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二十八話
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「本日はお招きくださり光栄です」
そう言って淑女の礼を取るレイチェルに私も同じように返す。
早ければ早いほうがいい。その私の言葉に従うように、レイチェルを招いた茶会はあれから三日後に開かれた。
手紙を出してから返事が来るまでの時間を考えると、だいぶ最速で予定を立ててくれたようで、側仕えをしてくれている侍女には感謝してもしきれない。
王妃のために用意された優秀な侍女というのは知っていたけれど、ここまで仕事が早いとは。私のもとから離して大切なレイチェルの側仕えにするのも納得だ。
「今日は……ライナスはいらっしゃらないのですね」
「実家からお声がかかったそうで、本日は席を外しております。見知った方のほうが安心できるとは思いますが、城の騎士はみな優秀ですので、ご安心ください」
私の護衛騎士であるはずのライナスは今日いない。なんでも、実家で困ったことが起きたとかなんとかで来てほしいという手紙が届いたそうだ。
彼の実家は遠方にあり、馬を飛ばしてもだいぶ時間がかかる。急を要しているようだからすぐにでも休みがほしいと頼む彼に、私は快く休暇を許可した。
いや、快くというのは少し嘘が入っている。レイチェルがどんな人なのかを探るのに、多少なりとも顔見知りであるライナスがいたほうが心強いとは思っていた。
だけど、さすがに実家で何かあったというのに茶会のために残ってほしいとは言えなかった。
「ええ、もちろん。騎士団の方々の実力は存じております。それに陛下のおひざ元で困ったことが起こるとも思っておりませんし……シェリフ様の護衛なのにいらっしゃらないから驚いただけですわ」
「護衛といっても四六時中そばにいるわけではありませんから」
護衛騎士といえど、朝から晩まで一緒にいるわけではない。鍛錬の時間も必要だし、休みだって必要だ。だから彼が抜けるときは他の騎士が護衛を務めている。ただ、一番多くの時間を過ごすのがライナスというだけで。
「……そのライナスから甘いものやお花が好きだとうかがったので、こちらの茶会を用意したのですが……お気に召していただけたら嬉しいです」
本人はいないが、ライナスをとっかかりにお茶会をはじめるとしよう。用意したお菓子はこってりと甘いものばかりで、さぞお茶が進むことだろう。
お茶会はオーギュストの執務室近くにある庭園を選んだので、席を外したら偶然出くわすこともあるかもしれない。
それで話がはずめばこちらのもの。顔を合わせなかったらそとのきは――
「まあ……そうなんですの? ライナスが私の好きなものを知っていたなんて……ええ、そうですわ。どちらも好きなので……気遣ってくださりありがとうございます」
ぱちくりと目を瞬かせてはにかむレイチェルに、考えていたはずのことが一瞬で消し飛ぶ。
なんだか今少しだけ、おかしな感じがしたような――いや、きっと、気のせいのはずだ。
「……レイチェル嬢はライナスとは親しかったのですか?」
「よく顔を合わせはしましたが、親しいといえるほどの仲では……」
よく顔を合わせていた。それは、ライナスの「挨拶ぐらいしか交わさなかった」という言葉と少しだけ、矛盾しているような、そうでもないような。
抱いた違和感にそっと蓋をする。
「……でも、親しくなりたいとは思っておりましたの」
無理だった。レイチェル本人が、蓋をすることを許してはくれなかった。
そう言って淑女の礼を取るレイチェルに私も同じように返す。
早ければ早いほうがいい。その私の言葉に従うように、レイチェルを招いた茶会はあれから三日後に開かれた。
手紙を出してから返事が来るまでの時間を考えると、だいぶ最速で予定を立ててくれたようで、側仕えをしてくれている侍女には感謝してもしきれない。
王妃のために用意された優秀な侍女というのは知っていたけれど、ここまで仕事が早いとは。私のもとから離して大切なレイチェルの側仕えにするのも納得だ。
「今日は……ライナスはいらっしゃらないのですね」
「実家からお声がかかったそうで、本日は席を外しております。見知った方のほうが安心できるとは思いますが、城の騎士はみな優秀ですので、ご安心ください」
私の護衛騎士であるはずのライナスは今日いない。なんでも、実家で困ったことが起きたとかなんとかで来てほしいという手紙が届いたそうだ。
彼の実家は遠方にあり、馬を飛ばしてもだいぶ時間がかかる。急を要しているようだからすぐにでも休みがほしいと頼む彼に、私は快く休暇を許可した。
いや、快くというのは少し嘘が入っている。レイチェルがどんな人なのかを探るのに、多少なりとも顔見知りであるライナスがいたほうが心強いとは思っていた。
だけど、さすがに実家で何かあったというのに茶会のために残ってほしいとは言えなかった。
「ええ、もちろん。騎士団の方々の実力は存じております。それに陛下のおひざ元で困ったことが起こるとも思っておりませんし……シェリフ様の護衛なのにいらっしゃらないから驚いただけですわ」
「護衛といっても四六時中そばにいるわけではありませんから」
護衛騎士といえど、朝から晩まで一緒にいるわけではない。鍛錬の時間も必要だし、休みだって必要だ。だから彼が抜けるときは他の騎士が護衛を務めている。ただ、一番多くの時間を過ごすのがライナスというだけで。
「……そのライナスから甘いものやお花が好きだとうかがったので、こちらの茶会を用意したのですが……お気に召していただけたら嬉しいです」
本人はいないが、ライナスをとっかかりにお茶会をはじめるとしよう。用意したお菓子はこってりと甘いものばかりで、さぞお茶が進むことだろう。
お茶会はオーギュストの執務室近くにある庭園を選んだので、席を外したら偶然出くわすこともあるかもしれない。
それで話がはずめばこちらのもの。顔を合わせなかったらそとのきは――
「まあ……そうなんですの? ライナスが私の好きなものを知っていたなんて……ええ、そうですわ。どちらも好きなので……気遣ってくださりありがとうございます」
ぱちくりと目を瞬かせてはにかむレイチェルに、考えていたはずのことが一瞬で消し飛ぶ。
なんだか今少しだけ、おかしな感じがしたような――いや、きっと、気のせいのはずだ。
「……レイチェル嬢はライナスとは親しかったのですか?」
「よく顔を合わせはしましたが、親しいといえるほどの仲では……」
よく顔を合わせていた。それは、ライナスの「挨拶ぐらいしか交わさなかった」という言葉と少しだけ、矛盾しているような、そうでもないような。
抱いた違和感にそっと蓋をする。
「……でも、親しくなりたいとは思っておりましたの」
無理だった。レイチェル本人が、蓋をすることを許してはくれなかった。
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