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第二章 信者獲得
094 疫病神
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「まだ確認しなければいけないこともありますけど……。分かったと言うか……、最初から悩む必要なんてなかったんですね?」
「いいえ、悩んで導き出す答えにこそ意味が生れるんです。瑞貴さんがここで語ってきたことも、必要ないなんてことはありません」
「そう思いたいです」
瑞貴は気が重かった。いくつか質問をするだけで答えに辿り着けることは分かってしまったが、その答えを瑞貴は予想出来ている。
あずさと茜は座って瑞貴からの報告を待っていた。
「……この家の中には何かがいます。それは間違いありません」
瑞貴もソファーに腰を下ろして断言した。
「そっか。……でも、それが何かかは分からないんだよね?」
「はい。今はハッキリしていませんけど、すぐに分かると思います」
「えっ!?すぐに分かるって、本当?」
「本当です。その前にいくつか教えてもらいたいんですが、いいですか?」
あずさと茜は同時に『もちろん』と返事をした。悩み続けていた瑞貴が明確に分かると言い切ったのであれば、それなりの自信をもっているはずだった。
「……では、犬の散歩って誰が行ってるんですか?」
「えっ?……散歩?」
「はい。散歩です。……あの子の」
瑞貴は部屋の奥で寝ている犬をチラリと見て質問した。
「朝の散歩は私が連れて行ってます。……夕方は、お祖父ちゃんですけど、最近は体調が悪くなって行けないこともあります」
「今は、お母さんが入院してしまっているし、お父さんは無理して仕事に行ってるから散歩をしてる余裕はないもんね。……みんなが体調悪いんだから仕方ないか」
「……でも、私が散歩に連れて行こうとしても、固徹も行きたがらなかったの」
「固徹?……あの子の名前ですか?」
「そう。固徹君です。お祖父ちゃんが付けたんだけど、『頑固一徹』で固徹なんです」
この時点で瑞貴の答え合わせは完了したことになる。
「固徹君は、お祖父さんの犬なのかな?」
「えっ?はい。……お祖父ちゃんが買ってきたって聞きました」
「私も、まだ子どもだったから詳しくは分からないけど……、ペットショップで売れ残りの扱いをされてたから怒って、勢いで買ってきちゃったみたいなんです」
「……そうだったんだ」
あずさと茜は瑞貴が唐突に犬の話を始めたことの意味が分からなかった。ただ、『何かいる』と断言した後に固徹の話が続いてしまっているので、二人はドキドキが止まらなくなっている。
「もしかして、固徹が……?」
瑞貴の話の流れで、あずさも茜も固徹が元凶になっている可能性を考えていた。
「それは違うと思います。固徹君は、お祖父さんや茜さんを心配しているだけです。二人のベッドの横には心配している感じが残っていました。……でも、間接的には関与してると思います」
「……そうなんだ」
「でも、固徹が私の部屋に入ってくることなんてなかったんですよ。どうして私のベッドの横に固徹の気配が残ってるんですか?」
瑞貴は茜の疑問には答えなかった。
質問には答えないまま立ち上がって、横になっている犬の前に歩いていく。
「……それで、どっちが固徹君なのかな?」
「えっ!?」
「……どっちって?」
あずさも茜も瑞貴の質問の意味が全く分からない。瑞貴が部屋に入った瞬間から答えは目の前に用意されていた。
瑞貴は、この家に来てからずっと二頭のゴールデンレトリバーを見てきた。瑞貴は当然のように二頭飼われているとしか考えていなかったが、固徹の名前だけしか出てこなかった。
そして、玄関の近くに置かれていた袋の中にはリードが一つしか入っておらず、二頭の存在を否定されてしまう。
だが、瑞貴にしか見えていないのであれば、この世には存在していないことになってしまう。それでも、あずさたちが固徹を見えているとなると肉体は残っていたらしい。
――おそらく固徹は亡くなってる。……そして、固徹の身体の中に何かが入り込んだ。
そう考えるしかなかった。それ以外に考えられる原因が見当たらないのだから、これが答えになるのだろう。
『……若い神媒師よ。……やっと私に辿り着いたのだな?』
優しく瑞貴に話しかけるお爺さんの声が聞こえてきた。
瑞貴のことも神媒師として認識しているらしいが、敵意は感じられない。
「えっ!?……誰なんですか?」
突然、瑞貴は話を始めたので、あずさと茜は狼狽えていて聞こえてはいなかった。何かが起こっていることは確実だったが、二人の理解が追いつくことはない。
『まぁ、そう慌てるな。随分と若いので神媒師か疑ってしまったが間違いなさそうだ』
瑞貴の眼前には二頭のゴールデンレトリバーが同じ姿で並んでいた。瑞貴を見据えているので、声の主は固徹の肉体を借りている存在だろう。
『私は、疫病神。……其方の読み通りだ』
瑞貴は静かに目を閉じて深呼吸をした。
そして、再び目を開けて振り返り、あずさと茜に話しかけた。
「すいません。しばらく、固徹君と俺だけにしてもらえませんか?」
あずさと茜は動揺したままだったが、瑞貴の寂しそうな顔を見て従うことにした。
だが、あずさも茜も確認しておきたいことがある。
「あの、滝川君?……固徹は……、固徹は、もしかして……?」
「今は、その話は止めておきませんか?まだ、俺も詳しくお話出来る状況ではありません」
「……うん。そうだね。……じゃぁ、私たちは茜の部屋に行ってるね」
茜は大黒様を抱きかかえて、采姫を含めた三人は部屋から出て行った。大黒様と采姫がいても支障はないのだが仕方のない状況だった。
三人がいなくなった部屋の中で瑞貴は固徹の前に正座をしてから頭を下げた。
「神媒師の滝川瑞貴です。気つくのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
『ハハハ、其方はこの家に来た時から気がついてはおったはず。この姿と見え過ぎる力に惑わされてしまっただけ、気にすることはない』
「あ、ありがとうございます」
疫病神だとは名乗っていたが、イメージしていた神様とは随分と違って感じてしまう。粗野な感じはせず優しく話しかけてくれていた。
『市寸島比売命様がご一緒で神媒師であろうことは分かったのだが、若過ぎるので試させてもらった。……ずっと話は聞かせてもらっておったよ。来てくれたのが其方で良かった』
瑞貴を『若過ぎる』理由で神媒師として疑っていたことには引っかかってしまった。16歳から神媒師になるのであれば、これまでも若い神媒師はいたことになる。
ただ、今は瑞貴自身の疑問よりも優先して解決しなければならない問題があった。
「いいえ、悩んで導き出す答えにこそ意味が生れるんです。瑞貴さんがここで語ってきたことも、必要ないなんてことはありません」
「そう思いたいです」
瑞貴は気が重かった。いくつか質問をするだけで答えに辿り着けることは分かってしまったが、その答えを瑞貴は予想出来ている。
あずさと茜は座って瑞貴からの報告を待っていた。
「……この家の中には何かがいます。それは間違いありません」
瑞貴もソファーに腰を下ろして断言した。
「そっか。……でも、それが何かかは分からないんだよね?」
「はい。今はハッキリしていませんけど、すぐに分かると思います」
「えっ!?すぐに分かるって、本当?」
「本当です。その前にいくつか教えてもらいたいんですが、いいですか?」
あずさと茜は同時に『もちろん』と返事をした。悩み続けていた瑞貴が明確に分かると言い切ったのであれば、それなりの自信をもっているはずだった。
「……では、犬の散歩って誰が行ってるんですか?」
「えっ?……散歩?」
「はい。散歩です。……あの子の」
瑞貴は部屋の奥で寝ている犬をチラリと見て質問した。
「朝の散歩は私が連れて行ってます。……夕方は、お祖父ちゃんですけど、最近は体調が悪くなって行けないこともあります」
「今は、お母さんが入院してしまっているし、お父さんは無理して仕事に行ってるから散歩をしてる余裕はないもんね。……みんなが体調悪いんだから仕方ないか」
「……でも、私が散歩に連れて行こうとしても、固徹も行きたがらなかったの」
「固徹?……あの子の名前ですか?」
「そう。固徹君です。お祖父ちゃんが付けたんだけど、『頑固一徹』で固徹なんです」
この時点で瑞貴の答え合わせは完了したことになる。
「固徹君は、お祖父さんの犬なのかな?」
「えっ?はい。……お祖父ちゃんが買ってきたって聞きました」
「私も、まだ子どもだったから詳しくは分からないけど……、ペットショップで売れ残りの扱いをされてたから怒って、勢いで買ってきちゃったみたいなんです」
「……そうだったんだ」
あずさと茜は瑞貴が唐突に犬の話を始めたことの意味が分からなかった。ただ、『何かいる』と断言した後に固徹の話が続いてしまっているので、二人はドキドキが止まらなくなっている。
「もしかして、固徹が……?」
瑞貴の話の流れで、あずさも茜も固徹が元凶になっている可能性を考えていた。
「それは違うと思います。固徹君は、お祖父さんや茜さんを心配しているだけです。二人のベッドの横には心配している感じが残っていました。……でも、間接的には関与してると思います」
「……そうなんだ」
「でも、固徹が私の部屋に入ってくることなんてなかったんですよ。どうして私のベッドの横に固徹の気配が残ってるんですか?」
瑞貴は茜の疑問には答えなかった。
質問には答えないまま立ち上がって、横になっている犬の前に歩いていく。
「……それで、どっちが固徹君なのかな?」
「えっ!?」
「……どっちって?」
あずさも茜も瑞貴の質問の意味が全く分からない。瑞貴が部屋に入った瞬間から答えは目の前に用意されていた。
瑞貴は、この家に来てからずっと二頭のゴールデンレトリバーを見てきた。瑞貴は当然のように二頭飼われているとしか考えていなかったが、固徹の名前だけしか出てこなかった。
そして、玄関の近くに置かれていた袋の中にはリードが一つしか入っておらず、二頭の存在を否定されてしまう。
だが、瑞貴にしか見えていないのであれば、この世には存在していないことになってしまう。それでも、あずさたちが固徹を見えているとなると肉体は残っていたらしい。
――おそらく固徹は亡くなってる。……そして、固徹の身体の中に何かが入り込んだ。
そう考えるしかなかった。それ以外に考えられる原因が見当たらないのだから、これが答えになるのだろう。
『……若い神媒師よ。……やっと私に辿り着いたのだな?』
優しく瑞貴に話しかけるお爺さんの声が聞こえてきた。
瑞貴のことも神媒師として認識しているらしいが、敵意は感じられない。
「えっ!?……誰なんですか?」
突然、瑞貴は話を始めたので、あずさと茜は狼狽えていて聞こえてはいなかった。何かが起こっていることは確実だったが、二人の理解が追いつくことはない。
『まぁ、そう慌てるな。随分と若いので神媒師か疑ってしまったが間違いなさそうだ』
瑞貴の眼前には二頭のゴールデンレトリバーが同じ姿で並んでいた。瑞貴を見据えているので、声の主は固徹の肉体を借りている存在だろう。
『私は、疫病神。……其方の読み通りだ』
瑞貴は静かに目を閉じて深呼吸をした。
そして、再び目を開けて振り返り、あずさと茜に話しかけた。
「すいません。しばらく、固徹君と俺だけにしてもらえませんか?」
あずさと茜は動揺したままだったが、瑞貴の寂しそうな顔を見て従うことにした。
だが、あずさも茜も確認しておきたいことがある。
「あの、滝川君?……固徹は……、固徹は、もしかして……?」
「今は、その話は止めておきませんか?まだ、俺も詳しくお話出来る状況ではありません」
「……うん。そうだね。……じゃぁ、私たちは茜の部屋に行ってるね」
茜は大黒様を抱きかかえて、采姫を含めた三人は部屋から出て行った。大黒様と采姫がいても支障はないのだが仕方のない状況だった。
三人がいなくなった部屋の中で瑞貴は固徹の前に正座をしてから頭を下げた。
「神媒師の滝川瑞貴です。気つくのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
『ハハハ、其方はこの家に来た時から気がついてはおったはず。この姿と見え過ぎる力に惑わされてしまっただけ、気にすることはない』
「あ、ありがとうございます」
疫病神だとは名乗っていたが、イメージしていた神様とは随分と違って感じてしまう。粗野な感じはせず優しく話しかけてくれていた。
『市寸島比売命様がご一緒で神媒師であろうことは分かったのだが、若過ぎるので試させてもらった。……ずっと話は聞かせてもらっておったよ。来てくれたのが其方で良かった』
瑞貴を『若過ぎる』理由で神媒師として疑っていたことには引っかかってしまった。16歳から神媒師になるのであれば、これまでも若い神媒師はいたことになる。
ただ、今は瑞貴自身の疑問よりも優先して解決しなければならない問題があった。
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