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三十八話
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せっかくのレイチェルとオーギュストの会遇はなんとも微妙な空気になり、どうにかして持ち直せないかといろいろと話題を変えたものの、ふたりがいい感じになることはなかった。
「ねぇ、ライナス」
自室に戻って部屋にうなだれながら、護衛らしく隅に控えているライナスに視線を向ける。
なんでしょうか、というように首を傾げている彼に、どう聞いたものかと悩んで――
「レイチェル嬢の趣味は、知っていたの?」
言い方をどうこねくり回しても同じだという結論になり、単刀直入に聞くことにした。
「ええ、まあ、そうですね。とはいっても……俺の知る限りでは彼女が言っていたとおりちょっとした余興でやる程度でしたが」
「そのちょっとって、どのぐらいの頻度だったの?」
「……日に二度か、三度ほど」
あまり話したことのないライナスが知っているぐらいとなると、ちょっとどころではないと思って質問を重ねると、返ってきたのは案の定とでもいうべきか。
ちょっと、というには多い回数だった。
「賭けの対象は?」
「可愛らしいものですよ。お菓子とか、明日のデザートを何にするかとか」
「オブライエン伯は止めようとはしていなかったの……?」
なんの気なくオーギュストの前で口にしたということは、本人にとっては隠すようなものではなかったのだろう。
だけどオブライエン伯は城勤めの官僚だ。娘の趣味があまり褒められたものでないことは知っていたはず。それなのに何も言わなかったのだろうか。
「……レイチェル嬢はオブライエン伯の一人娘です。今は知りませんが、俺が働いていたときはだいぶ可愛がっておられて……報酬も可愛らしいものだったので見逃していたのではないでしょうか」
「そうなの……」
直接注意されたことがないのなら、悪いことだと思っていなくても不思議ではない。
問題は、オーギュストが彼女の趣味によい印象を抱かなかったことだ。趣味以外から攻めればよかったと――今さら悔やんでもどうにもならないけれど、悔やまずにはいられない。
「あー……ええと、親しくなりたいと思っていた方の趣味があまりよろしくなかったので、落胆されるのはわかりますが……まあでも、彼女自身は少々箱入り娘なところはありますが、そう悪い人物とは言い難いので、趣味に誘われない限りは親しくするのもやぶさかではないかと、思うのですが……」
「……もしかして、慰めてるつもりなのかしら」
焦ったような言葉の重ね方や、ちらちらとこちらの様子をうかがいながらの言葉選びは、おそらく、たぶん、慰めようと思っているからなのだろう。
ライナスがレイチェルをどう思っているのかがちょこちょこ漏れているので、確証はないけれど。
「そうですね。あまり慰めた経験がないもので、下手なりに頑張ってみました」
「開き直るものでもないと思うけれど……でも、ありがとう」
慰められているような気がしない、という私の気持ちが伝わったのだろう。堂々と頑張ってみたという彼に苦笑しながら、素直にお礼の言葉を口にする。
「たしかに、そうね。趣味以外に目を向けることができれば……まだなんとかなるわよね」
そう。オーギュストが惹かれる何かが彼女にはある。そこを引き出し、オーギュストに見せつければ、趣味なんてと目をつむってくれるかもしれない。
よし、と改めて気合を入れる。せっかくオーギュストが茶会に顔を出す気になったのだから、悩んでいる暇はない。
「ねえ、ライナス。陛下はまた茶会に足を運んでくれると思う?」
「えー……それは、俺からはなんとも」
「そうよね。とりあえずまたレイチェル嬢を誘って……招待状でも書いてみようかしら」
彼の興味が失われる前に次の手を打つべきだ。
「ねぇ、ライナス」
自室に戻って部屋にうなだれながら、護衛らしく隅に控えているライナスに視線を向ける。
なんでしょうか、というように首を傾げている彼に、どう聞いたものかと悩んで――
「レイチェル嬢の趣味は、知っていたの?」
言い方をどうこねくり回しても同じだという結論になり、単刀直入に聞くことにした。
「ええ、まあ、そうですね。とはいっても……俺の知る限りでは彼女が言っていたとおりちょっとした余興でやる程度でしたが」
「そのちょっとって、どのぐらいの頻度だったの?」
「……日に二度か、三度ほど」
あまり話したことのないライナスが知っているぐらいとなると、ちょっとどころではないと思って質問を重ねると、返ってきたのは案の定とでもいうべきか。
ちょっと、というには多い回数だった。
「賭けの対象は?」
「可愛らしいものですよ。お菓子とか、明日のデザートを何にするかとか」
「オブライエン伯は止めようとはしていなかったの……?」
なんの気なくオーギュストの前で口にしたということは、本人にとっては隠すようなものではなかったのだろう。
だけどオブライエン伯は城勤めの官僚だ。娘の趣味があまり褒められたものでないことは知っていたはず。それなのに何も言わなかったのだろうか。
「……レイチェル嬢はオブライエン伯の一人娘です。今は知りませんが、俺が働いていたときはだいぶ可愛がっておられて……報酬も可愛らしいものだったので見逃していたのではないでしょうか」
「そうなの……」
直接注意されたことがないのなら、悪いことだと思っていなくても不思議ではない。
問題は、オーギュストが彼女の趣味によい印象を抱かなかったことだ。趣味以外から攻めればよかったと――今さら悔やんでもどうにもならないけれど、悔やまずにはいられない。
「あー……ええと、親しくなりたいと思っていた方の趣味があまりよろしくなかったので、落胆されるのはわかりますが……まあでも、彼女自身は少々箱入り娘なところはありますが、そう悪い人物とは言い難いので、趣味に誘われない限りは親しくするのもやぶさかではないかと、思うのですが……」
「……もしかして、慰めてるつもりなのかしら」
焦ったような言葉の重ね方や、ちらちらとこちらの様子をうかがいながらの言葉選びは、おそらく、たぶん、慰めようと思っているからなのだろう。
ライナスがレイチェルをどう思っているのかがちょこちょこ漏れているので、確証はないけれど。
「そうですね。あまり慰めた経験がないもので、下手なりに頑張ってみました」
「開き直るものでもないと思うけれど……でも、ありがとう」
慰められているような気がしない、という私の気持ちが伝わったのだろう。堂々と頑張ってみたという彼に苦笑しながら、素直にお礼の言葉を口にする。
「たしかに、そうね。趣味以外に目を向けることができれば……まだなんとかなるわよね」
そう。オーギュストが惹かれる何かが彼女にはある。そこを引き出し、オーギュストに見せつければ、趣味なんてと目をつむってくれるかもしれない。
よし、と改めて気合を入れる。せっかくオーギュストが茶会に顔を出す気になったのだから、悩んでいる暇はない。
「ねえ、ライナス。陛下はまた茶会に足を運んでくれると思う?」
「えー……それは、俺からはなんとも」
「そうよね。とりあえずまたレイチェル嬢を誘って……招待状でも書いてみようかしら」
彼の興味が失われる前に次の手を打つべきだ。
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