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第一章 初めての務め
022 生活空間
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翌日までの準備としてやるべきことは完了したことになる。ただし、気持ち晴れやかとは言えないモヤモヤ感は残っていた。
「……この『浄玻璃鏡の太刀』は、どうしておけばいいの?」
「指示があるまでは絶対に鞘から抜くな。あと、外に持ち出すのも、まだ先だ。……現在の所有者はお前になっているから、とりあえず自分の部屋にでも仕舞っておけばいい」
「……持ち出さないといけない時が来るってこと?」
「そうだな。でも、この状態では、お前にしか見えなくなっているから大丈夫だ。銃刀法違反で捕まる心配はないぞ。」
「えっ、俺にしか見えないって……。父さんも見えてないの?」
「お前に所有権が移ってからは、見えてない」
見えない物が見えるようになった瑞貴、見えていた物が見えなくなった父。次の代に引き継ぐことで役目を果たした父には喜びがあるのだろうか。それとも、寂しいと感じているのだろうか。
そんなことを瑞貴は考えてしまっていた。
「……でも、触れたら、また見えるようになるんでしょ?」
「いや、現段階でお前以外が触れることは出来なくなっていると思うぞ」
「そうなんだ。誰でも触れられる物じゃないんだ?」
「……あぁ。……この状況の中では、な」
再び含みのある言い方だった。状況が変化すれば、見て・触れることも可能になるのかもしれない。
『浄玻璃鏡の太刀』を見て、触れられていたということは過去の父も閻魔様からの指示で行動したことを証明している。『浄玻璃鏡の太刀』の名前を口にした時に見せた父の厳しい顔も瑞貴は忘れていない。
――何かあるんだろうけど、聞くのは怖いな……
全てを質問してしまうのも怖かったこともあるが聞いているだけではいけない気もしていた。
亡者が見えるようになることを事前に知らなかったから躊躇うことなく『閻魔刀』に触れることが出来た。
きっと、知らずに進んでいった方が良いのだろうと瑞貴は考える。
「他に使用上の注意とかってあるのかな?」
動かない右足をさすり始めていた。痛みを感じることはないのだが父は時々この動作を繰り返す。そして、この動作をしている時は毎回決まった言葉を口にする。
「あとは自分で判断して、思うままにやりなさい」
いつもは、この一言だけで終わるのだが今日は続きがあった。
「ただ、父さんは、お前自身も幸せになることを望んで判断して欲しいと思っている。もちろん、お母さんも同じ考えだ。それだけは忘れないでほしい」
「……うん」
自分が幸せになるために判断することは自然なはず。それを敢えて言葉にして伝えてくれた。
テーブルの上に置かれていた『閻魔刀』を手に取った。持ち上げた感触としては、『見た感じよりもはるかに軽い』だ。
もちろん他に比較出来る刀を持ったこともないので瑞貴の印象でしかない。
瑞貴が持っている『閻魔刀』を大黒様がジッと見つめていた。
「やっぱり、大黒様には見えてるんですね?」
そのことを『やっぱり』と思えていることが、今の瑞貴には安心感を与えてくれている。
自分しか見えない物があるのは特別感もあるが孤独を感じさせられる物にもなりかねないのだ。
自分の部屋に戻り、『閻魔刀』をクローゼットに仕舞った。
――神媒師を続けていく内に、こんな物が増えていくのかな?
道具が自分のスペースを侵食していくのを想像している。神媒師としての道具を父は所持していないと思っていたが、ただ見えていなかっただけかもしれない。
――他の人が見えない物が増えていくのって、すごい困るかも
誰にも存在を認識されない代物が部屋のあちこちに置かれ始めて、瑞貴の生活空間が制限されることになる。そのことで神媒師の存在を知らない人間が瑞貴の部屋に立ち入ることを制限させてしまう。
※※※※※※※※※※
そんな物よりも、もっと現実的に瑞貴の生活空間を奪っている存在を忘れていた。
大黒様の生活スタイルに合わせて室内レイアウトは少しずつだが確実に変更されている。犬用ベッドの正面にテレビを載せたローボードを設置して大黒様の目線で観賞を楽しめるようにしてある。
それ以外の小物も揃えて、大黒様が不自由なく生活できるようには整えている。瑞貴のスペースは既に十分奪われている。
テレビのリモコンは大黒様が押せるようになっていた。あのプニプニの手のどこで押せるのか分からないが、器用に操作して使いこなし始めていている。
瑞貴が学校に行っている間は当然留守番である。
毎日の『いってきます』『ただいま』の相手がいてくれる。場所は奪われて時間も奪われる生活になっているが、その点だけ悪い気はしていない。
『閻魔刀』は怖い物なのかもしれない。でも、『大黒様』だって怒ると怖い存在のはずなのだ。明日の朝、何が待っているのか全く予想出来なかったが、少しだけ期待もある。
以前の瑞貴であれば、明日の朝を憂鬱な気持ちだけで迎えていたのかもしれない。
――大黒様のおかげで前向きになれてるんだとしたら、何だか不本意な話だよな
大黒様の居る場所を見てみる。
ベッドの縁に肘をかけて、偉そうな雰囲気で瑞貴を見ていた。
「そろそろ、視察の時間じゃないですか?……午前中に頑張りましたから夕方はお休みにしますか?」
立ち上がって準備を整える大黒様は、無言で意思表示をしてくれる。
リードを着けて『失礼します』と声をかけてから抱きかかえた。
「明日も色々あると思うので、夕方の視察は短めでお願いしますね」
念押しをして視察に出掛けることにした。
「……この『浄玻璃鏡の太刀』は、どうしておけばいいの?」
「指示があるまでは絶対に鞘から抜くな。あと、外に持ち出すのも、まだ先だ。……現在の所有者はお前になっているから、とりあえず自分の部屋にでも仕舞っておけばいい」
「……持ち出さないといけない時が来るってこと?」
「そうだな。でも、この状態では、お前にしか見えなくなっているから大丈夫だ。銃刀法違反で捕まる心配はないぞ。」
「えっ、俺にしか見えないって……。父さんも見えてないの?」
「お前に所有権が移ってからは、見えてない」
見えない物が見えるようになった瑞貴、見えていた物が見えなくなった父。次の代に引き継ぐことで役目を果たした父には喜びがあるのだろうか。それとも、寂しいと感じているのだろうか。
そんなことを瑞貴は考えてしまっていた。
「……でも、触れたら、また見えるようになるんでしょ?」
「いや、現段階でお前以外が触れることは出来なくなっていると思うぞ」
「そうなんだ。誰でも触れられる物じゃないんだ?」
「……あぁ。……この状況の中では、な」
再び含みのある言い方だった。状況が変化すれば、見て・触れることも可能になるのかもしれない。
『浄玻璃鏡の太刀』を見て、触れられていたということは過去の父も閻魔様からの指示で行動したことを証明している。『浄玻璃鏡の太刀』の名前を口にした時に見せた父の厳しい顔も瑞貴は忘れていない。
――何かあるんだろうけど、聞くのは怖いな……
全てを質問してしまうのも怖かったこともあるが聞いているだけではいけない気もしていた。
亡者が見えるようになることを事前に知らなかったから躊躇うことなく『閻魔刀』に触れることが出来た。
きっと、知らずに進んでいった方が良いのだろうと瑞貴は考える。
「他に使用上の注意とかってあるのかな?」
動かない右足をさすり始めていた。痛みを感じることはないのだが父は時々この動作を繰り返す。そして、この動作をしている時は毎回決まった言葉を口にする。
「あとは自分で判断して、思うままにやりなさい」
いつもは、この一言だけで終わるのだが今日は続きがあった。
「ただ、父さんは、お前自身も幸せになることを望んで判断して欲しいと思っている。もちろん、お母さんも同じ考えだ。それだけは忘れないでほしい」
「……うん」
自分が幸せになるために判断することは自然なはず。それを敢えて言葉にして伝えてくれた。
テーブルの上に置かれていた『閻魔刀』を手に取った。持ち上げた感触としては、『見た感じよりもはるかに軽い』だ。
もちろん他に比較出来る刀を持ったこともないので瑞貴の印象でしかない。
瑞貴が持っている『閻魔刀』を大黒様がジッと見つめていた。
「やっぱり、大黒様には見えてるんですね?」
そのことを『やっぱり』と思えていることが、今の瑞貴には安心感を与えてくれている。
自分しか見えない物があるのは特別感もあるが孤独を感じさせられる物にもなりかねないのだ。
自分の部屋に戻り、『閻魔刀』をクローゼットに仕舞った。
――神媒師を続けていく内に、こんな物が増えていくのかな?
道具が自分のスペースを侵食していくのを想像している。神媒師としての道具を父は所持していないと思っていたが、ただ見えていなかっただけかもしれない。
――他の人が見えない物が増えていくのって、すごい困るかも
誰にも存在を認識されない代物が部屋のあちこちに置かれ始めて、瑞貴の生活空間が制限されることになる。そのことで神媒師の存在を知らない人間が瑞貴の部屋に立ち入ることを制限させてしまう。
※※※※※※※※※※
そんな物よりも、もっと現実的に瑞貴の生活空間を奪っている存在を忘れていた。
大黒様の生活スタイルに合わせて室内レイアウトは少しずつだが確実に変更されている。犬用ベッドの正面にテレビを載せたローボードを設置して大黒様の目線で観賞を楽しめるようにしてある。
それ以外の小物も揃えて、大黒様が不自由なく生活できるようには整えている。瑞貴のスペースは既に十分奪われている。
テレビのリモコンは大黒様が押せるようになっていた。あのプニプニの手のどこで押せるのか分からないが、器用に操作して使いこなし始めていている。
瑞貴が学校に行っている間は当然留守番である。
毎日の『いってきます』『ただいま』の相手がいてくれる。場所は奪われて時間も奪われる生活になっているが、その点だけ悪い気はしていない。
『閻魔刀』は怖い物なのかもしれない。でも、『大黒様』だって怒ると怖い存在のはずなのだ。明日の朝、何が待っているのか全く予想出来なかったが、少しだけ期待もある。
以前の瑞貴であれば、明日の朝を憂鬱な気持ちだけで迎えていたのかもしれない。
――大黒様のおかげで前向きになれてるんだとしたら、何だか不本意な話だよな
大黒様の居る場所を見てみる。
ベッドの縁に肘をかけて、偉そうな雰囲気で瑞貴を見ていた。
「そろそろ、視察の時間じゃないですか?……午前中に頑張りましたから夕方はお休みにしますか?」
立ち上がって準備を整える大黒様は、無言で意思表示をしてくれる。
リードを着けて『失礼します』と声をかけてから抱きかかえた。
「明日も色々あると思うので、夕方の視察は短めでお願いしますね」
念押しをして視察に出掛けることにした。
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