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五十三話
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半ば無理やりではあるがサイラスと父が去り、シェリルはアシュフィールド公に促さられるまま空いたソファに座る。
話、とはまず間違いなく婚約についてだろう。解消する旨はサイラスから聞いてはいるが、細かいことを決める必要もある。時期はいつにするのか、今後の付き合い――サイラスとシェリルだけでなく、両家の関係がどうなるのか、なども。
本来は当主同士が話し合うものだが、父の様子からして詳しく話を詰められていない可能性は高い。シェリルは背筋を伸ばし、これからの話に身構えた。
「まずは……すまなかった。そちらの状況を把握できず、苦しい思いをさせた」
だが頭を下げるアシュフィールド公にシェリルは目を瞬かせる。
「いえ、アシュフィールド公のせいではありませんので……」
「……シェリル嬢。君の母親には恩がある。だというのにこうなってしまったのは、私の責任だ」
はあ、と溜息を落とすアシュフィールド公にシェリルはわずかな違和感を覚える。
だがその違和感の理由が何かを探るよりも先に、別の疑問がわいた。
「恩、ですか……?」
「ああ。婚約者候補筆頭であったことは、先ほど聞いただろう。だが、私と彼女の間にはそういった色事めいた情はなく……兄妹のような関係だった。だから、私に好きな女性ができた時、彼女は応援してくれたのだが……結果として、彼女を窮地に追いやることになった」
それは、父が言っていた「親にも見放された」という話と関係しているのかもしれない。母方の祖父母との交流はほとんどない。社交の場で目にすることはあるが、その程度だ。
公爵家に嫁げるかもしれない機会を棒に振った母に、祖父母は厳しく当たったのだろう。
「だから彼女に君の婚約者を探してほしいと頼まれた時に、サイラスをつけたのだが……」
そこで一度言葉を切ると、アシュフィールド公は眉間に皺を寄せ、苦々しい顔をした。
「これは言い訳にしかならないかもしれないが、彼女は……自ら望んで、アンダーソン侯の求婚を受け入れた。だから、彼女との間にできた娘を――彼女の忘れ形見を冷遇するなど、思っていなかったんだ」
アシュフィールド公は多忙の身で、シェリルがアシュフィールド家にお邪魔した時も不在のことが多く、対応するのは執事長だったり、サイラスの兄二人のどちらかであることが多かった。
その状況で気づけ、というほうが酷だろう。シェリル自身が助けを求めたのならともかく、どういった環境に置かれているのかを一切口にしていなかった。
だからシェリルは「気にしないでください」と言うつもりだった。本当に、アシュフィールド公が気にするようなことではないと思ったからだ。
「不甲斐ない息子を婚約者に決めてしまったばかりに、君の置かれた境遇に気づくのに遅れてしまった。もし君が望むのなら……少々年は離れてしまうが、二番目の息子を新しく婚約者として据えてもいい。幸い、恋人も妻もいない身で……武力面ではサイラスに劣るが、領地に関して困ったことがあれば相談に乗ることはできるだろう」
だが続いたアシュフィールド公の言葉に、膝の上で拳を握る。
確かに、サイラスには不甲斐ない面が多い。何を考えているのかわからないことも多い。
だが、アシュフィールド公に責任はないと考えているのと同じく、シェリルはサイラスにも責任はないと考えている。
「サイラス様に責はございません」
「だが、もっと上手く立ち回っていれば色々と違っていただろう。与えられた役目を遂行できなかったのだから、サイラスにも非はある」
先ほど抱いた違和感はこれなのだと、シェリルは気づく。あの溜息は、不甲斐ない息子に呆れていたから出てきたのだと。
話、とはまず間違いなく婚約についてだろう。解消する旨はサイラスから聞いてはいるが、細かいことを決める必要もある。時期はいつにするのか、今後の付き合い――サイラスとシェリルだけでなく、両家の関係がどうなるのか、なども。
本来は当主同士が話し合うものだが、父の様子からして詳しく話を詰められていない可能性は高い。シェリルは背筋を伸ばし、これからの話に身構えた。
「まずは……すまなかった。そちらの状況を把握できず、苦しい思いをさせた」
だが頭を下げるアシュフィールド公にシェリルは目を瞬かせる。
「いえ、アシュフィールド公のせいではありませんので……」
「……シェリル嬢。君の母親には恩がある。だというのにこうなってしまったのは、私の責任だ」
はあ、と溜息を落とすアシュフィールド公にシェリルはわずかな違和感を覚える。
だがその違和感の理由が何かを探るよりも先に、別の疑問がわいた。
「恩、ですか……?」
「ああ。婚約者候補筆頭であったことは、先ほど聞いただろう。だが、私と彼女の間にはそういった色事めいた情はなく……兄妹のような関係だった。だから、私に好きな女性ができた時、彼女は応援してくれたのだが……結果として、彼女を窮地に追いやることになった」
それは、父が言っていた「親にも見放された」という話と関係しているのかもしれない。母方の祖父母との交流はほとんどない。社交の場で目にすることはあるが、その程度だ。
公爵家に嫁げるかもしれない機会を棒に振った母に、祖父母は厳しく当たったのだろう。
「だから彼女に君の婚約者を探してほしいと頼まれた時に、サイラスをつけたのだが……」
そこで一度言葉を切ると、アシュフィールド公は眉間に皺を寄せ、苦々しい顔をした。
「これは言い訳にしかならないかもしれないが、彼女は……自ら望んで、アンダーソン侯の求婚を受け入れた。だから、彼女との間にできた娘を――彼女の忘れ形見を冷遇するなど、思っていなかったんだ」
アシュフィールド公は多忙の身で、シェリルがアシュフィールド家にお邪魔した時も不在のことが多く、対応するのは執事長だったり、サイラスの兄二人のどちらかであることが多かった。
その状況で気づけ、というほうが酷だろう。シェリル自身が助けを求めたのならともかく、どういった環境に置かれているのかを一切口にしていなかった。
だからシェリルは「気にしないでください」と言うつもりだった。本当に、アシュフィールド公が気にするようなことではないと思ったからだ。
「不甲斐ない息子を婚約者に決めてしまったばかりに、君の置かれた境遇に気づくのに遅れてしまった。もし君が望むのなら……少々年は離れてしまうが、二番目の息子を新しく婚約者として据えてもいい。幸い、恋人も妻もいない身で……武力面ではサイラスに劣るが、領地に関して困ったことがあれば相談に乗ることはできるだろう」
だが続いたアシュフィールド公の言葉に、膝の上で拳を握る。
確かに、サイラスには不甲斐ない面が多い。何を考えているのかわからないことも多い。
だが、アシュフィールド公に責任はないと考えているのと同じく、シェリルはサイラスにも責任はないと考えている。
「サイラス様に責はございません」
「だが、もっと上手く立ち回っていれば色々と違っていただろう。与えられた役目を遂行できなかったのだから、サイラスにも非はある」
先ほど抱いた違和感はこれなのだと、シェリルは気づく。あの溜息は、不甲斐ない息子に呆れていたから出てきたのだと。
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