神媒師 《第一章・完結》

ふみ

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第一章 初めての務め

036 折り紙

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「……あのぅ、お二人は何年前から一緒に行動されてたんですか?」

 ふと湧いた疑問を二人にぶつけてみた。信長と秀吉は顔を見合わせて、少し考えた後に、

「藤吉郎が死んですぐぐらいか……?」
「えっ、嘘ですよね?……400年以上も一緒に居たんですか?」
「嘘なんかじゃない。儂が死んだとき、信長様は近くで見ていたんじゃ」
「……京都の伏見城から……か」
「それから後は、色々見て回ったぞ。藤吉郎と見ていた関ケ原での戦は中々に興味深かった。……海外との大きな戦争も見させられたわ」

 瑞貴は言葉を失ってしまう。つい最近までとはいかないまでも、二人が一緒だったのは数十年前のレベルと考えていたからだ。そして、二人の時代の戦とは全く別物である『海外との大きな戦争』も経験しているらしい。

「まぁ、どうせ、あちこちを回るつもりならご一緒しようと思ったんじゃ。それにしても本当に色々ありましたな……」

 一緒に行動する提案は、まさかの秀吉からになる。

――何で、そんな状況が成立するんだ?

 瑞貴の表情から心情を読取った信長が不敵に笑みを浮かべた。

「……不思議か?……だがな、人とはそんなものなのだ。儂や藤吉郎が生きていた時代を知らない者が到底とうてい理解出来る話ではない」
「さぁ、今日の用事は、こんな話ではないのだろう?暗くなる前に話を済まそう」

 この二人が生きた時代のことを本当の意味で知る術などない。歴史学者が『この時代の常識として』と説明をするが、表面的なことを常識化しているだけで本質には届かない。理解しているのではなく、分かったつもりになっているだけだった。

 秀吉からの言葉で目的を思い出した瑞貴はポケットからメモ帳を取り出して報告を始める。

「今日は12月10日なので、2週間後の24日にクリスマス・パーティーを開くことになります。場所は、この人数だと少し狭いですが俺の家となります」
其方そなたの家……?ご家族のことは良いのか?」

 信長からの気遣う言葉は何度聞いても複雑な心境にさせられる。

「はい、大丈夫です。俺の父は元の神媒師で、母も色々手伝ってくれてます。……たぶん、24日は両親不在になりますが問題ありません」
「心より感謝申し上げる」

 二人が揃って御礼を言った。両親が聞いていたら恐縮してしまいそうな構図になっているだろう。

「……それで、クリスマスの準備を子どもたちにも手伝ってもらいたいんです。3日くらい前から夕方だけ家に来てもらおうかと考えてます」

 瑞貴は昨晩、『閻魔刀』の紐を解き、結界の『輪』を作って実験してみていた。短い時間であれば体力の消耗もそれ程大きくはない。
 それでも、24日本番まで体力を維持させる必要があるので3日間だけ飾り付けにてることにした。

「……かたじけない」

 信長が登場する映像作品を何作か見たこともあるが、こんなセリフを多用する信長はいなかった。唯我独尊で、神をも恐れぬ男として描かれていた作品が多かったように記憶している。
 瑞貴が見ている姿が信長本来の姿なのか、死後見てきた世界の影響で変化した姿なのかまでは分からない。だが、瑞貴が見知っているのは現在の姿だけであり、それだけを信じて向き合うことが正しいことになる。

「準備のお手伝いについての段取りは、まだ決まっていないので後日報告に来ます。……それで、成仏をする日についてなんですが……」

 二人の緊張感が少しだけ伝わってきた。クリスマスまでの話は大体分かっていたことであり問題は次に控えている事だった。

「今年最後の仏滅の日が12月28日なので、その日に決行となります。……決行する場所は未定です」
「……28日だな」

 ただ納得して、聞いているだけで表情に変化は見られない。
 悲しそう、寂しそう、悔しそう、そんな感情は二人から一切読み取れない。ただ、その日を受け入れただけに瑞貴は見えている。

 瑞貴以外の人や物は周囲から見ることが出来ないので、何をするにしても場所など何処どこでも良いのかもしれない。だが、抜刀する時に『閻魔代行』と唱えるのは聞かれたくなかったし、『閻魔刀』が周囲に与える影響も不明であるので迂闊な選択は避けておきたかった。
 
「其方に全てを任せて、残された時間を穏やかに過ごすことにしよう」

 信長の言葉と頷くだけの秀吉。
 亡くなった時の年齢で比較すると10歳差くらいだったはず。死後の見た目は信長が遥かに若く見えるが、実年齢では信長が3歳上だ。
 この二人の関係性を歴史の授業で学ぶことはなかったので瑞貴には分からないことも多かった。

※※※※※※※※※※

 次の日の土曜日は早朝から熱田神宮に来ていた。
 大黒様の視察活動ついでに、子どもたちと遊んでもらう目的もあった。土曜日で人通りが多いことは覚悟していたが、多少、あやし気に見られたとしても気にしないことに決めていた。

「皆はクリスマスって知ってるの?」

 瑞貴は皆を集めて問いかけてみた。その答えは「聞いたけど分からない」が大多数であり、信長と秀吉が詳しすぎるのかもしれない。
 そして、時代だけの問題ではなく子どもたちは幼過ぎるのだろう。

「なにー、おしえてー」

 瑞貴が分かる範囲で子どもたちにも伝わる言葉を選びながら説明をしていく。子どもたちに学ぶ喜びを一つでも多く経験させたかったので、いい加減な気持ちで接することはしたくなかった。

「……それでね、クリスマス・ツリーって木を飾るんだけど、キレイに飾りつけする手伝いをしてほしいんだ」

 皆がそれぞれに声をあげて騒ぎ始めていた。初めてのことに期待して喜んでくれている。

「折り紙で、いろいろ作れるんだよ」

 佐久間愛子。この中では年長組の8歳が発言する。それに、誠も賛成の意見をとなえるが、分かっていない子も多い。
 すると神社のどこかに『折り鶴』や『くす玉』があったと発言する子も現れた。

「それじゃあ、皆で何の折り紙で飾り付けするのかを考えておいてね」
「お兄ちゃん、折り紙で何が作れるの?」
「……えっと、今は何も作れないけど、ちゃんと勉強しておくから大丈夫!」

 焦って答える瑞貴の様子を見て、皆が茶化すように騒ぎ立てていた。
 そんな楽しそうな場面に似合わない、暗い顔をしていたのは山咲瑠々だった。

「……どうしたの瑠々ちゃん、折り紙は嫌い?」
「うーん、嫌いじゃないけど……」

 ハッキリしない感じで、モジモジしている。瑞貴の中には瑠々に対して無意識の恐怖がある。
 これ以上踏み込めば後戻りできなくなりそうだった。踏み込むことを躊躇う気持ちと、踏み込んでいこうとする気持ちで瑞貴は葛藤している。

「まだ日はある。ゆっくりと皆で決めればいいんじゃ」

 秀吉が割って入り、皆に提案する。

「ほれ、ここの何処かに折り紙で作った物があるのだろ。……見つけに行って、何にするか考えなさい」
「よし、儂が一緒に探してやろう。……ほれほれ、皆行くぞ」

 秀吉の言葉に皆が喜んでついて行く。かくれんぼの時は隠れていて不在なだけだったが、自ら信長の側を離れて行動するの初めてだった。

 瑞貴は信長と二人だけ残されてしまった。
 この状況では瑞貴でも秀吉の意図は察しが付く。二人は並んでベンチに腰かけて話を始めた。

「儂らは其方に心から感謝している」

 突然、感謝の言葉から話を切り出された。
 瑞貴は背中を丸めてうつむき加減で座っており、信長は背筋を伸ばしてしっかりと前を見据みすえて話をしている。
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