神媒師 《第一章・完結》

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第二章 信者獲得

079 雑談

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 家族にも、ある程度の話は事前にしておいた。

「もしかすると泊まりになるかもしれない。……明日と明後日で片付かなければ、来週も行かなきゃいけないかもって」

 瑞貴としては両親から多少の小言も覚悟していた。いくら神媒師として天照大御神に指示された行動であるとしても、麻雀に明け暮れた翌週に東京へ行くことになっていた。

「おっ、学生の内から泊りがけの出張か?……なかなかに大変だな。若いからと言って無理はするなよ」
「先週は女性の部屋で麻雀をしてたと思ったら、今度は東京なのね。……お母さんたちも仕事で行くから、お土産はいらないわよ」

 予想外にゆるい反応で瑞貴は困惑させられる。しかも『女性の部屋で麻雀』と言われてしまうと、やましい気持ちになってしまった。

「女性の部屋で麻雀って……、何か嫌な言い方になってる」
「でも、間違ってはいないでしょ?」

 間違いではないが、何かが違う気がしていた。

「それで、大黒様は置いていくのか?」
「いや、鬼が一緒に連れて行ってくれることになってる。……鬼も東京で合流するんだ」
「えっ!?……鬼も一緒なのか?閻魔大王も関わってることなのか?」
「それが、よく分からないんだ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 父は少しだけ考え込み黙ってしまった。
 息子が東京に行くことよりも鬼が一緒であることの方が気になっている様子に見える。
 父は何も言わなかったので話は終わってしまうが、瑞貴も実際に八雲徹と会ってからでなければ答えられないことばかりである。


 翌朝、家を出た瑞貴を鬼が待っていてくれた。念のため大黒様の食事などを用意したバッグも渡して、リードを鬼に預ける。

「……それでは、病院の前で再びお会いしましょう」

 そう言って歩いていく鬼の後ろ姿を瑞貴は不思議な気分で眺めていた。
 慣れてきたとは言っても鬼は鬼。白髪鬼と呼ばれるほどの鋭さがある男が小さな柴犬を散歩してる姿は周囲の景色に全く溶け込めていなかった。

――なんだろう、この気持ち……

 本来、この世界に存在してはいけない並びである。瑞貴も自分の中にある複雑な心境を表現できずにいた。

 二人を見送った後は、采姫から受け取ったメモにある住所をスマホに入力して移動を開始した。新幹線も指定されているので迷うことはない。
 遊びに行くわけでもなく、移動中は一人きり。浮かれるようなこともなく淡々と時間が過ぎていった。

 イヤホンで音楽を聞きながら窓の外の景色を眺めて、余計なことは考えないようにしていた。
 これからのことを考えてみても何も分からないことばかりで、振り返ってしまえば何もしてあげられなかったことを思い出してもどかしくなる。

 慌ただしく過ぎていく中で、ゆっくりと一人で考える時間は久しぶりだった。
 あれ以上のことを今の瑞貴が出来るはずもないのだが、ふとした瞬間に涙が溢れてきてしまいそうになっていた。


 東京駅で降りてからも電車を乗り継いで移動する。病院の最寄り駅から出ると鬼と大黒様が待っていてくれた。ある種異様な光景に、すれ違う人がチラチラと見ている。
 瑞貴も朝に見送ったばかりの相手が待っていることで妙な気分になってしまった。

「……お待たせしました」
「いえ、昔に比べれば人間の移動速度も速くなったものです。数日かかった時代を考えれば、待ったうちに入りません」
「それって、いつの時代と比べてるんですか?」

 瑞貴は苦笑交じりに鬼と話をしていた。目つきの鋭い男と柴犬に、高校生が合流したことにより得体の知れない一団となる。

「……では、病院に行きましょう。お待ちしている間に道は確認してありますので、ご案内します」

 さすがにリードは瑞貴が持っているが、明るい時間に鬼が歩いている姿は目を引くのかもしれない。こんなにも人通りが多い道を鬼と歩くことは初めてで新鮮に感じていた。

「やっぱり、鬼の外見って目立つのかな?」
「……外見ではなく、人間ではない気配を感じ取れているのかもしれませんね」
「えっ!?俺は、そんな気配を鬼からあまり感じていないんですけど……。鈍いのかな?」
「フフッ、貴方の場合は鈍いのではなく、境界が曖昧なんです。感じ取る能力は誰よりも高いのですが、違うものとして認識しようとしていない。……それだけのことです」
「ゴメンなさい。よく分からないです」
「瑞貴殿は、少し優しすぎるのです。それは良いことでもあり、危うくもある」
「……?」
「ちゃんと理解できるようになります」

 鬼は歩き続けながら短く言った。瑞貴は、鬼に『優しすぎる』と評価されたことでくすぐったい気持ちにもなっていた。

「……でも、こんなにも人通りが多い中で鬼が平然と歩いていても大丈夫なんですか?」
「何を言っているんですか、鬼たちも人間の世界に時々は来たりしているんです」
「えっ!?……来てるんですか?」
「ええ、地獄ばかりにいても変化はありませんから、気晴らしに人間の世界を見て回っています」
「それって、大丈夫なんですか?」
「私のように良い鬼ばかりではありませんから、中には多少の問題を起こしてしまう鬼もいます。それでも、人間同士のいざこざに比べれば微々たるものですよ」
「微々たるもの。って言うことは、あるんですよね?」
「ありますね。……ですが、最近は記録できる機械が多くなっているので、大人しくしている鬼ばかりです。人間の世界で問題を起こしたことが記録されると処罰の対象になるんです」

 瑞貴は周囲を観察してみた。

「あぁ、スマホで簡単に録画できるし、監視カメラは至る所にあるから悪さできないんですね?」
「そうです。人間にとっては便利な代物でも我々にとっては厄介なんです。……昔は、それなりに問題を起こす鬼もいたんですが、最近は全く」
「……もしかして、問題を起こした鬼が昔話とかに登場する鬼だったりします?」
「全部ではありませんが、そうなりますね。……ただ、その鬼たちは記録に残ってしまったことになるので、閻魔大王から罰を受けております」

 何気ない会話から昔話の真実を知ってしまったことになる。
 戦国時代の英雄二人からの話も貴重だと思っていたが、より身近な『日本昔話』の真実になるかもしれない。

「……ただ、『桃太郎』についてだけは納得しておりませんよ」
「どうしてですか?」
「『鬼ヶ島』で暮らしていただけの鬼を『桃太郎』が退治しに来たことで記録に残ってしまったんです。鬼はただ暮らしていただけなのに『桃太郎』に強襲されてしまった」
「……暮らしていただけなんですか?悪いこともしてたんじゃないんですか?」
「では、どうして鬼たちは財宝を持っていたのでしょう?」
「財宝って、人間から奪った物じゃないんですか?」
「奪ったものなどではありません。財宝の中には人智を超える宝も含まれていたんです。……そんな財宝を誰から奪ったと言うのですか?」

 鬼ヶ島の財宝の中には不思議な力を持つ物も含まれていたらしい。そうであれば人界の財宝だけではないことになる。

「……財宝は元から鬼が持っていなかったら成立しないことになる。でも鬼が悪さをしていないなら、どうして『桃太郎』は鬼退治をしたんですか?」
「財宝が欲しかったからですよ。」
「それだけが目的だったんですか?」
「弱者を苦しめる鬼を退治するからこそ、物語になるのです。財宝は人間の世界で平和に過ごすために鬼が用意した資金だったのですが、ただ財宝を奪うわけにもいかないので鬼たちが悪さをしていたことに作り変えたんです」
「鬼が悪さをしてたことに改編したんですか?そして、鬼たちの資金を『桃太郎』は奪い去った」
「『桃太郎』が人間の中で強かったとしても、鬼に勝てるはずありません。お供の動物たちの攻撃など言うに及ばずです。……鬼たちは平和的に解決するため、財宝を渡して『桃太郎』に帰ってもらったんです」

 鬼が人間と戦うことを避けるために金で解決しようとしただけになる。戦っていれば鬼の勝利は確実だが、人間と戦うこと自体が問題になる。

「……嘘……、そんな話なの?」
「人間の世界で暮らすための資金を奪われた鬼たちは地獄に戻るしかなくなり、記録にまで残されたことで閻魔大王から罰を受けることになった」

 それが本当であれば『桃太郎』の見方が全く別の物になってしまう。一方的に悪者にされた鬼が哀れすぎる。

「『桃太郎』って、そんな話だったんだ……」
「さぁ?そんな可能性もあるということです。あまり深く考えないでください。……病院に到着するまでの雑談です」
「……へぇ?」
「ちょうど、話が終わったところで病院が見えてきましたよ」

 瑞貴は気が抜けてしまっていた。鬼が言い出したことだったので、真面目に受答えしていたことが間抜けに感じられてしまう。
 退屈しのぎとしては考えさせられるテーマであり、鬼は表情を変えることなく話し続けるので瑞貴は信じてしまっていた。

 たしかに病院まで無言で歩くよりは良かったのかもしれないが、鬼の雑談で楽しめたかは微妙だった。
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