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第二章 信者獲得
066 女神
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冬休みが終わっての新学期、教室の中は瑞貴にとって少しだけ居心地が悪い空間に変わっていた。
朝から清水幸多が冬休み中の出来事を報告するために瑞貴に話しかけてきたことは想定内。清水が瑞貴に何をして過ごしていたのか質問してくることも想定内。
だが、別のクラスの男が秋月に話しかけるために瑞貴の斜め前に立っていることは想定外のことだった。清水が瑞貴と会話をしている横で笑顔を見せながら秋月に話しかけている。
後で清水から教えてもらった話で初詣にも参加していたらしく、
『ずっと秋月さんを狙ってたらしいんだけど、お前といい感じになってるって聞いて一度は諦めてたらしいんだよ。……それが間違いだったってなってるから焦ってるのかも?』
と言う話だった。
瑞貴も、D組の早川颯太という情報だけは知っていたが、全く話をしたことはない。見た目から女子の人気は高く、積極的に行動するタイプの男という補足情報も清水からもたらされていた。
初詣に参加していたメンバーを詳しくは知らなかったが、想像以上に幅広く参加していた事実に瑞貴は驚いている。
『……お前は、それでいいのか?』
清水は問いかけてきたが、秋月と急激に仲が良くなった一ヶ月間が無かったことになっている現状で瑞貴に言えることはない。
それでも瑞貴の中には、秋月と過ごした記憶は残っている。初詣だって二人で行っていたかもしれず、もしかすると特別な存在になれていたかもしれないことを考えれば不愉快な感覚はあった。
ストーカー問題の時も秋月に気付かれないように解決させたのは罰を罰として受け止めるため。それでなければ意味がないことに感じてしまう。
秋月と言葉を交わす機会もないまま一日は過ぎ去っていた。ただ一つ瑞貴にとって残念なことは、子どもたちと過ごした時間を共有できる人間がいなくなってしまったことだった。
あの時の思い出を瑞貴は誰とも語り合うことはできない。それだけは本当に寂しく感じている。
時間をかけず帰り支度を整えて教室を出た。余計なことを考えていると面白くない光景を目にすることにもなりかねない。
すると、正月に神社で見かけた女性が校門を出たところで待っていることに瑞貴は気が付いた。
高校の前に綺麗な女性が立っていることで男女問わず目立ってしまっているし、その女性の横を通り過ぎる生徒たちはチラチラと女性を見ていた。
――どうして、あの時の人が高校の前にいるんだ?他の人からも見えてるなら、生きていることは間違いなさそうだけど……
神社の前で瑞貴を見ていたこと、瑞貴の通う高校の前に立っていること。これは偶然ではなく瑞貴に用事があると考えて良さそうだった。
――普通の女の人が俺に何の用事があるって言うんだ?
瑞貴は自転車には乗らず、押して歩いて近付いていった。これで相手が何も反応しなければ勘違いと言うことになる。
そんな期待も虚しく、近付いてくる瑞貴を見つけて女性は軽く頭を下げた。
――やっぱり俺に用があるんだ
あれだけ綺麗な女性が瑞貴を一人の男として訪ねて来てくれているのであれば喜ばしいことかもしれないが、おそらく用があるのは『神媒師』に対してになる。
「……滝川瑞貴さん、ですね?」
聞き取りやすい澄んだ声で呼び止められた。
「そうですけど……、貴方は?」
女性はニッコリと瑞貴に微笑みかけて『歩きながらお話しします』と言った。
たしかに、この場所では注目を集めてしまう。注目されているのはこの女性なのだが、一緒にいる瑞貴も必然的に視野に入ってしまう。瑞貴としても注目されるようなことはしたくなかった。
二人は並んで歩き始めた。
しばらくは沈黙状態が続いたが、学校から離れたところまで来ると、
「……私は、イチキシマヒメと申します」
「えっ!?……イチキシマヒメ……様?」
「ええ、こちらの世界では市村采姫と名乗って生活おります」
総本宮は福岡県の宗像大社で、宗像三女神の中の一柱。アマテラスがスサノオの十拳剣を嚙み砕いて吹き出した霧から生まれたのが宗像三女神である。
日本書紀にも登場している水の神であり、最高神に位置すると瑞貴は記憶していた。
「あの……、どちらでお呼びすれば良いでしょうか?」
「今は、こちらの世界で暮らしておりますので、采姫とお呼びください。」
「えっ、いや……、それは……」
神社で見かけた時の雰囲気とは違い、物腰の柔らかい態度でにこやかに語っていることに驚かされた。秋月の時と同様に話す前と後で印象は全く違っている。
瑞貴は色々な情報を頭の中で整理していたが、イチキシマヒメについては美女だったことが真っ先に思い出された。その点に関しては間違いないと思っている。
「……ですが、福岡県にいなくても大丈夫なんですか?」
「神媒師として、しっかりとお勉強されたのですね。……今は、付き添いで来ているだけなので問題ありませんよ」
「付き添い……ですか?」
イチキシマヒメ程の女神が付き添いをするのであれば、付き添うべき相手はかなり限定されてしまう。
イチキシマヒメの登場だけで動揺してしまっている瑞貴が、その相手の存在を知ることは恐怖を感じてしまう。
「ちなみに、市村様のお姿は依代なんでしょうか?」
「采姫と呼んでくださいね。この世界で男女が呼び合うのに『様』を使うなんて不自然じゃないですか?……今の私は依代ではありません、人間の姿に見せているだけですから」
相手が女神である以上、男女として呼び合うことには抵抗があった。それでも、イチキシマヒメが言っている事には従わなければならない。
「……んっ?……采姫さん、今、この世界で暮らしてるって言っていませんでしたか?」
「はい。この世界で大学生をしております」
「そんなことができるんですか!?」
「もちろんです。……これでも『神様』ですから」
そう言って少しだけ不敵な笑顔を見せる。瑞貴は神様としてよりも、女の怖さを感じたように気になってしまった。
朝から清水幸多が冬休み中の出来事を報告するために瑞貴に話しかけてきたことは想定内。清水が瑞貴に何をして過ごしていたのか質問してくることも想定内。
だが、別のクラスの男が秋月に話しかけるために瑞貴の斜め前に立っていることは想定外のことだった。清水が瑞貴と会話をしている横で笑顔を見せながら秋月に話しかけている。
後で清水から教えてもらった話で初詣にも参加していたらしく、
『ずっと秋月さんを狙ってたらしいんだけど、お前といい感じになってるって聞いて一度は諦めてたらしいんだよ。……それが間違いだったってなってるから焦ってるのかも?』
と言う話だった。
瑞貴も、D組の早川颯太という情報だけは知っていたが、全く話をしたことはない。見た目から女子の人気は高く、積極的に行動するタイプの男という補足情報も清水からもたらされていた。
初詣に参加していたメンバーを詳しくは知らなかったが、想像以上に幅広く参加していた事実に瑞貴は驚いている。
『……お前は、それでいいのか?』
清水は問いかけてきたが、秋月と急激に仲が良くなった一ヶ月間が無かったことになっている現状で瑞貴に言えることはない。
それでも瑞貴の中には、秋月と過ごした記憶は残っている。初詣だって二人で行っていたかもしれず、もしかすると特別な存在になれていたかもしれないことを考えれば不愉快な感覚はあった。
ストーカー問題の時も秋月に気付かれないように解決させたのは罰を罰として受け止めるため。それでなければ意味がないことに感じてしまう。
秋月と言葉を交わす機会もないまま一日は過ぎ去っていた。ただ一つ瑞貴にとって残念なことは、子どもたちと過ごした時間を共有できる人間がいなくなってしまったことだった。
あの時の思い出を瑞貴は誰とも語り合うことはできない。それだけは本当に寂しく感じている。
時間をかけず帰り支度を整えて教室を出た。余計なことを考えていると面白くない光景を目にすることにもなりかねない。
すると、正月に神社で見かけた女性が校門を出たところで待っていることに瑞貴は気が付いた。
高校の前に綺麗な女性が立っていることで男女問わず目立ってしまっているし、その女性の横を通り過ぎる生徒たちはチラチラと女性を見ていた。
――どうして、あの時の人が高校の前にいるんだ?他の人からも見えてるなら、生きていることは間違いなさそうだけど……
神社の前で瑞貴を見ていたこと、瑞貴の通う高校の前に立っていること。これは偶然ではなく瑞貴に用事があると考えて良さそうだった。
――普通の女の人が俺に何の用事があるって言うんだ?
瑞貴は自転車には乗らず、押して歩いて近付いていった。これで相手が何も反応しなければ勘違いと言うことになる。
そんな期待も虚しく、近付いてくる瑞貴を見つけて女性は軽く頭を下げた。
――やっぱり俺に用があるんだ
あれだけ綺麗な女性が瑞貴を一人の男として訪ねて来てくれているのであれば喜ばしいことかもしれないが、おそらく用があるのは『神媒師』に対してになる。
「……滝川瑞貴さん、ですね?」
聞き取りやすい澄んだ声で呼び止められた。
「そうですけど……、貴方は?」
女性はニッコリと瑞貴に微笑みかけて『歩きながらお話しします』と言った。
たしかに、この場所では注目を集めてしまう。注目されているのはこの女性なのだが、一緒にいる瑞貴も必然的に視野に入ってしまう。瑞貴としても注目されるようなことはしたくなかった。
二人は並んで歩き始めた。
しばらくは沈黙状態が続いたが、学校から離れたところまで来ると、
「……私は、イチキシマヒメと申します」
「えっ!?……イチキシマヒメ……様?」
「ええ、こちらの世界では市村采姫と名乗って生活おります」
総本宮は福岡県の宗像大社で、宗像三女神の中の一柱。アマテラスがスサノオの十拳剣を嚙み砕いて吹き出した霧から生まれたのが宗像三女神である。
日本書紀にも登場している水の神であり、最高神に位置すると瑞貴は記憶していた。
「あの……、どちらでお呼びすれば良いでしょうか?」
「今は、こちらの世界で暮らしておりますので、采姫とお呼びください。」
「えっ、いや……、それは……」
神社で見かけた時の雰囲気とは違い、物腰の柔らかい態度でにこやかに語っていることに驚かされた。秋月の時と同様に話す前と後で印象は全く違っている。
瑞貴は色々な情報を頭の中で整理していたが、イチキシマヒメについては美女だったことが真っ先に思い出された。その点に関しては間違いないと思っている。
「……ですが、福岡県にいなくても大丈夫なんですか?」
「神媒師として、しっかりとお勉強されたのですね。……今は、付き添いで来ているだけなので問題ありませんよ」
「付き添い……ですか?」
イチキシマヒメ程の女神が付き添いをするのであれば、付き添うべき相手はかなり限定されてしまう。
イチキシマヒメの登場だけで動揺してしまっている瑞貴が、その相手の存在を知ることは恐怖を感じてしまう。
「ちなみに、市村様のお姿は依代なんでしょうか?」
「采姫と呼んでくださいね。この世界で男女が呼び合うのに『様』を使うなんて不自然じゃないですか?……今の私は依代ではありません、人間の姿に見せているだけですから」
相手が女神である以上、男女として呼び合うことには抵抗があった。それでも、イチキシマヒメが言っている事には従わなければならない。
「……んっ?……采姫さん、今、この世界で暮らしてるって言っていませんでしたか?」
「はい。この世界で大学生をしております」
「そんなことができるんですか!?」
「もちろんです。……これでも『神様』ですから」
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