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五十三話
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感謝感激の雨あられとばかりのレイチェルに口裏合わせ――私たちと出会い、一緒に過ごしたということにしてほしいとお願いして、ライナスが用意してくれた馬車に乗せる。いや正確にいえば、オブライエン家が手配してくれたのだろう。ライナスがレイチェルを迎えにいっても、帰る足がなければ困るのはあちらだ。
そうして馬車が出発するのを見送ってから、賭場の近くに待たせている馬車に向かう。私たちも何事もなく城に戻るために。
「そういえば、今日はずいぶんとはめを外されていたようですね。彼らがあそこまで顔をひきつらせ……いえ、疲れているのを久しぶりに見ました」
「そこまでじゃないと思うわよ。……まあたしかに、楽しみはしたけれど……でも、好きに過ごせるのなんて久しぶりだったのだから、大目に見てほしいわ」
「リンエル国は堅苦しい場所だったのですか?」
私の生国は、だいぶ緩いほうだと思う。一丸となって秘密を守っているからか結束も強く、王家だろうと貴族だろうと農民だろうと騎士だろうと関係なく、交流する。
だから私にとって好きに過ごせなかったのは、災害に遭ってからと――
「王妃時代、といっていいのかはわからないけれど、そのときは何もさせてもらえなかったのよ。あれも駄目これも駄目って……だからこうして遊んだこともなかったわ。今のように自由に観光することもできなかったのよ」
だから護衛についてくれた騎士や、居合わせた客には申し訳ないと思いながらも思う存分楽しませてもらった。
こんな機会は、きっともう二度とこないだろうから。
オーギュストと結婚したら、というのはもちろん、結婚しなかったとしても、賭場どころか気軽に遊びに行ける生活は送れないだろう。
職にありつけるかどうかすら、今の時点では怪しい。飲んだり食べたりするのに困らない程度の生活を送れるよう努力するつもりだが、日々の暮らしで精一杯になるだろう。
王妃だから、王女だからと尊重されることもなければ、誰かが手を貸してくれることもない。そうなることはよくわかっている。だけどそれでも、愛されず心を蝕まれ、なにひとつとして自由にならない生活よりはマシなはずだ。
「……シェリフ様」
ぴたりと足を止めたライナスに首を傾げる。悩むような真剣な顔に、私がぱちくりと目を瞬かせていると、彼はゆっくりと口を開いた。
「城に帰るのはもう少しあとにしましょう。それよりも……オブライエン伯のところに行くべきです。レイチェル嬢を助けたのですから、無下にはされないでしょう」
「それは、構わないけれど……お礼でも貰いに行くの?」
もらえるお礼は遠慮なくぶんどればいいと思ってはいるが、まさかこんな早急に貰いに行くとは。
思わぬ提案に驚いている私に、ライナスは苦笑して肩をすくめた。
「まあ、似たようなものですね。あなたがどうしても陛下と結婚したくないと思うのであれば、あなたの未来に関わるレイチェル嬢に……いえ、彼女の父親に話を聞くべきでしょう」
「え、ええと、でもオブライエン伯は関わっていないと、思うわよ?」
離縁の認められていないこの国で、既婚者に恋情を抱いたとしても日陰者になるだけだ。そしてオブライエン伯の子供はレイチェルしかおらず、跡目を継がせるために婿を迎え、子を育んでもらう必要がある。
だからオーギュストとレイチェルが恋仲になったのはふたりだけの問題であって、そこにオブライエン伯は関与していないはずだ。
「だとしても……どうしてあなただったのか、ぐらいはわかるのではないでしょうか。オブライエン伯は陛下に仕えて長いですから。どうしてシェリフ様を王妃に迎えたのか……たいして利がないのにリンエル国に援助したのかがわかれば、陛下の王妃候補から辞退する手立てをつかめるのではないかと思うのです」
そうして馬車が出発するのを見送ってから、賭場の近くに待たせている馬車に向かう。私たちも何事もなく城に戻るために。
「そういえば、今日はずいぶんとはめを外されていたようですね。彼らがあそこまで顔をひきつらせ……いえ、疲れているのを久しぶりに見ました」
「そこまでじゃないと思うわよ。……まあたしかに、楽しみはしたけれど……でも、好きに過ごせるのなんて久しぶりだったのだから、大目に見てほしいわ」
「リンエル国は堅苦しい場所だったのですか?」
私の生国は、だいぶ緩いほうだと思う。一丸となって秘密を守っているからか結束も強く、王家だろうと貴族だろうと農民だろうと騎士だろうと関係なく、交流する。
だから私にとって好きに過ごせなかったのは、災害に遭ってからと――
「王妃時代、といっていいのかはわからないけれど、そのときは何もさせてもらえなかったのよ。あれも駄目これも駄目って……だからこうして遊んだこともなかったわ。今のように自由に観光することもできなかったのよ」
だから護衛についてくれた騎士や、居合わせた客には申し訳ないと思いながらも思う存分楽しませてもらった。
こんな機会は、きっともう二度とこないだろうから。
オーギュストと結婚したら、というのはもちろん、結婚しなかったとしても、賭場どころか気軽に遊びに行ける生活は送れないだろう。
職にありつけるかどうかすら、今の時点では怪しい。飲んだり食べたりするのに困らない程度の生活を送れるよう努力するつもりだが、日々の暮らしで精一杯になるだろう。
王妃だから、王女だからと尊重されることもなければ、誰かが手を貸してくれることもない。そうなることはよくわかっている。だけどそれでも、愛されず心を蝕まれ、なにひとつとして自由にならない生活よりはマシなはずだ。
「……シェリフ様」
ぴたりと足を止めたライナスに首を傾げる。悩むような真剣な顔に、私がぱちくりと目を瞬かせていると、彼はゆっくりと口を開いた。
「城に帰るのはもう少しあとにしましょう。それよりも……オブライエン伯のところに行くべきです。レイチェル嬢を助けたのですから、無下にはされないでしょう」
「それは、構わないけれど……お礼でも貰いに行くの?」
もらえるお礼は遠慮なくぶんどればいいと思ってはいるが、まさかこんな早急に貰いに行くとは。
思わぬ提案に驚いている私に、ライナスは苦笑して肩をすくめた。
「まあ、似たようなものですね。あなたがどうしても陛下と結婚したくないと思うのであれば、あなたの未来に関わるレイチェル嬢に……いえ、彼女の父親に話を聞くべきでしょう」
「え、ええと、でもオブライエン伯は関わっていないと、思うわよ?」
離縁の認められていないこの国で、既婚者に恋情を抱いたとしても日陰者になるだけだ。そしてオブライエン伯の子供はレイチェルしかおらず、跡目を継がせるために婿を迎え、子を育んでもらう必要がある。
だからオーギュストとレイチェルが恋仲になったのはふたりだけの問題であって、そこにオブライエン伯は関与していないはずだ。
「だとしても……どうしてあなただったのか、ぐらいはわかるのではないでしょうか。オブライエン伯は陛下に仕えて長いですから。どうしてシェリフ様を王妃に迎えたのか……たいして利がないのにリンエル国に援助したのかがわかれば、陛下の王妃候補から辞退する手立てをつかめるのではないかと思うのです」
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