【完結】夏色の玻璃

那月 結音

文字の大きさ
上 下
23 / 23

【最終話】八月一日

しおりを挟む
 スーツケースを転がしながら、ようやく辿り着いたロビー。着陸してからここまでの距離が、驚くほど長かった。
 周りは言わずもがな外国人ばかりだが、空港内ということもあり、まだあまり異国情緒は感じられない。これから外に出て、街へ行けば、存分に体感できるのだろう。
 八月一日。
 紫は、ロンドンにいた。
 現在時刻は午後四時半。機内から見た空は、突き抜けるように青かった。ロンドンの昼間は長いと聞くので、それだけで好奇心がくすぐられる。
 今夜の予定は未定。だがそれは、すべてをに委ねているから。
 スマホを確認すると、一通のメッセージが入っていた。なんと、もうすでに、彼はロビーに到着しているとのこと。
 顔を上げ、辺りを見渡す。この人混みの中、身長の低い自分を見つけるのは難しいが、身長の高い彼のことを見つけるのは容易だと。
 そう、思っていたのに。
「ゆかーりちゃん」
「!」
 またしても、彼が先に見つけてくれた。
 目と目が合い、おのずと緩む頬。二年ぶりの再会に、さまざまな情感が込み上げてくる。
「髪、伸びたわね。……うん。今日も可愛い」
「響さんも。今日もとってもかっこいいです」
 この二年間。二人は、それぞれの生活を懸命に送りながら、互いの想いを大事に育んできた。
 響は、仕事の合間に、少しずつ母親と過ごす時間を増やしている。まだまだ安定している状態とは言えないが、響を〝息子〟だと認識し、短時間ではあるけれど、会話もできるようになったらしい。
 昨年、紫のもとへ、彼から一枚の写真が送られてきた。彼と彼の母親が並んで撮られたその写真は、今も紫の部屋に大事に飾ってある。
 東京とロンドンの時差に負けることなく、ずっと連絡を取り合ってきた二人。夢について語り合い、将来についても、ゆっくりと堅実に話し合ってきた。
 そして、ついに。
 紫は、この九月から、ロンドン市内の大学へ二年間留学することが決定したのである。
「勉強、頑張ったのね」
「響さんのおかげです。つらいときも、もちろんあったけど……響さんが励ましてくれたから、頑張れました」
 紫の頬にそっと添えられた響の手。そこから伝わる温もりが、なんだかひどく心地好い。この二年間、何度も何度も夢に描いた瞬間。
 彼に。彼女に。
 やっと、触れられた。
「家族に『着いた』って連絡した?」
「あっ、まだしてないです。今向こうって……」
「プラス八時間だから、夜中の十二時半過ぎね」
「起きてるかな? みんなにメール入れとこ」
「すかさず馨から電話かかってきそうね」
「わたしもそんな気がします」
「あっ、そうそう。同窓会、どうだった?」
「すっごく楽しかったです。みんな、全然変わってなくて」
「そう。良かったわね、思いきって京都に帰って」
「はい。……あっ、響さんに、そのときのお土産があるんです。スーツケースの中だから、ちょっと今は渡せないんですけど」
「あら、わざわざありがとう。じゃあ、部屋に着いたら、受け取ってもいい?」
「はい。……あっ、電話だ」
「……馨?」
「……です」





 はじまりは、二年前のあの日。
 蝉のさんざめく、八月一日だった。
 青く高く澄んだ空とは対照的に、あの日の自分は鬱屈としていた。夏の訪れを厭わしく思い、目の前の現実を受け止め切れずにいた。
 夏なんて来なければいいのに。そう、思ったりもした。
 けれどあの日。彼と出会って、自分の中の夏が変わった。夏の匂いが、形が、音が、色が——がらりと変わった。
 心のどこかでずっと探し続けていた玻璃の花。あの夏、ようやくそれを見つけることができたのだ。
 夏の風のように、夏の海のように、夏の空のように、澄み渡った玻璃。
 大切な、
 大切な、


 夏色の玻璃。


《了》
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私の好きなひとは、私の親友と付き合うそうです。失恋ついでにネイルサロンに行ってみたら、生まれ変わったみたいに幸せになりました。

石河 翠
恋愛
長年好きだった片思い相手を、あっさり親友にとられた主人公。 失恋して落ち込んでいた彼女は、偶然の出会いにより、ネイルサロンに足を踏み入れる。 ネイルの力により、前向きになる主人公。さらにイケメン店長とやりとりを重ねるうち、少しずつ自分の気持ちを周囲に伝えていけるようになる。やがて、親友との決別を経て、店長への気持ちを自覚する。 店長との約束を守るためにも、自分の気持ちに正直でありたい。フラれる覚悟で店長に告白をすると、思いがけず甘いキスが返ってきて……。 自分に自信が持てない不器用で真面目なヒロインと、ヒロインに一目惚れしていた、実は執着心の高いヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、エブリスタ及び小説家になろうにも投稿しております。 扉絵はphoto ACさまよりお借りしております。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

Catch hold of your Love

天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。 決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。 当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。 なぜだ!? あの美しいオジョーサマは、どーするの!? ※2016年01月08日 完結済。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

処理中です...