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第一章 初めての務め
011 救世主?
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瑞貴の説得も虚しく大黒様の周囲だけ空気が密度を増しているように感じられた。大黒様が『この世界に価値は無し』と判断した時点で『破壊』が始まると母は言っており瑞貴も同様に考えている。
――どうしよう、すごい怒ってる。……ビスケットも持ってきてないし。
瑞貴が本気で焦り始めた瞬間、背後から声を掛けられた。
「その猫、お兄ちゃんの家の子なの?」
「えっ?」
振り返ると小学校低学年くらいの女の子が、少しだけ不安げな顔をして立っていた。横にはお母さんらしき姿もある。
「……その猫、お兄ちゃんが捨てたの?」
「え!?……あっ、違うよ。……散歩してたら偶然見つけたんだ」
焦っていた気持ちを落ち着けて瑞貴は出来るだけ優しい声で女の子に返事をした。
「そう、良かった!」
パッと表情が明るくなり元気な声で女の子は言い、一緒にいるお母さんに説明を始めた。
「ほら、やっぱり捨て猫なんだよ。朝からずっと鳴いてたもん。うちの子にしてもいいでしょ?」
「ちゃんと面倒見られるの?お世話するの大変なんだからね」
「大丈夫!」
「……本当に約束できる?お父さんも説得しないとダメなんだよ」
「うん!」
そんな母娘の会話を聞きながら大黒様を見てみると不穏な気配は消え去って落ち着いた様子に戻り始めていた。
この状態であれば普通の子柴犬と変わらなくなっているので安心出来る。
この女の子が『破壊神』から世界を救った瞬間である。大袈裟な表現ではなく真実になるだろう。
「病院、連れて行ってあげた方がいい?」
「そうね。……先に家に帰ってからね」
「大丈夫かな?」
母娘はダンボールの中で鳴きながら動き回る子猫を見て不安げに話をしていた。子猫は痩せてはいるが健康そうではあった。
瑞貴は大黒様の様子を窺ってみたが吠えることもなく静かにお座りをしているだけ。
「温かくしてあげれば大丈夫だと思いますよ」
瑞貴は根拠なく言っているのではなかった。小猫の命が危なければ状況を見ている大黒様が吠えて教えてくれるはずと考えていた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
――いや、お礼を言いたいのは俺の方だよ
瑞貴は心の中で女の子に感謝の言葉を伝えていた。
「お兄ちゃんの犬?……撫でてもいい?」
女の子は大黒様の前でしゃがんでいた。お母さんも『おとなしい子』と言いながら大黒様を見ている。
「あっ……。そうだよ。『大黒様』って名前なんだ。たぶん、噛んだりはしないと思うけど、てい……優しく撫でてあげてね」
女の子とお母さんは『面白い名前』と言いながら大黒様の頭を撫でた。
瑞貴は思わず『丁重に』と言いそうになってしまったが、一般的に犬に使う言葉ではなかったので慌てて訂正した。
瑞貴は大黒様が撫でられている様子を緊張して眺めていたが、彼の意に反して気持ちよさそうに撫でられている。
――あれ、尻尾まで振ってる!?
ついさっき、『むにかえす』と言って周囲の空気を変質させていた姿とは別物である。世界に終焉をもたらそうとしていた破壊神からの変わり身の早さには唖然とするしかなかった。
もしかすると、子猫を助けてくれたことへ大黒様なりに感謝を表現しているかもしれない。
少し大黒様を撫でた後、女の子はダンボールを抱えていた。女の子が持つには大きく感じられたが、自分で持つことを譲らなかった様子。
「お父さんの説得、頑張って」
「お父さんは絶対に大丈夫。この子はね、うちの子になるの」
「……そっか。」
お母さんが頷いているのを見れば、お父さんが甘々なことは容易に予想できた。優しい家庭なのだろう『飼う』ではなく『うちの子』としか言わないことでも安心感を覚える。
「じゃあね、お兄ちゃん」
「うん、気を付けて」
両手が塞がっていて手を触れない代わりに体全体が左右に少し揺れている様子をお母さんが笑いながら見ている。瑞貴も笑いながら軽く手を振り返した。
「良かったですね、大黒様。あの猫も新しい家族が見つかって、これから幸せになりますよ。この状況で『無に還し』ちゃったら可哀想ですよね?」
大黒様は母娘が去っていった方角を座ったまま眺めていた。既に母娘の姿は見えなくなっている。
瑞貴は意を決して大黒様の頭に手を伸ばしたが短い前足で振り払われてしまう。
――俺は拒否されるのか?
そんな態度を取られても気落ちすることはなかった。
起きている時間は気を張れていても眠っている時は撫でられ放題だということに大黒様は気が付いていない。可愛らしい寝顔で撫でられている姿は子犬にしか見えず、瑞貴の前では神様として無理をしているのかもしれなかった。
――どうしよう、すごい怒ってる。……ビスケットも持ってきてないし。
瑞貴が本気で焦り始めた瞬間、背後から声を掛けられた。
「その猫、お兄ちゃんの家の子なの?」
「えっ?」
振り返ると小学校低学年くらいの女の子が、少しだけ不安げな顔をして立っていた。横にはお母さんらしき姿もある。
「……その猫、お兄ちゃんが捨てたの?」
「え!?……あっ、違うよ。……散歩してたら偶然見つけたんだ」
焦っていた気持ちを落ち着けて瑞貴は出来るだけ優しい声で女の子に返事をした。
「そう、良かった!」
パッと表情が明るくなり元気な声で女の子は言い、一緒にいるお母さんに説明を始めた。
「ほら、やっぱり捨て猫なんだよ。朝からずっと鳴いてたもん。うちの子にしてもいいでしょ?」
「ちゃんと面倒見られるの?お世話するの大変なんだからね」
「大丈夫!」
「……本当に約束できる?お父さんも説得しないとダメなんだよ」
「うん!」
そんな母娘の会話を聞きながら大黒様を見てみると不穏な気配は消え去って落ち着いた様子に戻り始めていた。
この状態であれば普通の子柴犬と変わらなくなっているので安心出来る。
この女の子が『破壊神』から世界を救った瞬間である。大袈裟な表現ではなく真実になるだろう。
「病院、連れて行ってあげた方がいい?」
「そうね。……先に家に帰ってからね」
「大丈夫かな?」
母娘はダンボールの中で鳴きながら動き回る子猫を見て不安げに話をしていた。子猫は痩せてはいるが健康そうではあった。
瑞貴は大黒様の様子を窺ってみたが吠えることもなく静かにお座りをしているだけ。
「温かくしてあげれば大丈夫だと思いますよ」
瑞貴は根拠なく言っているのではなかった。小猫の命が危なければ状況を見ている大黒様が吠えて教えてくれるはずと考えていた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
――いや、お礼を言いたいのは俺の方だよ
瑞貴は心の中で女の子に感謝の言葉を伝えていた。
「お兄ちゃんの犬?……撫でてもいい?」
女の子は大黒様の前でしゃがんでいた。お母さんも『おとなしい子』と言いながら大黒様を見ている。
「あっ……。そうだよ。『大黒様』って名前なんだ。たぶん、噛んだりはしないと思うけど、てい……優しく撫でてあげてね」
女の子とお母さんは『面白い名前』と言いながら大黒様の頭を撫でた。
瑞貴は思わず『丁重に』と言いそうになってしまったが、一般的に犬に使う言葉ではなかったので慌てて訂正した。
瑞貴は大黒様が撫でられている様子を緊張して眺めていたが、彼の意に反して気持ちよさそうに撫でられている。
――あれ、尻尾まで振ってる!?
ついさっき、『むにかえす』と言って周囲の空気を変質させていた姿とは別物である。世界に終焉をもたらそうとしていた破壊神からの変わり身の早さには唖然とするしかなかった。
もしかすると、子猫を助けてくれたことへ大黒様なりに感謝を表現しているかもしれない。
少し大黒様を撫でた後、女の子はダンボールを抱えていた。女の子が持つには大きく感じられたが、自分で持つことを譲らなかった様子。
「お父さんの説得、頑張って」
「お父さんは絶対に大丈夫。この子はね、うちの子になるの」
「……そっか。」
お母さんが頷いているのを見れば、お父さんが甘々なことは容易に予想できた。優しい家庭なのだろう『飼う』ではなく『うちの子』としか言わないことでも安心感を覚える。
「じゃあね、お兄ちゃん」
「うん、気を付けて」
両手が塞がっていて手を触れない代わりに体全体が左右に少し揺れている様子をお母さんが笑いながら見ている。瑞貴も笑いながら軽く手を振り返した。
「良かったですね、大黒様。あの猫も新しい家族が見つかって、これから幸せになりますよ。この状況で『無に還し』ちゃったら可哀想ですよね?」
大黒様は母娘が去っていった方角を座ったまま眺めていた。既に母娘の姿は見えなくなっている。
瑞貴は意を決して大黒様の頭に手を伸ばしたが短い前足で振り払われてしまう。
――俺は拒否されるのか?
そんな態度を取られても気落ちすることはなかった。
起きている時間は気を張れていても眠っている時は撫でられ放題だということに大黒様は気が付いていない。可愛らしい寝顔で撫でられている姿は子犬にしか見えず、瑞貴の前では神様として無理をしているのかもしれなかった。
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