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第一章 初めての務め
060 武将
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冬休み初日となる25日、瑞貴が目覚めた時間は遅くなってしまった。それでも昼頃には目的の場所に着いていなければならない。
秋月が作り置きしてくれていた朝食を大黒様と済ませて、皆を熱田神宮に送って行くことにした。
勿論、手には『閻魔刀』を持って。
子どもたちとは『またね』と別れの挨拶をする。
信長と秀吉は頭を下げながら、
「本当に世話になった。其方が、神媒師として来てくれたことを心から感謝申し上げる」
「……どうしたんですか?……止めてくださいよ」
「其方は、儂らを救ってくれた。神にではなく、其方の心に救われたのだ。……歴史の中に生きていた『織田信長』と『豊臣秀吉』ではなく、目の前にいる儂らと向き合ってくれた。……そして、あの子たちの真実とも向き合ってくれた。本当にありがとう」
瑞貴は信長の言葉に黙って聞き入ってしまっていた。
「儂らが生きていた時代と、今の時代は全く違うものだ。だが、時代は違っても、命の重さに違いはなかった。……儂らは死んでから戦争という地獄を見ることで、そのことに気付かされた。……其方の命が失われる瞬間まで、幸せに生きていられることを願っておるよ」
戦争は二人にとっても地獄だった。そんな中で子どもたちとも出会い、二人に変化をもたらしたのだとすれば理解出来なくもない。
そして、瑞貴に贈られた言葉に込められた想いは嬉しかった。
「クリスマス・パーティーは本当に楽しかった。国盗りで一喜一憂していた頃よりも、あの子らと騒いだ時間は楽しかった。……人が他者を殺すことなく、人としての価値を示すことが出来る時代を実感することが出来た時間だった」
そして、二人が揃って『ありがとう』と言ってくれる。
「こちらこそ、ありがとうございました。……まだ数日ありますから寄らせてもらいますね」
熱田神宮の近くにある歩道橋では鬼が待っていてくれた。鬼は瑞貴が持っている『閻魔刀』を見て、
「……選ばれたのですね?」
「はい。……選びました」
「……でしたら、私から一つ助言をさせてください。斬る相手は二人のはずです。一人に一振りではなく、二人を一振りで斬りつけてください。……万一の場合、代償を半減出来るかもしれません」
「俺の技術では及ばないかもしれませんが、頑張ってみます。……でも、ありがとうございました」
やはり鬼としては甘いのかもしれない。おそらく鬼として必要のない助言までしてくれている。
罪のない人間を斬った時に受ける罰を半減できる可能性の話なんて本来しなくてもいいもの。わざわざ時間をかけて、そんな可能性の話をしに来てくれていた。
「大黒様、ちょっと歩く時間が長りますけど大丈夫ですか?」
過去2回は自転車で行っていた場所だが、今日は徒歩で向かうことにした。『閻魔刀』を使った後、自転車で帰ってこれるか分からないからだ。
1時間以上かけて辿り着く。人通りが多い場所を歩いている時は『閻魔刀』を持っていることにドキドキしていた。
死者と同じで、自分にはハッキリ見えている物が他の人に見えないことに違和感があった。『どうして、これが見えないのだろう?』としか瑞貴には思えない。
山咲瑠々の母親が住んでいるアパートまで無事に到着する。
先日のこともあり、瑞貴が見つかると警戒されてしまうかもしれない。駐車場に車が止まっていないことを確認してから見つからない場所で待機することにした。
――戻ってきたとき、スグ動けるように覚悟だけはしておこう
考える時間が長くなれば、恐怖と不安で瑞貴は動けなくなる気がした。瑠々の母親に罪があると思っているのは、自分を信じただけであり明確な証拠など存在しない。
どんなに信じているとしても恐怖を完全に消し去ることなど瑞貴に出来はしない。
――恐れるな!……チャンスは多くない
夜まででも待つつもりでいた。28日までには決着をつけて体力も戻しておきたいと考えている。
様々なことに想いを巡らせていると、突然、大黒様が吠えた。
「わんっ!」
瑞貴と大黒様には奇妙な信頼関係が構築されていた。瑞貴の覚悟に大黒様が応えてくれている。
――来る!
言葉で意思疎通を図ったわけではないのだが、瑞貴は確信を持っていた。車が近付いてくる音も、僅かだが聞こえてきている。
瑞貴は『閻魔刀』の柄を握り、少しだけ震える手で鞘に巻かれた紐を解き始めた。
――こんなにも早くチャンスが訪れるなんて……
それでも、母親と男の二人が揃っていなければ意味はない。不用意に飛び出して、一人しかいなければ瑞貴に対して警戒心を生んでしまう。
――来た
目を凝らして駐車場に入ってきた車の中を見てみると、フロントシートに人影が並んでいる。
――ヨシッ!
実行することは決まった。瑞貴の覚悟も出来ている。
鞘に巻かれた紐を完全に解いて、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
車から降りてアパートの階段近くまで来た二人に、瑞貴はゆっくりと近付いていく。
山咲美登里は瑞貴の姿を見つけた瞬間に笑顔を消した。
「……何よ、アンタ。また来たの?……あんまり、しつこいと警察呼ぶよ!」
不機嫌そうに声を荒げてはいるが、美登里の声には怯えの色も含まれている。先日の瑞貴の言葉を美登里は明確に記憶しているらしい。
隣りにいる男も『何の用だよ、お前!』と苛立った様子を見せていた。
瑞貴は『閻魔刀』を鞘からゆっくり抜き、
「……閻魔代行」
低くい声で静かに瑞貴は言う。
唱えた瞬間、解かれた二本の紐が勝手に動き出し円を描くように目の前の二人を取り囲んだ。紐によって作られた円は空中に浮いており、円の中心には裁かれるべき二人が立っていた。
円の外側の景色は紐の上下で全く違っており、紐の上側は青空に緑の山々の本当に綺麗な景色が映し出されており、紐の下側は荒廃した土地に溶岩のようなものが映し出されている。
鬼が境界線と表現したように『天国』と『地獄』が紐の上下に広がっており、その景色は想像を遥かに上回る迫力で瑞貴たちを取り囲んでいた。
だが、それ以上に衝撃的な事態に瑞貴は動揺してしまう。
円の中にいる人間は、瑞貴と瑠々の母親とその彼氏の三人だけになるはずだった。しかし、あと二人、瑞貴の見知った顔がある。
織田信長と豊臣秀吉が、この場に存在してしまっていた。
「……何よ、コレ?……何なのよ、アンタたち何してるのよ!?」
「おい、ココ何処だよ。何で俺たち、こんな気持ち悪い場所にいるんだよ」
美登里と男は明らかに動揺しているし、円の外側に広がる景色に怯えて逃げ出すことも出来ない。そして、『アンタたち』と言っていることからも信長と秀吉を視認出来てきていることが分かる。
「……どうして、お二人までココにいるんですか?」
瑞貴は情けないくらいに慌てていた。色々なトラブルを想定していたが、この二人の登場は全くの想定外だ。
「そのことは後回しじゃ。……まずは、刀身の鏡を見せるのが先であろう?」
「儂らに其方の覚悟を見せてみろ」
秀吉に促され、信長に叱咤され、瑞貴は動き始めた。瑞貴のとっても予想外の出来事であり動揺しているが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
目の前にいる二人が動けない内に『浄玻璃鏡』を見せておく必要があった。
自分の視界には出来る限り入れないようにして、『浄玻璃鏡』である刀身を美登里と男に翳した。
突然、目の前に差し出された刀身を二人は無防備に見てしまう。見た瞬間は放心しているように見えたのだが二人に大きな変化は見られない。
――これで罪の認識は、この人たちの中にあるはずなんだ。……あとは、『太刀』で斬るだけ
鬼が二人を一太刀で斬れと言っていたことを瑞貴は思い出す。力を込めて柄を握った瑞貴だったが、信長が静かな声で止めに入った。
「……どうして止めるんですか?……ここでやらないと!」
「其方の覚悟は十分に分かっておる。……それでも、その役目を代わってはもらえないだろうか?」
「えっ?」
「あの子が苦しむ姿を見ていて、何も出来ない自分が悔しくて仕方なかったのだ。……ずっと恨めしかったのだ」
「儂らも、あの子が泣いている姿を見ているのは辛かったんじゃよ。ただ、辛い想いをするだけだったんじゃ」
熱田神宮で信長が瑠々を抱きしめながら慰めている姿を思い出していた。おそらく瑠々が泣いていると、いつも同じことをしてあげたのだろう。
この二人が『辛い』と表現してしまう程、瑠々に慰めの言葉が届かない日々が二人にも無力感を与えていたのかもしれない。
――出会ったばかりの俺でも、あれだけ苦しかったんだから当然のことか……。この二人も苦しんでいたんだ
二人が瑞貴の話を聞いてから、この瞬間を待っていたことを理解する。
「其方の覚悟を踏みにじるつもりはない……。だが、その役目、代わってはもらえぬだろうか?……頼む」
瑞貴は悩んでいた。瑠々の母親に罰を与えたいと考えて、ここまで来たのだ。
「時代に殺された子どもたちの中で、瑠々だけが人に殺されたのだ」
「だから、俺が罰を与えに来たんです」
瑞貴は自分の言葉に違和感を覚えて戸惑ってしまう。何かが違うと感じていた。
――罰を与えたい……?違うな、あの子が『悪い子』じゃなかったことを証明したかっただけだ。……瑠々が『良い子』だったことを母親に認めさせるために来たんだ。……それなら……
そう考えた瑞貴は『閻魔刀』を信長に差し出した。
何をしに来ていたかが重要だった。傲慢な考えだけで罰を与える目的ではなく、笑顔で瑠々とお別れする事が瑞貴の望みだった。
「……瑠々ちゃんが『良い子』だってことを一番知っている貴方方が証明する方が相応しい」
神媒師として借り受けている『浄玻璃鏡の太刀』を勝手に他人に使わせてしまうことになる。
閻魔としての神の力を資格のない者へ貸し与えてしまうことになってしまう。
だが、信長と秀吉の想いと瑞貴の目的が完全に分かってしまった今、この選択に絶対的な自信を持っていた。
――覚悟はしてたんだ……。どんな代償だって払ってやるさ!
『閻魔刀』を手にした姿は、正に戦国武将そのもの。
――なんだ、やっぱりカッコイイや
時々、厳しい表情を見せてはいたが太刀を構えている信長は相手に恐怖を与えるのに十分な迫力があった。
この姿の織田信長が目の前に立っていること自体が、瑠々の母親に対しては罰になっているのかもしれない。
信長は山咲美登里を気合の声と共に袈裟斬りで一太刀にした。
そして、『閻魔刀』は秀吉に渡される。次は美登里の彼氏の番だった。
太刀を手にした表情は今まで見た秀吉のものとは全くの別物で、こちらも当たり前のことだが様になっている。
豊臣秀吉の動きに信長ほどのキレはなかったが、それでも天下統一を成し遂げ意地で男に一太刀を浴びせる。
斬られた二人に外傷は見られない。血が出ているわけでもなければ、痛がっている様子も見られない。
だが、虚空を見つめて震え始めており、明らかに様子は変だった。口をパクパクと動かして何か言おうとしているが言葉になっていない。
――切られた二人には別の何かが見えている?
美登里と彼氏の様子からは、そんな印象を受けていた。
周囲の景色は変わっていないが、突然キョロキョロし始めて切られた二人の目には涙が浮かんでいた。
――やっぱり、罪はあったんだ
穏やかな表情に戻っていた秀吉が瑞貴に『閻魔刀』を手渡しながら、
「すまんな。……美味しいところを持っていってしまったか?」
「……全くですよ」
そんなやり取りとは対照的に、得体の知れないモノに怯え続けている二人がいた。これからの人生を楽しく生きることは難しいと想像させる姿だ。
自分の犯した罪を後悔して、瑠々と同じ苦しみを味わい続けるだけの毎日が始まるのかもしれない。
境界の紐の先には天国と地獄の景色が見えているが、生きながらにして地獄しか味わえない状態にまで堕とされている。
数日前に瑞貴が見た幸せそうな笑顔で過ごす二人は消え去った。それでも、瑠々がこの世に戻ることはなく、この親たちは生きていける。
『不公平』で『理不尽』であることまで変えることは出来ないが、最後まで諦めずに向き合った結果に瑞貴は満足はしていた。
信長も秀吉も怯え続けている男女の姿を見て、罪の在処を確信していたのだろう。
――閻魔の裁きの結果で精神崩壊するくらいなら、普通の裁判を受けて裁かれくれていた方が良かったかもしれないな……
秋月が作り置きしてくれていた朝食を大黒様と済ませて、皆を熱田神宮に送って行くことにした。
勿論、手には『閻魔刀』を持って。
子どもたちとは『またね』と別れの挨拶をする。
信長と秀吉は頭を下げながら、
「本当に世話になった。其方が、神媒師として来てくれたことを心から感謝申し上げる」
「……どうしたんですか?……止めてくださいよ」
「其方は、儂らを救ってくれた。神にではなく、其方の心に救われたのだ。……歴史の中に生きていた『織田信長』と『豊臣秀吉』ではなく、目の前にいる儂らと向き合ってくれた。……そして、あの子たちの真実とも向き合ってくれた。本当にありがとう」
瑞貴は信長の言葉に黙って聞き入ってしまっていた。
「儂らが生きていた時代と、今の時代は全く違うものだ。だが、時代は違っても、命の重さに違いはなかった。……儂らは死んでから戦争という地獄を見ることで、そのことに気付かされた。……其方の命が失われる瞬間まで、幸せに生きていられることを願っておるよ」
戦争は二人にとっても地獄だった。そんな中で子どもたちとも出会い、二人に変化をもたらしたのだとすれば理解出来なくもない。
そして、瑞貴に贈られた言葉に込められた想いは嬉しかった。
「クリスマス・パーティーは本当に楽しかった。国盗りで一喜一憂していた頃よりも、あの子らと騒いだ時間は楽しかった。……人が他者を殺すことなく、人としての価値を示すことが出来る時代を実感することが出来た時間だった」
そして、二人が揃って『ありがとう』と言ってくれる。
「こちらこそ、ありがとうございました。……まだ数日ありますから寄らせてもらいますね」
熱田神宮の近くにある歩道橋では鬼が待っていてくれた。鬼は瑞貴が持っている『閻魔刀』を見て、
「……選ばれたのですね?」
「はい。……選びました」
「……でしたら、私から一つ助言をさせてください。斬る相手は二人のはずです。一人に一振りではなく、二人を一振りで斬りつけてください。……万一の場合、代償を半減出来るかもしれません」
「俺の技術では及ばないかもしれませんが、頑張ってみます。……でも、ありがとうございました」
やはり鬼としては甘いのかもしれない。おそらく鬼として必要のない助言までしてくれている。
罪のない人間を斬った時に受ける罰を半減できる可能性の話なんて本来しなくてもいいもの。わざわざ時間をかけて、そんな可能性の話をしに来てくれていた。
「大黒様、ちょっと歩く時間が長りますけど大丈夫ですか?」
過去2回は自転車で行っていた場所だが、今日は徒歩で向かうことにした。『閻魔刀』を使った後、自転車で帰ってこれるか分からないからだ。
1時間以上かけて辿り着く。人通りが多い場所を歩いている時は『閻魔刀』を持っていることにドキドキしていた。
死者と同じで、自分にはハッキリ見えている物が他の人に見えないことに違和感があった。『どうして、これが見えないのだろう?』としか瑞貴には思えない。
山咲瑠々の母親が住んでいるアパートまで無事に到着する。
先日のこともあり、瑞貴が見つかると警戒されてしまうかもしれない。駐車場に車が止まっていないことを確認してから見つからない場所で待機することにした。
――戻ってきたとき、スグ動けるように覚悟だけはしておこう
考える時間が長くなれば、恐怖と不安で瑞貴は動けなくなる気がした。瑠々の母親に罪があると思っているのは、自分を信じただけであり明確な証拠など存在しない。
どんなに信じているとしても恐怖を完全に消し去ることなど瑞貴に出来はしない。
――恐れるな!……チャンスは多くない
夜まででも待つつもりでいた。28日までには決着をつけて体力も戻しておきたいと考えている。
様々なことに想いを巡らせていると、突然、大黒様が吠えた。
「わんっ!」
瑞貴と大黒様には奇妙な信頼関係が構築されていた。瑞貴の覚悟に大黒様が応えてくれている。
――来る!
言葉で意思疎通を図ったわけではないのだが、瑞貴は確信を持っていた。車が近付いてくる音も、僅かだが聞こえてきている。
瑞貴は『閻魔刀』の柄を握り、少しだけ震える手で鞘に巻かれた紐を解き始めた。
――こんなにも早くチャンスが訪れるなんて……
それでも、母親と男の二人が揃っていなければ意味はない。不用意に飛び出して、一人しかいなければ瑞貴に対して警戒心を生んでしまう。
――来た
目を凝らして駐車場に入ってきた車の中を見てみると、フロントシートに人影が並んでいる。
――ヨシッ!
実行することは決まった。瑞貴の覚悟も出来ている。
鞘に巻かれた紐を完全に解いて、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
車から降りてアパートの階段近くまで来た二人に、瑞貴はゆっくりと近付いていく。
山咲美登里は瑞貴の姿を見つけた瞬間に笑顔を消した。
「……何よ、アンタ。また来たの?……あんまり、しつこいと警察呼ぶよ!」
不機嫌そうに声を荒げてはいるが、美登里の声には怯えの色も含まれている。先日の瑞貴の言葉を美登里は明確に記憶しているらしい。
隣りにいる男も『何の用だよ、お前!』と苛立った様子を見せていた。
瑞貴は『閻魔刀』を鞘からゆっくり抜き、
「……閻魔代行」
低くい声で静かに瑞貴は言う。
唱えた瞬間、解かれた二本の紐が勝手に動き出し円を描くように目の前の二人を取り囲んだ。紐によって作られた円は空中に浮いており、円の中心には裁かれるべき二人が立っていた。
円の外側の景色は紐の上下で全く違っており、紐の上側は青空に緑の山々の本当に綺麗な景色が映し出されており、紐の下側は荒廃した土地に溶岩のようなものが映し出されている。
鬼が境界線と表現したように『天国』と『地獄』が紐の上下に広がっており、その景色は想像を遥かに上回る迫力で瑞貴たちを取り囲んでいた。
だが、それ以上に衝撃的な事態に瑞貴は動揺してしまう。
円の中にいる人間は、瑞貴と瑠々の母親とその彼氏の三人だけになるはずだった。しかし、あと二人、瑞貴の見知った顔がある。
織田信長と豊臣秀吉が、この場に存在してしまっていた。
「……何よ、コレ?……何なのよ、アンタたち何してるのよ!?」
「おい、ココ何処だよ。何で俺たち、こんな気持ち悪い場所にいるんだよ」
美登里と男は明らかに動揺しているし、円の外側に広がる景色に怯えて逃げ出すことも出来ない。そして、『アンタたち』と言っていることからも信長と秀吉を視認出来てきていることが分かる。
「……どうして、お二人までココにいるんですか?」
瑞貴は情けないくらいに慌てていた。色々なトラブルを想定していたが、この二人の登場は全くの想定外だ。
「そのことは後回しじゃ。……まずは、刀身の鏡を見せるのが先であろう?」
「儂らに其方の覚悟を見せてみろ」
秀吉に促され、信長に叱咤され、瑞貴は動き始めた。瑞貴のとっても予想外の出来事であり動揺しているが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
目の前にいる二人が動けない内に『浄玻璃鏡』を見せておく必要があった。
自分の視界には出来る限り入れないようにして、『浄玻璃鏡』である刀身を美登里と男に翳した。
突然、目の前に差し出された刀身を二人は無防備に見てしまう。見た瞬間は放心しているように見えたのだが二人に大きな変化は見られない。
――これで罪の認識は、この人たちの中にあるはずなんだ。……あとは、『太刀』で斬るだけ
鬼が二人を一太刀で斬れと言っていたことを瑞貴は思い出す。力を込めて柄を握った瑞貴だったが、信長が静かな声で止めに入った。
「……どうして止めるんですか?……ここでやらないと!」
「其方の覚悟は十分に分かっておる。……それでも、その役目を代わってはもらえないだろうか?」
「えっ?」
「あの子が苦しむ姿を見ていて、何も出来ない自分が悔しくて仕方なかったのだ。……ずっと恨めしかったのだ」
「儂らも、あの子が泣いている姿を見ているのは辛かったんじゃよ。ただ、辛い想いをするだけだったんじゃ」
熱田神宮で信長が瑠々を抱きしめながら慰めている姿を思い出していた。おそらく瑠々が泣いていると、いつも同じことをしてあげたのだろう。
この二人が『辛い』と表現してしまう程、瑠々に慰めの言葉が届かない日々が二人にも無力感を与えていたのかもしれない。
――出会ったばかりの俺でも、あれだけ苦しかったんだから当然のことか……。この二人も苦しんでいたんだ
二人が瑞貴の話を聞いてから、この瞬間を待っていたことを理解する。
「其方の覚悟を踏みにじるつもりはない……。だが、その役目、代わってはもらえぬだろうか?……頼む」
瑞貴は悩んでいた。瑠々の母親に罰を与えたいと考えて、ここまで来たのだ。
「時代に殺された子どもたちの中で、瑠々だけが人に殺されたのだ」
「だから、俺が罰を与えに来たんです」
瑞貴は自分の言葉に違和感を覚えて戸惑ってしまう。何かが違うと感じていた。
――罰を与えたい……?違うな、あの子が『悪い子』じゃなかったことを証明したかっただけだ。……瑠々が『良い子』だったことを母親に認めさせるために来たんだ。……それなら……
そう考えた瑞貴は『閻魔刀』を信長に差し出した。
何をしに来ていたかが重要だった。傲慢な考えだけで罰を与える目的ではなく、笑顔で瑠々とお別れする事が瑞貴の望みだった。
「……瑠々ちゃんが『良い子』だってことを一番知っている貴方方が証明する方が相応しい」
神媒師として借り受けている『浄玻璃鏡の太刀』を勝手に他人に使わせてしまうことになる。
閻魔としての神の力を資格のない者へ貸し与えてしまうことになってしまう。
だが、信長と秀吉の想いと瑞貴の目的が完全に分かってしまった今、この選択に絶対的な自信を持っていた。
――覚悟はしてたんだ……。どんな代償だって払ってやるさ!
『閻魔刀』を手にした姿は、正に戦国武将そのもの。
――なんだ、やっぱりカッコイイや
時々、厳しい表情を見せてはいたが太刀を構えている信長は相手に恐怖を与えるのに十分な迫力があった。
この姿の織田信長が目の前に立っていること自体が、瑠々の母親に対しては罰になっているのかもしれない。
信長は山咲美登里を気合の声と共に袈裟斬りで一太刀にした。
そして、『閻魔刀』は秀吉に渡される。次は美登里の彼氏の番だった。
太刀を手にした表情は今まで見た秀吉のものとは全くの別物で、こちらも当たり前のことだが様になっている。
豊臣秀吉の動きに信長ほどのキレはなかったが、それでも天下統一を成し遂げ意地で男に一太刀を浴びせる。
斬られた二人に外傷は見られない。血が出ているわけでもなければ、痛がっている様子も見られない。
だが、虚空を見つめて震え始めており、明らかに様子は変だった。口をパクパクと動かして何か言おうとしているが言葉になっていない。
――切られた二人には別の何かが見えている?
美登里と彼氏の様子からは、そんな印象を受けていた。
周囲の景色は変わっていないが、突然キョロキョロし始めて切られた二人の目には涙が浮かんでいた。
――やっぱり、罪はあったんだ
穏やかな表情に戻っていた秀吉が瑞貴に『閻魔刀』を手渡しながら、
「すまんな。……美味しいところを持っていってしまったか?」
「……全くですよ」
そんなやり取りとは対照的に、得体の知れないモノに怯え続けている二人がいた。これからの人生を楽しく生きることは難しいと想像させる姿だ。
自分の犯した罪を後悔して、瑠々と同じ苦しみを味わい続けるだけの毎日が始まるのかもしれない。
境界の紐の先には天国と地獄の景色が見えているが、生きながらにして地獄しか味わえない状態にまで堕とされている。
数日前に瑞貴が見た幸せそうな笑顔で過ごす二人は消え去った。それでも、瑠々がこの世に戻ることはなく、この親たちは生きていける。
『不公平』で『理不尽』であることまで変えることは出来ないが、最後まで諦めずに向き合った結果に瑞貴は満足はしていた。
信長も秀吉も怯え続けている男女の姿を見て、罪の在処を確信していたのだろう。
――閻魔の裁きの結果で精神崩壊するくらいなら、普通の裁判を受けて裁かれくれていた方が良かったかもしれないな……
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