神媒師 《第一章・完結》

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第一章 初めての務め

047 母娘

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 家に戻ってからの昼食で、元気のない瑞貴に両親は何があったのか質問出来ずにいた。他愛無い雑談だけで穏やかに過ごすことになる。

 大黒様に乱暴な言葉を使った気まずさもある瑞貴はビスケットでご機嫌取りを考えていたのだが、そんな時に限って切らしてしまっている。

「……今から買ってくるので少し待っていてください」

 大黒様にテレビを見ながら待っていてもらうことにして瑞貴だけで出掛けた。
 自宅から離れた店ではあったのだが外の空気に触れていたい想いから瑞貴は歩いて行く選択をする。途中で雨に降られてしまったのだが、冬の雨も少しだけ気持ちよかった。

 身体に溜まっていた『おり』が流れ落ちて軽くなった感覚もある。生まれ変わったと言えば大袈裟だが、純粋な想いに立ち返ることが出来ていた。

――それにしても、ずぶ濡れだな……

 最初は気持ちよかった雨も、ずぶ濡れになれば段々と厄介なものに感じてきてしまう。結局、人間なんて身勝手な生き物でしかない。
 そして今は冬。水分を吸ってしまった服は体温を保持する役目を放棄して、体温を奪う作業に移行してしまった。

「あー!犬のお兄ちゃんだ」

 突然そんな声のかけられ方をして瑞貴はビックリしてしまう。雨の幕を挟んだ斜め前を歩いていた母娘と瑞貴は向かい合っていた。

「……あっ、あの時の子猫の」

 子猫を連れ帰った女の子なのだが言葉足らずになってしまった。寒さから最初は口が上手く動かなかった。

「雨の日はカサをささないとカゼ引いちゃうんだよ!」

 そう言って、瑞貴に自分の小さなカサを差し出してきた。

「いや、大丈夫だよ。……君が濡れちゃうじゃないか?」
「カッパ着てるから大丈夫!ママのカサに入れてもらうし!」

 元気に答える女の子の横で母親は笑顔で立っている。カッパを身に着けた姿を見せるために、女の子はその場で一回転してくれた。

「子ども用の小さな傘だけど、どうぞ使って。……もう、随分と濡れちゃった後みたいだけど……」

 女の子は傘を瑞貴の前に何度も差し出して受け取るまで許してくれそうになかった。子猫の時も感じたが一度決めたことに真っ直ぐな子なんだろうと瑞貴は思っていた。

「それじゃぁ、お借りします。ありがとう。……僕は滝川瑞貴って言うんだけど、君の名前を教えてもらえないかな?」
「わたしの名前は、りんこ、だよ。まきのりんこ」

 瑞貴が傘を受け取ると、女の子は得意満面の笑顔で応えてくれた。

「りんこちゃん、あの子猫は元気?」
「うん!すっごい元気だよ。……でもね、みんなが『捨て猫』って呼ぶんだ。『のぶなが』って名前をつけてあげたのに」
「えっ?……あの子『のぶなが』なの?」

 母親はクスクスと笑いながら二人の会話を聞いてきた。たぶん、この女の子が意味も分からずにつけた名前なんだろう。最近は『のぶなが』が可愛らしいキャラで描かれている作品も多く見受けられるようになった。
 実物の『のぶなが』は可愛らしいと表現することなど絶対に出来ないことを瑞貴は知っている。

「そうだよ、カッコイイ名前でしょ!」
「……うん、まぁ、そうだね。カッコイイと思うよ」

 瑞貴には明確な姿が思い浮かんでしまうので、かなり複雑な感情になってしまう。女の子に『のぶなが』と呼ばれながら世話をされて、怒られたりする様子を想像すると可笑しくなってしまう。
 ただ、『カッコイイ』という部分だけなら単純に同意もできた。

「……でしょ、『捨て猫』じゃないよね?」
「あぁ、ちゃんと『のぶなが』だ」

 瑠々と同い年くらいの女の子。優しい母親だったら瑠々もこんな風に育っていたのだろう。幸せと不幸の境界線を行ったり来たりしているような感覚に瑞貴は陥っていた。

「それに『のぶなが』は、すごく強いし実は子供好きなんだ。……きっと同じ名前のあの子は、りんこちゃんを守ってくれると思う」
「うん!……でもね、りんこが『のぶなが』を守ってあげてるんだ」

 元気に答えて母娘は帰っていく。二人にお礼を言ってから瑞貴は母娘と別れた。
 手に持った傘は瑞貴には小さくて不格好になってしまったが、しっかりとさして家まで帰ることにした。


 家に帰ると瑞貴の状態を見た父が、すかさずタオルを持ってきてくれた。杖をついて動く父を急がせるのは申し訳なかったが、瑞貴は冷え切ってしまっている。

「お前、ずぶ濡れじゃないか……。何だ、その小さい傘は?」
「……帰ってくる途中で借りた」
「子ども用の傘だろ、誰に借りるんだ?」
「……世界を救ってくれた女の子、かな?」
「何だ、それは……。まぁ、でも、冗談を言えるくらいになっているのなら良かったよ」

 瑞貴にしてみれば冗談として受けたられたことは不本意である。事実、あの時にあの子が現れてくれなかったら世界は大黒様によって滅ぼされていたかもしれない。

 ただ、父親としては最近の瑞貴の状態を見ていて心配してくれていたのだろう。

 事細かく事情を聞いてこなかったのは瑞貴を信頼してくれているからだ。そして、先代神媒師の立場からも瑞貴の行動に余計な干渉をしたくないのだろう。
 瑞貴が考えた結果の行動であれば認めてくれていることになる。父が神媒師として任されていた時も、先代から同じようにしてもらっていたのかもしれない。

 それでも今日は大黒様がいなければ危ない状態になりかけていたので、まだまだ未熟なことも瑞貴は分かっている。

「お前のやる事に、あまり口出しはしたくない。……無理をするなとも言わない。……ただ、お前が自分の幸せも考えて、行動してくれればとも思っているんだ。忘れないでくれ」

 前にも同じような事を言われた記憶がある。同じことを繰り返し瑞貴に伝えるのだから意味がある言葉なのだ。

「……うん、分かった。……ありがとう」


 そして、瑞貴は見事に風邪を引いた。
 発熱・頭痛・咳・喉の痛み・若干の吐き気。風邪の症状が見事に揃っての体調不良となり、月曜日と火曜日はズル休みで水曜日は病欠だ。どちらにしても休み決定である。

 しかも、大黒様の視察活動も休まざるを得ない。まだ雨が続いていたこともあり、大黒様も瑞貴が風邪をひいた原因が自分のビスケットとなれば大人しくしてくれていた。

「今日の夕方からお母さんたちは出発するけど大丈夫なの?」
「んあ、んん、大丈夫。」
「……大丈夫に聞こえない『大丈夫』を聞いた気がする。……お昼には一旦帰ってくるから、それまでは寝てなさいよ」
「……はい」
「大黒ちゃんも、しっかり看ててあげてね」

 瑞貴の看病は大黒様に任されてしまったことになる。部屋のドアを自分で開けることも出来ない大黒様だが独りではない安心感は与えてくれる。

 もしかしたら、瑞貴の身体から黒い『澱』を抜き去ってくれたように風邪も取り除いてくれないか期待もしてみた。
 しかし大黒様が動く気配はなくアニメを見続けているので、そんな力は持っていないらしい。テレビの音量をいつもより小さめにしてくれている点は瑞貴への気遣いを感じさせてくれた。


 ふっと意識が飛んで眠てしまい、次はドアをノックする音で意識が戻った。

「……大丈夫?……少しは楽になってる?」

 眠る前と起きた後で変化は感じられない。
 そもそも時間の経過すら感じておらず母が出かけてすらいなかったのではと疑いたくなるが、時計は一時帰宅の時間になっていた。

「えっ?……もう昼なの?」
「もう、お昼過ぎ。只今、13時30分になります。……何か食べられそう?」
「……食べたくはない。……でも、何か食べとかないと」

 夕食は自分で支度しなければならなくなるのだが、その時に動ける自信がなかった。

「お粥でいいの?」
「……で、いい。」

 食事を摂って眠っていれば回復するだろう。お粥ができるまでは眠らずにいようと待っていたら、ベッドの横で大黒様が瑞貴を見つめていた。お座りをしてジッと見つめている。

「……どうしたんですか?……大黒様?」

 今朝も視察活動をサボってしまったことを怒っているのだろうか。それとも瑞貴の体調が回復していれば出掛けようと考えていたのか。真意は分からない。

「……コホッ、コホッ」

 ただベッドの横に座って、咳込んでいる瑞貴を見ていた。

「……スイマセン、今日は無理かもしれません。……体調が戻ったら必ず行きますから……」

 瑞貴が語り掛けても大黒様の反応はなかった。

「……コホッ、コホッ」

 神媒師としての務めを果たせなければ、大黒様が目的を遂げるための役に立つことは出来ない。そうなれば大黒様がここにいる理由はない。
 そんな考えが浮かぶと瑞貴は急に不安な気持ちに襲われる。

「体調が戻ったら必ず視察にお付き合いしましから……、いなくならないでくださいね」

 病気になると気持ちも弱くなるのかもしれない。そして、その時に漏れてしまうのが本音になるのだろう。
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