神媒師 《第一章・完結》

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第二章 信者獲得

068 天照大御神

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「インターネットの世界には新たな神が数多く出現しているらしくて、その神に信者が取られているのではないかと危惧していたことがきっかけではあるのですが違う方向にハマってしまって」
「……新たな神……、ですか?」
「はい。神動画、神曲、神対応……。いろいろと神とつけられた言葉が増えてきていますから、何か新しい動きがあるかもしれないと考えて確認をする予定だったんです」
「いや、それは比喩的な表現だけであって神様とは何も関係ないことなんですが……」

 一瞬、新興宗教のことかと考えた瑞貴だったが単なる誤解でしかなかった。確かに『神』を付けた言葉を作ることで価値を上げようとする風潮はある。

「そうですよね。……私もすっかり騙されてしまって、こちらで生活している内に分かってきたんです」
「……本当に、騙されてたんですか?」

 天照大御神が誤解していたことも怪しいが、市寸島比売命が騙されたことも怪しい。本当は全てを分かっていながら、こちらの世界に遊びに来ているだけかもしれないと瑞貴は考える。

「まぁ、瑞貴さんは私を疑うんですか?」

 大袈裟に驚いてみせる市寸島比売命に『疑っています』などと答えられるはずもない。それは神様の言葉を否定することになってしまうに等しいことだった。

「……でも、どうして天照大御神がネトゲ廃人みたいな状況になってしまったんですか?ただ、情報発信されている内容を調べるだけで済む話ですよね?」
「そのあたりのことは、本人から聞かないと分からないんです。」

 そうして、二人は歩き続けていたが、瑞貴の帰宅ルートから外れることはなかった。

「ところで、俺の帰宅する方向に歩き続けてるんですけど、こっちで大丈夫なんでしょうか?」
「ええ、大丈夫です。……偶然にも同じ方向なんです」
「……偶然」

 瑞貴がポツリと漏らした一言を采姫は笑いながら聞いていた。最初から神媒師である瑞貴と接触する予定があったのかは不明だが、万一に備えて瑞貴の自宅と近い場所で生活することを選んでいたのだろう。

 辿り着いたマンションは、大黒様との視察で数日前に通ったことのある場所だった。冬休み中は少し遠征もしていたので普段通ることのなかった道を大黒様が選んだだけだと思っていた。

――大黒様も知ってたのかな……?

 采姫に案内されるまま瑞貴はマンションに入り、エレベーターに乗った。目的の部屋は最上階にあるらしい。

――あっ、神様とは言っても、今は女子大生の姿になっているんだよな

 深く考えることなく連れてこられていたが、女子大生二人が生活する部屋に瑞貴は案内されていた。そのことを意識してしまうと僅かに緊張感が高まる。
 この一ヶ月半ほど不思議なことが続いていたので天照大御神や市寸島比売命を意識することはなくなっていたが、女子大生という響きの方が緊張させられてしまう。

「さぁ、どうぞお入りください」

 ドアの鍵を開けて、采姫は瑞貴を招き入れてくれる。神様にスリッパを出してもらうことには戸惑いもあったが黙って従うことにした。

「えっと……、失礼します」

 建物は近代的な造りになっていたが、家具は和風で統一されている不思議な空間だった。フローリングの部屋の一部に畳を敷き、炬燵まで配置されている。

 スリッパは一旦脱ぐことになり、炬燵に入って待っていると紅茶が出された。

――ここでは紅茶?

 室内の雰囲気から日本茶をイメージしていたが違っていた。
 采姫も同じように炬燵に入って、落ち着いてしまう。一緒に居るのは神様であり、解決しなければならない問題もあるので和んでいる場面ではない。

――あっ……、大黒様が一緒じゃないのは初めてかも

 これまで神媒師としての務めを果たさなければならないときは大黒様が一緒に居てくれた。この場に瑞貴しか居ないことで急に不安な気持ちも湧き上がってくる。

 すると、隣りの部屋から『バン、バン』と何かを叩く音が聞こえてきた。その音にビックリした瑞貴の身体が反応する。

「えっ!?」

 采姫は落ち着いた様子で紅茶を一口飲んでから、

「時々、聞こえてくるんですよ。……きっと、ゲームをしながら怒っているんですね」
「……天照大御神が……、ゲームで気に入らないことがあるとテーブルを叩くんですか?」
「はい。どちらかと言えば、気性の激しい神の一人ですから集中してしまうと出てしまうんですよ」
「神様が台パン」
「誰にも内緒ですよ」
「話しませんし、話したとしても信じてもらえません。来る途中では10日間と言ってましたけど、10日間ずっと部屋から出てきていないんですか?」
「ええ、一度も出てきておりません。食事も睡眠も必要ないですから、もっともっと長い期間でも平気です」
「外から強制的に開けることって出来ないんですか?……ただのドアなんですから」

 瑞貴は神様が住まう高天原にある天岩屋戸を見たことはなかったが、マンションのドアくらいであれば強引に開けられると考えていた。

「それが……、部屋の内側から封印されているので、ドアに触れることだけでも危険だと思います」

 全くもって神様の力の無駄遣いとしか思えない行為であった。ゲームに集中するために触れるだけで危険な封印をしてしまうのであれば、自ら出てきてもらうしかない。

「この部屋には、お二人で暮らしてるんですか?」
「いいえ、三人でルームシェアしております」
「それじゃあ、神様が三人もこちらの世界に来て生活しているんですか?」
「神は天照大御神と私だけです。もう一人は普通の人間の方です」
「……えっ!?……普通の人間と一緒に暮らしてるんですか?……それって、俺みたいに何かの役目を持った人間なんですか?」

 采姫は首を横に振って、『普通の女子大生です』とだけ答えてくれた。
 天照大御神と市寸島比売命が現世で一緒に生活しているだけでも驚くべきことだが、そこに一般人が加わっていることは予想外だった。

「今は、ご実家に帰ってしまっていますが、一緒に生活をしております」
「その人は、お二人の正体をご存知なんですか?」
「こちらの世界で正体を明かしたのは瑞貴さんが初めてです。そんな話を信じてくれるのなんて瑞貴さんだけですから」

 その人のことも気になったが、他にも気になることが多過ぎて瑞貴は情報整理が追い付かないでいる。

「……ちなみに、こちらの世界で生活するお金って、どこから出てるんですか?……この部屋の家賃だってオンラインゲームに課金するのだってタダではないですよね?」

 瑞貴の質問を受けても、落ち着いた表情のまま采姫は黙って紅茶を一口飲んだだけだった。どうやら聞いてはいけない質問だったらしい。
 少しの沈黙の後で瑞貴は言う。

「流石は神様……。って、ところですか?」

 ここでも神様としての力を遺憾なく発揮していたらしい。瑞貴にしてみれば、神様の力の無駄遣いとして感じてしまう。

 そんな話をしている間にも、何度か物を叩くような音が聞こえてきた。こんな調子で天照大御神が部屋に籠り続けていては、こちらの世界の天気への悪影響が続いてしまう。
 もしかすると『古事記』や『日本書紀』に記述されているような『闇』が世界を覆う可能性も否定できない。

「出来るだけ早く天照大御神に部屋から出てきてもらわないと大変なことになりそうですね」
「そうなんです。あの物を叩く音が気になってしまって読書に集中できなくて困っているんです」
「……えっ?……読書の邪魔ってだけなんですか?」
「フフッ、冗談ですよ。こちらの世界にとっても大変なことになりかねないので、急いだ方が良いと思います」

 見た目に騙されてしまってはいけない存在だった。大学生に見ていても遥かに年上であり、神様として未知の能力を持っているかもしれないことを忘れてしまっていた。
 一言一言を真に受けてしまえば瑞貴が弄ばれるだけになる。

「まぁ、天照大御神を外に出す方法と言ったら、先の神々がやったことをならうしかないと思うんです」
「神々に倣う?」
「はい。部屋の外で楽しそうにしていれば、天照大御神も外の様子が気になって部屋から出てくるんじゃないですか?」
「……何をしていれば楽し気になるんでしょう?」

 そこが瑞貴にも問題だった。
 オンラインゲームで楽しんでいる天照大御神に興味を持たせるためには何が有効かを考えなければならない。
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