神媒師 《第一章・完結》

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第二章 信者獲得

067 日本の神話

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「お正月にもお会いしましたよね?」
「はい。あの時は声もかけないままで失礼しました。瑞貴さんが、どのような人物かを知りたかったんです」
「俺が、どんな人間かって……。見てただけで分かったんですか?」
「もちろんです」

 瑞貴は神様にどんな評価をされたのか聞いてみたい気持ちもあったが、無自覚な部分まで鋭く指摘されてしまうことは怖かった。神様が読み違えるはずないことは明白であり、その評価が瑞貴という人間を決めてしまうことになる。
 現状、正月に瑞貴を観察した結果で再び訪ねてきているのであれば、最低限の基準はクリアしていると考えることにした。

「……それで、今日、俺を訪ねてきたってことは?」
「はい。お願いしたいことがあって、学校が終わるのを待たせていただきました」
「やっぱり、そうなりますよね。……でも、今回はメールじゃなかったから安心しました。神様には俺のメールアドレスが知れ渡ってると思ってたけど、そんなことはなかったんですね?」
「えっ!?もちろん瑞貴さんのメールアドレスは知ってますよ。……ただ、近くだったので伺った方が早いと思ったんです」

 現代日本では『個人情報保護法』によって守られている瑞貴のパーソナルデータも『もちろん知っている』という短い言葉で簡単に否定されてしまった。瑞貴の個人情報など神界ではダダ漏れ状態になっているらしい。
 そもそも、瑞貴が正月に参拝に行った神社を知っていたり、通っている高校を知っている時点でメールアドレスを気にすることは手遅れだったのかもしれない。

「俺の情報って、そんなに流通しているんでか?」
「一応、プライバシーには配慮しておりますよ。必要な情報を必要最低限でしか引き出さないようにはしておりますので安心してください」
「……俺の情報って、そんな簡単に引き出せるんですか?」
「えーと、そうですね。今日のために引き出した情報は、通っている学校の場所と名前。それと、瑞貴さんに彼女がいるのかどうかという点でしょうか」
「えっ!?俺に彼女がいるかどうかも問題になるんですか?」
「はい。学校の前で私のように美しい女性が瑞貴さんを待っていては彼女さんに誤解を与えてしまうことになるので、事前に調べさせていただきました」

 神様が謙虚である必要はないかもしれないが、自らを『美しい女性』と表現した言い方は少しだけ冗談ぽく聞こえた。
 大学生をやっているとなれば見た目の年齢は瑞貴よりも3、4歳上くらいだが、実際には千年以上も年上の存在である。しかも神様となれば大人の余裕どころのレベルではない。

「俺に彼女がいないことまで情報が漏れてるってことですか……。神様に、そんな些末なことまで知ってもらえてるなんて光栄です」
「フフフ、些末なことではありませんわ。年頃の男性にとっては重要なことですもの。……ただ……」
「……ただ……、何ですか?」
「ただ、いくら私が魅力的だとしても人間である瑞貴さんをお付き合いすることはできませんので、ご注意くださいね」
「はぁ、肝に銘じておきます」

 告白もしてないのに瑞貴は一歩的に振られてしまった気分になるが、こんな話をするために来ているわけではないだろうから一刻も早く本題に入らないと遊ばれてしまうだけだった。

「それで、俺にお願いしたいことって何なんでしょうか?」
「まぁ!そうでしたわ。そのお話しをしに来たのに忘れてしまうところでした」

 采姫が目的を忘れてなどいないことには瑞貴も気が付いていたが、そのことには触れられない。

――そう言えば、大黒様とは会話ができないままだし、閻魔大王からはメールでの指示だけだった。こうやって会話でやり取りした神様は初めてなんだよな

 そう思うと感慨深いものがあった。鬼と会話したり、織田信長や豊臣秀吉と会話した経験で、神媒師としての役目が薄らいでしまっていた。本来は神様が現世で活動する手助けをするのが瑞貴の務めである。

「先ほど申し上げた通り、私は付き添いとして大学生の生活をしております。……ただ、私がお供している方の行動が原因となって、ここ数日は曇り空ばかりになってしまっているのです」
「その方って……、まさか……?」
「お察しの通り、天照大御神あまてらすおおみかみです」
「やっぱり、そうですよね」

 日本神話で最も有名な存在であると言っても過言ではない神様が、天照大御神である。太陽を司る神様であり、皇室の祖である天照大御神は日本で重要な神様だった。
 そんな神様が日常の生活にまで影響を及ぼしているのであれば大事件である。確かに年が明けてからの数日間は不自然なほどに天気が悪い日が続いていた。

「瑞貴さんは、早くに気付いていたみたいですが事前に情報を得ていらっしゃったのですか?」
「いえ、ただ単に、市寸島比売命いちきしまひめのみことである采姫さきさんが付き添いに選ばれるとすれば、天照大御神か須佐之男命すさのおのみことのどちらかとは思っていたんです。……それで、天気に影響を与えているのであれば答えは導き出せます」
「ちゃんと『古事記』や『日本書紀』を読まれていたんですね」
「ええ、読んではいたんですけど……。大変失礼な話かもしれませんが、全てのお名前を覚えて理解することは出来ませんでした」

 日本の神々の伝承でもあるが、とにかく名前が複雑で多くの神が登場する。八百万の神々とされるので当然のことなのだが、主要な神様を覚えるだけで精一杯。
 神媒師としての役目を果たすために瑞貴も解説書の力を借りて努力はしたのだが、到底全てを記憶するには至らなかった。

「お気になさらないでください。私も全てを把握している訳ではありませんから」
「えっ!?そうなんですか?」
「はい。他に覚えることも沢山ありますから仕方ないですよね。舌を嚙んじゃいそうな名前の神も一杯ですから大変です」
「そう言ってもらえると助かります」

 采姫の言葉が瑞貴を気遣っただけの嘘としても有難かった。日本の神様だけに止まらず世界中の神様にも意識を向けておかなければならなかった瑞貴が記憶できるのは表面的なことでしかない。
 深く掘り下げて覚えたい気持ちはあったが、学校の勉強だってあるのだから限界だった。

「……それでは、話を戻しますね。天照大御神も、この世界で大学に通っています。ある目的を持って現代日本に来ていたのですが、本来の目的以外の寄り道に夢中なってしまっているんです」
「寄り道……、一緒の大学に通っているんですか?」
「はい。人間の世界では天野姫和あまのひよりを名乗って、普通に生活を始めておりました」
「市寸島比売命が市村采姫さんで、天照大御神が天野姫和さん……。それで、ここに来た本来の目的って何だったんですか?」
「そちらは追々お話しいたします。……まずは、寄り道の方の問題を解決したいと考えております。そうでなければ、この雲を追い払うことが出来ませんからね」
「そうか、それは俺たちの生活にも影響してしまうので早く解決したいですね。……一体、どんな寄り道をされているんですか?」
「……インターネットのゲームに夢中なんです」
「えっ?……インターネットのゲームって、オンラインゲームの?」

 少しだけ気まずそうに采姫は頷いて答えてくれた。天照大御神がネトゲに夢中になっていることなど、あまり聞かれたくないことだったのだろう。大黒様も子供向けアニメに没頭してはいるが、神様は意外な物に興味を示す。

「それで、オンラインゲームをやっているだけで、どうして空が晴れなくなるんです?」
「何事にも真剣に取り組んでしまう方なので、かれこれ十日間ほど自室に籠ったまま出てこなくなってしまったんです」
「……えっ!?」

 現代版の『岩戸隠いわとがくれ』である。神様たちのトラブルが原因で天照大御神が天岩屋戸あめのいわやとに隠れてしまった状況とは全く異なっているが、それに近い展開になっているらしい。
 オンラインゲームが引き金になっていることには気が抜けてしまったが、部屋に籠っている状況が続くと『岩戸隠れ』になってしまう。『日本書紀』では昼も夜も区別がつかない暗闇が国中を覆ったとの記述があったはずだった。
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