お飾り王妃は愛されたい

神崎葵

文字の大きさ
上 下
36 / 58

三十六話

しおりを挟む
「へ、陛下……」

 花に囲まれた庭園に突如として現れた人物に、思わず声をあげてしまう。
 眉間に刻まれた皺も不機嫌そうな顔つきも、この和やかな庭園には似合わない。私の正面に座っていたレイチェルもぎょっと目を見開いたかと思うと、慌てて立ち上がり一礼した。

「このたびは、陛下にお会いでき、光栄です」
「オブライエン伯爵令嬢。そうかしこまる必要はない。……楽にしていろ」
「あ、ありがとうございます」

 睨むように言われ、恐縮しきったレイチェルが椅子に座る。そしてオーギュストが私たちを見回し、空いた席に座った。今日はなんとなく四人掛けのテーブルを用意しておいてよかった。これで椅子がふたつしかなかったら、オーギュストのことだ。すぐにそっぽを向いて帰っていただろう。

 せっかくオーギュストがレイチェルと話す気になったのだから、私は邪魔をしないように無になろう。

「して、今は何を話していたところだ」
「え、それは……陛下のお耳に入れるような、お話では……」
「何を話していた」

 オーギュストはかちこちに固まっているレイチェルから視線を外し、私に向けてきた。私を無にしてくれるつもりはないようだ。
 主催者なのだから、しっかりもてなせと、そう言いたいのだろう。しかたない。

「たわいもないお話ですが、それでもよろしければ。……どこの誰が恋仲であるとかの、可愛らしいお話をしておりました」
「くだらんことを話しているな」

 侍女が急いで用意したカップにお茶が注がれ、オーギュストが口に運ぶ。
 急いでカップを取りにいったせいか侍女の肩が上下に揺れているので、労わりの視線を送っておこう。

「ですので、陛下のお耳に入れるようなお話ではないと……もしよろしければ、国の政務などの身になる話をいたしましょうか?」
「議会を終えたばかりだ。こんなところでまでするつもりはない。……まあいい、好きに話していろ」

 おざなりに手を振り、好きにしろと言うが、レイチェルは完全に恐縮しているし、他人の恋愛事情に花を咲かせていられるような空気じゃない。
 それにオーギュストとレイチェルが親密になってくれないと困るので、勝手にこっちだけ盛り上がるわけにはいかない。

「……ええと、では……陛下はどのような女性が好みか、などはあるのですか?」
「あると思うか」

 しかたなくオーギュストに話を振ったらじろりと睨まれた。
 誰も愛する気はないと言っただろうとか、そんなことを思っていそうだ。

「少しぐらいはあるのではないですか? 可愛いほうがいいとか、髪の色とか、目の色とか」
「見苦しくなければそれでいい」

 あっさりきっぱりと切り捨てるように言われ、話が続かない。この男がレイチェルを愛し、どんな愛の言葉を語ったのかまったく想像がつかない。それぐらいの一刀両断ぶりだ。
 でもたしかに、オーギュストはレイチェルを愛していた。今の不機嫌そうな顔ではなく、慈しむような眼差しを彼女に向けていた。
 むすっと閉ざされた口元をほころばせ、柔らかな笑顔を彼女に向けていた。そっと彼女のお腹に当てる手も優しくて――何度、そんな場面を見て、打ちのめされたことか。
 私にはそんな顔を見せたことはなかったのに、優しい言葉をかけてくれたこともなかったのにと、何度思ったことか。

「……どうした?」

 私は誰にも愛されないのだと、夫になった人も愛してはくれないのだと、ずっと思っていた――夢の中で抱いていた気持ちをお乱し、沈みかけていた私にオーギュストが眉をひそめる。
 それに必死で取り繕った笑みを返す。

「いえ、なんでもないのでお気になさらずに……それはそうと、レイチェル嬢は前に陛下を素晴らしい方だとおっしゃっておいでで……陛下は皆さまに慕われていらっしゃるのですね」

 素晴らしいと言っていたのはオーギュストではなかったような気もするが、この際誤差だ。本人を前にして違うとは否定できないだろう。
 オーギュストの視線がレイチェルに向くと、彼女は恥じらうように頬を染めた。
しおりを挟む
感想 190

あなたにおすすめの小説

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。

りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。 やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか 勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。 ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。 蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。 そんな生活もううんざりです 今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。 これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

偽りの愛に終止符を

甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...