神媒師 《第一章・完結》

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第二章 信者獲得

082 呪い

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「こんな場所で申し訳ないが、他の人間に話を聞かれたくはないだろ?」

 瑞貴と八雲は小さな公園のベンチに並んで座った。大黒様はベンチに乗って瑞貴の隣で休んでいるが、鬼は少し離れた場所で立ったまま話を聞くつもりらしい。
 薄暗くなった公園で遊んでいる子どもの姿はなく、静かな空間になっていた。

 立ち寄ったコンビニで温かいコーヒーを買ってはいたが、すでに冷めてしまっている。
 疲労困憊。現在の八雲徹は言葉通りの状態になっていて、この公園に辿り着くのも大変そうだった。

「私のことは誰から聞いたのか教えてもらってもいいのかな?」
「……えっと、それは……、神様からなんですけど……」
「えっ!?神様?」

 到底信じられる話ではないが隠したままでいることは出来ない気がしていた。八雲が全てを見せてくれている状況で、瑞貴もフェアでありたかった。

「はは、それはスゴイな。私のことを神様が知ってくれているなんて驚きだ」
「……信じてくれるんですか?」
「もちろんだ。君が嘘をつくとは思えないし、君が嘘をつく理由もない。……それに、君が力のある存在だとは分かっている」
「いえ、俺には力なんてありません。今は一時的に借りているだけなんです」
「一時的であったとしても、神々は君に力を貸すだけの価値があると分かっているんだ。だから、それは君の力だよ」
「ありがとうございます。……八雲さんの力は、さっき見せてもらった……」
「あぁ、亡くなってから24時間以内であれば、10分間だけ私の体に霊を降ろすことが出来る。……そして、私はそれを仕事として高額な報酬を受け取っている」
「受け取っていなかったじゃないですか」
「まぁ、そうだね。……例え10分間だけでも同化してしまうんだ、残された家族が幸せであってほしいと願ってしまう気持ちも生れて、受け取れなくなってしまう」
「……仕事だとしても、俺には無理だと思いました」

 八雲は冷めてしまったコーヒーを飲んで空を見上げた。

「私も最初は普通に就職して働いていたんだ。そんな時に高校の同級生だった坂本に会ってね……。医者になったことは知っていたけど、随分と疲れ果てた様子だった」
「八雲さんを頼ってしまったって、坂本先生も言っていました。……救えなかった命のために出来ることはないのかって、悩んでいたんだと思います」
「そうだろうな。高校の時は、冗談半分でしか聞いていなかった私の力のことを信じていたんだからね」
「坂本さんの頼みを受けて、仕事として始めたんですか?」
「仕事にするつもりなんてなかったんだ。でも、仕事にしないと引き受けられなくなった。……降霊術をしてしまうと、体力を消耗しきって本業が困難になってしまった」
「……どうして、そこまで?」
「さぁ、どうしてかな?自分でも、分からない。……坂本が泣いているのを見たから……、かもしれない」
「坂本先生が?」
「真面目過ぎるんだよ、あいつは。助けられなかった命まで背負って、落ちる寸前だった」

 瑞貴も病院で坂本から『落ちてはダメだ』と言われている。瑞貴自身も落ちていくような感覚を体験していたが、二人の言葉は共通していた。

「落ちる寸前って、どこに落ちてしまうんですか?」
「……光の届かない場所だよ。……絶望しても、絶えたのなら繋ぎ直せばいい。失望しても、失くしたものは探せばいい。でも、光が届かない場所では繋ぎ直すことも、探し出すことも出来なくなる」

 抽象的な表現ではあったが、瑞貴は八雲の言いたいことが何となく分かっていた。それでも、光の届かない場所が存在するとは思えなかった。

「……人間なんて生きていれば心に暗い部分は出来る。でも、それは影でしかなんだ。光を遮っている物をどかしてあげれば影は消えて再び明るく照らしてくれる。……だけど、心の中に闇を作ってはいけない。闇は闇でしかない」
「……闇は、闇でしかない」

 瑞貴は隣りで休んでいる大黒様を見た。
 山咲瑠々の母親と会った時、瑞貴から黒い靄が出ていたことを思い出していた。どす黒いだけの塊になる自分を思い出して、光の届かない場所を感覚的に理解していた。

「光が強すぎてもダメだよ。眩しすぎて周りが見えなくなる。……正しくあろうと頑張り過ぎると、自分の体を焦がしてしまうものになる。眩しかったら手をかざして影を作って、逃げ込むだけでいい」
「難しいですね。……でも、何となくですけど、分かります。分かるような気がします」
「本当はね、君の年齢で、それが分かってしまうことは危険なことなんだよ」

 そうかもしれない――瑞貴にも少しだけ自覚はあった。
 あの時は大黒様に助けられることで回避できたが、瑞貴も闇を生んでしまう寸前まで落ちかけていたのだろう。
 神媒師となってからの短い時間で、そんな状況を作ってしまったことは怖かった。

「命は重い。……でも、君は自分の命の重さも感じているか?……命は重いんだ。一人の人間が支えられる重さなんて、たかが知れている。自分の命の重さに耐えられない人間が、他の命を支えようとするのは驕りでしかない」
「……驕り、ですか?」
「傲慢とも言えるかもしれない。自分を大切にしている人間が他人のことも大切にできる人間なんだ。……まずは自分の命の重さを感じて、自分が幸せになるために生きなさい。他人の幸せなんて、自分の幸せの先にある物だと思いなさい」
「……でも、俺は、あの子に何かしてあげられたんじゃないかって……。俺が、無関心に生きていなければ助けられたかもしれないって……」
「君は、その子の存在を呪いに変えてしまうつもりなのか?」

 八雲が優しく問いかけた言葉で瑞貴はハッとなった。
 瑞貴が言っている『あの子』を八雲は当然知らないが直感的に感じ取って会話を進めてくれる。

「優しい心が自分に呪いの言葉を聞かせ続けることもある。……私は、そんな悲しい呪いは嫌なんだよ。だから、こんな仕事を続けている。……その子は君に呪いの言葉を言っていたのか?」
「……いえ……、『ありがとう』って言ってくれました」
「そんな言葉を残してくれた子を呪いに変えてはいけないよ」

 顔を伏せて泣いてしまっていた瑞貴の頭を八雲は撫でてくれていた。知らず知らずに瑠々の魂を穢してしまっていたことが悲しくて、瑞貴の涙腺は崩壊してしまう。

「私は遺された人たちの幸せを望んでいる魂が呪いにならないように霊媒師の道を選んだ。その子が君に残してくれた言葉を信じてほしい」

 瑠々が最期に見せてくれた笑顔は本物だったと瑞貴も信じている。

――姫和さんも采姫さんも、それに鬼も『このこと』が分かっていたんだ……。だから、俺を八雲さんと会わせてくれたのか?

 だからこそ、余計な情報を与えずに八雲と会わせる必要があったのかもしれない。
 これは神様の用事ではなく、瑞貴の心の問題だった。

「君の優しさは生きている人たちに向けてあげなさい」
「……はい。……ありがとうございます」

 話している時間で八雲の体力はかなり回復していたが、瑞貴が落ち着くまで付き合ってくれた。
 近所の小さな神社でお別れした時に全てが終わったと思っていたが、瑞貴の心に影を落としていた。その影が無意識のうちに広がって闇に変わりかけていたのだが、食い止めることが出来た。

――あの子たちとの出会いを呪いに変えることなんてしたくない。……あの子たちは祝福されるべき存在でなければいけないんだ

 次の生へ希望を持って送り出したはずの瑞貴は祝福を与えるべき立場にいてあげなければならない。
 すぐに気持ちを切り替えていたわけではないが、瑞貴の中に闇ではなくなっている。


 そして、八雲は鬼にの方を向いて声をかけた。

「……少しはお役に立てましたか?」
「神の求めていた状況にはなっていると思います」
「えっ!?……貴方が求めていたことではないのですか?」
「まぁ、一部は。……ですが、私は八雲徹という男にも興味があったのですよ」
「私に……、ですか?」
「そうです。ただ、瑞貴殿の呪いを解いたことに免じて、見逃すことにしましたので私の用件は終わっております」
「……見逃す?……貴方は一体?」

 鬼は自ら正体を明かすことはしなかった。それでも穏やかならぬ表現をしていたので、瑞貴は鬼を見て『いいですか?』と問いかけてみると『どうぞ』と短く応答があった。

「八雲さん、あの人は鬼なんです。……閻魔大王に使えている鬼なんで、あの人って表現するのも変ですけど」
「そうか……。そうだったんだ」

 八雲は妙に納得していた。傍に立っている存在が鬼であることを八雲は全く疑っておらず、鬼が自分に会いに来ている状況を受け入れていた。
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