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1章. 開かれた深淵の扉

1.ほの暗い記憶

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そこは、ほの暗い部屋でした。
鼻につくのは、古い畳とかすかな漆喰の匂い。
天井近くにある小さな障子戸から差しこむ朧気な明かりだけが、部屋の中心のあたりをぼうっと照らしていました。
は、その明かりの中に立っています。
目の前には髪の毛の薄らいだ男の人が胡座を書いて座っていました。
背中の方から差しこむ光で影になり、男の人の顔はよくみえません。
男の人が、ゆきの赤い夜着の帯をほどいて畳の上に落とすと、薄明かりの下にゆきの白い小さな裸が浮かびあがりました。
男の人の赤い目が、ゆきの全身を舐め回します。
ゆきはまるで固まったように「気をつけ」をして立っていました。
男の人の手が、ゆきの平らな胸やお尻に伸びてきて、なぞるように撫でたり、胸の先っぽの小さな突起を指先でくすぐります。
やがて、男の人の片手がゆきのおへそから足の付け根のあたりへと降りてきました。
「ひゃっ」
ゆきはそれまで我慢していましたが、くすぐったさに耐えかねて思わずしゃがみ込んでしまいました。
男の人は、そのままゆきを畳の上に横たわらせると、膝の下に手を差し込んで持ち上げます。
男の人の強い力で、閉じようとするゆきの両足が左右に大きく広げられました。
ゆきのお尻や、ぷっくらとした部分が男の人の前に露わになります。

部屋には、赤い目をした男の人の荒い吐息だけが響いていました--。

###

僕は身体が大きく揺れるのを感じて目を覚ました。
どうやら、バスが交差点を曲がったらしい。
朝のラッシュ時の路線バスは隣の人と密着するほど混雑していた。

いけない、昨日はつい遅くまで読書に夢中になったせいか、立ったまま少し眠ってしまったようだ。

それにしても、時々みるこの夢はいったい何なのだろう。
とても昔に本当にあったことのようにも、ただの妄想とも判然としない。
ただ、この夢をみる度に、僕は何か形容しにくいかすかな恍惚のようなものを感じてしまうのだった。

--あ!?

その時、僕は腰のあたりに違和感をおぼえた。
ちょうど僕の腰とお尻の境ぐらいのところに、熱を含んだ硬い感触がする。
窓に映る姿をみると、僕のすぐ後ろには、三十代くらいの会社員風の男の人が立っていた。
何食わぬ顔をしているが、股間のあたりを明らかに僕に押しつけてきている。
そしてバスが揺れるたびに、揺れに乗じて僕のお尻の間に自分のモノを擦りつけて、感触を楽しんでいるようだった。

僕がこういう目に遭うのは初めてではなかった。
高校生男子としては背が少し小さく、華奢で色白の僕は、一部の男の人からはそういう対象として見られるらしく、これまでも何度か同じような目に遭ってきた。
もちろん、イヤだし怖い。
だけど、声をあげるのも恥ずかしいし、我慢していれば大抵はそれ以上のことはされなかったから、結局は相手か自分が降りるまで我慢していることがほとんどだった。
ただし、今日は少し様子が違った。
何の抵抗もしない僕に安心したのか、少しずつ男の人の手が僕の腰のあたりに伸びてきて、自分に引き寄せるように強く掴む。
バスが揺れるたびに、男の人の硬い感触が僕のお尻の肉の間に、より深く密着して動き続ける。もう、布越しでも形がわかるほどだった。
男の人は、僕のお尻の穴の部分に硬い先端をあてようとしているのか、探るように少しずつ場所を移動していた。
その時、バスが大きく揺れて一瞬、男の人の先端が僕のお尻の穴に強く食い込んできた。
「ひっ」
思わず声が出そうになるのを、どうにか我慢する。

恥ずかしい。早く逃げ出したい。
でも、そう思う一方でなぜか僕の鼓動は速くなり、体の奥の方ではなにか切ないようなむず痒さを感じてしまっている。これはいったい--。

「次は、東高校前。東高校前です」

その時、アナウンスに続いてバスが停留所に停車した。
ドアが開き、制服の乗客達が一斉に降り始める。
僕もその流れに紛れてなんとかバスの外へと逃れた。

助かった。やっと学校に着いた。

僕は停留所の隅で少し乱れた呼吸を落ち着けようと二、三度深く呼吸をした。
動き出したバスに目を向けると、さっきの男の人は何事も無かったように空いた席に座っていた。
僕はバスを見送ってから、学校への道を歩き始める。
僕の通う学校は、停留所のある広い道路から緩やかな坂道を登った小高い丘の上にあった。
登校する生徒の数がばらけてきた頃、不意に背後で声がした。
「君は、いずみ……ゆき君だったかな」
振り返ると、そこには光沢のある黒髪を胸元まで伸ばした、僕と同じ学校の制服を着た少女がいた。
です、一応。いずみ由希ゆうき
これまでの人生で、数え切れないほどやらされてきた訂正行為を今回も行った。
「ああ、そうだったの。名簿を見たとき、つい女の子かと思っちゃったから」
そういうと、少女はニッコリと微笑んだ。
「失礼なことを言ってごめんね。私は--」

いや、名乗らなくてもわかるよ。たぶん、キミはうちの学校で一番の有名人だから。
新聞社、地方テレビ局といったマスメディアから、スーパーマーケットチェーン、流通、建設まで収めた企業グループを率いて、この地域の支配者なんて陰で言われている羽川一族の娘、羽川はがわ沙耶さや。この春から僕と同じ高校に入学した同級生だ。

「羽川さんですよね? 知ってます」
「あ、私のこと覚えてくれていたの? 嬉しいわ、今まで一度も話したことなかったから」
そういうと、羽川さんは歩調を早めて僕の隣に並んだ。
「そうですね……。でも、どうして今は話しかけてくれたんですか?」
羽川さんが微笑む。
元々大きな黒い瞳が更に面積を増したような気がした。
「私、見てたのよ」
「見てたって……何を?」
うん、と言ってから、羽川さんがクスッと笑った。

「君、痴漢されてたでしょ。さっきのバスで」

僕は、一瞬で目の前が暗くなるのを感じた。
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