神媒師 《第一章・完結》

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第二章 信者獲得

092 正体

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「小野篁って、平安時代の人物でしょ?どうして、霊能者がそんな人の名前を出したの?」

 あずさは知っているらしいが、繋がりまでは当然分からない。瑞貴も秋月父から聞かされた時には平安時代の歌人くらいの認識しかしていなかった。
 その後、調べてみて小野篁の伝説を知ることになる。

「小野篁は閻魔大王の補佐を務めたと言われている人物です。昼は普通に人間世界で働いて、夜は冥界で閻魔大王の手助けをしていたとされています」
「え?平安時代の公家ってだけじゃないんだ?」
「昼も夜もなんて、働き者なんですね?」

 茜の感想が一気に緊張感を失わせてしまった。
 瑞貴とあずさが同時に笑ったことで茜はムッとしたが、瑞貴にとっては場の空気を和らげてくれたことに感謝している。

「まぁ、働き者だとは思う。……うん。本当に、いつ寝てたのかな?」

 さらに瑞貴が茶化すように言ってしまったことで、茜は睨むようにしていた。その視線から逃れるために瑞貴は説明を続けた。

「たぶん、すごく優秀な人だったから『あの人なら閻魔大王の補佐をしていても不思議じゃない』って、嫉妬されただけなのかもしれない」
「嫉妬されて、そんな話になっちゃうんですか?」
「詳しく調べたわけじゃないけど、有名な書物にも『閻魔大王の傍らに居た』って記述はあったんだ。でも、俺は嫉妬だと思った。……ほら、人間とは思えない能力を持っていると『鬼才』って言うだろ?その言葉の最上級が『閻魔大王の補佐』だと考えてる」
「面白い考察かもしれないね。やっかみで噂されてただけのことが、後世に残ったんだ」
「他にも具体的な例が残ってはいるんです。もちろん、伝説の域を出ないことに変わりはないですけど」
「大昔の人物のことだもの、仕方ないよ」

 もし、小野篁が今回の件に関与していることがあれば、鬼を通じて閻魔大王に質問した方が確実だと瑞貴は考えている。

「篁の孫かもしれないとされる人物には小野小町もいるんです」
「あっ、小野小町は知ってる。孫かもしれない人物って、曖昧な表現をするんですね?」
「記述や年代で合わない点もあるらしい。それでも、才能も美貌も兼ね備えた小野小町が一族にいるってだけで特別感あるかも。付け加えると篁の祖先は小野妹子ね」

 秋月父から『小野篁』の名前を聞かされて調べてみたが、かなり面白い人物で興味を持たされた。歴史の授業で学べないことの方が歴史を知ろうとするきっかけになる典型だった。


 全く関係のない話をしていることが可笑しかったのだろうか、采姫は微笑んでいるように見えた。
 調べたばかりのことだったので瑞貴も話をしてしまっていたが、そろそろ本題に戻さないといけない。瑞貴は霊能者の件に戻すことにした。

「小野篁の子孫の弟子が鬼を払う儀式をする。ありそうな話でもあるし、なさそうな話でもあるよな?……これが陰陽師だったら素直に納得できるんだけど」
「あっ、その人は知ってる」

 陰陽師は様々な物語で安倍晴明が主人公になることがあったので知られた存在だった。だが、瑞貴は話は再び逸れてしまうことを恐れて陰陽師には触れなかった。

「……それにしても、色々と知ってるんだね?」

 あずさが話を聞いていた感想を漏らすが、小野篁については偶然だったので若干心苦しくもある。
 閻魔大王についても、瑞貴は神様として認識していなかった。依頼のメールが閻魔大王から届いた時に驚いていたくらいで、知識としては大雑把なものだと感じている。

「どちらかと言えば主観的な話になっているから、あまり信憑性は高くないです。小野篁も実在はしていたと思いますが、千年以上前の話で真実は分からない」
「うん。それは分かってる。……でも、滝川君は、そんな話も自分なりの解釈を加えて、受け入れようとしてるんだね」

 それは瑞貴が神媒師であることが起因していた。
 誰もが不思議に感じてしまうことも、瑞貴の日常生活に入り込んでしまっている。こんなやり取りを黙って聞いている采姫や茜の膝の上で寝ている大黒様の方が小野篁よりも遥かに信じ難い存在になる。

「俺なりの解釈というのなら、今までの話と矛盾するかもしれないですけど、あと一つ話しておいてもいいですか?」
「……何?」

 あずさや茜に絶望を与えてしまう言葉になるかもしれない話だった。
 八雲に会うために病院に向かっている途中、視点を変えた『桃太郎』を鬼が教えてくれた。冗談ぽく話してはいたが、その中で鬼が言っていたことを二人に伝えることにした。

「『桃太郎』は『鬼』を退治していない。って話を聞いたことがあるんです」
「えっ!?」
「本当の『鬼』は、人間なんかに負けるわけないらしいです。どんなに強い力を持っていたり、不思議な力を持っていたりしても、人間に勝ち目はないと言われました」
「……でも、鬼退治のお話って沢山あるよ」
「はい。だから、あれは人間同士の争いの話だと考えてみました。戦った相手の強さを誇張して『鬼』にしてるかもしれない。……篁が『閻魔大王の補佐』になった理由と同じです」
「それじゃぁ、『桃太郎』が退治したのは『鬼』じゃなくて『人間』なの?」
「可能性の話ですけどね。乱暴な盗賊集団とかが『鬼みたい』と言われていて『桃太郎』は盗まれた財産を取り戻してくれた英雄なんじゃないかって」

 瑞貴は話しながら若干の気持ち悪さもあった。鬼が意味もなく雑談として聞かせてくれた内容が今回の件に結び付いているような感覚がある。

「『桃太郎』も普通の人間だったってこと?それなら、どうして桃から生れたことになったのかな?」
「桃は特別な果物なんです。『桃源郷』って言葉もあるように、桃は神聖な果物として考えられている。だから、『鬼のように強い盗賊たち』から守ってくれた人物は『桃』から誕生したのかもしれない。……って感じの話が伝わったのかもしれません」
「他の伝説にある鬼退治も同じこと?」
「武勇伝が誇張されて伝わるうちに、『鬼のようだ』と比喩されてた敵が『鬼』になったんだと思いました」
「それだと、この家に『鬼』が棲んでいたとしたら、人間には太刀打ちできないってことになるんですか?」
「本当の『鬼』が、本気でここに棲みつきたいと考えているのなら相手にならないと思う。邪気を払うだけなら儀式で出来るかもしれないけど」
「邪気?」
「『病は気から』って言うだろ?儀式って言うのは、気分を入替えるための手段なんだ」
「それだけなんですか?」
「『それだけ』って言うと怒られるかもしれない。『それだけ』に感じられることが、人間にとってはすごく重要なことになる」

 あずさと茜は暗い顔をして聞いていた。霊能者が言うように、この家の不幸が鬼の仕業であれば打つ手がないことになる。
 だが、瑞貴は別の考えに思い至っていた。無関係に色々と考えていたことが鬼の雑談に繋がり一つの結論に誘う。

「……そうか、だから鬼は『桃太郎』の話を俺にしてくれたのか。……鬼は『人間が鬼に勝てるわけない』ことを先に教えてくれていたんだ」

 八雲と出会ったことで、霊能者を信じそうになっていた。
 この家に来た霊能者が、あずさの家族を救う手段を知っている可能性を考え過ぎていた。

「鬼は俺がこの家に来ることも知っていたはず。だから、この家に起こっていることは『鬼』が原因じゃないことを伝えてくれていた」

 思いついたことを言葉に出していることに瑞貴は気付いていなかった。あずさと茜は瑞貴が何を言っているのか分からない。

 瑞貴は霊能者が善人であることを完全に否定した。
 
「この家に鬼が棲んでいるはずない。……でも、鬼じゃないけど何かがある?……いや、何かが居るのか?」

 瑞貴の独り言になっていない独り言を聞いていたが、あずさも茜も一緒に考えていた。

「鬼じゃなけど人を不幸にするって、貧乏神とか疫病神みたいですね」

 茜の言葉を聞いていた采姫が微笑んだ。
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