神媒師 《第一章・完結》

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第一章 初めての務め

037 二度目の死

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「……急に、どうしたんですか?」
「いや、わしらの考えを明確にしておかないと、其方そなたが混乱しているのではないかと思ったんだが?」
「俺が何を混乱してるって言うんですか?」
「其方が、儂らの心変わりを望んでいるのではないかと思えたぞ。……やはり成仏は止めると言い出すのを待っているように見えたのだが、違うか?」
「ここまで準備を進めてるんで。クリスマス・パーティーだって成功できるよう頑張って進めてます」
「そうだな。だが、そのクリスマス・パーティーを盛り上げることによって、この世への未練を大きくしたがっているのではないか?『こんな楽しいことがあるなら成仏したくない』とでも言わせたいのであろう?」
「当初の目的と真逆じゃないですか、最後に満足して成仏するためのパーティーですよ。……俺は、そのために頑張っているんです」

 信長の言葉が心の内を貫いたことで少しずつ瑞貴の感情が露わになっていく。

「そうか?其方が生きている人間に接するのと同じに儂らと接しているから、錯覚さっかくしているのではないかと心配になったんだがな?」
「俺が、何を錯覚しているって言うんですか?」
「……儂らは、既に『死んでいる』のだ」

 瑞貴の身体はビクッと反応したのを見て信長は確信する。

「やはりな、其方は儂らを生きている者と同じように接してくれた。それは嬉しい事でもあったが、同時に危険な事でもある」
「どうして、危険な事になるんですか?」
「其方が、あの子たちを生きている者と同等に扱えば、『もう一度、あの子たちを殺さなければならなくなる』からだ。……本来、其方は亡者を正しく成仏させるだけなのに『人殺し』になったように錯覚してしまう」

 瑞貴は、皆の事を『亡者』と呼ぶことに抵抗があったし、『鬼』が『亡者』と呼んだことを怒ってもいた。

「其方が優しい男であってくれたことは、あの子たちとっても喜ばしいことで儂らも嬉しかった。……だが、其方が気にむ必要のないことまで抱え込んでしまうことがあってはならない。……儂らも、あの子たちも、既にこの世に居てはならない存在なのだ。それを忘れないでいてほしい」

 瑞貴は泣きながら聞いていた。涙があふれて仕方がなかった。
 連日、熱田神宮に訪れてまで子どもたちと接していたのは『閻魔刀』を使わない未来を期待していたのかもしれない。
 このまま過ぎ去ってしまっても問題はないと瑞貴は考え始めていた。

 瑞貴自身も全く無意識だったことが瑞貴の重荷になりかけていたことを信長たちは気が付いている。

「山咲瑠々と相対する其方は、死者と接する態度に見えなかったのでな。……あの子は生きている間、辛い想いをしてきたかもしれないが、それは其方の責任ではない」
「……でも、あの子は『虐待』されてたんです。死んでしまった現在の方が『楽しい』と言えるくらいに辛い想いをしてきたんです。でも、俺は何もしてあげられない」

 瑞貴は初めて『虐待』という言葉を使い、その事実を認めた。

「それは、其方の責任ではない。全てを抱え込もうとするな。……あの子は、既に死んでしまっているのだ。誰であっても変えられることなど無い」

 信長が強い口調で瑞貴を嗜める。そして、再び柔らかな表情に戻って、

「儂らが成仏する決心をしたのは山咲瑠々の魂を救済きゅうさいするためなんだ。山咲瑠々だけではないな。あの子たち全てを救われなければならない」
「えっ、魂を救うって?」
「山咲瑠々は死んだ後も、生きていた苦痛を覚えておる。『自分は悪い子だ』と言い、何度も繰り返し『謝る』のだ。……わずか五つの子が、そんな記憶しかなかったのだ。……このまま、この世にしばられ続けてしまうのは不幸でしかない。……山咲瑠々以外の子たちも同じだ」
「……だから、一緒に成仏してあげたいって言ったんですか?」
「生きているときの儂の悪行は知っているのだろう?……それが、子どものために何かすると言うのは『偽善』かもしれないが、藤吉郎とも話して決めたことだ」
「……そんなことは、ないと思います」
「あの子の親がしてきた『虐待』など比較にならない非道ひどうなことも数多くしてきたのだぞ。改心して許されるものではない。……そんなことは覚悟しているが、あの子たちを見捨てることも、もう出来ないのだ」

 山咲瑠々を優しく抱きしめた姿は『偽善』だったのだろうか。瑞貴には、そんな風に思えなかった。
 戦国時代だからという理由で織田信長がやってきたことを正当化することも難しいかもしれないが、判断基準が違い過ぎて瑞貴も分からなくなっている。

 ただ、瑞貴にも『虐待』が非道だということだけは分かっている。

「だから、儂らやあの子たちを心穏やかに成仏させてくれ」

 この『心穏やかに』の意味には瑞貴のことも含まれているらしい。成仏させたことを瑞貴が気に病んでしまうことを信長たちは望んでいない。
 静かに語る信長の声で瑞貴の気持ちは少しだけ楽になっていた

「俺は皆の姿がハッキリ見えてることが嬉しかったんです。……触れ合うことも出来たし、楽しそうに遊んでる様子も見てました。別に誰かに迷惑かけてるわけじゃないなら、このままでもいいんじゃないかって思ってました」
「稀に儂らを見ることが出来る者もおったが、薄っすらしか見えない。話しをすることも出来ない。……それだけでも、怖がらせるだけの迷惑な存在ではあるのだがな」
「……でも、だからこそ幽霊が成立してたんですよね?俺みたいに見えて、触れたら、怖さなんて感じないし……、別れることが寂しくなる」

 幽霊はホラーな存在の方が正しいことになる。
 そして、恨み辛みを囁いてくれる方が健全だった。夜に『恨めしや』と言いながら出現してくれて、それに驚き慌てて逃げだしてしまう方が健全な関係であることに気付かされた。

「儂らのように老獪さがあれば良いが、あの子たちに現在の状況は可哀想なのかもしれない。……死んだまま留まっていては生まれ変わることも叶わないのだ」
「……随分と前向きな考えなんですね?」
「死んでから400年以上も経っておるがな……」

 瑞貴は涙を拭いながら立ち上がっていた。

「……泣き顔を見られたくないので今日は帰ります。……信長さんにも男子が泣くんじゃないとか怒られそうだし」
「時代が違う。現代いまは、泣きたいときには泣けば良い」

 おそらく、現役の織田信長からは絶対に聞くことが出来ない言葉なのだろう。おそらくは色々な物を見聞きしてきたことで何かが変わったのかもしれない。

 信長に軽く頭を下げてから瑞貴は熱田神宮を離れた。
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