神媒師 《第一章・完結》

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第一章 初めての務め

055 食い意地

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 それから鬼は簡単にではあるが説明をしてくれた。基本的には成仏させる時と同様に『閻魔代行』となるらしい。
 そして、最期に鬼は言ってくれた。

「貴方のお父さんは貴方が不幸になる結末は見たくないと思います。……私には神媒師としての役目で知り合っただけの、えん所縁ゆかりもない子どもの為に、貴方が危険を犯す必要があるとは思えない。……大きな力には代償が必要だが、これは代償という名の『罰』でしかありません」
「……『罰』なんだ」

 この鬼の優しさを瑞貴は感じている。毎回使っている『侑祐殿』ではなく『貴方のお父さん』と言ってくれていた。
 鬼は、瑞貴が『閻魔刀』を使う選択をして欲しくないのかもしれない。本当に、ただの選択肢の一つとして伝えたかっただけなのかもしれない。

――それでも、あの子とは『縁も所縁も』できてしまったのだから仕方ない。……仕方ないんだ

 瑞貴は知ってしまっていた。深く関わることを避けてきた瑞貴が深く関わってしまっている。

 父が自由に歩けなくなったことで失った物を考えれば怖くなる。父が与えられたのは、鬼が言ったように『罰』でしかない。
 失敗した理由を詳しく話さなかったのだから、父の状況は瑞貴の参考にはならないことも予想できる。そして、これは瑞貴が結論を出すべき問題であり、前例になぞらえるべき話では
ない。

――まだ、時間はある……

 まずは、一週間後の金曜日に迫ったクリスマス・イブに的を絞って考えるのみだった。


 翌日の土曜日には一大イベントに臨んでいた。
 普段通りに朝の視察活動を終えて朝食を済ませるのだが、大黒様の様子がおかしい。

 試作品のパンケーキを作っている間に、大黒様の朝食も出していたのだが全然食べてくれていない。

「昨日の夜も、あまり食べてませんでしたけど、やっぱり調子悪いんじゃないですか?」

 食欲がないのは風邪の兆候ちょうこうだろうか。動物病院に連れて行った方が良いのか瑞貴は迷う。
 そして、大黒様を動物病院に連れて行くことが不敬にならないか不安でもあった。

「……兎に角、病院にだけは行っておいた方がいいのかな?」

 瑞貴の言葉を聞くと、大黒様はキッチンへ走っていき、ビスケットの袋を咥えて戻ってきた。

「えっ?……ビスケットを食べるんですか?」

 瑞貴が袋を開けて、数枚取り出してお皿に入れると勢いよく食べ始めてしまった。その行動だけで、大黒様の言いたいことを瑞貴は理解することが出来た。

「……俺が作ったご飯が不味いってことを伝えたいんですね」

 心配して動物病院まで行こうとしていたことが腹立たしい。言葉を話さず、態度だけで示されると余計に腹立たしく感じるのことも分かった。

 そして、レシピ通りに作ったパンケーキも、

「なんだか、ベチャベチャしてて不味いな……。レシピ通りに作ってるんだから間違ってないはずなのに。……こんな物なのかな?」

 こんな美味しくない食べ物が人気になる理由が見つからなかった。作って、試食して、を繰り返していると瑞貴は気持ち悪くなってしまった。
 病み上がりの瑞貴には厳しい作業となってしまっている。

 気分転換に買い物に行き、着々と24日に向けた準備を進めていく。買い物は、ただ必要な商品を買い求めるだけなので問題なく進められる。
 問題となっているのは料理と飾り付け。個人のセンスが必要となるものは一朝一夕で解決出来ることではなかった。

 忙しくしていると時間の経過は早い、あっという間に夕方の視察に出掛ける時間になってしまった。朝の件以降、アニメと昼寝で体力を温存している大黒様を連れて外に出る。あまりお腹が空かないようにしているのかもしれない。

「あれから練習しているので晩御飯は大丈夫です」

 それでも、振り返った大黒様は瑞貴の言葉を信じていない表情を見せていた。

 視察は順調で瑞貴の前を元気に進んでいく。歩き方は軽快そのもので、テクテクと迷いがない。

――あれ?……こっちの方向って……

 大黒様によるたくみなルート選択の結果、瑞貴も気付くのが遅くなってしまっていた。神様のくせに、ずる賢さを出してきていた。

「ダメですよ。秋月さんのマンションに向かうつもりですね?」

 バレないように秋月の家に向かって、瑞貴が風邪を引いた日と同じことをしようと考えていたらしい。
 その時に一色だったのは瑞貴の母で気付かれることなく誘導できたのだが、瑞貴相手では流石にバレる。

「……そんなにも、俺の作ったご飯が気に入らないんですか?」

 立ち止まって抵抗する瑞貴に、大黒様は不機嫌な顔を見せていた。
 傍からは散歩を続けたい柴犬と帰りたい飼い主の攻防にしか見えていないのかもしれないが、二人は内容の濃い攻防を繰り広げていたことになる。

「秋月さんとは、次は月曜日に学校でって別れてるんですから。俺がカッコ悪いんです。……もう諦めてください」
「わんっ!」

 かなり往生際が悪く、瑞貴もイラッとした。

――この神様は、こんなにも食い意地が張っているのか?

 人間vs神様。リードを引き合っての攻防は継続されている。あと数日のことなので少しは我慢してほしかった。

「……どうして、大黒様と喧嘩してるの?」

 この声で瑞貴は自分の負けを悟ることになった。
 犬としての嗅覚で秋月の行動を予想して、この神様は時間稼ぎをしていたのだ。

 結局、こうなった経緯いきさつを秋月に伝えるしかなくなるのだが、大黒様の狙いは自分のご飯だけではない。

「大黒様、私の作ったご飯が気に入ってくれたんだ」

 嬉しそうに感想を述べる秋月が再び滝川家に入ることになれば、現時点で悲惨な状況になっているキッチンを見てしまうことになる。
 そして、そこには試食で食べきれなかった『ベチャベチャ』なパンケーキも残されていた。

「……これは、何でしょうか?」

 キッチンに立った秋月は、勝ち誇ったように言う。そして、秋月の横には大黒様が並んでいる。

――どうして、大黒様がそっち側にいるんだよ……

 大黒様としては、確固たる決意を持って臨んでいるのだろう。美味しいものを食べたい欲求は、生きていくうえで必要なものと主張していた。

「まだ、明日一日残ってる」

 瑞貴の諦めの悪い言葉を聞いて、秋月は試作品を一口食べてみる。そして、更に勝ち誇った表情を見せて、

「ふーん。明日。……一日ね?」

 と言い、片付けを始めてしまった。それからは、大黒様にだけ語り掛けて大黒様の晩ご飯を作り始めた。

「……また、滝川君と散歩中に喧嘩になっても可哀想だから、大黒様のご飯は私が作りに来るね」

 こうして、2対1の構図は完成してしまい、全て大黒様の思惑通りに進んでいく形になっている。やはり神様に勝つことなど出来ないのだろうか。

「朝8時30分くらいで待ってればいいのかな?……朝のお散歩の途中で寄ってね」
「わんっ!」

 隣りにいる大黒様に語り掛けているだけにしては大きな声であり、当然のように瑞貴にも届いている。これで、予定は決まってしまった。

――なにが『わんっ!』だ……。まだ、俺は諦めてないぞ


 日曜日、大黒様の朝ご飯を作ってくれた後で瑞貴がパンケーキを焼く様子を秋月は眺めていた。ただ、眺めているだけで、指示したり教えてくれることはない。

 鬼からの話を思い出して、時々、瑞貴は料理をしている自分の両手を見つめてしまっていた。

――もし、失敗すれば、どちらかの手が動かなくなることもあるのかな?……こんな時間を過ごすことも出来なくなるのかな?

 瑠々の母に罪がないとは考えていない。
 だが、人間が考える罪と地獄で裁かれるべき罪の違いが瑞貴には分からない。

「……どうしたの?」

 秋月の心配そうな表情を見ていると、不安な気持ちで一杯になる。心なんて簡単に揺らいでしまうものだった。

――父さんは、どんな気持ちで『閻魔刀』を使ったのかな?

「焦げちゃうよ?」

――でも、父さんが後悔しているなら、俺に『閻魔刀』のことを教えるわけがない。……父さんは後悔していないんだ

 『バチン』と音がして、瑞貴は我に返った。秋月がコンロの火を消した音だった。

「……ほら、焦げちゃった」
「あっ、しまった」
「考え事しながら火を使ってると危ないよ」
「そうだよね。……ごめん、ありがとう」

 現状で抱えている問題を鑑みても、無理があるのかもしれない。そのことを認めなければ手遅れになってしまうこともあり、取り返しはつかない。

 考え事も多くなっている中で美味しい物を食べてもらいたいと望むのは贅沢だったのかもしれない。諦めないで頑張ることと、意地を張ることは違う。
 美味しい物を食べてもらいたい。そこから始まっていたはずだった。

「……秋月さん、今更のお願いなんだけど、クリスマスに手伝ってもらいたいんだ。……どうかな?」
「最初から、そのつもりだって言ってるよ。……滝川君が意地になってただけでしょ?」
「うっ、まぁ、そうなんだけど。……それで、先に言っておかないといけないことがあるんだ」
「……何?」
「これから、秋月さんに手伝ってもらうことになると、俺の不審な行動を見続けることになると思う。……変な事を言ったり、変な行動をしたり。とにかく、怪しげな状況になると思うんだ。……それでも、平気かな?」

 瑞貴が考えていたより、とんでもない内容の説明になってしまっていた。自分を不審者アピールしているだけである。

 これで納得してほしいと望むことには無理があったのかもしれない。

「……えっ!?」

 案の定、秋月は戸惑っている反応を見せていた。

「滝川君……、今までの自分が不審じゃなかったとでも思っているの?」
「……えっ?」
「ずっと不審で、怪しかったんだから、……改めてする確認する話じゃないと思う」
「……嘘?……俺って不審だったの?」
「飼っている犬と買ったばかりの本を置き去りにして走り去っていく人が、不審ではないと本気で思えますか?……散歩中の犬と真剣に喧嘩している人が、不審ではないと本気で思えますか?」

 わざとらしく丁寧な言葉を使い、順序立てて瑞貴の不審者ぶりを確認してくる。
 それでも、秋月は異常なほどに勘が鋭いだけかもしれない。

「……だから、これから滝川君が不審な行動を取ったとしても、今までと何も変わらないと思う」

 その言い方では、瑞貴は常に不審なことになってしまう。秋月の説明では『これまでも』『これからも』瑞貴の行動は怪しいだけだった。
 だが、秋月が本当に言いたかったのは、そういうことではない。

「……もう、俺に諦めろって言いたいんだよね?」

 まだ諦めるなと言っていた秋月が、諦めることを求めるのは矛盾していた。だが、これで瑞貴が秋月の助けを借りるハードルが下がったことも確かである。

 秋月は瑞貴の言葉を聞いて笑っていた。クリスマスが終わった後も秋月が今と同じ笑顔を向けてくれることを望んで、瑞貴は秋月を頼ることに決めた。

「……大黒様のご飯も作り置きしてあるからね。……に、滝川君の分もあるから食べて」

 夕方、秋月をマンションまで送っていった時に言われてしまう。いよいよ、瑞貴は大黒様の『ついで』になってしまっていた。
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