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第二章 信者獲得
089 霊能者
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茜と呼ばれた女の子は、あずさとは全く違う印象だった。少し短めの髪でボーイッシュな感じではあるが、パジャマの胸の膨らみが艶めかしい。
「うん。今は少し落ち着いてる。……こんにちは、采姫さん」
「ええ、こんにちは。あまり無理はしないでね」
「ありがとうございます。……それで、この人が?」
「滝川瑞貴君よ、わざわざ来てくれたんだ」
「そうですか、富永茜です。よろしくお願いします。」
采姫への態度とは違い、瑞貴は冷淡な挨拶をされる。采姫に話しかけた時に見せた微笑みは消え去り、瑞貴を歓迎している様子はなかった。
茜にとって瑞貴は祖父が紹介された霊能者と大差ない存在らしい。
「……滝川瑞貴です。お邪魔してます」
とりあえずの自己紹介を瑞貴も済ませた。
瑞貴は自分の能力を他者から認められたいわけではないので、疑われることに抵抗はなかった。それでも、あずさを助けるために動き難くなったように感じてしまう。
「あっ!……えっ?何この子!」
不愛想になっていた茜の態度が一変する。瑞貴の隣りで眠っていた大黒様に気付いたようだ。
満面の笑顔になり、大黒様を抱きかかえてしまう。突然の出来事に瑞貴が反応することが出来ず、大黒様の睡眠は妨げられることになった。
「こらっ、茜ちゃん。ちゃんと瑞貴君の許可をもらってから大黒様を抱っこしないとダメでしょ!」
「……えっと、ゴメンなさい。……いいですか?」
バツが悪そうに茜は瑞貴を見ながら既に手遅れの確認をした。それでも、瑞貴にとって大黒様だけでも歓迎してもらえる状況は有難かった。
「どうぞ」
瑞貴の返事を聞き、茜は大黒様を膝の上に乗せたまま座ってしまう。こんな時でも大黒様は動じない。
何となく気になってしまうのはゴールデンレトリバーの存在だった。他の犬を可愛がると飼い犬は嫉妬するらしいので、怒ったりしていないか心配になる。
瑞貴は視線を落として二頭の犬を見たが、眠ったまま動かない。
――この子たちも大黒様と同じで全く動じないな……。おじいちゃん犬だって言ってたけど、犬の体調も悪くなってるのか?
ここの家族の体調に変化が出ているのであれば、飼い犬に影響があったとしても不思議ではない。
「さっきの話なんだけど、この家に鬼が棲んでいるっていうのは嘘なんだよね?」
「あっ、はい。鬼から聞いた話ですから鬼が悪さしていないのは間違いないと思います」
他所事を考えていた時に話しかけられてしまったので、瑞貴はとんでもない発言をしていたことに気付かなかった。
「えっ!?……鬼から聞いた?」
あずさは驚いて聞き返したが、茜も大黒様を撫でる手を止めてしまっている。
「あっ!いや、スイマセン。お、鬼について、そんな話を聞いたことがあるっていうだけです」
「そうだよね。ちょっとビックリしちゃった」
瑞貴は気を抜いてしまったことを反省した。あずさたち家族にとっては重要なことであり、文字通りの死活問題になっている。何気ない言葉にも活路を探そうと必死だった。
「ただ、その霊能者が『鬼』という言葉を使った理由が分からないと『嘘』とも言い切れないかもしれません」
「……どういうこと?」
「ちょっと複雑な話になるんですけど、昔から基本的に得体の知れないものを『鬼』と呼んでいたんです。……大きく分類すれば妖怪の一種だった」
「鬼って、妖怪なの?」
「人間の理解が及ばない存在ってことですよ。ピラミッドを作ったのは宇宙人だって言うのと同じ原理です。理由付けできない現象に理由を与えてくれたのが『鬼』なんです」
「訳が分からないことがあると、鬼や妖怪のせいにしちゃったってこと?」
「そんな感じです。……でも、お馴染みの鬼は日本での姿なんです。元々は死者の霊魂を『鬼』と言っていました」
「死者の霊魂って……、角があって、金棒を持ってたりしないの?」
「角が生えて、トラ柄のパンツになったのは陰陽師のせいですよ。忌むべき方角としての『鬼門』が『丑寅』だったから、牛の角とトラ柄のパンツになったみたいですね。金棒は獄卒としてのイメージで、どちらも後付けです」
あずさは頭の中で鬼の姿を想像していた。一緒に聞いている茜も同様である。
「後付けのイメージなの?……それじゃぁ、やっぱり鬼は存在していなかったんだ」
「いえ、そこも宇宙人と同じなんです。誰にも存在を否定することはできない。どれだけ議論しても全ての人を納得させる答えを出すことは不可能かもしれません」
それは瑞貴にとっても同じことだった。いくら瑞貴が鬼を知っていると言っても、鬼の存在を否定し続ける人は出てくる。
「……でも、どうして、それで霊力者が言っていることが嘘と言い切れなくなるの?」
「その霊能者が得体の知れない存在を『鬼』と呼んでいるだけかもしれない。俺の考える『鬼』と、その霊能者が考える『鬼』が違う可能性もあるんです」
「あっ、そういうことなんだ」
瑞貴が『鬼』と聞いてスグに思い浮かべるのは、『あの鬼』だった。赤くもなく黄色くもないし、角も生えていない。それでも、紛れもない『鬼』になる。
「……でも、あの男は『地獄から逃げ出した悪鬼』だって言ってたと思う」
「えっ?茜ちゃんも一緒に話を聞いてたの?」
あずさの問い掛けに茜は小さく頷いて答えた。これまで黙って聞いていたが瑞貴の話は気になっていたようだ。
「私も、こんな状態から抜け出せるのかもって期待してたけど、あの男はダメだと思う。『溺れる者は藁をも掴む』ってやつだから仕方ないけど、あなたも同じでしょ?」
「コラッ、わざわざ来てくれたのに失礼でしょ!」
茜にとっては『鬼が棲んでいる』と言った霊能者も、鬼について語っていた瑞貴も大差なく感じてしまっていたのだろう。あずさは怒ってくれていたが、瑞貴は茜の気持ちも分からなくはない。
「あっ、気にしてませんから大丈夫ですよ」
あずさは申し訳なさそうに瑞貴を見たので、笑顔で返すことにした。茜は下を向いて大黒様を撫でている。
「その霊能者や俺は『藁』と同じかもしれません。でも、藁を掴んでも溺れている人は助かりません。俺が藁でしかないなら、早く他の手段を探さないといけない」
「……滝川君?」
「もちろん、俺が役に立てることがあるなら、何とかしたいと思っています」
「うん。ありがとう」
霊能者は『地獄から逃げ出した悪鬼』と言っているらしい。そこは瑞貴の考えと根本的に違っていた。
「うん。今は少し落ち着いてる。……こんにちは、采姫さん」
「ええ、こんにちは。あまり無理はしないでね」
「ありがとうございます。……それで、この人が?」
「滝川瑞貴君よ、わざわざ来てくれたんだ」
「そうですか、富永茜です。よろしくお願いします。」
采姫への態度とは違い、瑞貴は冷淡な挨拶をされる。采姫に話しかけた時に見せた微笑みは消え去り、瑞貴を歓迎している様子はなかった。
茜にとって瑞貴は祖父が紹介された霊能者と大差ない存在らしい。
「……滝川瑞貴です。お邪魔してます」
とりあえずの自己紹介を瑞貴も済ませた。
瑞貴は自分の能力を他者から認められたいわけではないので、疑われることに抵抗はなかった。それでも、あずさを助けるために動き難くなったように感じてしまう。
「あっ!……えっ?何この子!」
不愛想になっていた茜の態度が一変する。瑞貴の隣りで眠っていた大黒様に気付いたようだ。
満面の笑顔になり、大黒様を抱きかかえてしまう。突然の出来事に瑞貴が反応することが出来ず、大黒様の睡眠は妨げられることになった。
「こらっ、茜ちゃん。ちゃんと瑞貴君の許可をもらってから大黒様を抱っこしないとダメでしょ!」
「……えっと、ゴメンなさい。……いいですか?」
バツが悪そうに茜は瑞貴を見ながら既に手遅れの確認をした。それでも、瑞貴にとって大黒様だけでも歓迎してもらえる状況は有難かった。
「どうぞ」
瑞貴の返事を聞き、茜は大黒様を膝の上に乗せたまま座ってしまう。こんな時でも大黒様は動じない。
何となく気になってしまうのはゴールデンレトリバーの存在だった。他の犬を可愛がると飼い犬は嫉妬するらしいので、怒ったりしていないか心配になる。
瑞貴は視線を落として二頭の犬を見たが、眠ったまま動かない。
――この子たちも大黒様と同じで全く動じないな……。おじいちゃん犬だって言ってたけど、犬の体調も悪くなってるのか?
ここの家族の体調に変化が出ているのであれば、飼い犬に影響があったとしても不思議ではない。
「さっきの話なんだけど、この家に鬼が棲んでいるっていうのは嘘なんだよね?」
「あっ、はい。鬼から聞いた話ですから鬼が悪さしていないのは間違いないと思います」
他所事を考えていた時に話しかけられてしまったので、瑞貴はとんでもない発言をしていたことに気付かなかった。
「えっ!?……鬼から聞いた?」
あずさは驚いて聞き返したが、茜も大黒様を撫でる手を止めてしまっている。
「あっ!いや、スイマセン。お、鬼について、そんな話を聞いたことがあるっていうだけです」
「そうだよね。ちょっとビックリしちゃった」
瑞貴は気を抜いてしまったことを反省した。あずさたち家族にとっては重要なことであり、文字通りの死活問題になっている。何気ない言葉にも活路を探そうと必死だった。
「ただ、その霊能者が『鬼』という言葉を使った理由が分からないと『嘘』とも言い切れないかもしれません」
「……どういうこと?」
「ちょっと複雑な話になるんですけど、昔から基本的に得体の知れないものを『鬼』と呼んでいたんです。……大きく分類すれば妖怪の一種だった」
「鬼って、妖怪なの?」
「人間の理解が及ばない存在ってことですよ。ピラミッドを作ったのは宇宙人だって言うのと同じ原理です。理由付けできない現象に理由を与えてくれたのが『鬼』なんです」
「訳が分からないことがあると、鬼や妖怪のせいにしちゃったってこと?」
「そんな感じです。……でも、お馴染みの鬼は日本での姿なんです。元々は死者の霊魂を『鬼』と言っていました」
「死者の霊魂って……、角があって、金棒を持ってたりしないの?」
「角が生えて、トラ柄のパンツになったのは陰陽師のせいですよ。忌むべき方角としての『鬼門』が『丑寅』だったから、牛の角とトラ柄のパンツになったみたいですね。金棒は獄卒としてのイメージで、どちらも後付けです」
あずさは頭の中で鬼の姿を想像していた。一緒に聞いている茜も同様である。
「後付けのイメージなの?……それじゃぁ、やっぱり鬼は存在していなかったんだ」
「いえ、そこも宇宙人と同じなんです。誰にも存在を否定することはできない。どれだけ議論しても全ての人を納得させる答えを出すことは不可能かもしれません」
それは瑞貴にとっても同じことだった。いくら瑞貴が鬼を知っていると言っても、鬼の存在を否定し続ける人は出てくる。
「……でも、どうして、それで霊力者が言っていることが嘘と言い切れなくなるの?」
「その霊能者が得体の知れない存在を『鬼』と呼んでいるだけかもしれない。俺の考える『鬼』と、その霊能者が考える『鬼』が違う可能性もあるんです」
「あっ、そういうことなんだ」
瑞貴が『鬼』と聞いてスグに思い浮かべるのは、『あの鬼』だった。赤くもなく黄色くもないし、角も生えていない。それでも、紛れもない『鬼』になる。
「……でも、あの男は『地獄から逃げ出した悪鬼』だって言ってたと思う」
「えっ?茜ちゃんも一緒に話を聞いてたの?」
あずさの問い掛けに茜は小さく頷いて答えた。これまで黙って聞いていたが瑞貴の話は気になっていたようだ。
「私も、こんな状態から抜け出せるのかもって期待してたけど、あの男はダメだと思う。『溺れる者は藁をも掴む』ってやつだから仕方ないけど、あなたも同じでしょ?」
「コラッ、わざわざ来てくれたのに失礼でしょ!」
茜にとっては『鬼が棲んでいる』と言った霊能者も、鬼について語っていた瑞貴も大差なく感じてしまっていたのだろう。あずさは怒ってくれていたが、瑞貴は茜の気持ちも分からなくはない。
「あっ、気にしてませんから大丈夫ですよ」
あずさは申し訳なさそうに瑞貴を見たので、笑顔で返すことにした。茜は下を向いて大黒様を撫でている。
「その霊能者や俺は『藁』と同じかもしれません。でも、藁を掴んでも溺れている人は助かりません。俺が藁でしかないなら、早く他の手段を探さないといけない」
「……滝川君?」
「もちろん、俺が役に立てることがあるなら、何とかしたいと思っています」
「うん。ありがとう」
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