110 / 110
第二章 信者獲得
110 地獄絵図
しおりを挟む
「さっきから何なんだ、失礼だとは思わないのか?私は、この家の方々を救うために必死なんだぞ!!」
瑞貴と鬼の態度に向井は怒りを露わにしていたが、そんな向井の言葉を聞いた瑞貴は八雲徹の姿を思い出している。
――「救うため」。……あぁ、八雲さんに会わせたのはこの意味もあったんだ
瑠々のことで悩んでいた瑞貴の心を安定させるために姫和たちは八雲に会わせたのだと考えていたが、それだけではなかったことに瑞貴は気付かされた。
何もかもが姫和たちの思い通りに進んでいるような感覚は居心地悪くもあったが、状況から得られるヒントを組み合わせて答えに辿り着くことで成長も自覚出来る。
「……本当に誰かを救いたくて必死になっている人は、簡単に『救うため』なんて言葉を使いませんよ。だから、あなたは誰も救えない」
「はっ?何を」
「本当に誰かを救いたいと思って行動している人は、誰も救えない自分の無力に叩きのめされてしまうんです。だから、あの人は『仕事』として割り切っていた。誰も救えない自分を責めないでいられるように自分の願いを『仕事』にしてしまった」
「……あの人?……さっきから何を言っている!?」
「向井さんとは違って、誰かを救える存在になりたいと心から願っている人のことです」
瑞貴は笑って答えてから立ち上がり、向井に近づいた。瑞貴から出てくる迷いのない言葉は迫力があり、高校生を相手に向井は僅かに後退ってしまう。
向井と対比させるためにも八雲と会っておくことは瑞貴にとって必要な儀式だったと考えていた。
「ところで、豆撒きで鬼は追い払えたんですか?」
「んっ?……あぁ、もちろん。この家に棲んでいた鬼は追い出すことが出来た」
「それなら、この家に鬼はいない?」
「特別な豆で追い払った。もう、この家に鬼はいない!これで家人を悩ませていた数々の不幸は消え去るはずだ」
向井の自信満々の言葉を聞いた後で、白髪の鬼を見ると落ちていた豆を拾って苦笑いを浮かべていた。そんな状況を確認してから瑞貴は向井を見る。
「……そんな嘘を言って他人を騙していると、あなたも地獄に墜ちますよ。大丈夫ですか?」
「だ、騙してなどいない!」
「あっ、小野篁のまねをするなら地獄に墜ちた方が都合良いとか?でも、小野篁は生きている時に地獄を行き来した人だから違うのか」
同じ部屋の中で鬼が豆を拾っている状況であれば向井の嘘は明白だった。特別な力を込めた豆と言っても鬼が触れてしまっている時点で効果がないことも分かる。
「さっきも言ったように誰かを救うなんてことは簡単じゃない。俺には、まだ八雲さんのような覚悟もない」
八雲の名前が突然出てきての告白に驚いたのは、あずさと茜だった。瑞貴は自分たちを救ってくれると信じていたが瑞貴自身に否定されてしまったことになる。
それでも、瑞貴を疑う気持ちになることもなかった。
「この家で起こったことは不幸じゃないんです。きっと良い思い出として語れる出来事になる」
「はん?偉そうなことを言っておいて、何も解決出来ないのなら黙っていてくれ。無責任に思い出話にするなんて言える状況か?」
「思い出話にするために俺が出来ることはします。……あなたに地獄を見せた後でね」
ここでの瑞貴の表現は比喩的なものではなく、本当に『地獄を見せる』つもりだった。瑠々の母親に与えた生き地獄ではなく、向井に地獄の存在を知ってもらうつもりでいる。
瑞貴の言葉を合図にして鬼が動いた。無表情のまま瑞貴の斜め前に立ち、向井を見る。
「な、なんだ?……地獄を、見せるとは、ぼ、ぼ、暴力に訴える気か?」
長身で強面の鬼が正面に立てば心中穏やかではいられない。直前に『地獄を見せる』と言われていれば尚更だろう。
「安心してください。あなたには指一本触れませんから」
「で、では、警察にでも通報するつもりか?」
「えっ!?一応、通報される心当たりはあるんですね。……詐欺の」
「はっ!!私は、この家に棲む鬼を、お、追い払ったのだ。そのために必要なものを要求したにすぎない。だ、断じて詐欺などではない」
「オカルトで詐欺を論じるのは難しい。それを分かって、やってるんですよね?」
ここで次は采姫が動いた。あずさたち姉妹と祖父を部屋の外へと連れ出していく、あずさも茜も不安そうな表情をしてはいたが采姫に従うことにする。
向井は得体の知れない二人と残されてしまい、不安は増した。
「鬼は存在します。……でも、この家に鬼はいなかった」
「それは私が追い払ったからだ」
「いえ。あなたが追い払わなくても、鬼はこの家のことに関係なかった」
瑞貴は手にしていた閻魔刀を鞘から抜きながら、小さな声で『閻魔代行』と口にする。向井は瑞貴の動きだけを目で追い、何が起こるか分からないまま身構えた。
鬼が瑞貴の前に立った理由は、向井に刀身を見せないようにするため。
「……あ、あっ!?」
それまで単なる和室だった周囲の様子は一変し、これまでと同じように境界の紐で上下に分割された異世界が広がる。
ただし、地獄が風景だけではなく邪悪な巨体が取り囲むように数体存在していた。
「さぁ、これが地獄です」
向井は立っていることも出来なくなり、ハッキリと分かるくらいに震えていた。
「今回は、向井さんに濡れ衣を着せられた鬼も特別にご参加いただきました」
瑞貴と鬼の態度に向井は怒りを露わにしていたが、そんな向井の言葉を聞いた瑞貴は八雲徹の姿を思い出している。
――「救うため」。……あぁ、八雲さんに会わせたのはこの意味もあったんだ
瑠々のことで悩んでいた瑞貴の心を安定させるために姫和たちは八雲に会わせたのだと考えていたが、それだけではなかったことに瑞貴は気付かされた。
何もかもが姫和たちの思い通りに進んでいるような感覚は居心地悪くもあったが、状況から得られるヒントを組み合わせて答えに辿り着くことで成長も自覚出来る。
「……本当に誰かを救いたくて必死になっている人は、簡単に『救うため』なんて言葉を使いませんよ。だから、あなたは誰も救えない」
「はっ?何を」
「本当に誰かを救いたいと思って行動している人は、誰も救えない自分の無力に叩きのめされてしまうんです。だから、あの人は『仕事』として割り切っていた。誰も救えない自分を責めないでいられるように自分の願いを『仕事』にしてしまった」
「……あの人?……さっきから何を言っている!?」
「向井さんとは違って、誰かを救える存在になりたいと心から願っている人のことです」
瑞貴は笑って答えてから立ち上がり、向井に近づいた。瑞貴から出てくる迷いのない言葉は迫力があり、高校生を相手に向井は僅かに後退ってしまう。
向井と対比させるためにも八雲と会っておくことは瑞貴にとって必要な儀式だったと考えていた。
「ところで、豆撒きで鬼は追い払えたんですか?」
「んっ?……あぁ、もちろん。この家に棲んでいた鬼は追い出すことが出来た」
「それなら、この家に鬼はいない?」
「特別な豆で追い払った。もう、この家に鬼はいない!これで家人を悩ませていた数々の不幸は消え去るはずだ」
向井の自信満々の言葉を聞いた後で、白髪の鬼を見ると落ちていた豆を拾って苦笑いを浮かべていた。そんな状況を確認してから瑞貴は向井を見る。
「……そんな嘘を言って他人を騙していると、あなたも地獄に墜ちますよ。大丈夫ですか?」
「だ、騙してなどいない!」
「あっ、小野篁のまねをするなら地獄に墜ちた方が都合良いとか?でも、小野篁は生きている時に地獄を行き来した人だから違うのか」
同じ部屋の中で鬼が豆を拾っている状況であれば向井の嘘は明白だった。特別な力を込めた豆と言っても鬼が触れてしまっている時点で効果がないことも分かる。
「さっきも言ったように誰かを救うなんてことは簡単じゃない。俺には、まだ八雲さんのような覚悟もない」
八雲の名前が突然出てきての告白に驚いたのは、あずさと茜だった。瑞貴は自分たちを救ってくれると信じていたが瑞貴自身に否定されてしまったことになる。
それでも、瑞貴を疑う気持ちになることもなかった。
「この家で起こったことは不幸じゃないんです。きっと良い思い出として語れる出来事になる」
「はん?偉そうなことを言っておいて、何も解決出来ないのなら黙っていてくれ。無責任に思い出話にするなんて言える状況か?」
「思い出話にするために俺が出来ることはします。……あなたに地獄を見せた後でね」
ここでの瑞貴の表現は比喩的なものではなく、本当に『地獄を見せる』つもりだった。瑠々の母親に与えた生き地獄ではなく、向井に地獄の存在を知ってもらうつもりでいる。
瑞貴の言葉を合図にして鬼が動いた。無表情のまま瑞貴の斜め前に立ち、向井を見る。
「な、なんだ?……地獄を、見せるとは、ぼ、ぼ、暴力に訴える気か?」
長身で強面の鬼が正面に立てば心中穏やかではいられない。直前に『地獄を見せる』と言われていれば尚更だろう。
「安心してください。あなたには指一本触れませんから」
「で、では、警察にでも通報するつもりか?」
「えっ!?一応、通報される心当たりはあるんですね。……詐欺の」
「はっ!!私は、この家に棲む鬼を、お、追い払ったのだ。そのために必要なものを要求したにすぎない。だ、断じて詐欺などではない」
「オカルトで詐欺を論じるのは難しい。それを分かって、やってるんですよね?」
ここで次は采姫が動いた。あずさたち姉妹と祖父を部屋の外へと連れ出していく、あずさも茜も不安そうな表情をしてはいたが采姫に従うことにする。
向井は得体の知れない二人と残されてしまい、不安は増した。
「鬼は存在します。……でも、この家に鬼はいなかった」
「それは私が追い払ったからだ」
「いえ。あなたが追い払わなくても、鬼はこの家のことに関係なかった」
瑞貴は手にしていた閻魔刀を鞘から抜きながら、小さな声で『閻魔代行』と口にする。向井は瑞貴の動きだけを目で追い、何が起こるか分からないまま身構えた。
鬼が瑞貴の前に立った理由は、向井に刀身を見せないようにするため。
「……あ、あっ!?」
それまで単なる和室だった周囲の様子は一変し、これまでと同じように境界の紐で上下に分割された異世界が広がる。
ただし、地獄が風景だけではなく邪悪な巨体が取り囲むように数体存在していた。
「さぁ、これが地獄です」
向井は立っていることも出来なくなり、ハッキリと分かるくらいに震えていた。
「今回は、向井さんに濡れ衣を着せられた鬼も特別にご参加いただきました」
0
お気に入りに追加
4
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

滅亡間際の異世界へ〜オリジナル戦国スキルで異世界無双英雄伝〜
さいぞう
ファンタジー
普通のサラリーマンとして、普通な人生を順風に送っていた下村海人31歳。趣味は歴史とゲーム。
突然異世界へ転生される事になったが、そこは既に滅亡間際だった。
神から授かったスキルと創意工夫で逆境を覆せ。
この物語は戦国要素を取り入れつつも、あくまで王道異世界ファンタジーです。
改訂版として再スタート致します。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
比翼の鳥
月夜野 すみれ
歴史・時代
13歳の孤児の少年、菊市(きくち)光夜(こうや)はある日、男装をした十代半ばの少女と出会う。
彼女の名前は桜井花月、16歳。旗本の娘だった。
花月は四人の牢人を一瞬で倒してしまった。
しかし男の格好をしているものの話し方や内容は普通の女の子だ。
男装しているのは刀を差すためだという。
住む家がなく放浪していた光夜は剣術の稽古場をしている桜井家の内弟子として居候することになった。
桜井家で道場剣術とは別に実践的な武術も教わることになる。
バレる、キツい、シャレ(洒落)、マジ(真面目の略)、ネタ(種の逆さ言葉)その他カナ表記でも江戸時代から使われている和語です。
二字熟語のほとんどは明治以前からあります。
愛情(万葉集:8世紀)、時代(9世紀)、世界(竹取物語:9世紀末)、社会(18世紀後半:江戸時代)など。
ただ現代人が現代人向けに現代文で書いた創作なので当時はなかった言葉も使用しています(予感など)。
主人公の名前だけは時代劇らしくなくても勘弁してください。
その他、突っ込まれそうな点は第五章第四話投稿後に近況ノートに書いておきます。
特に花月はブッチギレ!の白だと言われそうですが5章終盤も含め書いたのは2013年です。
カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ノアズアーク 〜転生してもスーパーハードモードな俺の人生〜
こんくり
ファンタジー
27歳にして、今ゆっくりと死に向かう男がいる。
彼の人生は実にスーパーハードモードだった。
両親は早くに他界し、孤児院でイジメられ、やっと出れたと思えば余命宣告をされた。
彼は死に際に願う。
「来世は最強の魔法使いとか世界を救う勇者とかになりたいものだ。あ、あとハーレムも追加で。」と。
力尽きた彼が目を覚ますと、子供の体に転生していた。
転生は成功した。
しかし、願いは1つも叶わない。
魔術?厄災?ノア?
訳の分からないことばかりだ。
彼の2度目のスーパーハードモードな人生が始まる。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる