神媒師 《第一章・完結》

ふみ

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第一章 初めての務め

044 ズル休み

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 瑞貴は公園で遊んでいる夢を見た。
 笑顔で大黒様と一緒に走っている山咲瑠々を制服姿の瑞貴と秋月が追いかけている夢だった。当たり前にありそうな光景であるが絶対に見ることのかなわない光景である。


 翌朝は、いつも通りに視察活動で始まる。
 学校は数日間休むと両親には伝えてあったので少しだけ視察に時間をかけてから家に戻った。

 前日に戻ってから食事も摂らず部屋にこもっていたので両親は心配はしてくれていた。

『ちょっとやっておきたいことがある』

 詳細な理由を言わないまま学校を数日間休むことを認めてくれるあたりは、瑞貴を信用して理解してくれているのだろう。もしくは、ただ放任主義なだけかもしれない。

 視察活動を終えて戻ってきた瑞貴に、

「今朝は、ご飯食べられるの?」
「あっ、うん。食べるよ。……食べた後、準備が出来たら少し出かけてくる」
「ふーん、学校をズル休みしてお出かけとは、いいご身分ですな?」
「それならズル休みでも、家で惰眠だみんむさぼるのは問題ないみたいに聞こえるんだけど?」
「……どっちもダメよ。今回は特別」

 母とは普段と変わらず皮肉交じりの会話が出来ている。
 約一日ぶりになってしまった食事を終えて片付けをしていると、両親は仕事で先に出かけてしまった。

 この日の外出は自転車になるので、大黒様には犬用キャリーリュックに入ってもらった。瑞貴のマウンテンバイクにはカゴが付いていないので、ずっと欲しかった物である。

「おっ!サイズはピッタリ。……すごく似合いますよ」

 笑いそうになりながらも、瑞貴は褒めてみる。リュックから首だけ出して冬にはちょうど良いだろう。
 気が重いことばかりが続いていたので、この姿は最高の癒しになっているかもしれない。SNSでペットの画像や映像をアップする気持ちに同調したくなるが、神様の姿を晒してしまうわけにはいかない。

 大黒様もまんざらでもない表情で納まっている。行動範囲は広がるが、大黒様の行動範囲が広くなれば自分が大変になるだけだという事実を忘れて瑞貴は喜んでいた。

「明日の午後から雨になるみたいですから、それまでには片付けたいですね」

 出発時、雨にはなっていないが雲行きは怪しい。
 天気が良くて暖かい日に大黒様と穏やかな気持ちでお出かけを楽しめるようになれば良い、そんなことを考えて出発した。

 目的地近くまで自転車で30分もかからなかった。こんなにも近くに山咲瑠々が住んでいたことが更に悲しくさせる。
 どれだけ近くに住んでいたとしても、気付かないことが多いのは仕方ないと思うしかなかった。

――たぶん、普通にニュースとかを見ていたら知っていたかもしれないな

 しばらくの間、瑞貴はウロウロと走っていることしか出来なかった。ネットで瑠々が住んでいたアパートの外観写真を発見したが、同一の建物を探すのは中々に難しい。

 そんな時に電話が鳴った。

 慌ててポケットからスマホを取り出すと、画面には『秋月穂香』の表示だ。こんなにも早くに対応してくれたことが嬉しかった。
 ハンズフリーの通話ボタンを押して応答した。

「はい、滝川です」
『あっ、秋月です。おはよう』

 授業が始まってしまうので出来るだけ手短にと言い。秋月は住所を教えてくれた。瑞貴は忘れないようにメモを取りながら聞いている。

「……この住所が山本さんの住んでいる場所なんだね?」
『ううん、山咲瑠々ちゃんが住んでいたアパートの住所だよ』
「えっ?……どうして?」
『……滝川君が知りたかったのって、この場所なんでしょ?』
「いや、それは、そうなんだけど……」
『山本さんに教えてもらったの……』
「えっ?山本さんに直接聞いてくれたの?」
『その方が早いし、ね。……山本さんが滝川君にも『ごめんなさい』って言ってた』
「いや、謝るなら俺の方だよ』
『それでね、『山咲瑠々ちゃんが亡くなった時、お母さんの他に付き合ってた男の人もいたらしい』んだって。それでも事故扱いだから詳しく調べられることはなかったみたいだよ。』
「そんな情報まで聞いてくれたんだ。本当に、ありがとう」
『うん、山本さんが役に立つのなら、って教えてくれた』
「そうなんだ……、今度お礼言わないと」
『あっ、ごめん。もう授業が始まっちゃう』
「本当にありがとう、すごく助かった」

 そして、秋月は慌てた様子で電話を切ってしまった。電話の向こう側では瑞貴も知っている光景が広がっているはずだ。
 学校で授業を受けている日常とは違う世界で行動を起こしている自分に違和感を感じながらも、立ち止まるわけにはいかなかった。

 それにしても、母が大黒様に特別なモノを感じ取った件にしても今回の秋月の件にしても瑞貴は女性の鋭さが怖くなってしまった。

 教えてもらった住所をスマホのナビアプリに入力して、急いで確認することにした。現在も瑠々の母親がアパートに住み続けているのかは分からない。
 普通の神経であれば引っ越していても仕方ないことだった。

 電話を受けた場所から目的地まで約5分。
 自転車を止めて周囲を見回すと写真と似た外観のアパートを発見することが出来た。2階建てのごく普通のアパートが瑞貴の目の前にある。

――ここだ……。間違いない

 このアパートの一室で瑠々は暮らしていた。駐車場には車が数台とまっているが人影は見られない。
 人生経験の少ない瑞貴にとって、何かを調査するための手段は少なかった。近所の人に聞けば分かるかな?くらいに尋ねる感覚だった。
 だが、今回は近所で尋ねてみることも出来ない内容だ。

 アパートに近付いたり離れたりして、瑞貴は不審者としか見られない動きをしている
 それでも、背中の大黒様が不審者感を緩和してくれているので見逃してもらえていた。

 幸い集合ポストがあり、ほぼ全室に名札が貼られてあった。

――…………!!あった。201号室、山咲美登里・瑠々。……ずっと、このままなのか?

 同じ部屋に住み続けていたことも驚いたが、名前がそのまま残っていることにも驚かされる。

 そして、山咲瑠々が生きていた頃の痕跡を見つけてしまった寂しさが瑞貴の中に込み上げてきた。瑠々が生きていた場所に瑞貴は立っている。

 生きていた時代の隔たりが大き過ぎる信長や秀吉は意外さを感じることはあっても悲しさや寂しさを感じることはなく
、現実味が薄かった。だが、瑠々は最初から違っており、生きた時代が近い存在だと分かっていた。

――名札を残したままで空室ってこともあるのかな?

 引っ越せば名札を外してポストも使用されないように塞がれていることが多い。そのままの状態で残しておく意味などないのだから『現在いまも住み続けている』が正解になる。

 2階の201号室前。
 瑞貴は恐る恐る階段を上り部屋の前に立っていた。中からは人の気配が全く感じられない。

――留守みたいだな

 平日の午前中であれば当然のことかもしれない。

――少し近くで待ってみるか……

 道端に止めてあった自転車に戻り、場所を移動した。アパートの駐車場と階段付近を確認する場所を見つけて自転車を置いた。
 大黒様をリュックから出して、身体のコリをほぐすために瑞貴がマッサージを施す。撫でるのは拒否されるがマッサージは大丈夫という謎の大黒様ルールがある。

 平日の昼前に学生である瑞貴が同じ場所で留まっている様子も不自然ではある。おそらく、こうして張り込みのようなことをしているのも時間に限界があるだろう。

――あと30分。何もなかったら一旦離れよう

 そう決めて待ってから15分後、駐車場に入っていくシルバーの軽自動車があった。
 瑞貴の緊張感は高まり、軽自動車から目が離せなくなった。

 駐車した車の運転席側と助手席側の両方のドアが開き、運転席側からは女性が助手席側からは男性が降りてくる。
 笑顔で話をしながら降りてきた二人は、後部座席から買い物袋を取り出して手に持ち、階段を上がっていった。

 そして、201号室に入っていく二人。

――あれが瑠々ちゃんのお母さん……

 何も知らなければ仲の良い夫婦が買い物を済ませて帰ってきただけの光景にしか見えない。だが、瑞貴から見えていたのは気持ち悪い光景だった。

――あんなにも自然に、楽しそうに笑えるものなのか?

 残された家族は幸せに生きていく権利を奪われたわけではない。遺族として永遠に悲しみを抱えたまま生きていてほしくはないと瑞貴も考えている。
 それでも、あの女が小さな娘を失ったばかりの母親には見えなかった。

 自分の責任で誰かを殺してしまった人間が、あんなにも自然に笑えていることが瑞貴には納得できないでいた。
 あまりにも非常識な状況を目の当たりにして、怒ることも悲しむことも出来ずにいた。

 瑞貴は、しばらくは二人が居るはずの部屋を眺めていた。

「……今日は、これで帰りましょうか?一先ずの目的は果たせたし、もうお昼だ」

 強がっているわけではなく、本当に何の感情も湧いてこなかった。怖いくらいに冷静なってしまっていたのだ。

――あの女の人、瑠々ちゃんと雰囲気が似てるように感じたけど、俺の勘違いかもしれないし……

 入っていく部屋を見間違えた、名札が入れ替わっていないだけ別人が住んでいる。自分が見てきたことが信じられない瑞貴は多少混乱していた。
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