の身体を絶望だけが埋め尽くしていた。

(やっぱり、捨てられたんだ…聖に、嫌われた…)

 興味のない人間に対しての対人スキルはそこそこに高いと自負していた。人からの好かれ方も、人望の集め方も、簡単だと思っていた。

(本当に好かれたい人からの好かれ方がわからないんだ…)

 どんなに人が集まっても、どんなに周りから憧憬と羨望を集めても、俺を満足させるものは一つとしてなかった。ただ、聖だけが、俺の望むものだった。
 先ほどの、恐怖と嫌悪の混ざったような聖の表情を思い出す。
 聖からは、愛情いっぱいの笑顔しか向けられたことがなかった。まさか、自分があんな顔をさせてしまうことになるとは、思いもしなかった。聖なら、ずっと俺を好きでいてくれる。そのことを疑いもしていなかった自分が、情けなくて恥ずかしくて愚かで哀れでならなかった。

(ふざけるな…)

 俺が、こんなに愛しているのに。
 俺は、聖のこと以外、興味などないのに。
 俺には、聖だけなのに。
 俺は、聖がいないと、生きていけないのに。

 それなのに、聖は、俺がいなくたって生きていける。
 俺になんか、興味をなくしている。
 俺のことなんか、愛していない。

(絶対に、許さない…)

 俺から逃げる聖を許せなかった。
 稚拙な俺は、あまりにも溢れ出る強い感情が、傷ついたことによる悲しみだと自覚することが出来ずに、あろうことか、聖への憎しみなのだと思い込んでしまった。

 そこからは、なんとなく聖に似ているオメガに誘われれば、一夜限りの相手として、弄び続けた。同じ学園にいることもあり、時折、聖と遭遇することがあった。俺に気づくなり、わざとらしく目線を反らして、気まずそうに俯く聖に舌打ちをする。愛しさに全身が震え、今すぐにでも抱きしめて愛を囁きたくなる強い衝動を、憎しみによる強い衝動なのだと勘違いして、冷たくあしらうばかりだった。その苛立ちは、毎夜のように現れる名前も知らないオメガたちにぶつけることで、自我を保ち続けていた。
 しかし、どいつもこいつも、聖にはなれない。
 後ろから強く突いたとしても、揺れる黒髪は、もっと聖の方が繊細で粉雪があっという間に溶けてしまうかのように儚い。細い背中は、もっとしなやかで曲線的で甘い匂いがする。わざとらしい嬌声が俺を萎えさせる。何度も、瞼を閉じて、あの時の聖を思い出す。それだけで、簡単に俺の身体は熱くなった。そうして、一時の満足を味わうと、その後に襲ってくる虚無感は、倍増していくばかりだった。
 聖が恋しくて、涙する夜だってあった。そのくらい、俺の中の、聖の不在は心に大きな穴を空け、狂わされていった。




「さくぅ…」

 は、と顔をあげると、こちらを振り向いている聖は、心配そうに俺の名前を囁いた。そして、俺の輪郭をその桜貝のように美しい爪先で、そろりと撫でて、唇を寄せた。それだけで、神経が焦げ付くような興奮を覚える。
 物思いにふける俺を心配してか、聖が何度も頬を撫でてくれる。その優しい手つきは、昔と何ひとつ変わらない。

(好きだ…)

「聖…」
「んんぅ…ぁ、さ、くぅ…」

 ちゅ、と赤く艶やかに光る下唇に吸い付くと、ふるふると長い睫毛を揺らして、きゅん、と腹の中を疼かせる。

(嬉しい…)

 ぽつりと心の中に浮かんだ言葉に、自分で驚く。

(そうだ、俺は、嬉しいんだ…)

 この腕の中に、また聖が帰ってきてくれた。
 柔らかな唇で、俺にキスをしてくれる。
 ぬかるんでいるのに、きついそこに、俺を受け入れてくれている。
 潤んだ瞳は、俺しか映さない。
 甘い、花の香りが、俺を包んでくれる。

「聖…っ」

 嬉しくて、しあわせで、涙が滲んだ。それを聖に悟られないように、腰を深くに進める。ぎゅう、ときつく締めあげられると、息がつまって、奥歯を噛み締める。まだ、果てたくない。

「あぅ、っんう、あっ」

 ずっと、こうしていたい。
 聖のナカにずっといたい。
 聖の唇を吸っていたい。

「やぁっ、だ、めっ、そこっ、いっしょは、あ、あっあ」

 昔よりも、いつの間にか随分色っぽくなった胸の尖りを指先で撫でる。その指先に縋るように、聖の細い指が絡んでくる。それの甘えるような仕草が愛おしくて、頭を撫でるように何度も乳首を優しく撫でる。その度に、白肌の赤く染まった肩がぴくん、ぴくん、と跳ねる。

「聖…、聖…」
「んっ、んっ、やぁ…あんっ、ぅう…」

 ぐり、とペニスの先端で、奥の奥を撫でると、ナカもキスするように吸い付いてくる。わざとなのか、聖が同じように俺の唇に控え目に吸い付いてくる。それが、可愛くて、何度も奥を撫でると、それだけで達してしまいそうになる。

「しゃ、うぅ…」

 舌ったらずに俺の名前を呼ぶ聖は、力が抜けて、腰だけ上げてベッドにへたり込んでしまった。つ、といやらしい唇から唾液がしたたり落ちた。きゅう、とペニスを絞るようにナカが蠢いて、その快感に背筋が震える。すると、聖の腰は、くね、くね、と控え目に揺れていた。

「も、と…して…んん…」

 自分の指を食み、つやめく唇からきれいな白い歯と艶やかに染まる真っ赤な舌が、ちらり、と見えて、たまらなく煽情的だった。
 ごくり、と我慢できずに生唾を飲んでしまう。聖は、それには気づかずに、どんどん腰をなまめかしく揺らす。

「もっ、と…こすって…」
「聖…っ!」

 求められがままに、聖の細い腰を掴み、一気に抜き差しを始める。柔らかな臀部が、俺の骨に当たり渇いた音を立てる。奥をえぐる度に、強く締め付けられて、離さないとでも言われているように混沌と意識を手放しそうになる。聖からは、魅惑的な匂いが強く漂う。気を抜くと、あっという間に己の獣のような本能に支配されてしまいそうになる。それを、唇を噛んで堪える。

(もう、傷つけない…)

「あっ、あっ、あんぅ、さくっ、さくぅっ」

 腰を掴む指を聖の細指が絡みつく。甘えるようなその仕草に胸が絞られるような痛みが走る。

(好き…好きだ…)

 その指にとらえて、絡めて握りしめる。すると、聖が、とろり、と嬉しそうに微笑んだ。聖も、同じ気持ちだと答えてくれているように感じた。また涙が滲んでくる。聖の手を引き寄せて、爪先に唇を這わす。ふるり、と軽く震える指先が愛おしく、何度もキスをしたり舐めたりする。

「聖、聖っ」
「あ、あ、あぅ…っああ」

 出してはいけないとわかっているのに、きゅうう、と切なく吸い付くように収縮されてしまうとたまらなくて、どうしてもこの人を俺のものだと誰しもにわからせたい衝動に負けて、一滴残らず聖の中に吐精してしまった。俺の精子を受け止めながら、聖も、ぴゅくぴゅくと控え目に射精をしていて、嬉しくて頬が緩む。ぴくぴくと快感に細かく犯される聖を抱き寄せて、キスをする。

(好きだ、聖…好きだ、大好きだ…)

「聖…」

 思いを込めて、大切にその唇に吸い付いた。



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