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閑話
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——命を懸けることと命を粗末にすることは違うのよっ!!
轟々と唸る灼熱の中。
鋭く一喝する彼女の姿に、一瞬で目を奪われた。不謹慎と承知で恍惚とした。
三十年近く生きてきて、これほどまでに心を動かされたのは初めてのことだった。
イザベラ・クイン。
以前から、名前だけは幾度となく耳にしていた。その出自と比類なき美貌で、入隊当初から注目を集める存在だった。
実家は国内屈指の製薬会社。創業二百年を超える老舗の企業で、個人薬局から国立病院にいたるまで、その取引関係はかなり幅広い。内服薬、外用薬、注射の薬液など、種族ごとにあらゆる薬品を研究・開発していることは周知の事実だ。
現社長と夫人は竜人。すなわち、二人は彼女の養父母にあたる。——これも、周知の事実である。
今もなお頭に焼きついて離れない、遠征先での彼女の『叫び』。それには、鬼気迫るものさえ感じられた。
いったい何が、彼女にそうさせたのか。
彼女に好意を抱くと同時に生まれた疑問。以来、そのことがずっと気にかかっている。
パーソナリティーの形成には、個々人の家庭環境や辿ってきた道が大きく作用される。もちろん、先天的なものもあるとは思う。が、占める割合は、やはり少ないだろう。
彼女の過去に何があったのか。今彼女は心に何を漂わせているのか。
家柄のこと。家族のこと。彼女自身のこと。
想像の域を脱しない事柄にいくら時間を費やしたところで答えなど出るはずもない。
わかっている。わかっているのに。
——柄にもなく、戸惑っている。
これほどまでに他人に執着したことも、生まれて初めてだった。
イーサンは、ここからはるか南方に位置する、美しい海と穏やかな気候が魅力的な観光都市で生まれ育った。
父親は、その地方で有力な政治家。祖父も、曾祖父も、皆一様に政界で活躍してきた、まさに政治家一家だ。彼自身もまた、上に倣い、政治家として跡を継ぐものだと考えられていた。
しかし、彼が選んだ道は、まったく異なるものだった。
この国を守る——。
彼が士官学校に入学することを決めたとき、親族はこれに猛反対した。説教なのか嫌味なのかよくわからない放言をさんざん聞かされ、挙句『一族の恥』とまで吐き捨てられた。今思えば、これまでおこぼれにあずかっていた既得権益が潰えてしまうことに対する焦りだったのだろう。
だが、イーサンにとって、そんなことなどどうでもよかった。
自身の道を自身で選択することを認めてくれた両親に恥じない生き方をしたい。そう心に刻み込み、ここまで歩いてきたのだ。
己の足で。
おかげで、たくさんの素晴らしい縁に恵まれた。その一つは、言うまでもなく彼女だ。
つい先刻の彼女の反応。あまりの愛らしさに思わず照れてしまったが、イーサンはいまだ浮かれ気味であった。
あのあと、案の定、彼女は脱兎のごとくその場から逃げ去ってしまった。
まさか、あんな形で好意に応じてくれるなどとは思ってもみなかったし、なにより、面と向かって感情をぶつけてくれたことが一番嬉しかった。
さながら僥倖。腕時計に加え、妹に感謝状を進呈したい気分だ。
また今度、改めて彼女をお茶にでも誘ってみようか。
彼女はどんな反応を示すだろう。
今までのように素っ気ない態度をとるのだろうか。怒るのだろうか。
それとも——。
「オランド少将、お疲れ様です!」
「おー、お疲れさん」
すれ違いざま、朗々と挨拶し、敬礼した部下に労いの言葉をかける。自身の立場、その重責を再確認した。
外は晴れ。少し汗ばむくらいの陽気だ。
白日の光を浴びた樹々の葉が、柔らかな風にそよいでいる。……きっと、明日も晴れるだろう。
イーサンは、眩しさに少しだけ目を細めると、窓の外の煌めく翠緑に、愛しい彼女の姿を重ねた。
轟々と唸る灼熱の中。
鋭く一喝する彼女の姿に、一瞬で目を奪われた。不謹慎と承知で恍惚とした。
三十年近く生きてきて、これほどまでに心を動かされたのは初めてのことだった。
イザベラ・クイン。
以前から、名前だけは幾度となく耳にしていた。その出自と比類なき美貌で、入隊当初から注目を集める存在だった。
実家は国内屈指の製薬会社。創業二百年を超える老舗の企業で、個人薬局から国立病院にいたるまで、その取引関係はかなり幅広い。内服薬、外用薬、注射の薬液など、種族ごとにあらゆる薬品を研究・開発していることは周知の事実だ。
現社長と夫人は竜人。すなわち、二人は彼女の養父母にあたる。——これも、周知の事実である。
今もなお頭に焼きついて離れない、遠征先での彼女の『叫び』。それには、鬼気迫るものさえ感じられた。
いったい何が、彼女にそうさせたのか。
彼女に好意を抱くと同時に生まれた疑問。以来、そのことがずっと気にかかっている。
パーソナリティーの形成には、個々人の家庭環境や辿ってきた道が大きく作用される。もちろん、先天的なものもあるとは思う。が、占める割合は、やはり少ないだろう。
彼女の過去に何があったのか。今彼女は心に何を漂わせているのか。
家柄のこと。家族のこと。彼女自身のこと。
想像の域を脱しない事柄にいくら時間を費やしたところで答えなど出るはずもない。
わかっている。わかっているのに。
——柄にもなく、戸惑っている。
これほどまでに他人に執着したことも、生まれて初めてだった。
イーサンは、ここからはるか南方に位置する、美しい海と穏やかな気候が魅力的な観光都市で生まれ育った。
父親は、その地方で有力な政治家。祖父も、曾祖父も、皆一様に政界で活躍してきた、まさに政治家一家だ。彼自身もまた、上に倣い、政治家として跡を継ぐものだと考えられていた。
しかし、彼が選んだ道は、まったく異なるものだった。
この国を守る——。
彼が士官学校に入学することを決めたとき、親族はこれに猛反対した。説教なのか嫌味なのかよくわからない放言をさんざん聞かされ、挙句『一族の恥』とまで吐き捨てられた。今思えば、これまでおこぼれにあずかっていた既得権益が潰えてしまうことに対する焦りだったのだろう。
だが、イーサンにとって、そんなことなどどうでもよかった。
自身の道を自身で選択することを認めてくれた両親に恥じない生き方をしたい。そう心に刻み込み、ここまで歩いてきたのだ。
己の足で。
おかげで、たくさんの素晴らしい縁に恵まれた。その一つは、言うまでもなく彼女だ。
つい先刻の彼女の反応。あまりの愛らしさに思わず照れてしまったが、イーサンはいまだ浮かれ気味であった。
あのあと、案の定、彼女は脱兎のごとくその場から逃げ去ってしまった。
まさか、あんな形で好意に応じてくれるなどとは思ってもみなかったし、なにより、面と向かって感情をぶつけてくれたことが一番嬉しかった。
さながら僥倖。腕時計に加え、妹に感謝状を進呈したい気分だ。
また今度、改めて彼女をお茶にでも誘ってみようか。
彼女はどんな反応を示すだろう。
今までのように素っ気ない態度をとるのだろうか。怒るのだろうか。
それとも——。
「オランド少将、お疲れ様です!」
「おー、お疲れさん」
すれ違いざま、朗々と挨拶し、敬礼した部下に労いの言葉をかける。自身の立場、その重責を再確認した。
外は晴れ。少し汗ばむくらいの陽気だ。
白日の光を浴びた樹々の葉が、柔らかな風にそよいでいる。……きっと、明日も晴れるだろう。
イーサンは、眩しさに少しだけ目を細めると、窓の外の煌めく翠緑に、愛しい彼女の姿を重ねた。
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