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四十五話
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まず諜報員の動向を把握すべきだろうか。そのためにはオーギュストの執務室に侵入して、書類を読まないと。だけど執務室に入り浸っているオーギュストをどうやって追い払うか。やはり火か。火であぶりだすか。
「……どうして、よくないことが起きるとわかるのですか?」
「え?」
どうすれば書類を燃やさずオーギュストをあぶりだす程度の火を焚けるか。真剣に考えていた私の頭に思わぬ言葉が届き、一瞬だけど空白が生まれる。
顔を上げると、ライナスが静かな目で私を見下ろしていた。
「ええと、私そんなこと言ったかしら」
「はい。はっきりと。よくないことが起きるとわかっているのに行かせられないとおっしゃっていました」
「ええと……それは……だって、賭博場でしょう? 誰かに見られる可能性はじゅうぶんあるわけで……だから、よくない結果につながる可能性はじゅうぶんあるのだから……」
「推測にしては、確信に満ちているようでしたが」
しまった。完全に失言してしまった。
どうすればごまかせるだろう。それにレイチェルとオーギュストは。もう駄目だ。頭がこんがらかってまとまってくれない。
「それに、俺に何度も賭博かどうのとおっしゃっていましたよね。俺が賭博場に行くことがあると……知っていたのですか?」
「わ、私はいつだってありとあらゆる可能性を追求していくことにしているだけよ」
「違法賭博ともおっしゃっていましたし、法に背いた賭博に関わることがあるのも存じていたようですが」
「いつだって可能性は零じゃないわ」
「ほぼないに等しい可能性を追うような方だとは思えません」
はっきりと断言される。ライナスのなかで私はいったいどういう人物になっているんだ。
「それに、俺の実家に支援してくれたことだってそうです。可能性を追求するのであれば、危ない橋を渡ろうとはしないはずなのに、あなたはぽんと大金を投じました。何かあると確信していたからでは……?」
「護衛騎士が困っていたら助けるのが主の役目でしょう」
「それにしたって限度があります。リンエルが困窮しているのは俺だって知っています。それなのになけなしの宝石を使い果たすのは……主の役目を逸脱しています」
完全に疑われている。もしかしたら、私を間者か何かだと思っているのかもしれない。
だからいろいろな情報に明るいのかもしれない、と。
それぐらいライナスの目は静かで、声も落ち着いている。返答を誤れば、曲者として一刀両断されてしまいそうな気迫を感じる。
「……シェリフ様。俺はあなたに恩を感じています。だから何かおかしいと思っても、口には出しませんでした。ですが今回ばかりは見過ごすことはできません」
お願いだから見過ごしてほしい。護衛騎士だから当然、ライナスの腰には剣が下がっている。
ライナスの腕前は知らないけれど、痛みも感じず切り捨てるのは不可能だろう。どこを切られても耐えられないほどの痛みを感じるはず。
一度は――予知夢の中とはいえ――死を選んだ身。だけど痛みを感じる間もなく、私は目覚めた。
だから死ぬほどの痛みを私は知らない。死にたくなるほどの胸の痛みは知っているけれど、今はそんなのなんの助けにもならない。
「よくないことが起きると、あなたは知っているのですよね」
かつん、とライナスが一歩こちらに近づく。これはもしかしなくても、間合いを測っているのではないだろうか。
一振りで届く範囲に近づこうとしているのではないか。どうしよう。どう答えれば、切り捨てられずにいられる。どうすれば怪しまれずにすむ。
「どうしてなのかは俺は知りません。ですが――」
かつんともう一歩近づいてくる。近くまできたこちらを見下ろす静かな瞳に、血の気がひく。
どうして知っているかはもはやどうでもいい。怪しいからとりあえず切ろう。そう言っているようで。
「み、未来を見たの! だから知ってるの! 怪しいけど、怪しくないから!」
「よくないことが起きると知っているのであればなおさら、あなたを関わらせるわけにはいきません」
重なったふたつの声に、私とライナスは同時にはてと首を傾げた。
「……どうして、よくないことが起きるとわかるのですか?」
「え?」
どうすれば書類を燃やさずオーギュストをあぶりだす程度の火を焚けるか。真剣に考えていた私の頭に思わぬ言葉が届き、一瞬だけど空白が生まれる。
顔を上げると、ライナスが静かな目で私を見下ろしていた。
「ええと、私そんなこと言ったかしら」
「はい。はっきりと。よくないことが起きるとわかっているのに行かせられないとおっしゃっていました」
「ええと……それは……だって、賭博場でしょう? 誰かに見られる可能性はじゅうぶんあるわけで……だから、よくない結果につながる可能性はじゅうぶんあるのだから……」
「推測にしては、確信に満ちているようでしたが」
しまった。完全に失言してしまった。
どうすればごまかせるだろう。それにレイチェルとオーギュストは。もう駄目だ。頭がこんがらかってまとまってくれない。
「それに、俺に何度も賭博かどうのとおっしゃっていましたよね。俺が賭博場に行くことがあると……知っていたのですか?」
「わ、私はいつだってありとあらゆる可能性を追求していくことにしているだけよ」
「違法賭博ともおっしゃっていましたし、法に背いた賭博に関わることがあるのも存じていたようですが」
「いつだって可能性は零じゃないわ」
「ほぼないに等しい可能性を追うような方だとは思えません」
はっきりと断言される。ライナスのなかで私はいったいどういう人物になっているんだ。
「それに、俺の実家に支援してくれたことだってそうです。可能性を追求するのであれば、危ない橋を渡ろうとはしないはずなのに、あなたはぽんと大金を投じました。何かあると確信していたからでは……?」
「護衛騎士が困っていたら助けるのが主の役目でしょう」
「それにしたって限度があります。リンエルが困窮しているのは俺だって知っています。それなのになけなしの宝石を使い果たすのは……主の役目を逸脱しています」
完全に疑われている。もしかしたら、私を間者か何かだと思っているのかもしれない。
だからいろいろな情報に明るいのかもしれない、と。
それぐらいライナスの目は静かで、声も落ち着いている。返答を誤れば、曲者として一刀両断されてしまいそうな気迫を感じる。
「……シェリフ様。俺はあなたに恩を感じています。だから何かおかしいと思っても、口には出しませんでした。ですが今回ばかりは見過ごすことはできません」
お願いだから見過ごしてほしい。護衛騎士だから当然、ライナスの腰には剣が下がっている。
ライナスの腕前は知らないけれど、痛みも感じず切り捨てるのは不可能だろう。どこを切られても耐えられないほどの痛みを感じるはず。
一度は――予知夢の中とはいえ――死を選んだ身。だけど痛みを感じる間もなく、私は目覚めた。
だから死ぬほどの痛みを私は知らない。死にたくなるほどの胸の痛みは知っているけれど、今はそんなのなんの助けにもならない。
「よくないことが起きると、あなたは知っているのですよね」
かつん、とライナスが一歩こちらに近づく。これはもしかしなくても、間合いを測っているのではないだろうか。
一振りで届く範囲に近づこうとしているのではないか。どうしよう。どう答えれば、切り捨てられずにいられる。どうすれば怪しまれずにすむ。
「どうしてなのかは俺は知りません。ですが――」
かつんともう一歩近づいてくる。近くまできたこちらを見下ろす静かな瞳に、血の気がひく。
どうして知っているかはもはやどうでもいい。怪しいからとりあえず切ろう。そう言っているようで。
「み、未来を見たの! だから知ってるの! 怪しいけど、怪しくないから!」
「よくないことが起きると知っているのであればなおさら、あなたを関わらせるわけにはいきません」
重なったふたつの声に、私とライナスは同時にはてと首を傾げた。
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