お飾り王妃は愛されたい

神崎葵

文字の大きさ
上 下
45 / 58

四十五話

しおりを挟む
 まず諜報員の動向を把握すべきだろうか。そのためにはオーギュストの執務室に侵入して、書類を読まないと。だけど執務室に入り浸っているオーギュストをどうやって追い払うか。やはり火か。火であぶりだすか。

「……どうして、よくないことが起きるとわかるのですか?」
「え?」

 どうすれば書類を燃やさずオーギュストをあぶりだす程度の火を焚けるか。真剣に考えていた私の頭に思わぬ言葉が届き、一瞬だけど空白が生まれる。
 顔を上げると、ライナスが静かな目で私を見下ろしていた。

「ええと、私そんなこと言ったかしら」
「はい。はっきりと。よくないことが起きるとわかっているのに行かせられないとおっしゃっていました」
「ええと……それは……だって、賭博場でしょう? 誰かに見られる可能性はじゅうぶんあるわけで……だから、よくない結果につながる可能性はじゅうぶんあるのだから……」
「推測にしては、確信に満ちているようでしたが」

 しまった。完全に失言してしまった。
 どうすればごまかせるだろう。それにレイチェルとオーギュストは。もう駄目だ。頭がこんがらかってまとまってくれない。

「それに、俺に何度も賭博かどうのとおっしゃっていましたよね。俺が賭博場に行くことがあると……知っていたのですか?」
「わ、私はいつだってありとあらゆる可能性を追求していくことにしているだけよ」
「違法賭博ともおっしゃっていましたし、法に背いた賭博に関わることがあるのも存じていたようですが」
「いつだって可能性は零じゃないわ」
「ほぼないに等しい可能性を追うような方だとは思えません」

 はっきりと断言される。ライナスのなかで私はいったいどういう人物になっているんだ。

「それに、俺の実家に支援してくれたことだってそうです。可能性を追求するのであれば、危ない橋を渡ろうとはしないはずなのに、あなたはぽんと大金を投じました。何かあると確信していたからでは……?」
「護衛騎士が困っていたら助けるのが主の役目でしょう」
「それにしたって限度があります。リンエルが困窮しているのは俺だって知っています。それなのになけなしの宝石を使い果たすのは……主の役目を逸脱しています」

 完全に疑われている。もしかしたら、私を間者か何かだと思っているのかもしれない。
 だからいろいろな情報に明るいのかもしれない、と。
 それぐらいライナスの目は静かで、声も落ち着いている。返答を誤れば、曲者として一刀両断されてしまいそうな気迫を感じる。

「……シェリフ様。俺はあなたに恩を感じています。だから何かおかしいと思っても、口には出しませんでした。ですが今回ばかりは見過ごすことはできません」

 お願いだから見過ごしてほしい。護衛騎士だから当然、ライナスの腰には剣が下がっている。
 ライナスの腕前は知らないけれど、痛みも感じず切り捨てるのは不可能だろう。どこを切られても耐えられないほどの痛みを感じるはず。

 一度は――予知夢の中とはいえ――死を選んだ身。だけど痛みを感じる間もなく、私は目覚めた。
 だから死ぬほどの痛みを私は知らない。死にたくなるほどの胸の痛みは知っているけれど、今はそんなのなんの助けにもならない。

「よくないことが起きると、あなたは知っているのですよね」

 かつん、とライナスが一歩こちらに近づく。これはもしかしなくても、間合いを測っているのではないだろうか。
 一振りで届く範囲に近づこうとしているのではないか。どうしよう。どう答えれば、切り捨てられずにいられる。どうすれば怪しまれずにすむ。

「どうしてなのかは俺は知りません。ですが――」

 かつんともう一歩近づいてくる。近くまできたこちらを見下ろす静かな瞳に、血の気がひく。
 どうして知っているかはもはやどうでもいい。怪しいからとりあえず切ろう。そう言っているようで。

「み、未来を見たの! だから知ってるの! 怪しいけど、怪しくないから!」
「よくないことが起きると知っているのであればなおさら、あなたを関わらせるわけにはいきません」

 重なったふたつの声に、私とライナスは同時にはてと首を傾げた。
しおりを挟む
感想 189

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

元王妃は時間をさかのぼったため、今度は愛してもらえる様に、(殿下は論外)頑張るらしい。

あはははは
恋愛
本日わたくし、ユリア アーベントロートは、処刑されるそうです。 願わくは、来世は愛されて生きてみたいですね。 王妃になるために生まれ、王妃になるための血を吐くような教育にも耐えた、ユリアの真意はなんであっただろう。 わあああぁ  人々の歓声が上がる。そして王は言った。 「皆の者、悪女 ユリア アーベントロートは、処刑された!」 誰も知らない。知っていても誰も理解しない。しようとしない。彼女、ユリアの最後の言葉を。 「わたくしはただ、愛されたかっただけなのです。愛されたいと、思うことは、罪なのですか?愛されているのを見て、うらやましいと思うことは、いけないのですか?」 彼女が求めていたのは、権力でも地位でもなかった。彼女が本当に欲しかったのは、愛だった。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...