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第一章 初めての務め
043 記事
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マンションの下で瑞貴は秋月に今日のことを再度詫びた。
「今日は本当にゴメン」
「……私の誕生日は8月3日です。『ハチミツ』の日と覚えるといいかな。まだ先の話だけど滝川君なら『穴埋め』という言葉を知っていると思うので伝えておくね」
瑞貴が呆気に取られていると『またね』と言って、マンションに中に消えていった。
これまで見ていた秋月とは別人の思えてしまう程に今の秋月は瑞貴にとって可愛らしい存在になっている。そして、そんな姿を見せてくれる変化に戸惑ってもいた。
「……大黒様も今日はすいませんでした。置き去りにするなんて絶対にダメなことをしました。……以後、気を付けます」
大黒様は瑞貴の顔をチラリと見ただけで歩き始めてしまう。
今日は寄り道をせず、真っ直ぐに帰宅ルートを選んでくれているので、マンション周辺にも異変はないのだろう。
瑞貴の部屋に戻ると大黒様はベッドに直行でテレビも点けずに昼寝を始めてしまっていた。
――えっ、ただ眠かっただけ?……急いで帰ってきたけど秋月さんの周辺は大丈夫だよな?
いくら眠かったとは言え、大黒様がいい加減なことはしないと瑞貴は信じたい。何よりも、大黒様と秋月は仲が良いと考えているので見逃すはずがない。
そんなことを考えながら瑞貴はノートパソコンを起動させた。
画面が展開されるまでの短い時間も緊張してしまう。これから検索する言葉で何が表示されるかを考えると少しだけ手が震えてきた。
――ちゃんと知っていてあげるって決めたじゃないか!
自分に言い聞かせて覚悟を再確認する。
検索ワードで『山咲瑠々』と入力した。
あっという間に、いくつもの情報が表示された中から一つを選択してクリックする。
『母親が買い物から帰宅、意識不明の状態で発見』
『母親による虐待の疑いがあり』
『体には小さなアザがいくつかあった』
『空腹に耐えかね部屋にあったチラシを口にする』
『母娘は一緒に公園で遊んでいて、仲が良かったと証言』
『意識が戻ることなく死亡』
『事故死としての可能性が高いと判断』
あの子の最期の時間が簡単な文章にまとめられていた。ただし、母親が逮捕されたり処罰されたりの記事は瑞貴がどれだけ探しても見つからない。
断片的に拾った情報だけでも疑いの余地が十分あるにも拘らず僅かな証言だけで事故死となったように書かれている。
「あの子の、瑠々ちゃんの5年間はこんな言葉でまとめられるだけなのか……」
瑞貴が漏らした言葉に眠っていたはずの大黒様が一瞬だけ反応する。
そして、気になった記事には『同年代の子と比べて小柄だった』と書かれてあった。
他の子たちも小柄な子が多かったので意識していなかったが、瑞貴が抱きしめた時の感触は小さくて細かった。
時間をかけて探しても同じような内容ばかりで母親の虐待が認められた記事は見つからない。
母親の責任は追及されずに終わってしまったことになる。終わったことにはなっていても全ての人が納得しているとは瑞貴には思えなかった。
※※※※※※※※※※
昼食も抜いてしまっていたが、夕食も食べたくなかった。身体に残ったままの『澱』が気持ち悪くて吐き気しかしない。
大黒様も眠り続けていたので、この日の夕方の視察は中止することになった。
それでも、瑞貴は自分なりに考えていたことがある。
――他の子と比べて体重が軽くて、体にアザが残っている子だけど、チラシを飲み込んだのは事故だから仕方ない。そんなことがまかり通るのか?
あの子の5年という短い人生の中で、母親と遊んでいた一瞬を見ただけの証言で『仲良し母娘』認定されることの違和感がある。
一瞬の気の迷いで人を殺すこともあるのだったら、一瞬の気の迷いで人に優しくすることだってあるはずだと瑞貴は考えていた。
記事に書かれてあった情報で大体の場所は判明している。
秋月からの情報を待ってからでも良かったのだが山咲瑠々が住んでいた場所を瑞貴は見たくなっていた。
――大黒様との視察も兼ねて、明日行ってみよう
先日ネット通販で購入した新アイテムが瑞貴の部屋に届いていた。自転車で行動する時も大黒様を連れていくことが可能になっている。
――最初は一緒にサイクリングで使いたかったけど、仕方ないよな
瑞貴は疲労感もあったので明日からに備えて早く眠ることにした。
気持ちが暗く沈んで『澱』に飲み込まれそうな恐怖心があったので照明を点けたままで眠りにつく。
夜中に何かの音が聞こえてきたので、少し目だけを開けてみると大黒様がテレビを見ていた。
――昼寝のし過ぎですよ。……夜型の生活にならないでほしいな
瑞貴は大黒様と目が合ったような気がしたが、眠気に負けて再び眠ってしまう。
「今日は本当にゴメン」
「……私の誕生日は8月3日です。『ハチミツ』の日と覚えるといいかな。まだ先の話だけど滝川君なら『穴埋め』という言葉を知っていると思うので伝えておくね」
瑞貴が呆気に取られていると『またね』と言って、マンションに中に消えていった。
これまで見ていた秋月とは別人の思えてしまう程に今の秋月は瑞貴にとって可愛らしい存在になっている。そして、そんな姿を見せてくれる変化に戸惑ってもいた。
「……大黒様も今日はすいませんでした。置き去りにするなんて絶対にダメなことをしました。……以後、気を付けます」
大黒様は瑞貴の顔をチラリと見ただけで歩き始めてしまう。
今日は寄り道をせず、真っ直ぐに帰宅ルートを選んでくれているので、マンション周辺にも異変はないのだろう。
瑞貴の部屋に戻ると大黒様はベッドに直行でテレビも点けずに昼寝を始めてしまっていた。
――えっ、ただ眠かっただけ?……急いで帰ってきたけど秋月さんの周辺は大丈夫だよな?
いくら眠かったとは言え、大黒様がいい加減なことはしないと瑞貴は信じたい。何よりも、大黒様と秋月は仲が良いと考えているので見逃すはずがない。
そんなことを考えながら瑞貴はノートパソコンを起動させた。
画面が展開されるまでの短い時間も緊張してしまう。これから検索する言葉で何が表示されるかを考えると少しだけ手が震えてきた。
――ちゃんと知っていてあげるって決めたじゃないか!
自分に言い聞かせて覚悟を再確認する。
検索ワードで『山咲瑠々』と入力した。
あっという間に、いくつもの情報が表示された中から一つを選択してクリックする。
『母親が買い物から帰宅、意識不明の状態で発見』
『母親による虐待の疑いがあり』
『体には小さなアザがいくつかあった』
『空腹に耐えかね部屋にあったチラシを口にする』
『母娘は一緒に公園で遊んでいて、仲が良かったと証言』
『意識が戻ることなく死亡』
『事故死としての可能性が高いと判断』
あの子の最期の時間が簡単な文章にまとめられていた。ただし、母親が逮捕されたり処罰されたりの記事は瑞貴がどれだけ探しても見つからない。
断片的に拾った情報だけでも疑いの余地が十分あるにも拘らず僅かな証言だけで事故死となったように書かれている。
「あの子の、瑠々ちゃんの5年間はこんな言葉でまとめられるだけなのか……」
瑞貴が漏らした言葉に眠っていたはずの大黒様が一瞬だけ反応する。
そして、気になった記事には『同年代の子と比べて小柄だった』と書かれてあった。
他の子たちも小柄な子が多かったので意識していなかったが、瑞貴が抱きしめた時の感触は小さくて細かった。
時間をかけて探しても同じような内容ばかりで母親の虐待が認められた記事は見つからない。
母親の責任は追及されずに終わってしまったことになる。終わったことにはなっていても全ての人が納得しているとは瑞貴には思えなかった。
※※※※※※※※※※
昼食も抜いてしまっていたが、夕食も食べたくなかった。身体に残ったままの『澱』が気持ち悪くて吐き気しかしない。
大黒様も眠り続けていたので、この日の夕方の視察は中止することになった。
それでも、瑞貴は自分なりに考えていたことがある。
――他の子と比べて体重が軽くて、体にアザが残っている子だけど、チラシを飲み込んだのは事故だから仕方ない。そんなことがまかり通るのか?
あの子の5年という短い人生の中で、母親と遊んでいた一瞬を見ただけの証言で『仲良し母娘』認定されることの違和感がある。
一瞬の気の迷いで人を殺すこともあるのだったら、一瞬の気の迷いで人に優しくすることだってあるはずだと瑞貴は考えていた。
記事に書かれてあった情報で大体の場所は判明している。
秋月からの情報を待ってからでも良かったのだが山咲瑠々が住んでいた場所を瑞貴は見たくなっていた。
――大黒様との視察も兼ねて、明日行ってみよう
先日ネット通販で購入した新アイテムが瑞貴の部屋に届いていた。自転車で行動する時も大黒様を連れていくことが可能になっている。
――最初は一緒にサイクリングで使いたかったけど、仕方ないよな
瑞貴は疲労感もあったので明日からに備えて早く眠ることにした。
気持ちが暗く沈んで『澱』に飲み込まれそうな恐怖心があったので照明を点けたままで眠りにつく。
夜中に何かの音が聞こえてきたので、少し目だけを開けてみると大黒様がテレビを見ていた。
――昼寝のし過ぎですよ。……夜型の生活にならないでほしいな
瑞貴は大黒様と目が合ったような気がしたが、眠気に負けて再び眠ってしまう。
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