神媒師 《第一章・完結》

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第二章 信者獲得

075 胆力

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 ここで焦って開きかけたドアに注目してしまえば再び天照大御神は隠れてしまうかもしれない。瑞貴は目の端で変化を見つつ、麻雀を続けることにした。

 それでも神々の覇権争いが小さな卓上で繰り広げられている中、人間である瑞貴は出来る限り邪魔をしないようにすることで精一杯だった。

――他の皆は気付いているのか?……気付いていて、気付いていないフリをしてるだけなのか?

 この状況での判断は難しいが、神様や鬼が気付かないほど熱中しているとも瑞貴には考えられない。

「……あずさ、ごめんなさいね。それ、アタリです」

 今度は采姫が大三元を和了ったらしい。滅多に出ることのない役満ばかりが立て続けに出現する異常な状況だった。あずさが怪しんでしまうのではないかと心配になってしまうが、そんな様子もなく純粋に楽しんでくれていた。

――この人、すごいな。……結構、圧迫感がある状況のはずなのに何も感じてないのか?

 瑞貴が特殊な側の人間になっていることを忘れて他人を特別視してしまっている。瑞貴が感じている圧迫感を他者も同様に感じられていると思っていた。

 そして、ドアの開き具合は確実に大きくなっている。天照大御神の姿を目視できるほどではないが時間の問題だと考えられる。

――あと少し……だな

 ジャラジャラと音を鳴らしながら対戦は進んでいった。珍しく大黒様も真剣な表情をして、あずさの上に凛々しくお座りをしていた。

――大黒様がいてくれて助かったな。大黒様がいなかったら市寸島比売命と鬼の一騎打ちで盛り上がりに欠けたかもしれない

 大黒様がそこまで深読みをして参戦したとは考えていないが、意図せず生れた状況は明らかに瑞貴を助けてくれている。
 瑞貴とあずさだけでは神と鬼の戦いに割って入ることは不可能だった。

「わんっ!」
「えっ?……これでリーチしちゃうの?」
「わんっ!」
「フフッ、じゃぁリーチね」

 あずさは、すっかり大黒様の指示に従ってしまっている。そして、あずさと大黒様の会話が微妙な混乱を生んでしまい、采姫と鬼は考え込んでしまった。
 神や鬼であれば他者の手牌を隠れ見ることも不可能ではないが、そこも見られないように力を使ってブロックしているらしい。

「……ほぅ、なるほどな……。こういう駆け引きも必要なゲームなのじゃな?」

 突然の声に驚いたのは瑞貴だけだった。気が付けば、あずさの後ろに観戦者が増えていた。その手には瑞貴が買ってきた入門書が持たれている。

――あれ?……いつの間に?

 観戦者は女性で天照大御神としか考えられない状況だったが、外見的には市村采姫の印象と違い過ぎていた。大学生の設定に多少無理がありそうなくらい幼い雰囲気である。
 髪型がツインテールであり、場合によっては中学生くらいに見えてしまい色気は皆無だった。

「……女性を見た目だけで判断するとはまだまだじゃな、滝川瑞貴。……其方の浅はかな誘いに乗ってやったのじゃ、あまり失礼なことを考えるではないぞ」

 瑞貴の視線に気付いていた天照大御神から釘を刺されてしまう。しかも、『誘いに乗ってやった』と言われてしまっているので瑞貴の思惑などお見通しであったらしい。

「……えっ?……あっ、姫和ちゃん、やっと出てきたんだね?」
「2次元の遊びにも、そろそろ飽きてきたところだったんじゃ。……たまには、手で触れられる遊びも悪くはないのでな」
「そうなんだ。……でも、部屋に籠りっきりだと体に良くないよ」
「だから、こうして出てきたではないか。わたしを誘き出すための罠に引っかかってやったのじゃぞ」
「……気付いてたの?」
「わたしが知らぬことなど、この世にはないのじゃよ」
「またそうやって、適当なこと言うんだから」

 あずさは姫和が天照大御神であることは知らないので、あまりにも自然な友達同士の会話が流れている。

「ふんっ、鬼とシヴァのまで一緒か……」

 瑞貴は姫和が漏らした言葉を聞き逃さなかった。『もどき』と確かに言っていた。

――えっ!?……鬼とシヴァのもどきって……、もどきって何だ?

「姫和ちゃんも鬼塚さんと知り合いだったんだ。……あと、大黒様は柴犬だから柴もどきじゃないよ」

 あずさは瑞貴を見て、『ね?』と同意を求めてきたが瑞貴は少しだけ困惑していた。天照大御神である姫和が何の意味もなく『もどき』を付けるとは思えなかった。

「フフッ、そうか、それではシヴァなのじゃな?」
「わんっ!」

 姫和は大黒様と一瞬目を合わせた後、姫和をチラリを見て軽く頭を下げて挨拶する鬼を見た。
 これまでのことで大黒様が普通の犬でないことは確実だった。そこに疑いの余地はないし、今では瑞貴も大黒様を信頼している。

 鬼も同様に閻魔大王からの支持を受けて動いており、これまで瑞貴の務めを手伝ってくれている。

――天照大御神の皮肉を込めた表現かもしれない。……大黒様は大黒様で鬼は鬼なんだ。気にするのは止めよう

 部屋から出てきた姫和を見ても、采姫と鬼は何も言わない。勝負に夢中というわけでもないが反応がないことは気になってしまう。

「あのー、もしかして全部分かった上で部屋から出てきてくれたんですか?」
「もちろんじゃ」
「それなら意地悪しないで早く出てきてくれればいいじゃないですか……。そもそも、何日間も部屋に籠って、困らせることはなかったと思いますけど?」

 瑞貴としては最低限の愚痴は言っておきたい。何を言っても反省してくれることはないだろうが、この状況を黙って容認したくもなかった。
 ただ、あずさがいる場所では触れられない話もあるので、文句を言うにも限界がある。

「これくらいのことでグチグチと言うではない。……人間にとって不要な時間はないのじゃ。このことも、いずれは役に立つかもしれないと思えば喜んで受け入れられるはずじゃ」
「……どうせなら『役に立つ』って断言して欲しいところですけど、とりあえず良かったです」
「さぁ、話は終わりじゃ。……早く続けてくれ。わたしがルールを覚えてからが本番じゃ!」
「えっ!?……麻雀は続けさせるんですか?」
「当り前じゃ!!」

 姫和がルールを覚えるまで、それほど時間は必要なかった。あずさの代わりに姫和が参加して瑞貴には大黒様の指示が飛ぶ。完全に神々の戦いの場になってしまっていた。


――ダメだ……、限界

 神々に混ざっている瑞貴の体力は数時間で限界を迎えてしまった。大黒様の指示を受けて参加しているだけでも容赦なく瑞貴の精神は削られていく。

「なんじゃ、情けないの。まだまだ始まったばかりじゃと言うのに……」
「瑞貴さんが神媒師になって、日が浅いのですから仕方ないことですよ。感じる力がありながら、ここまでよく耐えられたと褒めるべきなのかもしれません」

 采姫が、床に寝そべってしまった瑞貴の前髪を優しく撫でてくれる。労ってくれているような采姫の動きに瑞貴は照れくさくなってしまうが認めてもらえることは嬉しかった。

「……そうかもしれんが、胆力も鍛えていかないと厳しいかもしれんな……」

 姫和は目を閉じて考え事をするような様子を見せていた。鬼は黙ったままで、そのやり取りを眺めている。

「あら、何だかお疲れみたいだね。……カレー作ったんだけど食べられるかな?」

 キッチンから戻ってきたあずさの一言で食事休憩を取ることになった。疲れ切ってはいたのだが、神様や鬼がカレーを食べるのか瑞貴には興味がある。

――神様は食事をとらなくても平気だって聞いたけど、カレーを食べるのかな?

 少なくとも鬼は断るかと思っていたが『せっかくですから、いただきます』とあずさに伝えていた。

――鬼も食べるんだ……。でも、大黒様は食事を要求するし、毎回残さず食べてる

 鬼はカレーを作ってくれたあずさに気を使って食べるのかもしれない。姫和と采姫も食べる必要はないが食べるのだろう。
 だが、大黒様は食べたくて食べている。食事とは別でおやつも要求するくらいに食欲がある。

――大黒様も本当は食べなくても平気なのか?……やっぱり?

 そんなことを考えていた瑞貴の横で『わんっ!』と大黒様の鳴き声が聞こえた。瑞貴が大黒様を見ると、大黒様は視察セットの袋を咥えていた。

「……ビスケット、食べたいんですか?」

 袋の中には緊急用のビスケットが常備されている。
 瑞貴は姫和が『もどき』と言ったことを気にしていたのかもしれない。それでも大黒様の姿から、『余計なことは気にするな』と言われてしまったような気分にさせられてしまう。
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