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二十九話
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白い肌を赤く染め、恥じらうその姿はまるで恋する乙女のようで――
「ねえ、ちょっと、どういうこと!?」
レイチェルとのお茶会を終え、数日ほどやきもきしながら過ごしていた私は、帰ってきたばかりのライナスに詰め寄った。
「へ? な、なんのことですか?」
ぽかんと呆けた顔になっている彼に、慌ててこほんと咳払いを落とす。
「ごめんなさい。ちょっと興奮してて……その、レイチェルとはあまり親しくなかった、のよね?」
「ええ、まあそうですね。まかり間違っても親しいと呼べるような間柄では……」
実際、レイチェルも親しくはなかったと言っていた。だからどちらも、嘘をついているわけではないのはわかっている。
じっとライナスを頭のてっぺんからつま先まで見る。
ひとつに結んだ枯草色の髪に、琥珀色の瞳。顔は、整っているほうだとは思う。年の頃は二十代前半といったところだろう。
オブライエン伯のところで働いていたのがいつかはわからないが、おそらくは十代後半か、二十になりたて。
少し年上の、見目の悪くない騎士――年ごろの娘がこそっと恋心を育てるには、ありえそうな相手だ。
「もう何がどうなっているの……」
頭を抱えかけて――はっと気づく。
ライナスは違法賭博に手を出して、騎士の地位をはく奪された。恋をするにふさわしくない相手だと見限るにはじゅうぶんすぎる。
そうして失恋した彼女はオーギュストと知り合い、新たな恋に落ちたのでは。
「……つまり、ライナスが失脚する必要が……」
「え、俺失脚させられるんですか」
嘘でしょ、と一歩後ずさるライナス。その目は戦々恐々としていて、なぜか私に向けられている。
「俺、何かしましたか? 休んだのは申し訳ないとは思っていますが、でもちゃんと申請しましたし、シェリフ様も頷いてくださったではありませんか。もしかして言葉遣いですか? 気安すぎましたか? あまり堅くないほうがいいと聞いていたのですが、砕けすぎてました?」
「あ、いえ、ごめんなさい。あなたは何も悪くないわ。ええちょっと、私のほうで問題が……ではなくて……ええと、こういうことを私の口から言うのもどうかと思うのだけれど……その、どうもレイチェル嬢はあなたに好意を寄せているようなのだけれど、それでは少々私に都合が悪いというか……」
はあ、と気の抜けた返事をするライナスに、ううんと頭をひねる。
レイチェルは可愛くて朗らかな子だ。その子に好意を寄せられていたと知ったら、もう少し慌てるなり、照れるなり、するものなのではないだろうか。
「驚かないのね」
「まあ、お嬢様が騎士に夢見るなんてよくある話ですし……どうせ一過性のものですよ」
「でもそばを離れてもなお想っているようだけれど……もしも好きだと打ち明けられたらどうするの?」
ライナスが失脚するまでの間にそんな動きはなかった。
だけど、私のそばにいる彼を見たことで恋心を再燃させ、想いのたけを告げないとも限らない。
もしもそこで成就してしまったら、オーギュストが恋に落ちる相手が消えてしまう。さすがにライナスとレイチェルを別れさせて――と考えられるほど、私は非情にはなりきれない。
それにほかの人に別れを迫られたら、よりいっそう燃える恋もある。たとえ別れる道を選んでも、一度は実ったのだからすぐには立ち直れないだろう。
私が結婚する前に立ち直ってオーギュストに恋をするのは、さすがに厳しい。
「そう言われても……好みではないので……ああでも、受け入れるかもしれませんね」
「好みではないのに、受け入れるの?」
「……実は……今回休みをいただいた理由でもあるのですが、実家が困窮してまして……付き合って、結婚までもっていけたら、たぶん、いろいろと助かるだろうなぁ、と」
ライナスの実家は事業を営んでいる。オブライエン伯との縁が強固なものになれば、事業の幅も広がるだろう。
たしかにそれを考えたら、レイチェルの想いを受け入れることも視野に入れるべき――ライナスの視点からすればの話だが。
「……つまり、実家が持ち直せば受け入れることはないのね」
「それは、そうなりますね。こんな状況じゃなければ、俺が誰と結婚しようと家族は気にしないでしょうし」
「わかったわ。なら、あなたの実家の財務状況や所有物の一覧を用意してくれるかしら」
へ? とライナスの目が瞬く。
オーギュストとレイチェルが恋に落ちるためには、まずライナスの実家を立て直し、そのうえでレイチェルを失恋させる必要があるとわかった以上、悠長にはしていられない。
「私の護衛騎士が恋に浮かれてたら困るわ。あなたの実家をどうしたら立て直せるか考えるから、あなたも協力してちょうだい」
「別に浮かれはしませんけど……城に提出している書類でいいですか?」
「ええ、それで構わないわ」
わかりましたと頷いて部屋から出るライナスを後目に、深いため息を落とす。
ただオーギュストとレイチェルの仲を取り持つだけのはずが――どうしてこんなことになったのかと、考えずにはいられない。
「ねえ、ちょっと、どういうこと!?」
レイチェルとのお茶会を終え、数日ほどやきもきしながら過ごしていた私は、帰ってきたばかりのライナスに詰め寄った。
「へ? な、なんのことですか?」
ぽかんと呆けた顔になっている彼に、慌ててこほんと咳払いを落とす。
「ごめんなさい。ちょっと興奮してて……その、レイチェルとはあまり親しくなかった、のよね?」
「ええ、まあそうですね。まかり間違っても親しいと呼べるような間柄では……」
実際、レイチェルも親しくはなかったと言っていた。だからどちらも、嘘をついているわけではないのはわかっている。
じっとライナスを頭のてっぺんからつま先まで見る。
ひとつに結んだ枯草色の髪に、琥珀色の瞳。顔は、整っているほうだとは思う。年の頃は二十代前半といったところだろう。
オブライエン伯のところで働いていたのがいつかはわからないが、おそらくは十代後半か、二十になりたて。
少し年上の、見目の悪くない騎士――年ごろの娘がこそっと恋心を育てるには、ありえそうな相手だ。
「もう何がどうなっているの……」
頭を抱えかけて――はっと気づく。
ライナスは違法賭博に手を出して、騎士の地位をはく奪された。恋をするにふさわしくない相手だと見限るにはじゅうぶんすぎる。
そうして失恋した彼女はオーギュストと知り合い、新たな恋に落ちたのでは。
「……つまり、ライナスが失脚する必要が……」
「え、俺失脚させられるんですか」
嘘でしょ、と一歩後ずさるライナス。その目は戦々恐々としていて、なぜか私に向けられている。
「俺、何かしましたか? 休んだのは申し訳ないとは思っていますが、でもちゃんと申請しましたし、シェリフ様も頷いてくださったではありませんか。もしかして言葉遣いですか? 気安すぎましたか? あまり堅くないほうがいいと聞いていたのですが、砕けすぎてました?」
「あ、いえ、ごめんなさい。あなたは何も悪くないわ。ええちょっと、私のほうで問題が……ではなくて……ええと、こういうことを私の口から言うのもどうかと思うのだけれど……その、どうもレイチェル嬢はあなたに好意を寄せているようなのだけれど、それでは少々私に都合が悪いというか……」
はあ、と気の抜けた返事をするライナスに、ううんと頭をひねる。
レイチェルは可愛くて朗らかな子だ。その子に好意を寄せられていたと知ったら、もう少し慌てるなり、照れるなり、するものなのではないだろうか。
「驚かないのね」
「まあ、お嬢様が騎士に夢見るなんてよくある話ですし……どうせ一過性のものですよ」
「でもそばを離れてもなお想っているようだけれど……もしも好きだと打ち明けられたらどうするの?」
ライナスが失脚するまでの間にそんな動きはなかった。
だけど、私のそばにいる彼を見たことで恋心を再燃させ、想いのたけを告げないとも限らない。
もしもそこで成就してしまったら、オーギュストが恋に落ちる相手が消えてしまう。さすがにライナスとレイチェルを別れさせて――と考えられるほど、私は非情にはなりきれない。
それにほかの人に別れを迫られたら、よりいっそう燃える恋もある。たとえ別れる道を選んでも、一度は実ったのだからすぐには立ち直れないだろう。
私が結婚する前に立ち直ってオーギュストに恋をするのは、さすがに厳しい。
「そう言われても……好みではないので……ああでも、受け入れるかもしれませんね」
「好みではないのに、受け入れるの?」
「……実は……今回休みをいただいた理由でもあるのですが、実家が困窮してまして……付き合って、結婚までもっていけたら、たぶん、いろいろと助かるだろうなぁ、と」
ライナスの実家は事業を営んでいる。オブライエン伯との縁が強固なものになれば、事業の幅も広がるだろう。
たしかにそれを考えたら、レイチェルの想いを受け入れることも視野に入れるべき――ライナスの視点からすればの話だが。
「……つまり、実家が持ち直せば受け入れることはないのね」
「それは、そうなりますね。こんな状況じゃなければ、俺が誰と結婚しようと家族は気にしないでしょうし」
「わかったわ。なら、あなたの実家の財務状況や所有物の一覧を用意してくれるかしら」
へ? とライナスの目が瞬く。
オーギュストとレイチェルが恋に落ちるためには、まずライナスの実家を立て直し、そのうえでレイチェルを失恋させる必要があるとわかった以上、悠長にはしていられない。
「私の護衛騎士が恋に浮かれてたら困るわ。あなたの実家をどうしたら立て直せるか考えるから、あなたも協力してちょうだい」
「別に浮かれはしませんけど……城に提出している書類でいいですか?」
「ええ、それで構わないわ」
わかりましたと頷いて部屋から出るライナスを後目に、深いため息を落とす。
ただオーギュストとレイチェルの仲を取り持つだけのはずが――どうしてこんなことになったのかと、考えずにはいられない。
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