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第一章 初めての務め
058 宴
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それからの秋月は恐怖心も薄らいできているようで、23日には子どもたちと普通に接していた。
瑞貴から真実を聞き出した段階で秋月も何が起こるか予想していたはずで、相当の覚悟を持っていたことになる。それでも、瑞貴は秋月の強さに感心させられていた。
24日の本番当日、学校は終業式を残すのみだ。
清水や他の友人たちから24日以降で冬休み中の誘いを受けることもあったが、適当な理由を告げて誤魔化してしまった。申し訳ないとは思ったが、これから起こる事で自分がどうなるのかも分からない。
これまでの時間は準備期間であり、本番はこれからになる。
瑞貴も不安を抱えていた。年が明けて新学期が始まる時に『今と同じ』自分でいられるのか分からない不安があった。
誘いを断るたびに秋月の方をチラッと見ていく友人たちには少しだけ瑞貴も腹が立った。学校で秋月と仲良くすることはなかったのだが、周囲の人間は僅かな変化にも敏感らしい。
学校以外で一緒に過ごす時間が長くなっており、秋月も自然な笑顔を瑞貴に見せてしまっている。その変化に気付く者がいたのかもしれない。
――でも、一緒に帰ったりしたことはなかったな?……帰る方向的には同じなんだから途中まででも一緒に帰るのはありだったかも
瑞貴が考えたが、時すでに遅しで秋月は今日の食材を揃えるために先に帰ってしまっていた。
勿論、これまでの分も含めてお金は渡してあるが、一緒に買い物をするのを避けていた自分に後悔する。
――皆、楽しんでくれるといいな……
いつも通り大黒様を連れて秋月を迎えに行くルーティン。
瑞貴の体力を考慮してクリスマス・パーティーは早めの開始で16時を予定してある。
織田信長の挨拶でクリスマス・パーティーは開催された。
「儂ら永くこの世を漂っておるが、いよいよこの時を迎えることが出来た。……いざ、クリスマス・パーティーの始まりだ!!」
これに秀吉と子どもたちが『おー!』と声を上げて応じる。子どもたちは合戦ごっこのノリなのだろうが異様な雰囲気である。
瑞貴と秋月は、この雰囲気に乗り遅れてしまい呆気に取られてしまっていた。そして、二人は顔を見合わせて笑うしかない。
最初は秋月が時間をかけて教えた『ジングルベル』を子どもたちが歌う。上手く歌えない子も、秋月が一緒に歌ってあげて最後まで歌いきる。
着物の子ども、レトロな服装の子ども、一緒になって『ジングルベル』を歌っている様子を見ていた瑞貴は不思議な感覚に陥る。
歌い終わった子どもたちに信長も秀吉も拍手をして褒め称える。両手が塞がっている瑞貴に代わって、大黒様が『わんっ!』と吠えて場を盛り上げてくれた。
それから、ツリーの飾り付けの折り紙を子どもたちがそれぞれに説明をしてくれる。信長と秀吉は子どもたちの話を頷きながら聞いて、一人一人の頭を撫でていた。
「この鶴の折り紙、わたしが作ったんだよ!」
嬉しそうに自慢する山咲瑠々の姿を見ることが出来て、瑞貴は心から嬉しく思っていた。信長も秀吉も同じ気持ちだったらしく、その『鶴』を手に持ち大袈裟に褒めている。
「……おぉ、上手に作れておるな。折り紙は楽しかったか?」
「うん!すごく楽しかった。……またね、たくさん作りたい!」
秀吉の質問に元気な声で答えた瑠々の姿に安心させられる。
――次は、楽しい時間を過ごせるといいな……
今この瞬間だけでも辛かった記憶から完全に解放されているのであれば、瑞貴のやってきたことに意味はある。『次』がいつになるのかは分からないが『次』があると信じたかった。
その後、『福笑い』や『双六』とクリスマスに似つかわしくない正月感覚で遊びを楽しんだ。秋月が丁寧に説明してくれて、ちゃんと子どもたちで遊びが成立している。
――これって、秋月さんがいなかったらムリだったな。……俺、何にも役に立ってない?
体力的に厳しくなってきた瑞貴は休憩を挿むことにした。それでも、まだ半分くらいしか目的は達成できていない。
瑞貴がソファーに横になって、体力の回復に努めている間は童話アニメの鑑賞時間に充てた。
見終わった後に駄菓子を配って現代式の紙芝居にしようと瑞貴は考えている。
「……パンケーキ作り始めるけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。……少し休憩すれば、ある程度は回復できるから」
「絶対に無理だけはしないでね。頑張り過ぎないでね。……お願い」
「ありがとう。……分かったよ」
心配そうな表情をしたまま、秋月はキッチンに向かった。
すると、大黒様がソファーに近付いてきて、垂れ下がった瑞貴の手を噛んだ。
「痛っ!」
大黒様に噛まれたのは二度目である。一度目は瑠々の母親に対する爆発しそうな怒りを落ち着けてくれた。
――あれ?……身体が楽になっていく感じがする
二度目の今回は瑞貴の体力を戻してくれているようだった。鬼の説明では命そのものを削っていたのだから大黒様が命を分け与えてくれたことになる。
神様は神様であり、不可能なことまでも可能に出来る力があるのかもしれない。
「……ありがとうございます、大黒様。……これで、最後まで頑張れそうです」
大黒様も応援してくれていた。秋月や大黒様に助けられていることを実感させられて、瑞貴は目を閉じて心の中でお礼を言う。
アニメが終わる頃には瑞貴の体力もかなり戻っていた。
――シヴァ神の力まで借りてるんだから失敗は出来ないな
瑞貴は再び結界を張り、信長と秀吉から子どもたちにお菓子を配ってもらった。戦国時代であれば、この二人から何かを与えられる喜びは計り知れなかったと瑞貴は考えてしまう。
最初は不思議な顔をしていた子どもたちも、食べ始めると表情が明るくなり喜んでくれていた。もしかするとお菓子を口にするのが初めての子もいたかもしれない。
「……これで、紙芝居気分は味わえたのかな?」
皆揃って、『うんっ!』の返事をくれた。そんな子どもたちに隠れて信長と秀吉がお菓子を盗み食いしている様子を瑞貴は見逃さなかった。
それから、パンケーキが出来上がるまでの時間で子どもたちの発表会として『けん玉』や『お手玉』を披露してもらう。
失敗してしまう子もいたが、年長組の子どもがフォローしたり信長や秀吉が声をかけて盛り上げていた。
ただただ優しい時間が流れていくことに、瑞貴は涙が出そうになる。
「……みんなの頑張ってる姿が見れなくて残念」
そう言いながら秋月が食事の準備を進めていく。13人分を作っているのだから、秋月も相当疲れているのは間違いなかった。
「……さぁ、では、お待ちかねの『パンケーキ』ですよ」
フワフワな見た目でフルーツの彩りも加えたパンケーキを秋月が続々と運んできてくれる。
瑞貴がネット画像で参考にしようとして全く参考にならなかったパンケートと遜色ない出来栄えで感動してしまった。
子どもたちは当然だが、信長と秀吉の目も輝いて見える。
「……ほぅ、これが『パンケーキ』か!」
そう言ってフォークとナイフを持つ戦国武将の姿は妙な趣があった。
「はい、全員分揃いましたので、どうぞ召し上がれ」
秋月の号令がかかると、全員が元気に『いただきます』と言って食べ始めた。
無心に食べ続ける子や『おいしい』を連呼して食べる子。色々な子どもがいるが、この場の全員が幸せそうな顔で食べていた。
幽霊が『パンケーキ』を食べている歴史的な瞬間だ。
皆が美味しそうに食べる様子を見て、秋月は心から安心している表情を見せている。秋月なりに不安もあったのだろう。
瑠々が頬っぺたを押さえながら食べている様子は可愛らしく、幽霊に満腹感があるのか分からないが一杯食べてほしいと瑞貴は願っていた。その想いは他の子に対しても同じで、この瞬間で幸福感を満たしてほしかった。
――あれ?……俺は食べられないのか?
本格的なパンケーキを皆に先を越された上、瑞貴は食べることが出来ない。
「……滝川君は、両手が塞がってるから食べさせてあげるね」
秋月が照れた様子で食べさせてくれる。瑞貴も相当に恥ずかしかったが、今回は食べたい気持ちが勝っていたので秋月の提案を断ることはしない。
「……あ、美味しい。……俺が作ったのと全然違う」
「一緒にしないでください」
皆が幸せな時間を共有することが出来ていた。死んでしまっているのだから食べることは不要な行為でしかない。それでも美味しい物を皆で食べることの幸福感は共有出来るはずだった。
この喜びを生きている間に経験出来なかったことは不幸でしかない。
仏教の六道には『餓鬼道』があり、飢えと渇きに苦しむだけの世界に『堕とされる』。飢えと渇きは苦しみであるからこそ、余計に瑠々の母親の罪は深いと瑞貴は考えていた。
「……本当に美味しいものを、ありがとう」
信長と秀吉が秋月に改めてお礼を言った。子どもたちも『おいしかった』『お姉ちゃん、ありがとう』と言い続けている。
秋月も少し感激した様子で目には涙が浮かんでいた。
――秋月も喜んでいてくれていれば嬉しいな
怖い想いを耐えて、この時を迎えている。現在の秋月の気持ちの全てを知ることは出来ないが、少なくとも怖いと感じる以外の気持ちもあるはずだった。
「……滝川君、スマホで写真残しておく?」
瑞貴が考えてもいなかった提案を秋月がしてくれた。この結界の中でならスマホの画面に映すことが可能かもしれない。それでも、
「……いや、残しちゃいけないモノのような気がするんだ。……今の時間は、今だけでないとダメなんだ。……きっと……」
「……そっか、そうかもしれないね」
メインだった『パンケーキ』も堪能して、あと一つ予定していた考えがある。それは瑞貴が見てみたいもので、クリスマス・パーティーでやることではないかもしれない。
そして、信長が聞き入れてくれるかは良くて五分五分だった。
「あのー、殿の『敦盛の舞』を見てみたいんですけど、ダメでしょうか?」
『人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり』で織田信長が好んで謡い舞ったらしい。ドラマや映画で信長が演じられる時には多く見られる舞が『敦盛』だった。
「なっ!馬鹿なことを。……このような場で……」
もっと怒られるかと思っていたが、あまり厳しい言葉は返ってこなかった。そして、
「……本来であれば断るが、これで興が冷めてはならぬ故、特別だぞ」
そう言って、舞い始めてくれた。
子どもたちも初めて見るものだったらしいが信長おじさんの舞を喜んでいた。この子たちにしてみれば、ずっと面倒を見てくれているおじさんの舞になる。
舞を見た皆が拍手をして信長を称えた。
クリスマス・パーティーの締めは、秀吉による『エイ!エイ!』の掛け声で全員が『オー!』と勝鬨を上げてることになった。この会は間違いなく成功を収めることが出来た。
この内容が本当に『クリスマス・パーティー』と呼べるものだったか謎が残るものとなってしまったが、この場の皆が心から楽しんでいくれたのであれば問題ない。
生きている間に誰もが、こんな時間を経験出来ていれば良かったのかもしれない。瑞貴や秋月は生きているし、これから生きている時間の中で経験するチャンスは沢山あるが、この子たちはこれが最後になる。
そのことだけが瑞貴には寂しくて仕方なかった。
瑞貴から真実を聞き出した段階で秋月も何が起こるか予想していたはずで、相当の覚悟を持っていたことになる。それでも、瑞貴は秋月の強さに感心させられていた。
24日の本番当日、学校は終業式を残すのみだ。
清水や他の友人たちから24日以降で冬休み中の誘いを受けることもあったが、適当な理由を告げて誤魔化してしまった。申し訳ないとは思ったが、これから起こる事で自分がどうなるのかも分からない。
これまでの時間は準備期間であり、本番はこれからになる。
瑞貴も不安を抱えていた。年が明けて新学期が始まる時に『今と同じ』自分でいられるのか分からない不安があった。
誘いを断るたびに秋月の方をチラッと見ていく友人たちには少しだけ瑞貴も腹が立った。学校で秋月と仲良くすることはなかったのだが、周囲の人間は僅かな変化にも敏感らしい。
学校以外で一緒に過ごす時間が長くなっており、秋月も自然な笑顔を瑞貴に見せてしまっている。その変化に気付く者がいたのかもしれない。
――でも、一緒に帰ったりしたことはなかったな?……帰る方向的には同じなんだから途中まででも一緒に帰るのはありだったかも
瑞貴が考えたが、時すでに遅しで秋月は今日の食材を揃えるために先に帰ってしまっていた。
勿論、これまでの分も含めてお金は渡してあるが、一緒に買い物をするのを避けていた自分に後悔する。
――皆、楽しんでくれるといいな……
いつも通り大黒様を連れて秋月を迎えに行くルーティン。
瑞貴の体力を考慮してクリスマス・パーティーは早めの開始で16時を予定してある。
織田信長の挨拶でクリスマス・パーティーは開催された。
「儂ら永くこの世を漂っておるが、いよいよこの時を迎えることが出来た。……いざ、クリスマス・パーティーの始まりだ!!」
これに秀吉と子どもたちが『おー!』と声を上げて応じる。子どもたちは合戦ごっこのノリなのだろうが異様な雰囲気である。
瑞貴と秋月は、この雰囲気に乗り遅れてしまい呆気に取られてしまっていた。そして、二人は顔を見合わせて笑うしかない。
最初は秋月が時間をかけて教えた『ジングルベル』を子どもたちが歌う。上手く歌えない子も、秋月が一緒に歌ってあげて最後まで歌いきる。
着物の子ども、レトロな服装の子ども、一緒になって『ジングルベル』を歌っている様子を見ていた瑞貴は不思議な感覚に陥る。
歌い終わった子どもたちに信長も秀吉も拍手をして褒め称える。両手が塞がっている瑞貴に代わって、大黒様が『わんっ!』と吠えて場を盛り上げてくれた。
それから、ツリーの飾り付けの折り紙を子どもたちがそれぞれに説明をしてくれる。信長と秀吉は子どもたちの話を頷きながら聞いて、一人一人の頭を撫でていた。
「この鶴の折り紙、わたしが作ったんだよ!」
嬉しそうに自慢する山咲瑠々の姿を見ることが出来て、瑞貴は心から嬉しく思っていた。信長も秀吉も同じ気持ちだったらしく、その『鶴』を手に持ち大袈裟に褒めている。
「……おぉ、上手に作れておるな。折り紙は楽しかったか?」
「うん!すごく楽しかった。……またね、たくさん作りたい!」
秀吉の質問に元気な声で答えた瑠々の姿に安心させられる。
――次は、楽しい時間を過ごせるといいな……
今この瞬間だけでも辛かった記憶から完全に解放されているのであれば、瑞貴のやってきたことに意味はある。『次』がいつになるのかは分からないが『次』があると信じたかった。
その後、『福笑い』や『双六』とクリスマスに似つかわしくない正月感覚で遊びを楽しんだ。秋月が丁寧に説明してくれて、ちゃんと子どもたちで遊びが成立している。
――これって、秋月さんがいなかったらムリだったな。……俺、何にも役に立ってない?
体力的に厳しくなってきた瑞貴は休憩を挿むことにした。それでも、まだ半分くらいしか目的は達成できていない。
瑞貴がソファーに横になって、体力の回復に努めている間は童話アニメの鑑賞時間に充てた。
見終わった後に駄菓子を配って現代式の紙芝居にしようと瑞貴は考えている。
「……パンケーキ作り始めるけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。……少し休憩すれば、ある程度は回復できるから」
「絶対に無理だけはしないでね。頑張り過ぎないでね。……お願い」
「ありがとう。……分かったよ」
心配そうな表情をしたまま、秋月はキッチンに向かった。
すると、大黒様がソファーに近付いてきて、垂れ下がった瑞貴の手を噛んだ。
「痛っ!」
大黒様に噛まれたのは二度目である。一度目は瑠々の母親に対する爆発しそうな怒りを落ち着けてくれた。
――あれ?……身体が楽になっていく感じがする
二度目の今回は瑞貴の体力を戻してくれているようだった。鬼の説明では命そのものを削っていたのだから大黒様が命を分け与えてくれたことになる。
神様は神様であり、不可能なことまでも可能に出来る力があるのかもしれない。
「……ありがとうございます、大黒様。……これで、最後まで頑張れそうです」
大黒様も応援してくれていた。秋月や大黒様に助けられていることを実感させられて、瑞貴は目を閉じて心の中でお礼を言う。
アニメが終わる頃には瑞貴の体力もかなり戻っていた。
――シヴァ神の力まで借りてるんだから失敗は出来ないな
瑞貴は再び結界を張り、信長と秀吉から子どもたちにお菓子を配ってもらった。戦国時代であれば、この二人から何かを与えられる喜びは計り知れなかったと瑞貴は考えてしまう。
最初は不思議な顔をしていた子どもたちも、食べ始めると表情が明るくなり喜んでくれていた。もしかするとお菓子を口にするのが初めての子もいたかもしれない。
「……これで、紙芝居気分は味わえたのかな?」
皆揃って、『うんっ!』の返事をくれた。そんな子どもたちに隠れて信長と秀吉がお菓子を盗み食いしている様子を瑞貴は見逃さなかった。
それから、パンケーキが出来上がるまでの時間で子どもたちの発表会として『けん玉』や『お手玉』を披露してもらう。
失敗してしまう子もいたが、年長組の子どもがフォローしたり信長や秀吉が声をかけて盛り上げていた。
ただただ優しい時間が流れていくことに、瑞貴は涙が出そうになる。
「……みんなの頑張ってる姿が見れなくて残念」
そう言いながら秋月が食事の準備を進めていく。13人分を作っているのだから、秋月も相当疲れているのは間違いなかった。
「……さぁ、では、お待ちかねの『パンケーキ』ですよ」
フワフワな見た目でフルーツの彩りも加えたパンケーキを秋月が続々と運んできてくれる。
瑞貴がネット画像で参考にしようとして全く参考にならなかったパンケートと遜色ない出来栄えで感動してしまった。
子どもたちは当然だが、信長と秀吉の目も輝いて見える。
「……ほぅ、これが『パンケーキ』か!」
そう言ってフォークとナイフを持つ戦国武将の姿は妙な趣があった。
「はい、全員分揃いましたので、どうぞ召し上がれ」
秋月の号令がかかると、全員が元気に『いただきます』と言って食べ始めた。
無心に食べ続ける子や『おいしい』を連呼して食べる子。色々な子どもがいるが、この場の全員が幸せそうな顔で食べていた。
幽霊が『パンケーキ』を食べている歴史的な瞬間だ。
皆が美味しそうに食べる様子を見て、秋月は心から安心している表情を見せている。秋月なりに不安もあったのだろう。
瑠々が頬っぺたを押さえながら食べている様子は可愛らしく、幽霊に満腹感があるのか分からないが一杯食べてほしいと瑞貴は願っていた。その想いは他の子に対しても同じで、この瞬間で幸福感を満たしてほしかった。
――あれ?……俺は食べられないのか?
本格的なパンケーキを皆に先を越された上、瑞貴は食べることが出来ない。
「……滝川君は、両手が塞がってるから食べさせてあげるね」
秋月が照れた様子で食べさせてくれる。瑞貴も相当に恥ずかしかったが、今回は食べたい気持ちが勝っていたので秋月の提案を断ることはしない。
「……あ、美味しい。……俺が作ったのと全然違う」
「一緒にしないでください」
皆が幸せな時間を共有することが出来ていた。死んでしまっているのだから食べることは不要な行為でしかない。それでも美味しい物を皆で食べることの幸福感は共有出来るはずだった。
この喜びを生きている間に経験出来なかったことは不幸でしかない。
仏教の六道には『餓鬼道』があり、飢えと渇きに苦しむだけの世界に『堕とされる』。飢えと渇きは苦しみであるからこそ、余計に瑠々の母親の罪は深いと瑞貴は考えていた。
「……本当に美味しいものを、ありがとう」
信長と秀吉が秋月に改めてお礼を言った。子どもたちも『おいしかった』『お姉ちゃん、ありがとう』と言い続けている。
秋月も少し感激した様子で目には涙が浮かんでいた。
――秋月も喜んでいてくれていれば嬉しいな
怖い想いを耐えて、この時を迎えている。現在の秋月の気持ちの全てを知ることは出来ないが、少なくとも怖いと感じる以外の気持ちもあるはずだった。
「……滝川君、スマホで写真残しておく?」
瑞貴が考えてもいなかった提案を秋月がしてくれた。この結界の中でならスマホの画面に映すことが可能かもしれない。それでも、
「……いや、残しちゃいけないモノのような気がするんだ。……今の時間は、今だけでないとダメなんだ。……きっと……」
「……そっか、そうかもしれないね」
メインだった『パンケーキ』も堪能して、あと一つ予定していた考えがある。それは瑞貴が見てみたいもので、クリスマス・パーティーでやることではないかもしれない。
そして、信長が聞き入れてくれるかは良くて五分五分だった。
「あのー、殿の『敦盛の舞』を見てみたいんですけど、ダメでしょうか?」
『人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり』で織田信長が好んで謡い舞ったらしい。ドラマや映画で信長が演じられる時には多く見られる舞が『敦盛』だった。
「なっ!馬鹿なことを。……このような場で……」
もっと怒られるかと思っていたが、あまり厳しい言葉は返ってこなかった。そして、
「……本来であれば断るが、これで興が冷めてはならぬ故、特別だぞ」
そう言って、舞い始めてくれた。
子どもたちも初めて見るものだったらしいが信長おじさんの舞を喜んでいた。この子たちにしてみれば、ずっと面倒を見てくれているおじさんの舞になる。
舞を見た皆が拍手をして信長を称えた。
クリスマス・パーティーの締めは、秀吉による『エイ!エイ!』の掛け声で全員が『オー!』と勝鬨を上げてることになった。この会は間違いなく成功を収めることが出来た。
この内容が本当に『クリスマス・パーティー』と呼べるものだったか謎が残るものとなってしまったが、この場の皆が心から楽しんでいくれたのであれば問題ない。
生きている間に誰もが、こんな時間を経験出来ていれば良かったのかもしれない。瑞貴や秋月は生きているし、これから生きている時間の中で経験するチャンスは沢山あるが、この子たちはこれが最後になる。
そのことだけが瑞貴には寂しくて仕方なかった。
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